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これは恋なのだろうか

 ボールを弾く音が体育館に響き渡る。ネット一枚に隔てられた先では高校の女子バレー部が練習をしていた。僕の視線の先にいる彼女は、顎の先に汗を滴らせるほど汗をかいていたけど疲れた表情はなかった。

 笛が鳴り、彼女がコートの外からサーブを打つ。軽く飛び上がって打つその様、束ねられた黒髪はまるで動物がしっぽを振って喜んでいるように見える。そして手がボールに当たる時、僕の目にシャッターが切られたかのように一枚絵が浮かんでいた。

 女子なのに僕よりもしっかりとした筋骨隆々とはいかないまでも無駄な肉をそぎ落として鍛えられた腕と脚がハーフパンツと袖のないシャツから見える。突き出した胸はその膨らみを一層張り出しボールを打ち出す躍動感を引き立たせる。

 彼女の放ったサーブボールが相手の陣地にへと入ると、相手はその速度に合わせるだけでボールを受け止めるが、ボールは勢いが殺さずコート外にへと飛んで行ってしまう。点を獲得した彼女は味方の女子とさわやかな笑顔で喜びを分かち合うと僕は心臓が大きく鳴った。

 きっと僕はあの人に恋をしたんだ。あの姿に恋してしまったんだ。


「横山、ボーっとしてないで中に入れ」


 先生の声が聞こえると僕は我に返る。僕たち小学生で行われていたドッチボールがコート交代となると、反対側の中にへと入っていく。そして隣のバレー部のほうで彼女が応援される声が聞こえる。


「秋山!さっきの調子で打てよ!」


 秋山、僕と同じ山の字が入っている。そんな偶然でも僕は彼女に近づいたかのように思えた。僕の初恋によって高鳴っている心臓は未だに音を鳴らしていた。




 放課後のドッチボールが終わり教室に戻って制服に着替えていた。僕は着替えながら秋山さんの瞼の裏に映ったあのフォームを思い出していた。どうやったらあんなきれいな体になれるのだろう。僕の体は手も足も細く貧弱だ。きっとあのシャツの下のお腹は、陸上の選手のように腹筋が割れているのかもしれない。例えそうでなくてもきっときれいで引き締まった体だろう。僕にはないものをあの人は持っている。


「横山、お前さっきのドッチで高校のバレー部を見てただろう。エッチなやつだな」


 同じクラスの金崎がシャツ一枚になった僕を呼んだ。僕は見られていたという気持ちよりも、『エッチ』という単語に反応した。

 エッチ、エッチ? 僕があの人を? その言葉の意味は六年生になった僕でも知っている。けど僕は秋山さんのことをそんな風に見たつもりはなかった。けど僕はあの人のことが好きだなんて恥ずかしくて言えなかった。けどそのまま言われ続けるのは嫌だった。フルフルと体をこわばらせながら金崎に震える声で声を出す。


「ち、違うよ。僕は、上の方を見ていただけで」

「うぁあ!横山おっぱい好きなんだ!やっぱりエッチなんだ!」


 女子の上の方、つまり胸と金崎は解釈して言いふらし始めた。金崎の変な解釈で僕の恋がいびつな方向に向かっていくのを見ていられなかった。けど、僕は彼を止める勇気はなかった。

 僕の秋山さんへの恋は金崎のエッチという発言で踏み荒らされ、塗りつぶされていく。




 家に帰り、僕は制服から家着に着替えながらいら立ちを覚えていた。金崎のこともそうであるが、ちゃんと言い返せなかった自分に腹が立っていた。あの時どうして僕は言い返せなかったのだろうか。金崎がエッチなんて言葉さえなければ僕は動揺しなかっただろう。けど、僕が上の方なんて言わなければよかったのだ、ただ試合を見てたと嘘をつけばそれで収まったんだ。そう、秋山さんのあの筋肉がついたフォームから放たれるサーブを。

 シャツとパンツだけになった僕は、秋山さんのあの姿を再び瞼の裏から見始める。あの手は柔らかいのだろうか? それとも固いのだろうか? あのお腹は僕のお腹のようにぷにっとしているかな? やっぱり運動しているのだから固いのだろう。

 そんなことを考えていると視界がグルグルと渦を巻き始める。瞼の裏にあった絵が秋山さんを僕の前に映し出し始めた。

 映し出された彼女は、やはり僕より背が高く、僕の頭が秋山さんの胸の位置にあった。僕はその映し出された彼女に抱き着こうとした。彼女の体はなくても、全体的に無駄な肉のない引き締まった体が見えすべすべとした肌と柔らかそうに見えるお腹を空で触り始めていた。

 一体何分経ったことだろう。いつの間にか彼女の映像は消え、僕は何か心地よい不思議な脱力感があった。そして左手を見ると、僕は全身の血の気が引いていった。


「あ、だめ。こんなの」


 僕は傍にあったティッシュ箱から手についた僕のものから出たものを汚物を拭うように何度も何度もふき取る。だが、それでも臭いや出したという罪悪感が消えず、トイレに入って備え付けられている洗面台で石鹸を使って何度も洗う。

 違う、違う! 僕のあの人への感情はエッチなものなんかじゃない。きれいなものなはず。こんなことではない! 

 やっと掌が石鹸の甘い匂いで満たされ白いものは表面上きれいになったが、僕のしたことの罪は洗い落せなかった。




 数日後、僕は体育館の扉の影から彼女の練習風景を眺めていた。パートナーが投げたボールを秋山さんは的確に相手のコートへと入れる。ボールがコートの中へ跳ねる音が木霊し、彼女が額から流した汗をその細く引き締まった手でふき取る。


「美奈子、次レシーブね」

「はいよ」


 秋山さんは体勢を変えて体の重心を引くし、ボールを下から打ち返す。自陣のコートに入れられたボールが右へ左へと左右に入れられると、秋山さんはその動きに合わせて打ち返す。時には床を滑りながらボールに食らいつき打ち返す姿もあり、その勇ましさに僕はますます熱を上げる。

 そうだ、僕はあの人のボールを打ち返すバレーをする姿に惚れ、恋をしたんだ。けど欲を言えばあの人と近づいて直接話をしたい。そしてその手を取って柔らかいのか固いのか確かめてみたい。

 残念ながら、この学校の小等部と高等部は校舎が離れていてあの人に会いに行くのに昼休みを丸まる使ってしまう。それにあの人の教室も知らない、けど練習の邪魔をしてはいけない。だからこうして僕はあの人をここから眺めるしかできない。もう少し校舎が近かったらと思うと悔しく感じる。

 秋山さんのシャツが汗で薄っすらと体に張り付いてその体型がよりはっきりと露になる。彼女の腰は張り付いたシャツの上からでもわかるほどくっきりとあり、ふっくらと焼きたてのカップケーキのように膨らみのある胸も。僕は思考を無理やり停止させた。胸それはエッチだ。僕は頭を振って彼女の全身を改めて焼き写す。

 彼女の白い肌から飛び出る汗が彼女の躍動感を演出させ、ボールに食らいつくその様は勇敢さを見せている。僕にはないものを彼女は持っている。僕にはエッチな気持ちなんてない。そう思いたい。だけど昨日したあのことがいっこうに頭から離れない。

 笛の音が鳴ると、バレー部の人たちが集まり始めた。中央にいる先生の声が微かに耳に届くとどうやら休憩の時間のようだ。バレー部の人たちが僕のいる体育館の扉に向かって歩き出すと慌てて傍の男子トイレにへと駆け込んだ。




 トイレの個室に入って僕は息を整えた。覗いていたこと自体には何も罪はないはずなのに、僕はこっそりと見ていたという恥ずかしさで逃げてしまった。便器に腰を下ろし、少し落ち着いたら帰ろうかと僕は目を瞑った。

 目を瞑ったときに、再び秋山さんのレシーブをする姿が写し出された。あの人の姿はカッコイイ。そうだこれだこれが恋なんだ。これこそ、正しい恋のあり方なんだ。あれは気の迷いだったんだ。僕はしげしげと瞼の裏にある彼女の姿を眺める。

 遠くからでもわかるくっきりと見える脚の筋肉の筋、必死に手を伸ばしてボールを弾く秋山さん。レシーブがうまく決まったときの彼女の眩い笑顔。そして汗でシャツに張り付いてくっきりと見える半球状の胸の形。最後に浮かんだ情景に僕は目を開けて消し去ると、またあの渦が見え始めた。

 渦はどんどん大きくなり、また秋山さんの幻影を映し出してしまった。だが、今度の彼女の幻影は何か異なっていた。彼女が微笑んでいたがその姿は昨日のとは違い、先ほど見た全身が汗でぬれた秋山さんの姿ではないか!

 その姿に僕は思わず息をのんだ。そして彼女が手を差し伸べて僕の手を引こうとしていた。僕は思わずそれにつられて、彼女の汗に濡れてツヤツヤとしている胸に手が持っていかれていく。

 ふと自分の下を見ると、いつの間にか僕はズボンをパンツまで脱いでいた。僕は幻影に向かって頭を打ち付けた。それでも幻影は消えず、体をすり抜けて僕の頭はドアにぶつかった。それでも幻影は消えず彼女は微笑み続け、僕はトイレの壁に頭を打ちつけた。

 彼女の影が消えるまで何度も何度も額を打ち続けた。十回ぐらい叩いたぐらいで振り向くと彼女は消えてしまっていた。


「僕は、なんてエッチで最低なんだ。こんなの恋じゃない!」


 僕は涙ぐみながら瞼の裏にある秋山さんの絵を消し去ろうとする。金崎いうとおりだった僕は恋をしていたんじゃない、いやらしい目、エッチな目で見ていただけなんだ。カッコイイや憧れなのではないんだ。

 ズボンを直し、走ってトイレからかけ出る。ここにいたらまたあの微笑む秋山さんの影が見えてしまうそんな気がしてならなかった。


「君々、何泣いてんの? 頭から血が出ているし、いじめられたの?」


 トイレから出ると、高校生のお姉さんが僕の腕をつかみ心配してくれた。確かに僕の額からつっと赤い液体が流れているのが見えていたけどこれは僕の罪なんだ。この血はその罪の重さへの痛みなんだ。

 その手を振り払おうとするけど、お姉さんの手の力は軽く握っているはずなのに手は強く振りほどけなかった。僕が離してといいかけた時お姉さんの顔が見えた。


「……秋山さん」

「お、私の名前知っているんだ」


 握られた力強い手が求めていた彼女の物だとわかると僕は顔を紅潮させるかと思えば青くさせた。そしてどうやってその手を振りほどいたのかわからないまま僕は廊下を走っていた。

 触れてしまった。僕は彼女に触れてしまった! 消えろ、消えろ彼女の幻影! 左腕に残った微かな彼女の手の感触がまだ残っていた。不思議な感触だった。力強くも決して固くないし、ゴムボールのように柔らかくもない言い表しにくいものだった。

 けど初めて触れた彼女の感触を僕は消し去りたかった。またあの幻影が見え始めたのだ。僕の罪だ。この罪を悔い改めるには本当の意味で恋しないといけない!

 別の男子トイレに入って、額から出た傷を絆創膏で伏せた。これは僕の罪の証なんだという証明として前髪でそれを隠す。




 翌日、僕は昼休みを使って高等部の校舎にへと訪れた。幸い昨日で秋山さんの下の名前がわかったので、廊下で会った高等部のお兄さんに彼女がどのクラスにいるのか聞いて調べることができた。

 秋山さんは高等部の二年二組にいた。高等部は学年三つと二クラスに加えてスポーツ科の三つの合計九クラスある。これを一つ一つ調べるには昼休みを何日も潰す必要があっただろう。

 秋山さんがいるクラスを扉の影からこっそりと覗いてみると彼女は中央の列の後ろの席にいた。同じクラスのお姉さんたちと一緒にお昼ご飯であるパンを食べながら何か話していた。


「美奈子さ、卒業したらどうすんの? 進学? それとも就職?」

「う~ん、バレーの試合が近いからあんま考えてない」

「美奈子ってそういうとこあるんだよね。一つに集中しすぎるところがね。恋も考えてなさそうだし」


 秋山さんはそう言われると、持っていた紙パックをぎゅっとそのバレーで鍛えられただろう手で潰すと、腕を組んで言い返す。


「私だって恋のこととか意識しているよ。男子にもてるキスの仕方とか雑誌で勉強しているし」

「そうかな? でも美奈子いわゆる筋肉女子だからねぇ」


 秋山さんの体面に座っていたお姉さんが彼女の体を一瞥すると無理そうだと言いたげな表情で話すと、僕は彼女よりも先にムッとした。秋山さんのどこが悪いというんだ!? いつもと違う長袖の制服姿でもわかるほどあの引き締まった筋肉と均整の取れた体格のどこが悪いというんだ! とそんなことを考えていた自分を諫めた。

 何をしているんだ僕は……秋山さんの心に恋すべきなのに、どうして体のことばかり考えてしまっているんだ! 秋山さんの心に恋しなければいけない。体格による恋は恋なんかじゃない、エッチなことなんだ!

 僕が必死で頭の中に浮かんだことを否定すると、後ろから先ほどのお兄さんの声が聞こえた。


「さっきの小等部のやつじゃないか。秋山なら中にいるのにどうしたんだ?」


 お兄さんの声が聞こえたのか彼女は扉の方を向いた。僕は逃げた。わき目もふらず逃げた。恥ずかしいでも目を合わせたくないというわけでもない。でも逃げたかった。階段を降りて踊り場でターンをすると上の方から秋山さんが追いかけてきた。

 逃げろ。逃げろ。今の僕が彼女と会ってしまってはいけない。僕はあの人にちゃんとした恋をしていないんだ。だから僕は逃げるんだ。けど小学生と高校生――それもスポーツをしている彼女の足幅は明らかで、一階の昇降口に着いたときにはもう追いつかれていた。


「ほーら捕まえた。君昨日おでこ怪我した子だよね。なんで逃げたの? お姉さんに正直に言いなさい」


 ぐいっと襟元を掴まれ、階段横の壁に僕の体は押し当てられた。顔を近づけた秋山さんのニキビ一つもないゆで卵のようにつるっとした頬が目の前に見える。

 正直に言う、それはあまりにも残酷なことだった。好きになった人の前で、僕はあなたを好きになったと言えるならどんなに良かったのだろう。けど僕は目の前の人を恋ではなくエッチなもので見ていた。恋にするためにここまで来たのにまだそれには至っていない、しかも目の前には彼女が僕に正直に言うように言われてだ! 心臓がぎゅうぎゅう押しつぶされ悲鳴を上げていた。

 僕はどうして秋山さんに惚れてしまったのだろう。こんなに苦しいなら彼女がバレーをするところなんて見るんじゃなかった。どうしようもできない状況にしゃっくりを上げて泣き出してしまう。


「え、え~どうしたの?誰かに嫌なことをされたの?」

「ち、違うんです。ぼ、僕バレーをしているときの、あなたのことが好きだと思っていた。けどこれは恋じゃない。ぼくはエッチで、最低で……」


 秋山さんは僕が突然泣き出したのを見て心配した。もう彼女を困らせたくない、どもりながら僕は正直に話した。嫌われた。もう取り返しようのないほどだ。胸がずきずきとまるで裂けるように痛い。これが胸が張り裂ける気持ちなのか。ならこれは当然の罰だ、僕は恋なんてしちゃいけないんだ。

 秋山さんは顔を少し背け狼狽えた様子だった。そうだよね、エッチな目で見ていたなんて言われたら嫌だものね。

 すると、僕の体はふわりと宙に浮きあがった。気が付くと僕は秋山さんに抱かれ昨日血を流した場所にキスをされていた。


「あさってうちの部試合があるから見に来てね。絶対だよ」


 そう言い残して秋山さんは階段を駆け上がっていった。何が起こったのかわからなかった。けどもう心臓も胸の痛みもいつの間にかそれがなかったかのように消えてしまっていた。




 ボールがピカピカに磨き上げられた床に弾く音が響き渡る。秋山さんが以前見たように軽く飛び上がってサーブを打つと試合が始まる。

 コートの横で僕は体育座りをして秋山さんたちの試合を観戦していた。けど僕はやっぱり試合より彼女の姿ばかり見ていた。ボールを打ち返す腕、ネットの前で跳び上がってガードするために少し太くけれど洗練された太もも、必死にボールを追いかける彼女の面持ちと飛び跳ねる髪。


「エッチな横山がバレー見ているぞ!」


 体育館の扉からクラスメイトの声が聞こえた。この前の金崎の発言に感化されて僕はエッチなやつだと認識しているんだ。けど事実僕は彼女のことだけしか見ていない。きっとまたあれが起きてしまう。僕は立ち去ろうと足に力を入れようとした。


「ほらほら、そこの小等部の男子茶化さないの! 見学しないんなら出てった出てった。ここは試合と選手の動く体を見るところなんだからエッチじゃないの」


 ほかの選手たちはそれを聞いてびっくりした表情を見せた。けどそれは僕にとって救われた気持ちだった。そうだ、僕は動く彼女の姿を見たいんだ。体育座りをし直して再び秋山さんを見る。

 どの角度から見ても彼女はかっこよく、そして美しかった。彼女が跳んだときにシャツの下から見えたへそに僕の顔が赤く染まっていた。こちらにボールが飛んでいたなんて気づく暇もないほどに。


「危ない!!」


 誰かがそう言ったときには、ボールは真っすぐ僕の顔に向かっていた。すると、秋山さんが滑り込んでボールを弾き返した


「ボーっとしていると危ないよ」


 彼女にそう言われたとき、僕はさっきとは違うことで顔が赤くなった。




 試合の後、僕は秋山さんに呼ばれて体育館の倉庫に来た。倉庫は網ガラスから入る夕日からわかるほど埃が舞い、バスケットボールや先ほど使ったバレーボールがはみ出るほど詰まった籠や跳び箱に体操マットが整然と並べられていた。


「ねえ君、今日の試合あんま見てなかったでしょ」


 僕はこくりと頷いた。彼女が一歩僕に詰め寄る。


「ずっと私のこと見ていたでしょ」


 それも正直にうなずいた。また一歩彼女が近づいた。


「私の動いている姿に惚れたの? それともここ?」


 彼女はまた一歩僕に迫りながら自分の胸のところを指さした。


「………はい。秋山さんがバレーしているところです」


 緊張したのかおかしな日本語で返してしまった。


「ねえ、私の体を見てしちゃった? 正直に言ってみてごらん」


 僕は正直に黙って首を縦に振った。そして秋山さんがポンと優しく僕の体を押すと、僕は白のマットの上に座り込んでしまった。やっぱり怒られるのかなと思い目を瞑って制裁を受けることを覚悟した。

 口に柔らかいものが当たった。一体何があったているのだろうと目を開けると、目の前に秋山さんの顔があった。僕は頭が混乱した。おでこだけでなく唇にまでしてくるだなんて、彼女の柔らかく唾液が混じったものが糸を引いて離れていく。


「こんなに筋肉がついてちゃ恋人なんてできないと思っていたのに。年下に惚れられるなんて私も捨てたもんじゃないな」

「ぼ、僕小学生ですけど」

「五歳差なんて珍しくないじゃん。ほら、エッチな君どこ触りたいの? おっぱい? それとも」


 秋山さんはからかうように、汗ばんだシャツをぴらりと持ち上げる。そこから見えたものに心臓が大きく鳴った。そして正直に触りたいところを伝えた。


「お腹を」

「え? そこでいいの? 筋肉ばっかだよ」

「それが好きなんです」


 彼女は赤く燃える夕日が入ってこない位置にいるにもかかわらず顔が燃えていた。シャツを胸の下のところまでたくし上げると、彼女の鍛えられたお腹が見えた。予想と違ってお腹は割れていなかった、けど手のひらをおなかに触ると柔らかい肌の下にあるしっかりと鍛えられた肉がいくつもあることがわかる。

 僕はそのお腹に顔をうずめると、なぜか涙が出てしまった。前のように胸が痛くも罪の意識もないのにどうしてか涙が止まらなかった。


「もの好きね。ねえ、君の名前なんていうの?」

「横山周美です。周に美しいでちかみです」

「山と美二つも私と同じ漢字が入っている。相性いいかも私たち」


 僕の胸の奥で熱いものがこみあがってきた。僕はようやく恋がわかった。

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