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いっせーの  作者: 流美
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蒼井優

 いただきます、の意を込めて手を合わせた。その力さえもなかなか出なかったせいで、目の前の夜ご飯はすっかり冷え切っている。


(折角レンジで温めたのに)


 割り箸は、割る時に躊躇をしたせいか上手く割れなかった。どうしたら上手く割れるのだろうかと考えて、考えて、考えて、やめた。

 何もかも、考えるのが面倒くさい。何をどれだけ考えたって意味は為さないと、過去の僕が知った。考えることは、無駄に僕を疲れさせる。


(ご飯を食べたら、今日の分の仕事を終わらせなければ)


 咀嚼音だけが響く、物寂しい一人暮らしの部屋。家で造花を作る仕事と、両親からの些細な仕送りで、なんとか生きているのが僕。必要最低限の物しか買わない僕には、それで十分であり、なによりお似合い。

 よく噛めばほんのり甘いはずの白米も、濃厚なソースが存分にかかっているはずのハンバーグも、僕の口の中に入れば奇妙な異物で、味なんてしない。食べ物の味が消えたのは、もう10年以上前か。どんな味だっけ、と思い出せない食べ物が多々ある。


(あ、いつの間にか最後の一口……)


 残った少量の白米を口に入れ、飲み物のように胃に詰めた。今度は、ご馳走さまでした、の意を込めて両手を合わせる。ソースの染み込んだ割り箸と弁当箱は、乱雑にゴミ袋の奥へと押し込んだ。

 部屋の隅に置いておいた大きな段ボールを開ける。中は2つに仕切られており、左が完成したもので、右が未完成のもの。造花を作るノルマは1日100本……と勝手に決めている。これしか仕事が無いのだから、これくらいは最低でもやらなければいけない。

 バラバラの花びらを丁寧にくっつけていく作業。結果としては、5分くらいで薔薇が1つ出来るようにまでなった。

 これを黙々とやり続ける。こんな仕事も、僕にはお似合いだろう。僕のための仕事なんじゃないかと思う程。

 朝と昼に70個は作ったから、残りの30個を作れば良い。だいたい3時間で終わる。何も考えることなく、延々とやり続けた。


(これで30個。……もう23時)


 完成した薔薇の数々は、乾かすために段ボールの近くに並べておく。固まった体をほぐすために軽いストレッチをして、ベッドに倒れこんだ。

 お風呂は明日の朝でいい。仕事が終わってからは何もせずに寝てしまいたい。仕事は命を繋ぐのに必要なことだとしても、苦痛でしかなかった。

 不眠症ではないのが幸いで、布団に倒れこんでからは毎日すぐに眠れる。それでもごく稀に、眠れないまま朝が来ることもあるけれど、その時は諦めて仕事をやってみたりする。何も考えないで済むから楽。

 飛ぶように意識が消えていく。私はあっという間に夢の世界へと取り込まれた。



「真面目ちゃんは大変だねー」


 何、ここ。周りが真っ暗で何一つ見えない中、いくつもの声が僕の耳を通っていく。


「先生に媚び売るの得意だよなぁー、媚びちゃん。あ、カビちゃんか?」

「カビちゃんとかやだぁー!」

「こいつに近付いたらカビが移るぞ!」

「きゃー! カビちゃん近づかないでぇー!」


 身に覚えがあった。高いようで低い無邪気な声や、甘くて楽しそうな声。


「ちょっと!! なんでゴミのような生徒に優が虐められないといけないの!!」

「全員の親を呼び出せ。金を払えば解決じゃない、土下座をさせろ」

「すみません。本当に、申し訳ありません」


 頭の痛くなる甲高い声も、お腹の痛くなる威圧感の強い声も、震えながら必死に謝罪を繰り返す声も。


「流石に、ちょっと使えないと言いますか……」

「あぁ、私の会社では無理ですね」

「必要無いね。わざわざ来てもらって何だけど、帰ってくれるかな」

「学力だけで社会に通用すると思ってんの?」


 控えめなのに真っ直ぐな声も、冷静で手慣れた様子の声も、紙屑を捨てるような軽い声も、僕の全てを否定した嘲笑った声も。

 全部、全部、全部、全部。僕は、覚えている。会話の内容さえも全部。心を抉られた経験を、僕は覚えている。


 聞きたくないと耳を塞いだ。強く強く両耳を塞いだ。それでも声は聞こえ続けて。


――ああぁぁぁぁぁぁあ!!!!


 そして僕の声は相変わらず、口から音として出てはくれなかった。



 ビクッと体が跳ねて、目が覚めた。夢だった。夢で良かった。とんでもない悪夢だ。時計はまだ1時を指していた。


(頭が、締め付けられる……)


 キリキリとした胃の痛みを、遥かに上回る頭痛。奥歯をくいしばり、なんとか波を越える。


(もう眠れない、な……)


 仕方なくスマホを手にとり、適当に掲示板を探す。現実で喋れない僕にとって、ネットの掲示板やチャットというのは何も気にしなくていい、いわば天国のようなもの。時間があるときは、活発な掲示板やチャットをやっている。


(……空を飛びたい人の為の、掲示板?)


 今日はなんだか珍しいものを見つけた気がする。けれど恐らく、僕の求めるような掲示板ではない。

 そのまま無視して別のを探そうとしたけど、気になってしまったら僕は駄目なタイプだった。大人しく従って「いっせーの」という掲示板名のサイトを開く。


(飛び降り自殺に興味がある人以外、利用しないで下さい……)


 開いてまず出てきたのは、それだけの注意書き。空を飛びたいというのは、飛び降り自殺のことなのかと、数秒経って気付いた。

 飛び降り自殺に興味があるかないかと問われれば、僕はあると答える。もっとも、答えるための声は出ないし、飛び降り自殺というよりは、自殺に興味があるだけ。「掲示板へ」と書かれたシンプルなボタンを押した。


(あまり活発では無い……?)


 今日、この掲示板に来た人のカウンターが隅に置いてあるが、僕でどうやら30人目。カウンターのリセットは朝6時にされるようだから、間違いない。そもそも、名前からして見つかりにくそうな掲示板が、活発だとは思ってはなかった。


(スレッドも少ないし、書き込みも少ない……。でも、なんか)


 なんか、いいかも。

 1ヶ月書き込みの無かったスレッドは倉庫と言う場所に送られてしまうらしく、今あるスレッドは4つしかない。それでも定期的に書き込みがあるスレッドもあるし、互いの話を聞きながらゆっくりと、深く話している。

 平和で、隠れ家みたいで、深くて狭い。僕はそんな掲示板に、魅了されてしまった。







<ユウ#36218 12.××.01:09

 生きてる意味が無いんですよね>


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