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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紅薔薇譚

#noveで返歌 企画で書かせていただいた作品です。テーマは「バレンタイン」禁止ワードは「チョコレート」ということで、少々悩みましたけれども。


組み分けの神様が私を『薔薇』グループに導いて下さいましたので、「薔薇要素」入りの短編です。花を吐いたり、男性同士の想いであったり、少し人を選ぶ作品かもしれません。ご注意ください。


目を開けた時、そこはもう見慣れた医務室の真っ白いベッドの上だった。天井も、壁も、シーツの脇に置かれた洗面器でさえ、一点の曇りもない白だ。仕切りのカーテンの隙間から、横長の大部屋にずらりと並ぶ病人用のベッドが見て取れる。少し、寒い。

窓から見える湖は青黒く冷たい色をしていて、それを囲む一面の雪も、鉛色の空も、憂鬱を閉じ込めたスノードームのように味気なかった。二月の冷気はシーツからはみ出したセシリオの爪先をすっかり凍えさせていたらしい。彼がそれをあたたかな毛布に迎え入れるのと同時に、カーテンが小気味よい音を立てて引かれる音がした。   


「もう大丈夫なのかい?」


医務室のヴィクトール先生は銀のトレイを抱えたまま、慣れたようにセシリオの枕元の椅子に腰かけた。皺ひとつない白衣の裾がゆらりと翻って、先生の白い指がさらりと自分の前髪を掬う。汗ばんだ額に触れる、氷のような指先が気持ち良くて、セシリオは目を細めた。


「また倒れたのか、俺」

「うん。ほら、これ」


汗で張り付いた少年の黒髪を払ってやりながら、ヴィクトールは手元のトレイを示した。


潰れた楕円形のそれには、またしても大量の花の塊が散らばっていた。さんざん吐き散らかしたのだろう、透明な消化液に塗れた花弁は盛大に崩れ、ぐしゃりと潰れてしまっている。仄暗い赤、固まった血液のような赤黒い薔薇の群れ。自らの体内から吐き出された、それ。真っ白な医務室には似合わない鮮烈な赤色は、いっそ滑稽に思えた。


「『赤薔薇』の君が本当に薔薇を吐くなんて知ったら、きっとみんな大騒ぎだな」


ヴィクトールは微笑んで、目の前の少年の瞳に視線を合わせた。ただでさえ彼の褐色の肌は目立つというのに、孔雀石のような緑色の瞳は問答無用で視線を引き付けてしまう。瞳に緑の宝石を宿すエキゾチックな少年はこの学園の下級生たちの憧れの的なのだ。

誰が最初に言い出したのだろうか、生徒たちは皆、彼を『赤薔薇』と呼ぶのである。ボールを追いかけてフィールドを駆ける姿や、毎朝祈りを捧げる真摯な姿勢を一輪の薔薇に喩えたからだろう。華麗な一輪の薔薇、中でも彼の肌の色のように黒味を帯びた情熱的な赤い薔薇。


「なんでその名前…知って…」


セシリオの瞳が丸く見開かれる。


「君のことを好きな輩はごまんといるのさ。彼等は僕に君のことばかり話すから」

「そんな奴いるわけない。俺の好きな人は振り向いてもくれないのに」


赤薔薇の少年は、跳ねつけるように言葉を紡ぐ。彼が見上げた先で不思議そうに瞬く双眸が、何か合点がいったというように小さく細められた。


この人は出逢った頃から変わらない。静謐さを湛えた蒼い瞳も、自分とは正反対の薄い肉体も、少し跳ねたブラウンの髪も、花の香りも。気が付いたら彼の面影ばかり追いかけてしまっていることに気が付いたのは、初めて医務室に行ったその時からだ。


「へえ?君に想われて振り向かない奴なんて、いないと思うけどな」


そう言いながら立ち上がったヴィクトールが、仕切りのカーテンを引き開ける。丁度開いた医務室の扉の方から、甘ったるい香りが流れ込んできた。男ばかりの寄宿舎学校においては、異常といって差し支えない程強い香り。誰かが厨房を使っているのだろう。


カーテンで見えていなかった医務室の壁の日めくりカレンダーには、美麗な飾り文字で14と印字されていた。それに赤マルをつけてあるのは、今日が聖ヴァレンタインの日だからなのだろう。ならばこの香りを生み出している張本人は、敬愛する先輩達に渡すのだろうか。あるいは、心に秘めた想いを打ち明けるのだろうか。聖ヴァレンタインの力を借りて。


「ねえ、センセ」


後ろを向いて、アンプルから注射器に薬品を移し替えていたヴィクトールは、ん?と首だけこちらに向ける。


「本当だ、振り向いた」


なんのことだ、と呆れたような声を発しながら、ヴィクトールは少年の腕をとって注射器をあてがう。注射針のささる鋭い痛みでさえ、セシリオの心に巣食う慢性的な痛みに比べればどうってことはなかった。


「君、よっぽどその人のことが好きなんだな。君の吐くのはいつも、情熱的な色だから」


ほら、といってヴィクトールは胃液に塗れたそれをトレイからつまみ上げた。塊が崩れて、暗い赤の花びらが重たげな音と共に落ちていく。


「ちょっと……汚いのに」

「はは、僕は平気だよ」


もう手遅れだから、という言葉はあえて飲み込んでおく。患者の吐いた花に触れれば、自らも感染するのだということに気が付いたのは、セシリオの吐いた薔薇に触れてしまった後だったのだから。



「知ってるかい?花吐き病はね、片思いをするとなるのだって。強い思いであればあるほど、花を吐くんだよ。この色なら、花言葉はさしずめ『決して滅びることのない愛』といったところかな、とても綺麗だ」

「センセ、気持ち悪くないの。……男が好きって言ってるようなもんなのに」

「なんで。君がそんなになるまで好きな相手なんだ、性別なんて関係ないだろ。それにここには男しかいないんだぞ……そういう輩はたくさん見てきた」



花を吐いて苦しむほど、想いを寄せられる相手は、一体誰なんだろう。そう思う自分自身の心の中に、嫉妬の気持ちが紛れていることに気が付かないふりをする。いつからだったろう、花を吐いて倒れる彼の秘密を只一人共有していることに小さな独占欲が生まれていたことに。



「じゃあ、もう誰かから貰った?」

「何を」

一瞬考えて本当に分からなかったヴィクトールは、小首を傾いで少年の方を向いた。




「センセ、今日が何の日なのか、知ってるんでしょう」



セシリオの瞳は熱っぽく輝き、自らの病衣の胸元を握りしめる手は少し震えていた。



初めて書いた同性愛モノです。

心情表現が下手くそなのが、お分かりでしょう……お恥ずかしい。ご容赦くださいませ。


ホワイトデーに続きが返ってくるとのこと、今からとても楽しみにしております。

さて、舞台は雪に閉ざされた北国の全寮制男子校。当然ゲルマン系の人種が殆どを占めるわけですので、ラテン系の少年セシリオは周りから浮いているのでしょうね。医務室の先生と孤独な少年。花吐き病と赤い薔薇。またもや、私の趣味全開で失礼いたしました。

少しでも楽しんで頂けたなら、幸いです。


それでは、またの機会に。

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