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鴉の子  作者: 詠城カンナ
最終章 鴉の子
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昔話




~カラスノコ~


ひっそりとそびえたつ、その屋敷。

鴉の屋敷は、永久に――




【昔話】



***



ホムラ色の夕暮れに

黒い鳥は羽をはばたき

遠く地平線へ消えてゆく


ハルも

ナツも

アキも

ユフも


シキを彩る移ろいは

一羽に

しじまに

水面ミナモ

揺れて



金色コンジキに輝く黄昏時に

漆黒の瞳はいつまでも悪戯で


姫の命令に

従順した使者も

王の戯れに

遊ばれた娘も

覇者の虚実に

見出された少年も


名を受け継ぎ

魂を響かせ

血肉をたどったそれらは


鴉羽色カラスバイロに染まって



ただ、末裔は

紡がれた末裔は、

たどるだけの末裔は、


孤独を友に

夜のやさしさに

涙の愛おしさに


幸福を、想う。


そして願わくは、


鴉の子が、ただ。


ただ、永久にあらんことを。


***



昔話をしよう。



あるところに鴉の姫がいました。

彼女は屋敷の主として、鴉の王の妹として暮らしていました。

寂しいという感情はとうに失せ、姫はただ残酷で残虐で純粋なまま育ってゆきました。

鴉は闇の支配下にいます。

いつでも、どこでも、仲間を欲しがる主のために奔走します。

それが鴉の世界の理でしたから。


ある日、姫はひとりの少年に出逢いました。

のちに彼は鴉の使者となり、運命を運んでくれるのですが、このときはまだ誰も、そんなことを知りません。

姫は彼の手足をぺろりと平らげ、目玉を兄の王にあげました。

するとどうでしょう、目玉だけの少年が泣き出しました。

姫は途端に後悔します。

急いで新しい依り代をつくってあげましたが、兄は決して目玉を返そうとはしませんでした。

そこで仕方なく、姫は本当の両親から受け継いだ宝物である耳飾りの宝石をはずし、少年の目としました。

しかし、宝石はふたつとも色違いでしたから、少年の目は片違えになってしまいました。

湖の湖面に映った己を見て、少年は小さく笑いました。


それから数年後。

鴉の王は少年の目玉を大事に懐にしまったまま過ごしていました。

ある時、気まぐれに降り立った村にたいそう美しい娘を見つけ、王はしめしめと笑います。

『ようし、あの娘を我が伴侶にしよう』

思い立ち、王はどろんと呪文を唱え、人間の姿になりました。

そうして困っていた娘を助け、気に入られようと思ったのです。

しかし、娘は親には可愛がられ、村人にも親切にされており、すこしも困った様子はありません。

王は腹立たしくなり、終いには娘の大事にしていた薬壺を盗んで隠してしまいました。

翌朝、とうとう王の思い通りになりました。

娘は泣きわめき、薬壺がないことを嘆きました。

村人総出で探しましたが、薬壺は見つかりません。

絶望に暮れた娘を見て、王はさっそく出ていって助けてやろうと思いました。

しかし、ふいに感じた気配に思わず隠れれば、なんと反対の山から天狗がやってきました。

どういうことかと首を捻っている王に気づかぬまま、天狗は娘の相談にのってやりました。

泣きはらした目で訴える娘に、天狗はひとつの助言をしてやります。

『その壺には、本当に薬が入っていたのかい?』

たったそれだけです。

村人や両親はわけがわからず首を傾げましたが、娘だけはひどく動揺していました。

王はおや、と思い、いましばらく薬壺を返すのを先延ばしにしました。


そうして数日が過ぎて、とうとう数年が経ちました。

飽き性な王は、とっくのむかしに娘のことも、薬壺のことも忘れていました。


さて、王の隠した薬壺。

山のふもとの林の間、三番目に大きな木の根元に埋めた薬壺。

だれにも見つかることなく埋まっていましたが、とうとうひとりの山賊がそれを発見してしまいました。

山賊の手から商人の手へ、武家へ、そして帝に渡った薬壺。

酒を飲んでいたその国の覇者は、赤ら顔でこの壺の中身をたしかめよと命じました。

そのころにはだいぶいわくつきの壺だと噂されていましたが、覇者は好奇心旺盛な方だったので身の毛のよだつような恐ろしい噂だってこれっぽっちも気にしません。

遅る遅る、家来が壺をあけてみると――


たちまち、黒の煙が立ち上りました。

これには覇者もびっくり仰天しましたが、時すでに遅し。

黒い煙の正体は、邪悪な呪いだったのです。

呪いはどぐろを巻いて覇者の首に咬み付きました。


覇者が病に伏せったという手紙を携え、やってきたのはひとりの奇妙な使者でした。

両目の色が違う、けれどきれいな色の瞳をした使者に周囲の者はぎょっとしましたが、帝はほほえんで手紙を受け取りました。

報告を受けた帝は、ほろほろと涙をこぼします。

たいそう珍しい壺だからと、覇者に渡したのは帝自身だったからです。

帝は急いで呪いを解く方法を国中に探させましたが、とうとうだれも見つけることができませんでした。

途方に暮れていたところ、ひとりの娘がやっきて言いました。

『どうかお聞きください。もし、わたしの村に都合の良い条件をのんでくだされば、わたしは見事呪いを解く方法を教えてあげましょう』

帝はほとほと困りましたが、とても心優しい方だったので、家来に相談もせずに頷いてしまいました。

娘はにっこり笑って、

『ああ、よかった。数年来の計画がこれで完璧だ。さあ、帝様。呪いを解く方法はたったひとつ。それは、あなたさまが身代わりになることです』


帝は娘の言うとおり、覇者の身代わりとなり呪いを受けました。

しかし、帝があまりに徳があったために、呪いは姿を変えました。


年を取らなくなった帝を、周囲の人間は気味悪がりました。

そしてとうとう、都から追い出してしまったのです。

からがら逃げ切りたどり着いた場所は、山奥の御屋敷でした。


そこで、帝ははじめて鴉の屋敷というものを知りました。

残酷で残虐で純粋な鴉、そしてそこにまじって暮らす人間に、惹かれなかったといえば嘘になります。


『あなたもここで一緒に暮らしましょう』


鴉の姫に誘われるまま、帝は――少年は、その屋敷で末永く暮らしましたとさ。


数年後、鴉の屋敷を紫の煙が覆い隠し、人間たちは誰一人、立ち入ることができなくなりましたとさ。


そうして鴉は嘲笑い、面白そうに声高々に笑ったとさ。



はい、おしまい。




『――なんてこった。人里ではこんな変なお話になってんだなぁ』

『うん、最初の話の半分もない長さだよ。きっと最初につくったお話が長すぎたんだ』

『だれが語りだしたんだっけ?』

『サァ?俺ら鴉にはわからないことさ』

『そうだなぁ。でも、鴉の子が語ったに決まってる!』

『きっとそうだ。運命ってもんは、天が決めて人が変えていくもんだ。俺ら鴉にゃあ、それを面白おかしく聞いているだけで十分さ!』

『ククク、その通り。さぁて、そろそろ屋敷に帰ろう』

『ああ、主が待っている』


昔話を語らう人間たちを小馬鹿にするように一鳴き。


二羽の鴉はカァ、と、夕暮れ空に飛び立った。





***



山の奥にいくな。

鴉の子にさそわれる。


暗がりへいくな。

鴉の子に頼まれる。


屋敷に近づくな。

鴉の子に愛される。



二度とは戻ってこれなくなるぞ。


それでもゆくと云うなれば。


おまえは鴉の子をシルだろう。




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