終ノ章 四季折々―紫の姫―
【終ノ章 四季折々―紫の姫―】
*
めぐる四季。
身に纏うは紫の気配。
* * *
「ふわぁ~」
「大きな欠伸だな」
「う、煩いっ!」
ぷぅ、と頬をふくらませ、少女はそっぽを向く。
真っ黒い髪をした、真っ黒い瞳の少女だ。
耳には紫色のきらめきがある。
隣にいるのは同じく黒髪の、されど空色の瞳をした少年。
ニカッと笑った表情はどこか幼さが残る。
そして同じように、片方の耳に赤いきらめき。
「だって、昨夜は喜助兄さまが指南してくれたんですもの……」
ぽっと頬を染めてつぶやく少女に、少年は面白くなさそうに肩をすくめた。
「それって俺のことだろ?」
「ちがうわ、あなたを依り代としたまったくの別人よ!」
少女は烏羽色の瞳をカッと見開き、食ってかかった。
「喜助兄さまはね、ちょっと悪戯っぽい笑みがとーってもかっこいいんだから!ニカって笑ったお顔もとっても素敵で、稽古は厳しいけれど、最後にはお優しくて……!」
「俺とどこが違うって言うんだ?」
「全部!全然、これっぽっちも一緒じゃないわ!」
ぷん、とむくれた少女にべ、と舌を出し、少年はちょうど空から舞い降りてきた一羽の鴉を腕にとめてやった。
「なあ佐助。紫姫は相変わらず、屁理屈が大好きみたいだぜ?」
「ちがうわ佐助。あなただって、喜助兄さまのほうが志季よりずっと素敵だって、そう思うでしょう?!」
『おいそこの馬鹿ガキども。佐助が人語を話せないのをいいことに勝手に言ってんなよォ』
と、言い合いをはじめたふたりに割って入ってきた鴉天狗。
「紅蓮!いいところにきた!」
「ねえ、佐助はなんて言っているの?!」
『ちょ、近いよ離れろ!』
ふたりの人間に詰め寄られ、鴉天狗はあわててお面をかぶり距離を取る。
そうして、むくれっつらの人間たちに視線を戻し、面の奥でニヤリと笑った。
『いいぜ、教えてやろう。佐助はこう言っているんだ――おまえら〈シキ〉は、ふたりとも大馬鹿者だってな!』
言い捨て、脱兎のごとく駆け出す。
やや遅れ、志季と紫姫がようやく紅蓮にからかわれたことを悟り、後を追いかけた。
「今日こそは烏天狗の丸焼きにしてやる~!」
「なんかそれヤだ!喜助兄を呼び出して躾けてもらいましょう」
「それだと俺が楽しめないだろ!」
「いいのよ、わたしが楽しめるんだから!」
追いかけながらもふたりは言いあいを再開する。
終いには紫姫が習いたての体術でしかけにくるものだから、志季は「このお転婆!」と叫ばずにはいられなかった。
「だから反対だったんだ!このお転婆に体術を仕込ませればそこらの兵士より厄介なんだもん!喜助のばかー」
「ちょっと!失礼なこと言わないでよ!なにより喜助兄を馬鹿にするなんて許さないんだからねー!」
佐助は一羽、屋敷の庭にある高い木にとまった。
ややして、隣にもう一羽がやってくる。
『あーあ。あいつら、また喧嘩して……紅蓮も紅蓮さねぇ』
鴉――朱楽の言葉に同意するように佐助がくいっと嘴を動かせば、彼女は高々に笑った。
『そうね、こういうのも悪くない。姫が死んでも、羽瑠が死んでも、紫姫が死んだって、還るところはみんな一緒なんだ。あのこたちのように、受け継がれていく命があるんだ。アタシは、あのこたちを気に入っているだけなんだ』
佐助は黒い瞳を遠くにやった。
朱楽もつられて後を追えば、ちょうどふもとの里から幾人かの集団がこの屋敷に向かっているのがわかる。
懐かしい気配に、知らず声を上げて笑った。
『ああ、ああ、いいものだ。伊達に年はとっちゃいないよ、知り合いが多いもんだ』
下方に視線をうつせば、互いに喧嘩疲れたニンゲンたちが空を仰いで笑っている。
ほうら、争っていたって、ニンゲンたちはすぐに笑顔になるんだから。
『佐助、アンタは喜助をどう思うんだい?』
カァ、と、間抜けな声がひとつ響く。
『ああ、そうだね。あいつはとってもお節介だねぇ』
みんな還るところは同じだけれど。ときどきこうして、鴉の子に触れた者たちの世話をやくその男は、まさしく鴉で人間だ。
『そうかなァ。俺様にとっちゃ、ただの暇つぶしさ』
ふと、朱楽の隣にひとつの気配。
うっすら形作られた、ヒトガタの少年。
人間たちには見えないけれど、同じ鴉には視える存在。
『次の輪廻に組み込まれるまで、いましばし、姫の子孫を可愛がってもいいだろう?』
ニカっと悪戯気に八重歯を出して笑う彼に、朱楽はカァ、とひとつ鳴いた。
わかりにくかったらすみません。
妄想で補っていただけると…嬉しいです!←
次からは蛇足的ですが、もう少しお付き合いいただければ幸いです。