六 アキの姫君
姫視点だけ一人称です。
一応、あとがきにまとめを書いてみました。
【六 アキの姫君】
***
大好きな存在があった。
大切で、けれど手の届かないところへいってしまった存在。
わたしのなかで大きな位置を占める、いとしい鴉。
たったひとりの、兄。
屋敷へ連れてこられ屋敷の主となったのも急だったが、それ以上に屋敷やマヨナカさまから解放されたのは唐突だった。
わたしと縁を断ち切った屋敷は、そのあふれるマヨナカさまの力も存在もわたしにとっての害でしかなく、近づくこともままならない。
ようやく手に入れた自由は、しかしそれまで窮屈に感じていなかったわたしにとっての拷問でしかない。
――はず、だったけれど。
屋敷から離れても、ひとりの夜があっても、闇に呑まれることはなかった。
いつも隣には夜呂がいて、こどもたちがいて、妹も、友人も、支えてくれる仲間もいて。
無性に切なくなる夜は、夢枕に彼が立った。
はじめから、わかってた。
わたしの胎に宿ったときから、それが彼の魂の欠片をひめていることくらい。
夜呂だって気づいてた。
だからこそ、息子の自由奔放な様を強く咎めたりはしなかった。
マヨナカさまに取り込まれる、闇のなか。
そのときに割れた、夜呂からもらった赤いピアスはくだけて、そして彷徨い――
マヨナカさまを抑える鴉たちの想いと、彼の魂が呼応して。
砕けた赤は象徴のように、わたしの息子に色を与えた。
年をとるにつれ、感情の高ぶりとともに色めく瞳。
それは抑えられぬ魂ゆえか。
気づかぬふりをして、息子と接した。
最期に、彼が言っていたから……
『――生まれ変わったら、姫の子になりたいな』
もし、そうなら。
……喜助、わたしは、幸せだ……
こどもたちが、いなくなった。
年齢とともに皺を刻んだ夫の手を取り、わたしは告げる。
「――行こう」
どこへ、なんて愚問は聞かない。
夜呂はただ、まっすぐこちらを向いて頷いた。
準備があるから、と高安を呼びに部屋を出る。
ひとりになったわたしは、ふと、心臓が忙しなく唸っていることに気づく。
眩暈を感じ、目を閉じる。
仮初の闇が生まれた。
『久しいな』
懐かしいガラガラ声に、ハッとして身をすくめる。
けれど幾ら周りを見回したとて、あるのは深い闇ばかり。
『けれど再開を懐かしんでいる暇はない。姫、屋敷へ行け』
声はこちらのことなどお構いなしにつづける。
目をまたたくと、闇のなかで声がカラカラと笑った。
『感じているだろう、姫。子らが集いはじめている――呪いはもう、充分だ』
声はつづける。
『オレサマは姫と出逢った。それでもう、充分なんだ』
兄の八重歯を出して笑う様が容易に想像でき、自然とわたしの口元にも笑みが浮かぶ。
「喜助、また会えるかしら」
『もうすでに、会っている』
声は相変わらず、楽しそうに。
『どんなカタチであれ、姫の家族になれてよかった――』
暗転したなかで、夢みるように、懐かしい屋敷の姿が浮かび上がる。
けれどどこか閑散としていて、すぐにそこが現在の屋敷の姿であることがわかる。
その屋敷のまえに、わたしのこどもふたりと、見間違うはずもない成長した暗紫、あとは友人のこどもたちの姿も見えた。
――呪いとは、どういうことだ。
――わからないの?
――わたしにはわかるわ。憎しみの連鎖。
――それを断ち切ろうというのか。
――けれど呪いはひとつだけではないわ。
――それにはぼくも関係しているようだね。
ひとつ、魔世という少女が暴走し、少年の魂とともに封じられた力の呪い。
ひとつ、沖聖を慕う喜助が科した、師実への永久に受け継がれる断罪の記憶への呪い。
ひとつ、屋敷の鴉と山の神・天狗、鴉の王が己の身を贄に捧げた、想いの呪い。
呪いを解くための鍵は、すでに手の内。
屋敷の力を長きにわたり受けた鴉の王の魂は、みっつに分かれた。
ひとつは彼の最愛の妹、屋敷の元主・姫の子へ。
ひとつは彼が出逢った健気な毒つくりの娘の子へ。
ひとつはいまだ屋敷に縛られた、生まれたばかりの烏の子へ。
感化したのは、ひとつ。
奇しくも娘は罪人少女の血肉を受け継いでいた。
双子は母体で互いの存在を魂と血脈で認識した。
【器】はすでに手のなかだ。
享受したのは、ひとつ。
誘われるように出逢った少年と少女。
奇しくも呪いをかけし者とかけられし者の継続者。
【理】はすでに手のなかだ。
呼応したのは、ひとつ。
従来のようにたったひとつだけ屋敷に残った魂。
欠片の魂をよく知る少女に応じ、収集の合図を送る。
【結】はすでに手のなかだ。
すでにふたつは共鳴し、屋敷の封じは解かれるのを待っている。
古よりつづいた因縁の呪いは、今、すべての解放を望んでいる。
マヨナカさまのはじまりも、すでに屋敷の前に用意されている。
【媒介】はある。
そして鴉の姫である、唯一屋敷と波長のあった人間の娘も、いる。
【生贄】も、ある。
――では、はじめよう。
――那都さん、龍楼さん、そして佐助はこちらに。
――おっ、俺は?
――薬丸さん、あなたは『器』ですから、こちらへ。
――えぇーっ!俺がっ?
――布癒さんは、そこへ。ああ、従者さんはそのままで。
――おい、なにか手伝うか。
――ああ、もちろん。『ヌシ』の守り人は大事な役目だからね、紅蓮。
――那都……
古より紡がれた力の番人である【護人】。
欠片の【魂】は集った。
【呪】を受けし血もそろっている。
――さあ、陣を。
――集中して。
――大丈夫、さぁ!
視界に靄がかかったようになりはじめる。
最後に、止り木にいた黒い鳥は、ゆっくりとこちらを見て、言った。
――はやくおいでよ、姫……
はじまりの、『出逢い』を。
役者はそろった。
そして、鴉の屋敷の【主】は――
目をひらく。
部屋のなかで、暗くなる夜空を見上げた。
ああ、待っているのだと、わかる。
最後に見たあれは、忘れもしない屋敷の鴉……朱楽だ。
重い雲が垂れ込めた夜空は、どこまでもつづく。
曇天が、星光さえ奪う。
真っ暗な、夜。
怖い闇夜?
けれど、それこそ愚問だ。
闇など恐れぬ。
夜はこちらの味方。
鳥目にはキツイ暗闇でも、屋敷の鴉ならなんの障害にもならない。
そしてわたしにも――
今はない耳元の飾り。
そっと触れると、あたたかくなった気がした。
「羽瑠」
娘の名を、静かにつぶやく。
彼女の耳にも、今は紫のソレがあるはず。
わたしたちを結びつけたソレが。
「那都」
呼ぶ。
静かに、けれど強く。
たしかにわたしは解放された。
縁を切られ、ただの人間になったのだ。
だけれど。
「――わたしは、主。鴉の屋敷の主――」
暗い夜空に手を伸ばす。
烏羽色の闇は、やさしいはずだから。
次に目をあけたとき、この身体に流れる力を呼び覚ます。
「わたしは――鴉の、姫」
【絆】も【運命】も、【孤独】も、ここに。
カァ、と。
鴉の声が、聴こえた気がした。
――だれが、娘を贄になどするものか。
わかりにくくてすみません。抽象的に書きたかったので。
龍楼と薬丸の両親はイモリ、ヤモリの響きや仕事内容から察していただけると期待していたのですが……
これでそれ以上のこともおわかりいただけたかなぁ、と。
解説というか、まとめてみました。
登場人物が多い上に名前もややこしいし、わかりづらい言葉で書いていたりするので、一応、以下に人物たちの関係性・血脈などのみを記載します。
すべて本文中に書いていることですが、何章にもまたぎますし、とりあえずまとめてみようかと……
苦手な方や嫌悪感を抱かれる方、曖昧なままでいい方、ご自分で妄想したい方はすっとばしてください。
混乱が生じた方や詳しく知りたい方はどうぞ。
***
魔世…力を抜かれたあとにふらふらととある村に辿りつき、そこで毒つくりの一族のはじまりとなる。
つまり、加世はその血を受け継ぐ者。
よって彼女の子である龍楼と薬丸はその血肉、いわゆる遺伝子を受け継いでいる。
ここで、喜助の魂はみっつに分かれ、
ひとつは鴉姫の子、那都に(瞳が赤くなるのは、砕けたピアスの色。)
ひとつは加世の子、龍楼に(建築の才能があるが、これは鴉の王になる前の喜助の才能)
ひとつは屋敷の烏、佐助に(羽瑠はなにかを感じ取っていた)
に分散されます。
薬丸は才能からしても毒つくりの血を受け継いでいますし、
龍楼は喜助の魂の欠片を有しているので、ここでふたりの存在が感化されます
いまだ屋敷に渦巻く『マヨナカ』を収納する『器』。
言わずもがな、布癒は成彰の娘です。
ので、那都と出逢うことで、
呪いをかけた者=喜助の魂を受け継ぐ=那瑠
と
呪いをかけられた者=師実、ひいては成彰の記憶を受け継ぐべき者=布癒
となります。
ふたりは『憎しみ』は抱いていないので、呪いを解く『理由』。
姫の血を引く羽瑠が屋敷に呼ばれ訪れ、佐助と出逢ったことで、
それぞれの欠片は集合をかける……
ついでに、現・屋敷の主・暗紫は幼皇帝の子孫でありますゆえ、
喜助の『恨みや憎しみ』から生まれた呪いの心の原因でもあり、
加えて魔世という少女を一度は抑えた杜彦と、魔世自身の清い魂を受け継いでいるため、
屋敷を制御できる力もあるわけです。
***
みたいな流れでございました。
本当にわかりにくくてすみません。
本文のところどころに上記に記したことは散りばめているのですが、
更新が不定期だったこともあり、忘れ去られることも多いだろうと、あえて解説もどきのまとめをつけてみました。
あと数章で終わると思いますが、おつきあいくだされば幸いです。