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更新はこれから、たぶん周一ペースになるかもです。
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「おお、小娘を殺す手間が省けたなぁ」
ねっとりした口調で、辰迅は言った。
隣の大柄な男も楽しそうに声を出して笑う。
夜呂はじっとしていたが、やがて姫の背中に刺さった矢を抜こうとした。
が、そのとき朱楽の声が響いた。
『それは抜かない方がいい。傷が開く矢だ』
感情のない声だ。
まるでただの人形のように。
夜呂は伸ばしかけた手を引っ込めると、姫を静かに寝かせた。
その眼からは、ひとすじの涙がこぼれ落ちる。
もう、意識はなかった。
夜呂は姫の持っていた刀を持ち、構えた。
泣いてはだめだ。
悲しんではだめだ。
こいつらを片付けてからだ。
そう自分にいい聞かせ、彼はふたりの男にかかっていった。
「うわああぁああぁ」
叫びながら、切りつける。
涙が溢れ、とめることなどできなかった。
憎い。
悔しい。
なんで死ぬんだ。
なんで大切な人ばかり死ぬんだよ……
「そんな細い腕で戦えるか!」
大柄な男が突き飛ばし、それだけで夜呂は倒れてしまった。
それでも彼は立ち上がり、再び挑む。
しかし、ひとつきで夜呂の刀は宙に舞った。
あっという間に力の差が歴然としてしまい、夜呂はきつく顔を歪めてふたりの男を睨んだ。
じりじりとつめよってくる彼から、逃げるすべなどない。
とはいっても、夜呂は逃げようなどとはみじんにも思っていない。
姫をひとり残して逃げるなど、頭には残っていなかったし、そもそもそういう考え自体思い浮かばなかった。
ただ、目の前の敵に立ち向かうことだけ。
それだけで、あとはまっしろだった。
夜呂は自身の手に目を落とす。
武器をなくし、残るのは素手だけ。
辰迅は含み笑うと、刀を夜呂につきつけた。
「選択肢をやろう。殺されるか、奴隷として売られるか」
そんなことならば、選択肢など最初からないも同然だ。
ふっと軽く笑うと、夜呂は挑戦的な眼で答えた。
「死なないし、売られるつもりもない」
辰迅の視線が変わった。
殺気を帯たのだ。
「ならば、死ね」
刀をかかげ、ふりおろす――そのとき、烏の鳴き声が空に響き渡った。
一羽の……否、何十羽もの烏が。
そのあまりの数に、夜呂も辰迅たちも動きをやめて、半ば放心状態で見守るしかなかった。
遠くから、黒々とした点が近づいてきたのだ。
カァカァと鳴き、その黒い点たちは夜呂たちの頭上で止まった。
「夜呂!!!」
同時に、高安の声もした。
夜呂の姿をみとめ、すばやく状況判断をするところはさすがであった。
「辰迅、貴様!夜呂を離せ!」
高安のその口調からは、以前のものが戻ってきていた。
兄と弟のような親しさが。
『姫……』
一羽のうつくしい烏が空から着地した。
がらがら声の、漆黒の翼の、喜助だった。
『姫を殺したな。姫を傷つけたな』
その眼は深く、深く、怒りと憎しみと殺気を宿していた。
逆らえない。
逆らわない。
その、圧倒的な力に。
『人間ども、皆殺しにしてくれる』
不気味ながらがら声が空に、地に、響いた。