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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第七部 鴉の末裔
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***



「えっと、薬丸」

「だから俺はイモリ!何回言えばわかるんだ」

「だって、イモリもヤモリも響きが似ていてややこしいんですもの」


羽瑠の双子の兄である那都と薬丸の双子の弟である龍楼が時を同じくし熱で寝込んでしまった。

おとなたちはふたりを医者に診せるべくつきっきりで、羽瑠たちは部屋に入れてもらえなかったのだ。

だがしかし、いい根性をしているというか、忍びの天才というか、深水だけはまるで透明人間のごとくそそそ、と那都らの部屋へ入り込んでしまったのだが。

なにかあれば深水のことだし、知らせにくるだろうと考えが及び、結果、残された片割れふたりは部屋で互いに言葉を交わす。


相変わらず薬丸は『イモリ』と呼べと煩い。

羽瑠にしてみれば薬丸と龍楼の名前のほうが覚えやすかった。

薬草の才をもつのが薬丸で、建築の才をもつのが龍楼。

どちらも名にそれぞれの才能を匂わせる字があてられており、まるで為るべくしてなった才能のようで覚えやすいのだ。

だからイモリとヤモリは覚えにくい、と言えば、薬丸はそんなことかと肩をすくめる。

「なら、イモリもヤモリも一緒さ。家を守る家守ヤモリが家繋がりで建築の才。井守イモリっつーのは、煎じればびやくっていう薬になるらしい。だから薬繋がりで薬草の才」

「へぇえ!」

「な、わかりやすいだろ!」

賢そうに説明する薬丸に感心のまなざしを向け、羽瑠は素直に感嘆の声をあげた。

が。

「でもやっぱり薬丸と龍楼のほうがわかりやすいわ」

きっぱりと告げた少女に、勝ち気な顔をしていた少年はついにがっくりとため息をもらしたのであった。




「おまえの兄貴ってさ」

ふいに薬丸がつぶやくように聞いた。

羽瑠はなんだと首を傾げる。

しかし薬丸はなかなか言い出すことなく、もじもじとしているだけだ。

言おうか言うまいかいまだ決めかね、一言めが思い浮かばずじれったそうに口をもごもごさせている。

そのまま彼がなにか言葉を見つけるのを待ってもよかったのだが、羽瑠はなんとはなしにこちらから切り出した。

「龍楼の声って、かわいいわよね」

「えっ」

ぽかんとほうける薬丸に構わず羽瑠はつづける。

「兄さまはちょっとガラガラ声なの。たまにそうなるんだけれどね」

じっと薬丸の緑がかった眼を見つめ、羽瑠はそれきり黙り込む。

次は薬丸の番だとでもいうように。

じりじりと無言の圧力を受け、薬丸は口のなかで言葉にならない言葉を発しかけたが、すぐに視線を泳がせ、落ち着きなく身体を揺する。

羽瑠は辛抱強く彼が答えを得るのを待った。

しばしして、ようやく決心したのか、顔をあげた薬丸はキッと鋭いくらいのまなざしで目の前にいる少女を見やり、口をひらいた。

「鴉の王って、知ってるか」

緊張が空気を伝って羽瑠にまでやってくる。

ごくりと唾を飲み込み、羽瑠は「からすのおう?」とオウム返しに言葉を紡ぐ。


鴉の王――それは、那都の……


薬丸はすこしだけうつむき、憂いを含んだ目でつづける。

「うん。母ちゃんが言ってた……母ちゃんは俺に聞かれたとは気づいてないみたいだったけど。寝ている龍楼の髪をすきながらさ、『おまえは鴉の王の欠片をもっているのね』って……」

羽瑠は口を挟まず、じっと聞き入る。

もし、少年の言うことが本当ならば、兄の苦しみをひとつ取り除いてやれるのではないか。

「最初は、なんのことかわかんなかった。だけど……ときどき、龍楼は変な夢をみるっていってた。真っ黒い烏が出てきて、ガラガラ声でなにか言うんだ。でも、龍楼はそれを聞くことができなくて……」

ばっと身体を前のめりにさせ、土下座せんばかりの勢いで薬丸は羽瑠にすがった。

「なにかわからないか?俺、あいつとおまえの兄ちゃん、なんか似てるって思ったんだ……なにか、知ってないか?」

泣きそうに顔を歪める少年の目を見つめ返し、羽瑠も苦しげに唇を噛みしめた。

この少年も、そうなのだ。

兄弟のために、なにかしたい。

なのに、なにもできない……自分と同じなのだ。

「薬丸……」

「あいつ、三年前までよく熱を出してた。そのとき、うなされるたびに口走っていて……」


『マヨ、マヨ……マヨナカさ、ま……』


薬丸はそう言い、しょんぼりと肩を落として顔を伏せた。

だから、彼は羽瑠の表情をうかがい知ることはなかった。

彼女が、目を見開いて顔を真っ青にしていたことに。


三年前――それはちょうど、兄である那都が『目覚めた』時。

彼の瞳に赤いきらめきが宿り、沈黙していた魂が目覚めだしたのと時を同じくしていた。




当時、高熱を出すことが常であるほど、那都は身体が弱かった。

熱に浮かされ、漂ううわ言はだれの耳にも聞き取れはしなかったが、その苦しげな表情がひどく痛ましく、お見舞いにいった羽瑠は胸を射られたような衝撃が走ったのを今でも覚えている。


「お兄ちゃん……」


震える声が、情けなくて。

死んでしまうのではと、縁起でもない考えが頭をヨギった。

「大丈夫ですよ、羽瑠さま」

見上げれば、兄の隣でにっこりとほほえむ深水の姿。

それほど年が変わらないのに、彼はずいぶん大人びている。

彼の父は羽瑠たちの父親の側近であり友であり、冷静沈着で腕っぷしは国いちばん、羽瑠のあこがれでもあった。

そんな父親より深水はずっと柔らかい表情をする。

だが、彼と父親がそっくりなのはその忠誠心だ。

父が主へ誠心誠意仕えているのを見てきたためか、深水も主となった那都にまるで兄弟のように付き従っている。

本当は、深水の主は那都と羽瑠のふたりであるのだが、自由奔放・自分勝手、いつでもどこでも目を離した隙にいなくなるやんちゃな那都と、おとなしく空気を読んで過ごす羽瑠とでは、どちらに目をかけねばならぬかは一目瞭然で、結果的に深水は那都だけの従者――というより手綱――になった。

文句はない。

羽瑠の目から見ても、兄の有様は心配で目が離せないのだから。


深水も、羽瑠同様に那都をひどく心配しているようだ。

けれど懸命に、羽瑠を元気づけようと笑顔をくれる。

自分だって泣きたいくらい不安なくせに……

「そう、だね。お兄ちゃんはきっと、すぐによくなるわよ」

だから、羽瑠も平気なふりをする。

表情がうまく動かせないかれど、それでも、怯えを押し殺して。


三日三晩、那都は高熱にうなされつづけた。

そして三日目の深夜、事は起こったのだ――



「那都さまがいなくなった!」

それは瞬く間に広がり、城中が大混乱になった。

高熱を出し、歩くことさえままならなかった那都が姿を消したとあり、誘拐ではないかと騒がれる。

警備はどうした、と責任者である深水の父・高安も狩り出され、くまなく捜査が開始された。

しかし、一向に見つからない。

捜査の手は城下町を超えて国境付近にまで及んだが、結局那都の手がかりはまったく上がってこなかった。

皆が皆、悲嘆にくれるなか、羽瑠も泣き止むことができずにいた。

もしかすれば、兄はもう二度と戻ってこないのではないか――


いつの間にか眠ってしまったのだろう、夢をみた。

暗闇に、ひとりの少年が立っている。

羽瑠は声をかけようとしたが、そのまえに少年がこちらを振り返った。


「あ」


紅い瞳が、らんと輝きこちらを見すえる。

なんだかなつかしいような、そんな気持ちになってそっと手を伸ばすと、その少年はニカリと笑った。

『返すよ』

「え?」

彼の言葉にわけもわからず首を傾げる。

それにしても、八重歯が人懐こさをうかがわせる笑顔だ。

どこか飄々としていて、自信に満ち溢れていて……まるでだれかを連想させる。

と、ふいに羽瑠は己の隣に気配を感じた。

深水であった。

「羽瑠さま、お下がりください」

そっと身体を前に出して羽瑠をかばうように立つと、深水は少年と対峙した。

しかし、当の少年は深水の警戒心を歯牙にもかけず、相変わらずの笑みで再度口をひらく。

『そう心配するな。俺様は助けてやりたいだけだ』

「なにを――」

『あいつが熱を出したのは、育ちはじめて俺様の欠片が共鳴したからだ。慣れるのにしばし時間を要したし、共鳴を止めるには接触が大事だからな』

ガラガラ声で、少年は言う。

年の割にやけに色香のある男だ。

羽瑠は深水の陰からそっと彼を見つめていた。

目が、あった。

紅い目が、ふっと、やさしくほほえんだ――



目を覚ます。

隣には深水がいて、ちょうどこちらも目覚めたようだ。

互いに顔を見合わせる。

あれは、果たして、夢か――



「那都さまがお戻りになられたー!」



なにか言う前に、そんな声が城中に響きわたる。

びっくりして、羽瑠は深水とともに外へ飛び出した。



「欠片を探して」



ただ一言、帰ってきた那都はそう言って、疲労を取り除くように、こんこんと眠った。






那都の瞳が時折紅く色を成すことに気づいたのは、羽瑠が最初であった。

深水にどんなに相談しても、彼はそれを目にしたことはなく、信じてはもらえなかった。

しかし、すぐにそれも終わる。

刺客により傷ついた深水を目にしたとき、傷ついた友を目にしたとき、那都は完全に『覚醒』してしまったのだ。

人間とは思えぬ、『力』を。






「――高熱を出したのは、魂の共鳴のため」

話し終え、羽瑠は淡々と薬丸へ告げた。

「つまり、それは……」

震える声で、薬丸もごくりと生唾を飲み込む。


『魂の共鳴』


それはつまり、ふたりは魂の欠片を所持しているということ。

龍楼の魂と、那都の魂が共鳴している。


マヨナカさま、紅い目の少年……



「……母ちゃんは、先祖様のお告げかもって、言ってた」

唐突に、薬丸は話し出す。

「母ちゃん、昔は毒サソリって呼ばれるほどの毒薬の使い手だったらしいんだけど……母ちゃんたちの一族は代々毒と薬を扱うのに長けていて……はじまりはひとりの少女だったらしいんだ」


貧しい村に、ある日ひとりの少女がどこからともなくふらり、と現れた。

見目麗しい姿かたちをしていたが、服はぼろぼろで、目には生気がない。

声をかけても応えない。

まるで人形のような娘だったという。

村人たちは、きっと戦で帰る場所を失った哀れな娘だと思い、世話をやいてやった。

……数年後、貧しかった名もない村は『毒の一族の住まう村』と言われるほど、有名な村となる。

それが、毒サソリの一族のはじまり。

――はじまりの少女の名を、『マヨさま』といった。



「だから母ちゃんは、『マヨナカさま』じゃなくて、『マヨさま』なんじゃないかって……でも、俺、母ちゃんは他にもなにか隠している気がするし……」

くずくずと鼻をすすり、涙声になる薬丸。


羽瑠は、気が遠くなるようななかで、あの夢のつづきを思い出していた。




『――を解放してやって』


『きっと――はそれを望むだろう』


『俺様も、もう、自由なのだから』



紅い目の少年は、ニカッと嗤う。



『よろしく頼むよ、姫の娘』





――すべての欠片が集まりし時、それは呪縛から解放されるのだ――





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