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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第七部 鴉の末裔
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二 双子―ハルの花嫁―



幾重にも運命を重ね


衷心より願う 絆のつながり


爽籟ソウライ






【二 双子―ハルの花嫁―】



***


小さいころの話だ。

まだ十にも満たないころの話。


秋の夜。

雲一つない真っ黒の夜空に、おぼろげな月がぽっかりと浮かんでいる。

虫が草の間から小さくないて、風は真夏の暑さが去ったことを告げている。

薄の葉を振り回し、「格闘だ!」なんていきり立って従者の少年と遊び呆けていた兄はすでに床につき、彼に付き合いくたくたに疲れ果てた従者もまた、すでに寝息を立てている。

そっと寝床から抜け出し、ひとり、羽瑠は縁側へ足を滑らせた。

見上げた空には、やはり月だけが浮かんでこちらを見下ろしている。


「おーつきさまーはねむるー。よいこのーためにぃー」


母がよくうたってくれる子守唄を口ずさみ、羽瑠は足をぶらぶらさせてぼんやりと月をながめた。

ときどき眠れなくなると、羽瑠は空を見上げる。

母が手を握ってくれるときもある。

そうしてはじめて、まどろむ。

兄のように、寝つきはよくないのだ。


兄の那都は好奇心旺盛で、ころころと表情の変わる少年である。

声も大きく、ニカっと笑う様は太陽のようにきらきらしていて、羽瑠の自慢の兄である。

彼の従者として兄弟のように育った深水も、羽瑠同様に那都にあこがれの感情を抱いているのは明白で、ふたりして那都のあとをついて回るのが常であった。

しかし、双子とはいっても羽瑠は女で那都は男。

兄のように玩具の剣を振り回すことはよしとされず、つい頬を膨らませたくなるときもある。

けれど不機嫌になっても、気づいてくれる者はすくない。

なにしろ、羽瑠は兄とちがい表情のあまり豊かではない娘であったから。

だから人々はときどき、羽瑠を『不思議な子』として見るのだ。


「ねーむれー。つきよーのー……」


ふいに、羽瑠は口をつぐんだ。

かさり、と草陰から音が聞こえたのだ。

ぎゅっと肩に力を入れる。

正直、怖い。

お化けなんていない!

と心のなかでつぶやいて、羽瑠は自分の耳に光る紫色のピアスにそっと触れた。

これはお守りだったから、勇気がわいてくるのだ。


「だれ」


じいっと目の前の草陰をにらむように見つめながら、声をあげる。

ざわざわと風が草木を揺らしていく。

気のせいだろうか、と思いはじめたとき。

ひょっこりと、よっつの眼が出てきた。


悲鳴をあげなかったのは恐怖が強すぎたからだ。

目をぱっちりと見開いて、羽瑠はたった今顔を出した不審な人物に目を凝らす。


ちょうど同じ年ころのこどもたちであった。

が、少女なのか少年なのかはわからない。

どうにも奇妙な出で立ちをしているのだ。

ふたりとも、首の位置できれいに切りそろえられた茶色みがかった髪をしている。

ひとりは前髪を橙色の組紐で結い、もうひとりは縹色の組紐で結っている。

着物はどちらも茶色の小袖を着ていたが、丈は膝までで、襷のようなものを羽織っていた。


橙色の組紐で前髪を結ったほうは、勝気な顔持ちをしている。

前歯がちょうど抜けているのか、にっこりと笑ったさまはちょっと間抜けだ。

茶色の三段重ねの箱を背負い、腰には黒い紐で小瓶をくくりつけている。

むき出しの細い足は包帯が巻かれ放題で、羽瑠は怪我をしているのだろうかと思った。


もうひとりは眉をハの字にし、どうやら気弱なようだ。

先にずんずんと出ていった片割れをおろおろと見やっている。

こちらは灰色の背嚢を背負い、手には筆記用具と和紙が握られていた。


「だ、だれ」

「イモリだ!」

びくりと肩を縮め、責めるように問うと、勝気な顔をしたほうがにっこりしてそう言った。

イモリ?と思わず首を傾げる羽瑠に構わず、こどもはさらにつづける。

「で、こっちがヤモリ!」

「ちょ、ちょっと……」

気弱そうなほうの腕を強引にひっぱり、こどもは羽瑠に対面させる。

羽瑠の正面にやってきたヤモリと紹介されたこどもは気まずそうに目を泳がせたが、やがてがばりと頭を下げた。

「は、はじめまして!いきなり、すみません……ぼ、僕たち迷っちゃって……」

「ここどこだ?俺たち、お使いできたんだ」

ヤモリの言葉を遮り、えっへんと胸を張ってイモリは言う。

そっくりな顔立ちなのに、ふたりの有様はまるで対である。

羽瑠は己と兄のような関係だな、と思いあたり、すこしだけ親近感を覚えた。

「わたしは羽瑠。あなたたちはどこへ行きたいの?」

「えっと、北の皇で在らせられる夜呂さまに……って、羽瑠さんって……どこかで聞いた――」

「母ちゃんとはぐれたんだ。案内してくれよ!」

今度もやはりヤモリの言葉を遮ってイモリは言い放ち、にっこり笑ったまま羽瑠の腕をつかむ。

と、羽瑠がなにか反応するまえにヤモリが大慌てでイモリの手をはじいた。

「な、なにやってんだよ、薬丸ヤクマル!この人は――」

「痛ってぇな!それに俺は今イモリで――」

「ご、ごめんなさい!無礼をしてしまって!あ、あなたが姫さまだとは知らなかったんです」

騒ぎ立ててむすりとするイモリを無視し、ヤモリ少年は土下座する勢いで羽瑠に頭を下げはじめた。

あまりのあわてように、逆に羽瑠のほうがおろおろして、少年の肩をたたく。

「そんなに、畏まらないで。あなたたちは父さまのお客さまなのでしょう?わたしと、お友達になって」

目に涙を浮かべたヤモリが、恐る恐る顔をあげ、力なくほほえんだ。

居住まいをただし、ヤモリは改めて名乗る。


「僕は、龍楼カミロと申します。こちらは双子の兄の薬丸です」


「かみろ?さっきの、イモリとかヤモリっていうのは……」

「あ、あれは仕事名です。お父さんとお母さんも、仕事のときは通り名があるから、僕たちもそうしようって薬丸が……」

と、そんな空気を壊すのはやはり相方のほうであるらしい。

「なんでバラすんだよーっ!仕事で来ているんだから、本名は秘密にしたかったのに!」

「仕事って、それはお母さんの仕事だろっ!まったく、薬丸はいっつも勝手なんだから」

「なんだとっ」

ふたりが火花を散らしはじめたので、羽瑠はあわてて止めに入る。

「え、えっと、ふたりの仕事って?」

すると、すぐに薬丸もといイモリが待ってましたとばかりににこりと表情を変え、羽瑠へ向き直った。

どうやら質問は成功したらしい。


「俺は薬師クスシ!」


ほら、と彼は背負っていた小箱を見せる。

薬籠ヤクロウというらしい。

さらに腰に巻いていた紐から小瓶をいくつか取り出し、「これは風邪薬でこれは眠気覚まし、これは声を変にするやつ」などと説明しはじめた。

ヤモリもとい龍楼はとほほと呆れつつ、自身も和紙などを広げる。


「僕は建築を学んでいます。大人になったら、立派な屋敷を立てるのが夢なんです」


羽瑠はまじまじとふたりを交互に見やり、ほう、と息をつく。

同じ年ころの少年が、それぞれ大きな夢をもち大人のように自分の仕事にしていることに驚きを感じたのだ。

羽瑠自身にはまったく考えつかない境遇である。

感心したまなざしを向けると、イモリもとい薬丸は腕を組みながら満足げに頷いた。

――と、ふいに龍楼が顔をあげ、羽瑠の背後に目を向けたまま「あ」と声をあげる。

同時に、肩にぽん、となじみのぬくもりがのった。


「あ、那都……」


つられて振り仰げば、眠気眼をこすって欠伸をしながら双子の兄が部屋から顔を出していた。

寝癖で前髪がぴょこんと立っている。

どうやら羽瑠たちの会話で目が覚めて様子を見に来たらしい。

那都の登場に薬丸はぎくりとあからさまに身を固まらせ、龍楼は目を驚愕に見開いたまま小刻みに震え出した。

羽瑠は兄と双子の兄弟らを再び交互に見やり、首を傾げる。

先ほどまで笑みさえ浮かべ気軽な雰囲気であった双子はあきらかに様子がおかしいし、双子に気づいた那都のほうも警戒心を剥き出しにしたまなざしでふたりを見ている。

三人の様子に、羽瑠は違和感を覚えた。


「羽瑠、そいつらはだれだ」

こどもとは思えぬほどの鋭い声で那都は言った。

びくりと思わず肩を縮めつつ羽瑠は答える。

「……お、お客さんよ。か、母さまと父さまに用事があるんですって」

「用事……?」

妹を庇うように双子と羽瑠の間に身体を滑り込ませ、那都は薬丸と龍楼に視線をやる。

薬丸はびくびくしながらも、持ち前の勝ち気さを取り戻しつつあるようで、拳を握って口をひらいた。

「そっ、そうだぞ!俺たちは……」

「そっちの」

しかし、薬丸が皆まで言い切るまえに那都はいまだ目を見開いたままの龍楼に声をかけた。

那都と龍楼の視線がぶつかる。

と、今度は弟を庇うように薬丸が龍楼の前に飛び出し遮った。

無言のまま、彼は那都をにらむようにじっと見つめる。

羽瑠は兄の背後からその様子を見ていたが、ふいに、薬丸の眼はやや緑がかっているのだと気づき、場違いながらきれいだなぁ、なんて考えていた。

視線を先に外したのは那都であった。

「父さんを起こしてくる」と言うなりこちらに目もくれずさっさと踵を返してしまった。

薬丸は拍子抜けしてぽかんとしていたし、龍楼は兄の袖を引いて顔を青ざめさせている。


「どっどうしよう」

「兄さま、様子がおかしかったけど……今父さまたちを起こしにいったわ」

首を傾げつつ羽瑠が説明すれば、龍楼はかわいそうなくらいさらに血の気の失せた顔になる。

「そ、そそそ、そんな!こんな夜更けに起こしていただくなんて……あ、明日でいいのに!」

「でも、もう行ってしまったし……」

「まあまあ、落ち着けよ。きっと夜呂さまは心の広いお方さ!」

薬丸も調子を取り戻しつつ、情けない声を出している双子の肩をばしばし叩いた。

しかし当の龍楼は「そんな暢気な……」とこどもらしからぬ気苦労の絶えない様をありありと浮かべ、次の瞬間くらりと傾きそのまま倒れてしまった。

「か、龍楼!」

いきなりのことにぎょっとする薬丸。

羽瑠も目を見開き声もなく驚く。



同時刻――父を起こしにいった那都もまた気を失ったと知るのは、もうすこしあとになる。





タイトル変更

妖怪双子伝説→双子


当初の予定と変わりましたので。



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