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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第六部 鴉の少年
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******





「驚いたな」

思わず、といった調子でそうこぼしたのは、他ならぬ姫だった。

長い烏のような真っ黒な黒髪には、白い肌が対照的だ。

いつもは鋭い瞳なんだろうけれど、このときばかりは大きく見開かれ、口元にはかすかな笑みさえ浮かんでいる。

今、ぼくたちは『烏の屋敷』――そう呼ばれる建物のなかにいた。

とにかく話をしようということになり、姫の案内で屋敷へとお邪魔させてもらったのだ。

小綺麗ななかはしんと静かで、畳の匂いが鼻をくすぐる。

すこし暗い気もしたけれど、荘厳なうつくしさが逆に際立つ。

姫に促され、ぼくたちは一室に入った。

なんの代わり映えのない、――ただ、なにも物が置かれていないため生活感はなかったのだけれど――和室だ。

姫が腰を下ろし、その向かえに夜呂、それからぼくと華虞殿がつづいた。

そして座るなり、姫は「驚いた」と口を切ったのだった。

「夜呂、おまえ、どう見ても歳をとったように見えるぞ」

驚いてはいるみたいだけれど、姫の声にはあせりはない。

それよりも、夜呂はまだ混乱の最中にいるみたいだ。

なにを言おうかと口をぱくぱくさせている。

「まあ、だいたい予想はつく……まずはわたしの話をしよう」

途端に瞳をすっと細め、姫は口を切った。

「目が醒めたとき、わたしは屋敷の――『最奥の間』にいた」

「さいおくのま?」

思わず疑問が口をついて出た。

ハッとして唇を結んだけれど、姫は気にするふうもなく頷く。

すこしだけその口元に笑みが浮かんでいてほっとした。

はじめてまともに目があったような気がする。

「そう、最も闇に近い、屋敷の核だ……かつてそこには、マヨナカさまの力とも呼べる意志があった」

姫はつづける。

「けれど今はもうない……闇は、いまだあるけれど……マヨナカさまの意志は感じられない」

――おまえが、暗紫だね?

そう問われ、その真っ黒い瞳に見つめられ、息を呑む。

「封じなのでしょう?……わたしにはもう、あまり力がないみたいだ」

すこしだけ寂しそうに、姫は視線をずらしてそう言った。

どうやら、姫はすべてを知っているみたい。

彼女は、今度は夜呂に向き直って、あの暗闇のなか――マヨナカさまとの出来事を話し出した。

姫がどうして知っているんだろうと思うことまで詳細に説明していたから、すこしびっくりした。

マヨナカさまの記憶、烏たちの集合、そして『封じ』としてのぼくの働き……喜助のこと。

淡々と語る彼女は、感情を押し殺しているみたいだった。

「わたしは、喜助から最後に『なまえ』と『いのち』をもらった。だから、もう屋敷に拘束されることはない」

最後に、姫はぼくの目を見て、告げた。

「次の屋敷の主は、あなただ」


え、と驚いたのは、夜呂と華虞殿。

ぼくはすんなりと受け入れていた。

そうして同時に、なぜあのとき――姫を捜そうと屋敷から離れようとしたあのとき――心臓が痛んだのか理解できた。

どうやらぼくは、屋敷から離れることができないみたいだ。

ひとり納得するぼく。

姫はさらにつづけた。

「『なまえ』と引き換えに、わたしは自由を得た。けれど屋敷を統べる力を失い、残されたのは闇の記憶を共有すること」

難しくて、眉をひそめる。

すると姫は柔らかく目を細め、「簡単にいえば闇と友人だということだ」と教えてくれた。

つまり……だから姫は、あの暗闇での出来事を詳しく知っていたってことなのかな?


「な……まえ……?」

ふと、それまで驚愕のために声を発することのなかった夜呂の口が言葉を紡いだ。

見ると、はじかれたように顔をあげた夜呂が、姫にきらきらしたまなざしを向けている。

「な、名前!」

「……なんだ」

姫は眉間にシワを寄せる。

夜呂がなにを言いたいのかわからないらしい。

それにしても、たしかにこの青年は夜呂なんだなぁ。

目元とか、表情の端々に懐かしさを感じる。

「名前、教えてよ!」

じれったそうにそう言った彼に、姫は一瞬きょとんとしたけれど、すぐに微笑を浮かべた。

「鴉の姫と書いて、アキ、だ」

「あき」

あき、あき、と何度も名前を紡ぐ夜呂がすごくうれしそうで。

どこかこどもっぽい表情にこちらも和んだ。

「アキ」

「なんだ」

「……っ、よく……笑うようになったね」

きらきらと目をまたたかせ、けれど頬をすこしばかり染めて夜呂が言う。

姫は自分の頬に手をあて、「そうか?」と訝しげにしていたけれど。

ふふ、とうれしそうに笑う夜呂は無邪気で、どこか子供っぽかった。

そんな彼を見つめ、姫はぽつりとこぼす。

「……それ……つけていてくれたのだな」

視線をたどると、どうやら夜呂の耳につけられた薄紫のピアスのことを言っているみたい。

「ああ。姫の声が、聴こえる気がして」

「わたしは……おまえからもらったモノは、砕けてしまったんだ。たぶん……闇に溶けて――」

「いいんだ。姫――鴉姫が無事なら」

「夜呂……」

「鴉姫……」



「おふたりさん」

そんなとき、緩やかな声がした。

しばし穏やかなあまい沈黙がつづくと思われたけれど、それまで黙っていた華虞殿が口をひらいたのだ。

「あまぁ~い雰囲気のとこぉ悪いけれど、そろそろぅ、こちらのお話も聞きたいわぁ」

こちら、と示された夜呂が、頬の熱をごまかすみたいに咳ばらいをした。

「そうだな……では、暗紫たちがマヨナカのもとへ行ってからの事を話そう」


佇まいを直した夜呂は、すっと目を鋭いものに、真剣なものに変える。

それだけで、ビリリとその場の空気が変化したのが感じ取れた。

先ほどの、どこか子供染みた雰囲気は皆無で、人を束ねる器量のような、威厳と尊厳にあふれた、ひとりの若者の姿がそこにあった。







夜呂が鴉の屋敷に到着したころには、すべてか終着の時を迎えつつあった。

戦は敵兵の降伏により平定し、平穏を望む民らの願い通りに動きつつあったのだ。

夜呂は落ち着きを取り戻した国を見とめるや否や、後を高安に任せ、さっさと屋敷へと向かった。

速馬を駆り、疾風のごとく、あの山奥の、烏の集う屋敷を目指したのである。

道中、彼は気が気ではなかった。

馬が疲労に震えるのも構わず、とにもかくにも急く思いで駆けに駆けた。

ぴりぴりと耳に宿る姫と交換したピアスが呻いたのは、果たしていつからだったであろう。

馬をおり山中に入り、屋敷があるであろう場所に出たとき、夜呂の心は不気味に跳ねた。




崩壊――そんな言葉が彼の頭をしめる。

かつては威風堂々と建っていたはずの屋敷が面影の跡形もなく無残になっていた。




それから、時は過ぎた。

北国は復興に力を入れ、夜桜らと同盟を交わし、幼皇の国は皇帝が不在のままも滅亡することはなかった。

成彰の支配下にあった西国は幼皇の国と合併し、貧しい東の国も傘下に入る形で北国に合併された。

よって国々はひとつの共和国のようになっていた。

暗雲に覆われていた空はいつしか太陽の光で満たされていた。

世界はひとつに、あたたかな日差しの下に集い、安穏を求め動き出している。

それなのに――暗紫たちの姿はなく、時を重ねるにつれ、彼らの死を疑う者もすくなくなっていった。

「だけど……おれは……おれたちは信じてた」

ふっと目を細め、夜呂は言う。

――いつか、みんなが帰ってくるということを。




「山を見上げて過ごすのが常でね」

くすっと夜呂は苦笑する。

「そしたらどうだろう!ちょうど屋敷のあった辺りが発光していて……それで急いでやってきたってわけさ」

皆にもその旨を伝えたものの、いてもたってもいられなかった彼は一足先に山へと馬を駆ったというわけである。

「でも驚いた。まさかと思えばひ――鴉姫がいるし」

『ひめ』と言いそうになり、夜呂はあわてて『あき』と言い直す。

「跡形もなかったはずの屋敷は元通りだし。まったく狐につままれたようだよ」

片方の眉を器用にあげて肩をすくめる男に、姫も華虞殿もぼくも笑った。



と、そのとき。

ふいに外が騒がしくなった。

ぱっとはじかれたように夜呂が立ち上がり、目をきらきらさせる。


「姉上!」

悲鳴じみた声とともにひとりの女性が部屋に飛び込んできた。

ひし、と姫を抱きしめる彼女は、瓜二つ――いや、姫よりも若干大人びた顔をしている。

たぶん、夜桜だ。

本当に姫と夜桜はそっくりだなぁ。

姫は戸惑いつつも、彼女が妹なのだとわかったのか、きゅっと抱きしめかえしていた。

きっとふたりの間には見えない時間の溝があるんだろう。

けれど、大丈夫。

絶対仲良くなれるはずだよ。

「ひ、姫!」

「幼皇さま!」

それにつづくように、わらわらと人々が部屋に入ってくる。

「暗紫!」

ほぼ悲鳴のような声をあげて入ってきたのは――加世と空弥の姉弟。

つい、なつかしくなる。

やっぱり彼女たちも大人っぽくなっていたけれど、でも、面影はあるし、なにより変わらずにぼくに接してくれる。

うれしくて、うれしくてたまらなくて、頬が緩んだ。




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