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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第六部 鴉の少年
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第三章 継承



【第三章 継承】





******


闇から出たとき、世界は終わったんだと漠然と思った。

真っ暗な世界が一転して、真っ白な光だけの世界になって、いつの間にかすべてが無にかえったんだと、そう思った。

そしてそれはあながち間違いではなかったのだけれど。

ぼくたちはたしかに、「マヨナカさまの世界」の終焉を目の当たりにしたのだから。

けれどこの時のぼくにはそれがわからなくて、ただただなにもない世界に愕然とした。

せっかく封じが成功したのに。

せっかくすべてが平和になったと思ったのに。

みんなの笑顔が見られるって、信じていたのに――。


なにもない世界が広がっていた。


泣きたくなった。

なんでみんないないのかわからなくて。



けれどそれはどうやら……ぼくの勘違いだったみたいだ。

『なにもない』のではなく、『なにも見えない』のだ。

たとえば、真冬の朝に、真っ白な雪の積もっている外に飛び出したとしよう。

純白の雪は朝日を浴びて、きらきらと目を刺すほど眩しく見える。

ぼくたちは長い間『闇』のなかにいたから、だから急に光のある世界にきて、もっとも強烈な『まぶしい』を体験したのだった。

今の時間はわからないけれど、太陽が出ているし、きっと朝方なのだろう。



「う、わ」

ぎらりとした凶器とも思える光に慣れてきたころ、ようやく目をきちんとあけることができた。

そして視界を埋め尽くしたのは、緑の木々と白いサラサラした砂……それから、黒い瓦屋根の、荘厳なまでにも威風堂々と建っているお屋敷。

幼皇の宮廷より敷地は狭いかもしれないけれど、それでもなんという見事さだろう。

思わず見惚れてしまった。

鬱蒼と茂る木々に囲まれ、ひらけた空間にそびえたつ建物。

庭園なのだろう、白砂がしかれ、むき出しの岩もちょこちょこと置かれている様がなんだか芸術的にさえ見える。

そして山並みのような木々を背後に、屋敷は実に完璧なまでの配置で、汚れもなく、建っていたのだ。

何年まえから建っていたのだろう、想像はできない。

けれど美しく、貫禄もある。

ぼくはしばらく、動けなかった。


「……すごいわぁ」

独特の発音が耳に届いて、やっと我にかえった。

ふり返れば、やや髪の毛が乱れていたけれど、傷一つない華虞殿がそこにいた。

今目を覚ましたみたいで、ぼくと同じように屋敷に見入っている。

「これぇが本当の鴉の屋敷……荒れ狂ったマヨナカさんのせぇいで、廃墟と化してると思ったのぉに」

こんなに見事に再建することって、あるんだねぇ、と、彼女は笑う。

……たしかに、どうしちゃったんだろう。

それよりも、いろんなことがあり過ぎて頭が混乱している。


ぼくは封じを上手くできたのかな?

喜助は、烏たちはマヨナカさまは、どうなったの?

どうやってここへ帰ってこれたの?

夜呂はどこ?

加世はどこ?

夜桜はどこ?

みんなは、無事?


『あとは任せた』


――ふいに、思い出した喜助の言葉。

ぼくはハッとしてきょろきょろと辺りを見回す。

「あっ、ひ、姫は?」

思わず声を大きくさせて華虞殿に問うと、彼女もスッと表情を改めた。

「うちぃもよくわからないわぁ……まるで夢のような出来事で……ウツツ離れしてて……」

遠くを見やるようにそうこぼす華虞殿。

冷静そうに見えたけれど、やっぱり混乱しているみたい。

でも、とにかく姫を捜さないと――。

「うぅっ」

もしかして屋敷から離れたところに飛ばされたのかもしれないと思い、立ち上がった瞬間、ズキリと痛む胸。

心臓のあたりがキリキリと悲痛に呻く。

ぐっと身をかがめて、ぼくはその場に座り込んだ。

「ど、どぉしたの」

ひどくあわてた様子で華虞殿が背をさすってくれた。

よくわからないけれど、だんだんと痛みは緩和されていった。

どくどくと脈打つ心臓、額にぶわりと湧き出た汗、悪寒……。

なんだったんだろう、この痛みは。

驚きに目を見開いて、けれどすぐにぐっと堪えた。

「もう、平気」

大丈夫だから、と今度こそ立ち上がり、息を吐く。

本当に、急に痛むなんて、どうしたんだろう?



……と、そのとき。

屋敷のほうからコトリ、と音がした。


「……あんし……」

名前、というよりは覚えたての言葉を紡ぐようにつぶやき、彼女はこちらを見つめた。

屋敷から現れたのは、ひとりの少女。

真っ黒な烏の羽のような髪をした、凛としたうつくしさをもつ人だ。

かつては長かったであろう髪は、今や肩くらいの位置でざっくばらんに切られていたけれど、それでもとてもきれいだと思う。

蘇芳色の衣をまとい、ゆっくりとした動作で手を差し出す。

「屋敷へ、入って」

そう言った彼女の――『姫』の瞳は、とても強い意志の光を帯びていた。


ぼくは頷くと、華虞殿とともに屋敷へと足を向ける。

そして、こちらに差し伸べられた手を取ろうとした瞬間――

ガサリ、と叢をかき分ける音が耳に届いた。

三人で何事かとそちらを向く。

ガサガサと草木をかき分け、音はだんだんこちらに近づいてくるようだ。

姫はぴくり、と眉を動かすと、無言のまま屋敷から離れ、その音に自ら近づいていく。

ぼくとすれ違った瞬間、見えた彼女の表情は今にも泣きだしそうで。

なにもない耳元が、かすかに赤く光った気がした。


やがて現れたのは、ひとりの青年。

漆黒の髪をした、端正な顔立ちの人だった。

驚愕に見開かれた瞳も黒くて、鼻筋も通っている。

頬には刀傷なのか、一太刀の傷が斜めに入っているけれど、それもどこか彼の顔立ちの上品さをさらに引き立てているように見える。

肩にかかるくらいまでの長さの髪はゆるく銀朱の紐でひとつ束ねられており、身につけているのは見るからに上等な羽織物。

青磁色のそれは、彼によく似合っている。

ぼくは彼が驚いた表情をしつつも、どこか泣きそうな様子に気づいた。

それから、その口が声を発するまでに、はじめて会ったこの人に懐かしさを感じて、なぜだろうと訝っていた。

けれどその疑問も、すぐに解決する。


「夜呂!」

「姫!」


ほぼ同時に互いの名を呼び、ひしと抱き合うふたり。

今度はぼくが仰天する番だった。

――なんで、夜呂が……本当に、夜呂?

けれどたしかにすんなり納得している自分がいるのだ。

目の前に現れたのは、夜呂本人だと。

見るからに、年を重ね成長した彼なのだと。



混乱は頂点を極めた。

今すぐどういうことなのか、問いただしたい。

それは華虞殿も同じみたいで、ふたりで顔を見合わせて情けない表情で苦笑した。

だけど、今はそんなことはしない。

だって無粋だもの。

お互いに強く強く、離さないと抱きしめ合いながら涙を流し、年甲斐もなく声をあげて泣くふたりに水を差すようなことは、したくなかったから。






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