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凄まじい……闇のうねりは荒々しく、断末魔のような叫びをあげているのは、果たしてマヨナカさまか、そこに埋まる亡き魂たちか。
ぼくが見たのは、それはもう凄まじい闇の大群だった。
喜助の声とともに、真っ黒な鳥たちがいっせいにマヨナカさまのところへ飛び込む。
狂乱しているその闇は怒り狂い、すぐにも烏たちを取り込まんとした。
しかしすべてを一気に飲み込むことは叶わず、あまりの勢いに闇が悲鳴をあげたのだ。
つづいて呉や黄祈たちが闇へ向かう。
『おい小僧』
そのとき、喜助が声をかけてきた。
『おまえに最期の頼みがある――』
「わかっているよ」
ぼくはにっこりと笑う。
わかっているよ。
今度はぼくが屋敷と契約するんだ。
ぼくが封じをするんだ。
「マヨナカさまの魂を飛ばすんでしょう?力だけが暴走しないように、屋敷に封じるんだろう?」
そしてぼくが、不安定な屋敷と契約するんだ。
『貴様の名は……?』
ふいにかかる問いかけ。
風が突然強くなった。
ぶわりぶわりと髪をなぶる。
「暗紫」
闇の断末魔が響く。
空間がぶれていく。
けれど心はいやにさわやかだ。
『そうか……暗紫』
喜助の声ははっきりとして、黒い双眸はきらりと光を帯びる。
『姫を自由にしてくれてありがとう……』
恐ろしいはずの闇の空間。
その力がさらに強まったのがわかった。
ぼくには恐怖はなかった。
ただ、自分の役目を果たすことだけを思う。
『あいつの子供か』
「えっ……」
ふと今解したかのように、黒い瞳が今度はじぃと華虞殿を見つめる。
すぐに華虞殿は言われたことに気づいたみたいで、そっと愛おしむように、けれど瞳にはまっすぐな色をのせて口を切る。
「はい……あのぉ方とうちの、子ぉです」
喜助はすこしだけ、ほんのすこしだけ無表情を消して目を細めた。
その真っ黒な瞳にちらりとやさしさが浮かんだ気がした。
華虞殿もにっこりほほえんでいたから、そう思ったのかもしれない。
ぼくにはよくわからない会話だったけれど、華虞殿のお腹には赤ちゃんがいて、そしてその子のお父さんを喜助も知っているんだってこと。
『では、あとは任せた――』
その声とともに、喜助は姫の纏う闇にかき消された。
どこからともなく吹いた風にのって、たぶん喜助のだろうつぶやきが聞こえた。
――いつか、オレはあいつを赦したい。
あいつってだれなんだろうと、漠然と思った。
ぼくは喜助のことをあまり知らない。
けれどきっと、心にぎゅうぎゅうとたくさんの気持ちを押し込めているような気がした。
「大丈ぉ夫?」
ふいに手にぬくもりがきて、強く握られる。
ぼくは彼女のほうを向かず、まっすぐに闇を見つめて応えた。
「平気。ぼくが、やらなきゃいけないんだから」
ぼくはこのために生まれてきたのかな。
それならそれでいいと思う。
それでも存在理由があるのなら――。
「うっ」
瞬間、なにかが胸に入ってきて、一気に息苦しくなる。
ぐるぐる目眩がする。
――オマエガ新シイ屋敷ノ主トナルノカ?
そうだ。
ぼくが力の封じをするんだ。
――オマエニハ懐カシイ匂イガアル。
匂い?
――マヨナカノ一部ガオマエニハアル。
一部?
――封ジニ適シテイルヨウダ。
そう。
それならよかった。
ぼくの役目が果たされるならば。
――貴様ニ力ヲヤロウ。
その声は、どこか喜助に似ていた。
いや、もしかすればマヨナカさまのものなのかもしれない。
呉蓮さんの声なのかもしれない。
ただ、何重にも重なって響いていた。
――忌マワシキ、力ヲ。
声はつづける。
この力は呪いだと。
幸せとはほど遠いものだと。
それでも力を受けとってくれるか、と……。
もちろん、答えは決まっていた。
ずっと、ずっと。
――永久から、ずっと。




