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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第六部 鴉の少年
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******



どこまでも黒い、そんな闇が広がっていた。

いつの間にか、ぼくと華虞殿を案内してくれていたはずの烏の姿は消え失せていて……

ここが鴉の屋敷で、なおかつマヨナカさまのなかなんだと、感覚的にわかってしまった。


ぼくたちの前方には、黒い黒い陰がうごめいている。

そしてその中心にいる、ぴくりとも動かない人物に、ぼくは思わず目を見開いた。

「……ひどぉい臭い……気ぃつけなぁさい」

走り出そうとしたぼくの肩をぱっとつかんで、華虞殿は顔をしかめる。

……たしかに、鼻がまがるほどの異臭がしてる。

鉄っぽい臭いとか、なにかが腐ったような臭い……

思わず吐きたくなる、ひどい異臭だ。

華虞殿は着物の袖で鼻と口を覆い隠し、嫌悪感をあらわにして、そのうごめく闇を見すえていた。

ぼくもそれに習い、袖で鼻を覆って臭いを遮断する。

「……アンタぁ、あそこぉの人ぉに用事があるぅのね?」

ますます顔をしかめながら問い掛けてくる華虞殿に、大きく頷く。

それから大丈夫だよと言ってにこりと笑い、ぼくは足を前へと出した。

「……笑えたのぉねぇ……随分たくまぁしくなってぇ……」

そんなつぶやきが背後から聞こえたけれど、ぼくの意識はすでに前にうごめく黒と、そこにうずくまるヒトに集中していた。


黒い髪は、闇に溶けてしまいそう。

以前見たときは、まだ光がともっていた瞳も、今はかすれたようになにも映してはいない。

――いや、正確にはただひとつしか目に映ってはいないのだ。

彼が抱えているのは、形も朧げな物体だった。

半分が闇に喰われたみたいに黒く浸蝕していて、白かったであろう肌には点々と斑が散らばっている。

きっとうつくしい黒く長い髪だったんだろう。

今はざっくりとななめに切れて、長さもバラバラに肩にかかっているようだ。

薄くあけたまぶたのなかには、漆黒だったはずの瞳がかすかにのぞいている。

ただ、それのわずかにあいた唇からは、なんの音も呼吸もない。

たしかに、彼が抱いているモノは人であったのかもしれない。

だけどぼくが物体だと思ったのは――そのモノの、胸の下から半分が、闇に呑まれてなくなっていたからだ。

彼はその残骸とも呼ぶべきモノを抱き寄せては、絶望に喉を震わせていた。


「きすけ」


ぼくの呼びかけに、彼――喜助は、ハッとしたように目を見開いた。

それからすぐに目の前にいるモノを見て、苦しいほどに引き攣った悲鳴をあげる。

ああ、きっとたくさん叫んだんだろう。

そんなことがわかるくらい、彼の声は枯れていた。

『姫……姫……ごめん……』

そのモノ――姫を抱く腕に力を込めて、喜助は絞り出すように言う。

『……ごめん……みんな……ごめん……』

彼の目から、涙は出ない。

ものすごく悲しそうなのに、悶えるくらい苦しそうなのに、それでも涙は出ていない。

ぼくにはそれが、とても惨いことのように思えた。

無慈悲だなんて言っているんじゃない。

きっと喜助は烏だから、涙が出ないんだ。

それに、こんなに辛くて泣きたいのに、感情をはき出す涙が出ないということのほうが酷に思えたんだ。


『姫……どうして……どうして俺を恨まなかった……どうして憎んでくれなかった……』

悲痛な面持ちで、喜助はつづける。

讒言のように、息をすることすら赦されないみたいに。

『おれを憎めば、恨めば、おまえはマヨナカに取り込まれることなんてなかったんだ……おまえが人間の心を捨てて……おれにすべてを向けてくれればよかった……』



マヨナカさまは、きっと心に付け込むんだ。

人の、弱い、だけど、どうしたって棄てることのできない心に。




すると……どこからともなく、声がした。




<オマエガカナシムノカ?>

<獣ガカナシムノカ?>

<化ケ物ガカナシムノカ?>


『ドウシテ?』


<オマエハ殺シタ!>

<目玉ヲ旨ソウニ喰ッテ!>

<血貪リ、肉ヲ飲ミ込ミ!>


『裏切ル?』


<今更無駄ダ>

<手遅レダ>

<スベテマヨナカサマノモノダ>


『ダカラ……』




ぬっとうごめく闇から伸びてきた、手、手、手……

白い人形のような手、血みどろの手、無惨にねじ曲がった手……

つづいて出てくるのは、目玉を無くした顔。

人間だったものの、苦しみの顔……

それらが一斉に、喜助の抱きかかえるモノに向かっていく。


今まで呆然としていたからだろう。

喜助は自分が闇の中心にいたことがわからなかったみたいだ。

ハッと顔をあげ、眉間にしわを寄せて唸る。

『煩い!それは貴様らが邪心を持っていたからだ!それにすべてはマヨナカの命だ……』

姫を庇うようにしていたけれど、彼女の身体はないに等しい。

ずるずると、徐々に闇へと引きずり込まれていく。

『やめろ!もう充分だろう!オレサマはずっと、貴様のふざけた茶番に付き合ってきた!貴様の心がわかったから……だけど』

『煩イ煩イ!ナラバ最期マデ付キ合エ!』

闇から響くのは老人のような、それでいて幼い子供のような、不思議な声色。

闇は怒ったように突如広がり、ぼくたちまでをも包み込んだ。

その瞬間――だれかの感情が、どっと流れ込んでくる。





[わたしは、ただ羨ましかったの]

[いつも屈託なく笑うあいつが、なぜか羨ましくて仕方がなかった]

[あの人から求められるあいつが、本当に羨ましいかった]


[なぜ、彼に惹かれたのだろう]

[弱いくせに、まっすぐに向かっていくところ、恐れず向けてくれる笑顔が、うれしかったのだ]

[護ってやりたかったのに]


[おれは、いつも、気づくのが遅い]

[彼女はただ、寂しかっただけで、あの人はただ、好意をくれただけなのに]

[おれはいつだって、みんなで笑っていたかった]


[ああ、おまえのことが大好きだ]

[傷つけたことをどうか許して]

[わたしにすべてを守る力などなかったのだ]


[愛しておりました]

[あなたも、あの人も、あの子も、みな不器用であっただけ]

[どうか悲しみを終わらせて]



声は徐々に広がりを見せ、耳に反響してゆく。



[わたしたちがなにをしたって言うの]


[ああ憎い]


[まだ生きたい]


[お母さん、だいすき]



さまざまな人の想いが、声が、何十にも重なって聴こえてくる。



[胸糞悪い、殺してやる]


[お兄ちゃん、ピアスありがとう]


[ああ、この手に権力が欲しいのだ]


[我こそが主にふさわしい]


[おまえなんて大嫌いだ]


[助けてくれ]



胸がえぐられるように熱い。

抱えきれなくて、涙がほろほろと頬をつたう。



[こんなものか、力なんて]


[ずっとついていこう]


[おれたちはただ言うことを聞いていただけなのに]


[もっとおそばにいたかった]


[一緒に逝きましょう]




[ああ、渇きは癒えない……]

[だけど、なぜだろう、あたたかい]

[光だ……光だ……ありがとう]




――たまらない。

悲しくて、愛しくて、たまらない。

なぜこんなにも涙がとまらないんだろう。

なんでぼくは……


終わらせよう。

マヨナカさまは間違ってる。

きっともう、わかっているはずなのに。

嫉妬とか、欲望ばかりが先にいってしまっていたんだね。

力と身体が離れ離れになって、想いだけが消え失せることなく溢れていたんだね。


「大丈夫……もう、大丈夫だから」



どうか、どうかわかって。



ぼくは願いを込めて、そっと目をあけた。





いつもありがとうございます!

最近ようやく、和モノに筆が走るようになりまして(笑)、

たぶん連載も以前より空きなくできそうです。


宣伝させてください!

2011/02/07より、HPを新しくしてみました!

『うばたまの枕』です。

鴉の子の登場人物一覧やら、いただいたイラストもございますので、

是非、遊びにいらしてください^^



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