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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第六部 鴉の少年
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******



大丈夫、生命イノチは巡り巡ってゆくだけだから。






『少年は危うく、化け物に呑み込まれるところでした――』

――しかし、駆け付けた守人・呉蓮により、なんとか魂の半分は失わずに済んだのです……


烏の話はつづく。



――それから三日三晩、それはもう凄まじく激しい戦いがつづきました。

力を開花させた少女にもはや意識など残ってはいなかったのです。

呉蓮は必死で力を使い、どうにか彼女の魂を鎮めました。

その方法はとても酷く、されどそれしか方法はなかったのです。

呉蓮は杜彦の魂を媒体とし、魔世の魂をふたつに切り裂きました。

清い魂は半分になった杜彦の魂とともに天界へ昇って“ある童子の魂”へ封じられ、闇の魂は“マヨナカさま”としてその土地へ封印したのです。

しかし、この封印は動きを封じるだけでしかありませんでした。

呉蓮にはもう、このあしき力を消滅させる力など残ってはいなかったのです。

力を失った少女の身体はさ迷うように村を出てゆきました。

……その後彼女がどうなったのかしれませんが、噂では毒をつくる一族の祖先となったとか。

とにかく、少女から切り離された力は徐々にヌシの力を吸収し、遥かに凌ぐ魅力を手に入れたのです――鴉たちを従えるほどの。


もともと烏たちにとって魅力的な惑わす能力を秘めていましたから、すぐに効果は現れました。

呉蓮の説得も虚しく、烏たちはマヨナカさまの虜となってしまったのです。

さて、我ら烏のなかにも地位があります。

我らは烏のなかの烏、鴉の王にいつも従っていました。

もし、彼がマヨナカさまに惑わされることがなかったなら、今とちがった運命がまわっていたのかもしれません……


我ら烏は力に酔い、狂い、血を求めました。

呉蓮を追い出し、村の人間どもを喰い尽くしました。

時は過ぎ、マヨナカさまはこの土地から動けぬことに苛立ちはじめました。

イレモノを欲しがり、暴れ出すこともしばしば。

しかしこのとき、鴉の王は自身の魂の終わりを悟りはじめていたのです。

そこで彼はひとりの人間と出会いました――不思議なことに、彼はその瞬間、力の呪縛から解放されたのです。

そして人間を殺すことをやめた鴉の王は、自分の代わりにこの少年を鴉の王にしてしまおうと考えました。

ふと彼の頭を過ぎったのは、ずいぶん昔に交わした、友人との約束だったのかもしれません。

人間を知るにもいい機会でありました。

屋敷を造り出した少年に烏たちも好意を持ちはじめ、鴉の王はいっそ屋敷をマヨナカさまのイレモノにしてしまおうと考えました。

そして契約を交わし――鴉の王であったものは魂へ還り、少年は鴉の王として我らの一族に君臨しました。



少年が……人間が鴉の王となってから、すこしずつ我々はマヨナカさまからの呪縛と離れはじめました。

もちろん崇拝する心は呪いのごとく我らを蝕んでいましたが、また同時に鴉の王に対する忠誠心も生まれたのです。

マヨナカさまは焦ったのでしょう。

鴉の王を丸め込もうと躍起になっていました。

だから彼は知らないのです――我ら鴉が、マヨナカさまのためではなく、王のために動きたいということを。

――やがて屋敷だけでは満足できぬマヨナカさまの命により、イレモノとなる人間の娘がやってくるようになりました。

幾人かは環境が合わずに死にましたが、ひとりだけ適した少女が現れたのです。

我らは彼女を姫、と呼びました。

姫がイレモノとなるにふさわしくなったとき――我々は震えあがりました。

もう二度と、マヨナカさまの呪縛から逃れることはできぬのか、と。

低脳な烏たちはもうマヨナカさまの洗脳から抜け出すことは叶いません。

正気のある烏は、王が姫にかける愛情というものに賭けてみることにしたのです。

……いつか呉蓮が言っていた『人間を知る』ということは、きっとこういうことだと思ったのです。

我々はいつしか、人間であった鴉の王と過ごすうちに、心というものを持ちはじめたのかもしれません。

だから、我々は賭けてみたのです。


――マヨナカさまも、昔は人であったのだから。








「……けれど、失敗したんだね……?」

僕がしんと静まりかえるなか、おずおずと言葉を発すると、黒い鳥は神妙に頷いてみせた。

『はい。烏たちはマヨナカさまに取り込まれました。もうなにもかもおしまいです……けれど』

烏は優雅なしぐさではばたき、そっとぼくの肩に止まった。

くい、と脚が食い込んだけれど、我慢した。

『我々はまだ、望みを捨ててはいません!呉蓮が飛ばした、“もうひとつのマヨナカさま”――“清い魂を封じた童子”を待っておりました』

ドクン、と心臓が脈うった。

そうか……それがぼくの役割なんだ。

『何百という月日を巡り、童子の魂はこの世に生を受けました。今この瞬間は、奇跡に近いのです!』

歓喜に震える烏は、ちょっと怖い。

だって彼らは、ぼくの気持ちなんて考えていないもの。

ぼくのことなんて気にしてないもの。

「具体的にぃ……この子をどうするおつもりでぇすかぁ?」

キッと眉間にシワを寄せ、僕を庇うように華虞殿は烏に問うた。

黒い翼をバサバラさせ、そいつは言う。

『我らは全力を持ってあしきマヨナカを抑えよう……暗紫、あなたには封じとなってもらいたいのだ』

「ふ、う……じ?」

『そう。マヨナカさまの力を封じて頂きたい。マヨナカさまの清い魂を持つあなたにしかできまい。あなたがこの世を去るとき、マヨナカの悪しき魂もともにこの世を去るであろう……』

ぞくり、と背筋が凍る。


……わかっていた。

わかっていたことじゃないか。

ぼくにしかできない。

ぼくの仕事なんだから。


「アンタぁらは、この子を犠牲にするぅおつもりかぁ?」

華虞殿の瞳に悲しみと怒りがにじんだ気がした。

おかしいかもしれないけれど……ぼくはそれがちょっとだけ嬉しかった。

心配してくれるのが、心地よかった。

『犠牲……そうかもしれません』

烏は静かに言葉を落とす。

今にも泣きそうに見えて、ぼくは途端に焦った。

『けれどどうしようもないのです。暴走したマヨナカさまは、いずれ無差別に人間たちを殺しに行くでしょう……姫の身体を手に入れたのですから』


もし、マヨナカさまが宮まで来たらどうしよう?

みんなみんな、呑み込まれてしまうのかな?

夜呂の大好きな姫の姿をして、マヨナカさまは夜呂の大好きな人たちを殺してしまうのかな?


――そんなのだめだ。

絶対にいけない。

ぼくが、止めなくちゃ。



「いいよ。ぼく、“封じ”をやる!」

ぐっと拳に力を込めて、ぼくは烏ににっこりと笑いかけた。








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