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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第六部 鴉の少年
72/100


今回から、過去話編。

どうぞ、お楽しみくだされば幸いです。




******





魔世マヨー!」

赤い頬に、黒髪がよく似あう少女だった。

彼女は顔をあげて声の主を認めると、作業をしていた手をとめて、満面の笑みをもらした。

杜彦モリヒコ!久しぶりじゃない!」

ぶんぶん腕を振り、彼女は走ってくる少年に声をかけた。

杜彦と呼ばれた少年も、にこにこしながら手を振り返す。

「今年は豊作、そうだろう?な?呉蓮グレン兄が言った通りだ!」

「本当に、呉蓮さんはすごい力を持っているのね。尊敬しちゃう」

杜彦は、少女の持っていた木の実いっぱいの網かごを受け取り、歩き出す。

少女もその隣をゆっくりと歩いた。


「それにしても、どういう風の吹きまわし?いつもは御堂で待っているじゃない」

「いいんだ。今日は吉報があるから」

「吉報?」

きょとんと小首をかしげる少女に満足し、杜彦はにっこりと笑った。

「ああ!≪麗しき神々の使者≫に、おまえが選ばれたんだ!」

よかったな、と思いっきり笑いながら、杜彦はぽんぽんと彼女の肩をたたく。

≪麗しき神々の使者≫は、この国一帯でいちばん力のある人間が、神々に仕えにいくもので、何十年かに一度行われる催し物のひとつであった。

選ばれた人間は神に仕えるという大役を仰せつかるため、他の人間とはなかなか会えないという。


「まあ、めったに会えないのは残念だけど。でもおれなら、魔世のいるところに忍び込んでいってやるよ」

鼻をこすって照れを隠し、彼はさらにつづけた。

「きっと明日には、長老が来ると思うよ。だから先に伝えておこうと――魔世?」

ぎょっとして、杜彦は少女を凝視する。

見れば、彼女は喜びに笑みを浮かべるわけではなく、逆に真っ青になって震えていたのだ。

あまりのあり様に、杜彦はおどおどとして足をとめる。

「どうした?緊張することはないんだぞ?なんたって選ばれて――」

「杜彦は」

彼の言葉をさえぎり、彼女は言った。

「≪麗しき神々の使者≫の結末を、知っているの?」

そのまなざしはあまりに鋭く、冷たく、恐怖に揺れていた。

杜彦は動揺を隠すこともできず、びっくりして少女を見つめる。

「みんなそう……すばらしい役に選ばれたって。洗脳されているのよ。≪麗しき神々の使者≫には、後、永遠に会えなくなるというのに」

「まさか!」

ありえない、という気持ちを込め、非難がましく杜彦は魔世を見た。

しかし、少女の目にはうっすらと涙がたまっており、とても嘘を言っているようには思えない。

杜彦は震えだす手を押さえながら、奥歯を噛みしめ、唸るように声を落とした。

「それじゃあ、生贄ってことなのか?尊い存在であると言われている≪麗しき神々の使者≫は、生贄なのか?!魔世は――生贄に選ばれたって、そういうことなのか?」

こくこくと頷いて、少女は杜彦の袖をぎゅっとつかむと、倒れ込むようにしてよりかかった。

「呉蓮さんが言ってた……三年前のことよ。なぜわたしに教えてくれたのかわからなかったけれど。でも、今ならわかる――紅蓮さんは、わたしが使者に選ばれるって、知っていたのよ」

少女の肩を抱き、強く握る。


なぜ、なぜ、どうして、彼女が――。



あきらめていた。

だから、せめて彼女の幸せを願おうと決めていた。

なのに。



杜彦はさらに力を込めて彼女を抱きしめ、つぶやいた。


「渡さないよ。だれにも――神にだって」










山の御堂の裏庭には、細く長く伸びた木があった。

ときどき烏たちがやってきて、その細い枝にとまり、まるで黒い花を咲かせたような光景をつくるのは、すこし奇怪で不気味だった。

夏に近づいてきた季節。

風にもあたたかみが出て、すこしむわっとした気配を漂わせている。

呉蓮ははだけた利久色着物から片方の肩をむき出しにさらし、見るからに乱れた服装でぼんやりとその木をながめていた。

あぐらをかいたまま、ふっと短く息をはくと、ぐんと伸びをする。

今年も豊作。

きっと人々は神に感謝の意を示し、≪麗しき神々の使者≫を送ることだろう。

その蔑むべき行事を嫌いながらも、呉蓮は否定することができなかった。


突然、風が揺れた――彼はそれを感じ取り、ふっと目を細め、腰にさしている紅蓮の鞘に手をかける。

しかし、やがて笑みを浮かべると、そっと鞘から手を離して、ゆるく声をたてて笑った。

「なんだ、おまえか」

「呉蓮兄……」

草陰から現れたのは、十六ほどの少年だった。

あきらかに呉蓮よりも年上か、同い年くらいに見えるのに、彼は呉蓮を『兄』と呼ぶ。

血はつながっているわけでもない。

ただ、呉蓮はこの国で『敬われるべき存在』なのだ。


「≪麗しき神々の使者≫に、魔世が選ばれた」

少年は――杜彦はつぶやくように言う。

「ああ、知っているよ。三年前から、知ってた」


呉蓮は相変わらず笑みを浮かべながら――しかし、眼は冷たい光を帯びて――言う。

十五くらいに見えても、やはり彼はちがうのだ……杜彦は改めてそれをひしひしと感じ、怖気づくまえに言ってしまおうと、再び口をひらいた。


「なんで、魔世なんだよ。魔世は、どうなるんだ!」

「知ってどうする。どうにもできないのに」

「おまえが!」

カッと頭にきて、杜彦は少年の胸倉につかみかかった。

宝石のような、不気味でうつくしい銀色の瞳をにらみつけ、杜彦は唸る。

「おまえが、魔世を選んだんだろ?おまえが、魔世を殺すんだ――どうして……!」

しかし、彼は少年の問いには答えず、冷たくにらみ返して口をひらいた。

「手を離せ」

「うるさい!俺の質問に答えろ!」

呉蓮は口角を引き上げ、皮肉っぽい笑みをつくった。

「口のきき方に気をつけろ。わたしが何者か、皆が言っているだろう?」

ぎゅっ、と唇を噛みしめ、いったんは引き下がったかに見えた。

が、杜彦はさらに強くつかみかかり、吠えた。

「神か?お前が、神か?!」

呉蓮はなにも言わない。

すさまじい形相で、杜彦はさらにつづけた。


「そんなの、おれは信じない――魔世は渡さない……人を不幸にする神なんて、神じゃない!」


銀色の瞳が細まる。

冷たい光を帯びて、杜彦はさすがに怯え、肩を縮めた。

神の怒りをかったのだ――しかし、後悔はしていない。

魔世はだれにも渡さない……強くそう思い、彼は目をぱっちりとあけて、にらみ返してやった。

――が。

ふってきた声は穏やかで、なんだか嬉しそうであった。


「そう、神じゃない。異形なだけで、不可思議な力があるだけで、すべてを支配し得る神とは言えない……」

拍子抜けし、杜彦はつかんでいた手の力を抜いた。

あろうことか呉蓮は、銀色の髪を揺らしてくすくすと笑いはじめたのだ。

「おまえ、おかしいだろ」

あきれてそれしか言えなかった。

そんな杜彦の黒い瞳を見つめ、呉蓮はまた、小さく、いたずらっぽく笑った。


「だからわたしは、おまえが好きなんだ」










彼は杜彦が物心ついたときから、今の姿であった。

聞けば、父のときも、祖父のときも、今の姿であるという。

人は彼を生き神と呼び、畏れ、敬った。

山奥にある御堂と呼ばれる屋敷に住まう彼はたしかに神々しく、杜彦も気軽に接しているつもりでいても、やはりどこか倦厭してしまうときがあったように思う。

ただ、他の人々よりは、気兼ねなく接していた。

まるで兄弟のように、幼馴染のように、親しくなっていった。


「どうすればいい?」

杜彦は空を仰いで寝そべる呉蓮に問う。

彼は銀色の髪を指先でいじりながら、ゆっくりと口をひらいた。

「言っただろ。わたしはおまえが好きだって」

「意味わかんねぇ」

つかみどころがない。

その好きの意味だって、よくわからない。

なにをふざけているのかと、杜彦は苛々してきた。

「わたしは、おまえが好きだ。そういう、変に遠慮がないところや、本当は恐いのに、意地を張ってくる愚かなところとか」

くすくす笑いながら、呉蓮は身体をおこし、そっと目を細める。

「勇気があるって言えよ」

「まあ、そうとも言えるが……ところでわたしは、魔世がきらいだ」

急に空気が冷たくなる。

あまりに唐突だったので、杜彦は面喰ってしまった。

なにも言えずにいると、呉蓮は笑みを消してつづけた。

「――きらいだが、おまえは魔世が好きなのだろう?で、わたしはおまえが好きだ」

「……なにが言いたい」

目に力を込める。

やはり彼は只者ではないのだ。

空気がびりびりと肌を刺す。

呉蓮はやっと、笑みを浮かべた。


「だから、おまえを助けてやろう」












闇夜に浮かぶ星がうつくしい。

その光を求めて、幾人が手を伸ばしたことか。

そして、幾人がその無情さに嘆いたことか。


杜彦はひとり、夜空を仰いで寝そべっていた。

自分の力のなさを、これほど憂いたことはない。

いつも、手を伸ばせば届くと思っていた。

ぎゅっとつかんだ光は、二度と自分のもとから去らないと信じて疑わなかった。

……いつからか、その光は自分ではない、他のだれかを求めていると知った。

知ってしまってから、自分が見えなくなった。

笑顔でいるのがつらくなって、けれど離れることすらできなかった。

だから――いっそあきらめてしまおうと。

敵わない相手だからこそ、その光の幸せを願おうと……。


「魔世」


ぽつりとつぶやく。

それだけで、たったそれだけのことで、胸に光が灯る。

熱を帯び、揺れて、どうしようもなく狂おしい。


こんなに好きなのに。

なぜ叶わない?

こんなに愛しいのに。


杜彦は浅く息をはくと、目をつむった。



光は力を求め、力は闇を求め、闇は光を求める――。

ぐるぐる回って、そして、きっとだれの幸せをも願わずに。


今はただ、信じて待つことしかできない……。

杜彦は再び、深く自分の無力を呪った。







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