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――夢をみた。
あたたかく、そして狂いそうなほど切ない、愛しいまぼろしを。
たとえばそれは、儚い。
たとえばそれは、脆い。
手から滑り落ちてしまったその光は、もう二度と戻ってこないのだと知ったとき、彼女は絶望した。
いっそ、後を追おうと決めた――。
「生きろ」
次の瞬間、彼女は暗闇にいた。
そして広がる、白の一面。
ひらひら天から落ちる白を見る。
掌に落ちたそれは、一瞬にして消えてしまった。
粉雪のなか、華虞殿はなにをするわけでもなく、ただ立っていた。
――あの人は、秋に逝った。
そっと目を落とし、腹を見やる。
あたたかなぬくもりがそこにあった。
――あの人は生きろと言ったわ。
だから、生きましょう。
泣きたい。
わめきたいのだ。
それが叶うならば、この首をかききってでも彼のもとへ逝きたかった。
それでもそれを思い止まったのは、腹のなかに愛しい者の魂の片割れがあると信じているからだ。
雪はやがて溶け、この世界にも再び春が訪れるだろう。
そうして花が咲き、芽吹く命がたくさんある。
小鳥が空を飛び、新たな生がはじまるのだ。
冷たさは失われ、希望ときらめきの春がくる……
来るはずなのに。
心の冬は、一行に去らない。
きっとずっと、この世の終りまで。
雪は溶けたって、この冷たくなった心のしこりは溶けることなくあるのだ。
あたためられることのない、癒されることのない、哀しみの傷――。
しかし、彼女はそれでいいと思った。
その痛みが、ぎゅっと死ぬほど切ない愛しさが、彼をたぐり寄せる手がかりになる。
成彰という、彼女の大切なぬくもりを感じるきっかけになる。
その媒体を失いたくはなかった。
たとえ、泣きたいほど苦しくとも。
夜呂はすごい形相で、自分の最も信頼している男を振り仰いだ。
「何故だ!」
「だめだ、行くな。おまえ、自分がなにを言っているのかわかっているのか」
顔を歪め、苦しそうに肩で息をする少年を見やりながら、高安は静かに、しかし厳しい声音で言う。
それは数時間前――突如、夜呂は耳に激しい痛みを感じた。
何事かといぶかる暇なく、すぐに黒い翼をはためかせた鳥が陣内へやってきたことから、すべて心は決まった。
すでに南の国の兵が西へ攻めこんできてから、数日がたっていたころだった。
烏たちを巻き込んだ戦の鎮圧をしていた宮に、黄祈という烏が至急の報せを運んできたとき、夜呂はすぐさま烏の屋敷へと向かった。
黄祈によれば、姫の姿が見えなくなり、烏たちが屋敷へ入ることができなくなってしまったのだという。
不穏な気配を察した烏たちは、別の住処にいた黄祈に救援を申し出、彼女はとにかく姫と面識のある夜呂や、喜助たちの気配を探してここまでやってきたというわけだ。
すぐさま黄祈とともに烏の屋敷へ向かった夜呂であったが、途中で足止めを食らってしまった。
山崩れ、濃い霧、戦火……ありえないことが次々に襲い、屋敷へ赴くことができずにいたのだ。
そんななか、南の国、成彰の軍が攻めてきたという報せが入る。
指揮は高安に任せており、心配はなかったが、軍が足りない。
黄祈にさとされ、苦心の思いで屋敷へ行くことを一時断念し、夜呂は復興しつつある北の国の兵を引き連れ、西側に援軍を送った。
かくいう夜呂自身も指揮を執るため、こうして遅くながら西国へやってきたのだが……それからしばらくして、耳が――耳についたピアスが痛み出したのだった。
すぐに彼は、胸騒ぎがした。
脳裏に浮かぶのは、あの烏羽色の髪をした少女……。
『マヨナカさまが暴走した!屋敷は取り込まれ、もうおしまいだよ』
夜呂のもとへ飛んできたのは朱楽だった。
屋敷の烏たちはほとんどマヨナカへ喰われ、あとは散々に逃げたという。
屋敷へ戻った吉乃や凛たち、そして黄祈の行方もわからなかった。
夜呂はすぐに屋敷へ行く準備にかかり、いざ行こうと馬に跨った瞬間、聞きつけた高安がやってきたのだった。
「あなたは必要なお方だ……今あなたがいなくなれば、我らの国も西の国もおしまいです」
「そんなこと――」
「いい加減にしろ!」
突如、高安はその切長の眼を歪め、声を荒げた。
驚く主に構わず、彼は静かな諭す声で言う。
「……覚悟がおありか。夜呂、おまえには」
声音には強い響きがあった。
兄のような、父のような、夜呂にとって高安はずっと大きな存在だった。
今、自分は選択を迫られている――。
真に北の国を統治する王になるか否か。
王になるならば、今この混沌とした戦場から離れるべきではない。
すなわち、姫を助けに行くことを断念することだ。
夜呂はうつ向き、拳を握る。
自分のことだけを考えるなら、もちろん姫を助けに行くことを選ぶ。
しかし、彼は――やはり王なのだ。
「許せ、姫」
夜呂はそっと口のなかでつぶやくと、一度目をとじ、それからそっとひらく。
彼の眼には鋭く強い、意志の光がともっていた。
「だが高安、おれは彼女をあきらめないぞ」
馬からおり、泣くまいと唇を噛みしめ、彼は鎧兜に身を固めはじめる。
高安は承知とばかりに軽く微笑して頷いた。
「だれか他の人間を向かわせよう」
だれが適任か――そう考えはじめた夜呂の耳に、小さな、けれど確信に満ちた声がした。
「ぼくが行く」
見ると、そこには白い頬を興奮に赤く染めた、幼皇――暗紫が立っていた。
「暗紫!?」
びっくりして駆け寄るふたりに構わず、少年はくりくりした眼を夜呂に向け、口をひらく。
「ぼくが行く。行かなきゃいけない」
「でも――」
さすがにそれは無理だ。
いくらなんでもまだ幼い子供を向かわせることはできない。
しかし……夜呂もなにか納得している自分に気がついた。
朱楽が言うには、マヨナカというものは化け物の類らしい。
たぶんどんなに有能な部下を送ったとて、果ては見えている。
ならばいっそ――この不思議な直感にかけてみるべきではないか。
現実的に考えれば無謀だ。
だがもはや、これは現実の力でどうこうできるものではないのかもしれない。
夜呂はじっと少年の目を見つめた。
汚れない、まっすぐな黒――。
「ぼくが行く」
暗紫はさらに言った。
と、そのとき。
にわかに外から騒ぎが聞こえた。
何事かと尋ねる暇なく、赤い着物に身を包んだ女が入ってきた。
侵入者であろうが、目を疑う。
戦場を抜け、突破してきたのだろうか?
女が?
女はしばし暗紫に見入っていた。
だが、やがてそっとその赤い唇をひらく。
「……これも運命のお導きか……」
「えっ」
「ウチが案内します」
仰天する夜呂や高安に構わず、女はさらにはっきりした声音で言い切った。
「ウチが、この子ぉと行きます」
不思議なことだった。
こんな見ず知らずの女に警戒心も抱かずにいるなんて。
なぜだかわからないが、それでも。
「どこへ行くのかわかっているのか?」
高安がそっと尋ねる。
女はにっと笑みを見せ、応えた。
「――鴉の屋敷へ」
やさしく彼女は暗紫の手を取る。
途端、彼女らの身体は緩い光に包まれはじめた。
目を見張る高安であったが、夜呂は驚く暇なく、急いで声をあげる。
「どうか!どうか姫を助けて!」
目があった。
女はさらにゆっくりと微笑する――。
「――承知」
光はふたりを呑み込み――消えた。
ただ、切ない胸の悲鳴を残して。
ただ。
覇者となりし者を継ぐのはだれか。
運命の歯車はどこへ向かうのか。
それを知るものは、だれひとりとしていない――。
*第五部 完*
これにて第五部は終了です。ありがとうございました。
第五部のこの結末・・・実は喜助主観の『鴉の王』のあたりからずっと考えていました。
ですので、書けてまぁ、ほっとしてます――が!!!
なんだか雑な気がします。不完全燃焼です。。
いつかちゃんと書き直してやりたいです。
成彰はめちゃくちゃお気に入りのキャラでした。
なんだか黒い人が好きです。やっぱり笑
今更ですが、沖聖も好きでした(ぇ)
なんだろう・・・昔のメンツがなんだか最近無性に愛しい(ぇ
恋しいといえば、呉さんも!彼の名前が特に好きだ!(何
なんでしょうね、親ばかみたいなものですかね?
うまく書けないけれど、でも、わたしの頭のなかではたくさんのエピソードがありまして。
それを書く力がないのが歯がゆいです。ええ、とても。
今回も、本当はもっとじっくり深く書くつもりでしたが、これ以上期間をあけると書けなくなると思ったので、強行突破です。
どうなるかはわかりませんが、頑張ります。
どうか話だけでも追っかけてくだされば幸いです(涙
ここまで読んでくださり、本当に感謝の言葉以外ありません。
お気に入り登録してくださる方々にも、深い感謝をば。
本当にありがとうございました。
それでは第六部(もっとしっかり書きますね!汗)でも、よろしくお願いします^^




