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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第五部 鴉の覇者
70/100




******



――夢をみた。

あたたかく、そして狂いそうなほど切ない、愛しいまぼろしを。


たとえばそれは、儚い。

たとえばそれは、脆い。


手から滑り落ちてしまったその光は、もう二度と戻ってこないのだと知ったとき、彼女は絶望した。

いっそ、後を追おうと決めた――。





「生きろ」



次の瞬間、彼女は暗闇にいた。

そして広がる、白の一面。

ひらひら天から落ちる白を見る。

掌に落ちたそれは、一瞬にして消えてしまった。

粉雪のなか、華虞殿はなにをするわけでもなく、ただ立っていた。


――あの人は、秋に逝った。

そっと目を落とし、腹を見やる。

あたたかなぬくもりがそこにあった。


――あの人は生きろと言ったわ。

だから、生きましょう。



泣きたい。

わめきたいのだ。

それが叶うならば、この首をかききってでも彼のもとへ逝きたかった。

それでもそれを思い止まったのは、腹のなかに愛しい者の魂の片割れがあると信じているからだ。



雪はやがて溶け、この世界にも再び春が訪れるだろう。

そうして花が咲き、芽吹く命がたくさんある。

小鳥が空を飛び、新たな生がはじまるのだ。


冷たさは失われ、希望ときらめきの春がくる……

来るはずなのに。


心の冬は、一行に去らない。

きっとずっと、この世の終りまで。

雪は溶けたって、この冷たくなった心のしこりは溶けることなくあるのだ。

あたためられることのない、癒されることのない、哀しみの傷――。



しかし、彼女はそれでいいと思った。

その痛みが、ぎゅっと死ぬほど切ない愛しさが、彼をたぐり寄せる手がかりになる。

成彰という、彼女の大切なぬくもりを感じるきっかけになる。

その媒体を失いたくはなかった。

たとえ、泣きたいほど苦しくとも。











夜呂はすごい形相で、自分の最も信頼している男を振り仰いだ。

「何故だ!」

「だめだ、行くな。おまえ、自分がなにを言っているのかわかっているのか」

顔を歪め、苦しそうに肩で息をする少年を見やりながら、高安は静かに、しかし厳しい声音で言う。

それは数時間前――突如、夜呂は耳に激しい痛みを感じた。

何事かといぶかる暇なく、すぐに黒い翼をはためかせた鳥が陣内へやってきたことから、すべて心は決まった。

すでに南の国の兵が西へ攻めこんできてから、数日がたっていたころだった。



烏たちを巻き込んだ戦の鎮圧をしていた宮に、黄祈という烏が至急の報せを運んできたとき、夜呂はすぐさま烏の屋敷へと向かった。

黄祈によれば、姫の姿が見えなくなり、烏たちが屋敷へ入ることができなくなってしまったのだという。

不穏な気配を察した烏たちは、別の住処にいた黄祈に救援を申し出、彼女はとにかく姫と面識のある夜呂や、喜助たちの気配を探してここまでやってきたというわけだ。

すぐさま黄祈とともに烏の屋敷へ向かった夜呂であったが、途中で足止めを食らってしまった。

山崩れ、濃い霧、戦火……ありえないことが次々に襲い、屋敷へ赴くことができずにいたのだ。

そんななか、南の国、成彰の軍が攻めてきたという報せが入る。

指揮は高安に任せており、心配はなかったが、軍が足りない。

黄祈にさとされ、苦心の思いで屋敷へ行くことを一時断念し、夜呂は復興しつつある北の国の兵を引き連れ、西側に援軍を送った。

かくいう夜呂自身も指揮を執るため、こうして遅くながら西国へやってきたのだが……それからしばらくして、耳が――耳についたピアスが痛み出したのだった。

すぐに彼は、胸騒ぎがした。

脳裏に浮かぶのは、あの烏羽色の髪をした少女……。


『マヨナカさまが暴走した!屋敷は取り込まれ、もうおしまいだよ』


夜呂のもとへ飛んできたのは朱楽だった。

屋敷の烏たちはほとんどマヨナカへ喰われ、あとは散々に逃げたという。

屋敷へ戻った吉乃や凛たち、そして黄祈の行方もわからなかった。

夜呂はすぐに屋敷へ行く準備にかかり、いざ行こうと馬に跨った瞬間、聞きつけた高安がやってきたのだった。



「あなたは必要なお方だ……今あなたがいなくなれば、我らの国も西の国もおしまいです」

「そんなこと――」

「いい加減にしろ!」

突如、高安はその切長の眼を歪め、声を荒げた。

驚く主に構わず、彼は静かな諭す声で言う。

「……覚悟がおありか。夜呂、おまえには」

声音には強い響きがあった。

兄のような、父のような、夜呂にとって高安はずっと大きな存在だった。

今、自分は選択を迫られている――。

真に北の国を統治する王になるか否か。

王になるならば、今この混沌とした戦場から離れるべきではない。

すなわち、姫を助けに行くことを断念することだ。


夜呂はうつ向き、拳を握る。

自分のことだけを考えるなら、もちろん姫を助けに行くことを選ぶ。

しかし、彼は――やはり王なのだ。



「許せ、姫」

夜呂はそっと口のなかでつぶやくと、一度目をとじ、それからそっとひらく。

彼の眼には鋭く強い、意志の光がともっていた。


「だが高安、おれは彼女をあきらめないぞ」

馬からおり、泣くまいと唇を噛みしめ、彼は鎧兜に身を固めはじめる。

高安は承知とばかりに軽く微笑して頷いた。

「だれか他の人間を向かわせよう」

だれが適任か――そう考えはじめた夜呂の耳に、小さな、けれど確信に満ちた声がした。


「ぼくが行く」


見ると、そこには白い頬を興奮に赤く染めた、幼皇――暗紫が立っていた。

「暗紫!?」

びっくりして駆け寄るふたりに構わず、少年はくりくりした眼を夜呂に向け、口をひらく。


「ぼくが行く。行かなきゃいけない」

「でも――」


さすがにそれは無理だ。

いくらなんでもまだ幼い子供を向かわせることはできない。

しかし……夜呂もなにか納得している自分に気がついた。

朱楽が言うには、マヨナカというものは化け物の類らしい。

たぶんどんなに有能な部下を送ったとて、果ては見えている。

ならばいっそ――この不思議な直感にかけてみるべきではないか。

現実的に考えれば無謀だ。

だがもはや、これは現実の力でどうこうできるものではないのかもしれない。

夜呂はじっと少年の目を見つめた。

汚れない、まっすぐな黒――。


「ぼくが行く」


暗紫はさらに言った。

と、そのとき。

にわかに外から騒ぎが聞こえた。

何事かと尋ねる暇なく、赤い着物に身を包んだ女が入ってきた。

侵入者であろうが、目を疑う。

戦場を抜け、突破してきたのだろうか?

女が?

女はしばし暗紫に見入っていた。

だが、やがてそっとその赤い唇をひらく。

「……これも運命のお導きか……」

「えっ」

「ウチが案内します」

仰天する夜呂や高安に構わず、女はさらにはっきりした声音で言い切った。

「ウチが、この子ぉと行きます」


不思議なことだった。

こんな見ず知らずの女に警戒心も抱かずにいるなんて。

なぜだかわからないが、それでも。

「どこへ行くのかわかっているのか?」

高安がそっと尋ねる。

女はにっと笑みを見せ、応えた。


「――鴉の屋敷へ」


やさしく彼女は暗紫の手を取る。

途端、彼女らの身体は緩い光に包まれはじめた。

目を見張る高安であったが、夜呂は驚く暇なく、急いで声をあげる。

「どうか!どうか姫を助けて!」

目があった。

女はさらにゆっくりと微笑する――。

「――承知」




光はふたりを呑み込み――消えた。

ただ、切ない胸の悲鳴を残して。

ただ。




覇者となりし者を継ぐのはだれか。

運命の歯車はどこへ向かうのか。



それを知るものは、だれひとりとしていない――。













*第五部 完*









これにて第五部は終了です。ありがとうございました。


第五部のこの結末・・・実は喜助主観の『鴉の王』のあたりからずっと考えていました。

ですので、書けてまぁ、ほっとしてます――が!!!

なんだか雑な気がします。不完全燃焼です。。

いつかちゃんと書き直してやりたいです。


成彰はめちゃくちゃお気に入りのキャラでした。

なんだか黒い人が好きです。やっぱり笑


今更ですが、沖聖も好きでした(ぇ)

なんだろう・・・昔のメンツがなんだか最近無性に愛しい(ぇ

恋しいといえば、呉さんも!彼の名前が特に好きだ!(何


なんでしょうね、親ばかみたいなものですかね?

うまく書けないけれど、でも、わたしの頭のなかではたくさんのエピソードがありまして。

それを書く力がないのが歯がゆいです。ええ、とても。


今回も、本当はもっとじっくり深く書くつもりでしたが、これ以上期間をあけると書けなくなると思ったので、強行突破です。


どうなるかはわかりませんが、頑張ります。

どうか話だけでも追っかけてくだされば幸いです(涙


ここまで読んでくださり、本当に感謝の言葉以外ありません。

お気に入り登録してくださる方々にも、深い感謝をば。


本当にありがとうございました。

それでは第六部(もっとしっかり書きますね!汗)でも、よろしくお願いします^^




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