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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第一部 鴉の姫
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第二章 襲撃

第二章です。

剣とか弓とか目玉食いとか笑

登場するかな?

しないかな?





【第二章 襲撃】






******



まっくらだ。
















「――だ」


声がする。


「――お前は――だ」


苦しい。


「――逃げろ」






助けて。


やめて。


殺さないで!










『人間がいる』

『――だ』



夜呂と高安が屋敷に来たとき、烏たちが言った言葉が耳から離れない。



――だ。

――さまだ。

――マヨナカさまだ。




マヨナカ?

だれのこと?


疑問に思ったけれど、わたしはそれほど気にかけなかった。

でも、なぜ今それが頭に蘇ってくるのだろう。



それにしても……ここはまっくらだ。


どうして?

苦しい。

首が絞められるみたい。

逃れることはできないの?


だれか――












『姫』


声がした。

ガラガラ声だ。

なつかしさに包まれる。

あたたかいものが、わたしの目の端から流れた。

たぶん、涙というものの類。



と、そのとき、左手に鋭い痛みが走った。

そして、瞬間――わたしは戻ってきた。



『バカやろー。なにやってんだ、姫!』

喜助はわずかな怒りをこめて、漆黒の翼をばさばさとはためかす。

わたしは痛みに顔を歪めた。

喜助がわたしを正気に戻すため、手を嘴でかんだようだった。

血がすーっとしたたっている。


きょろきょろと辺りを見回す。

ここは屋敷の奥の間だ。

最奥の間の、いちばん近くの場所。


『お前、この先に行こうとしてた。おれがいなきゃ、お前は今頃この中さ』

喜助は最奥の間を示して言った。


――最奥の間。


決して入ってはいけない。

それが最後、一生闇とともに生きる。


そう言われてきた。

だからわたしはこの部屋には入ったことがない。

否、一度だけある。


――主になった瞬間だった。


闇とともになる瞬間に。




「喜助」

なんとも言えなくなり、わたしは烏を見つめた。

まっくろの、どこまでも深い瞳がわたしを捕えて離さない。

きれいな喜助……


喜助は烏のなかでいちばんうつくしかった。

汚れない翼も、闇より深い瞳も、その賢い頭も、不死身というさだめも、すべて他の烏とは比べ物にならなかった。

喜助は主にふさわしい。

それなのに、わたしは喜助からそれを奪った。



『姫、姫……』

喜助は同情とも怒りともとれる、なんとも言えない響きで鳴いた。

顔をあげると、そこには厳しい目の喜助がいた。

かすかに殺気すら感じた。

『この屋敷――人間のにおいがする。凛から聞いてたけど』

頷く。

「うん、ごめんね喜助」

バサリと羽音を響かせ、喜助は笑った。

『いいよ、別に。それよりも、侵入者をどうにかしよう』


侵入者――夜呂と高安の部下だろうか。

命じたのに、烏たちはそいつらをほうっておいたのだ。

その侵入者がこの屋敷へ近づいてくることは、自然なことだ。

この屋敷はうつくしい。

それに、生き物を酔わせる。

……汚らしい。

人間ごときが、勝手にこの屋敷に押し入ろうとするなど言語道断。

今、屋敷はわたしのせいでおかしくなっていた。

屋敷とわたしはひとつだから、わたしの心理状況や体調が屋敷に影響を与えるのだ。

この調子では、危険だ。

≪闇≫が勝手に動き出すかもしれない。

早くどうにかして侵入者を殺さなければ。



わたしが思案していると、ちょっと苛立った様子で喜助が吠える。

『吉乃!凛!』

すぐに二羽の烏が登場した。

いつも、そのすばやさには目を見張る。

『屋敷は今不安定だ。あのバカな烏どもが姫を陥れようとした――罰はあとでする。それよりも今は、収集に向かってくれ』


きびきびとした調子で喜助は命令した。

いつもの自由気ままな彼ではない。

才覚、とでもいうのだろうか。

統率力のすぐれた烏である。



吉乃と凛が空へ飛びたつと、喜助はわたしに向き直った。

『姫――殺す?』

わたしは喜助を見つめる。

夜呂の顔が脳裏をよぎった。


どうしてだろう。

わたしは喜助に殺せと命じることができない。

いつも簡単にできていたのに。



『姫、殺さないの』

促す喜助に一瞬たじろいだが、口をついて言葉が出た。

「わたしが殺す」



そうだ。

彼らはわたしを裏切ったんだから。

「わたしがこの屋敷から出た奴らを殺すから。他の雑魚は喜助が食べていいよ」

満足そうに烏は鳴いた。






喜助が飛びたったあと、わたしはひとり奥の間にいた。

最奥の間が近い……


目を閉じると、そこには闇。

闇が広がっている。


血のにおいがする。


わたしの記憶は過去へと運ばれた。





十年前。

母さんと父さんは殺された。

わたしをかばったから。

当時はまだ、みんなに認めてもらえなくて、わたしは屋敷がいやになった。

だから屋敷から抜け出した。

はじめての探険のようで、心は躍った。

屋敷の外にはなにが広がっているのだろう。


しばらく歩いていると、背後で音がした。

振り返ると、鎧に身を包んだ、ふたりの人間がいた。

「ガキか」

「まずいな、顔を見られた」

なにやらこそこそと話す人間。

大柄な男の人間だ。

わたしは怖くて、体が動かなかった。


やがて人間のひとりがわたしに手を伸ばすと、首を捕えた。

「悪いが、死んでくれ」

ぎゅうぎゅうと音がして、わたしの首を絞めはじめた。


目がくらむ。

声が出ない。

心臓が激しくなる。


……助けて。



意識が朦朧としてきたとき、羽音を聞いた気がした。

かすむ視界のなかで、母さんの翼を見た気がした。

叫び声のなかで、父さんの声を聞いた気がした。

首の力がゆるみ、空気が肺に入ってくる。


わたしは…意識を手放した。




目を開けると、喜助の黒い眼がわたしをのぞき込んでいた。

それからすぐに、血のにおいがした。

母さんと父さんは殺されていた。

ふたりの人間も死んでいた。

『こいつら、武装してたからな。おまけに毒矢なんてもってやがったから……』

血の海が広がっていた。

人間たちがそれぞれ血まみれで倒れ、そのそばには二羽の烏が無残に死んでいた。

黒い羽が散らばっている。

血の海に染まっている。

目の前が、まっくらに――否、まっしろになった。


死んだ……

母さんも父さんも死んだ……

わたしのせい?

わたしをかばったから?


「いやだ……死なないで……どうしよう、喜助ぇ」

泣いているわたしの顔を凝視して、やがて彼は言った。

『覚悟をしろ。屋敷の主になる覚悟を』

「でも、喜助は……」

バサリと羽を広げて、喜助はわたしの言葉を遮る。

いたずらな笑みを浮かべ、喜助はわたしに顔を寄せた。

『おれはまだ自由でいたい。遊んでいたい。だから、姫、お前が主になれ』




――わたしは主になった。


最奥の間を知った。

あの闇を知った。

だからわたしは主になった。




ぞくりと悪寒がし、わたしは目を開けた。



こんなに長くいるんじゃなかった……

急いでわたしは奥の間をあとにした。


今すべきことは、過去に誘われることではない。

今いるべきところはここではない。

わたしは、屋敷を出なくてはいけない。


夜呂と高安を殺すために。











刀を手にとり、わたしは屋敷の外に出た。

烏たちがうるさく鳴いている。


『姫ー』

聞きなれない声がした。

だれだろう?

一回転して、烏が舞い降りた。


「朱楽!」

彼女の姿をみとめ名を呼ぶと、朱楽はにやりと笑った。

『なんだ、正気に戻ったんだ』

「うん。喜助に助けられたんだ」

『へえ。つまんないのぉ』

まばたきをして、朱楽は興味なさそうに顔を寄せた。



わたしは朱楽がどうも苦手だ。

朱楽は力があるのに、それを使おうとしない厄介ものだった。

予見の力があったのだ。

彼女は昔から、わたしにも喜助にも屋敷にも無関心なのだ。

話もつまらなそうにする。

だから、めったなことでは顔を合わせることはなかった。

その朱楽がわたしに会いにくるなんて、どう考えても不自然だ。



「戦わなくていいの?」

わたしが尋ねると、朱楽は二、三回まばたきしてから言った。

『なぜ?アタシはこっちの方がおもしろいよ』


こっちの方?

わたしのことだろうか。


首を傾げていると、朱楽はまた二、三回まばたきした。

彼女のくせだった。

『うん。今くるよ』


だれが?

という問は、わたしの口から出ることはなかった。

そのまえに、背後で気配がしたのだ。

じっと見つめる。

茂みが揺れ、そしてそこから人影がのぞいた。




まっくろな髪、そして、吸い込まれるような瞳――浅葱色の衣が揺れていた。




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