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夢だ――。
――揺れる、金色。
黄金に光る、きらきらした布のように流れ、しとしとと。
ひたひたと、響く。
足音は忍ばせようとしたって、ひたひたと響きわたる。
忍び寄る影のように、ぬっと現れる。
ひたひたと、ひたひたと。
ただ響いては、奈落の闇に誘い込む。
ひたひた、と。
――雨が降っていた。
小さな館に、彼女はいた。
いつも縁側で遠く空を見やり、なにかを探しているように。
――雨が降っていた。
曇天の下、今日も彼女はだれかを待っている。
その表情は冷たく、悲しい。
――雨が降っていた。
どんなに叫んだって届きはしない。
報いなのかと嘆くだけ。
金色の髪を散らして、彼女は鳥籠のなかで、待つ――。
――場面が変わった。
烏の羽のような漆黒の黒髪を垂らして、その女はうなだれていた。
いや、正しくは正気を失っていた。
ただ崩壊したかのようにぼんやりと闇にたたずみ、その瞳にはなにも映していない。
恐怖も悲しみもよろこびも、なにも。
哀れだ。
あいつを信じた結末がこれだ。
ばかな女。
光を失った瞳。
力をなくした身体。
もはや心すら喰われたか。
ただ女の耳に光る赤いピアスだけが、異様な光を放っていた。
「師実」
突如声が鼓膜を揺らし、響く。
そこにはにんまりと笑んだ男がいた。
蒼白い肌に黒い髪を垂らし、笑った口元から八重歯がチラと見える。
そのまま男は腕を伸ばし、おれの首に触れる。
「師実、見つけた」
その手に力が入り、しめあげられる。
――おれは、師実じゃない!
必死で抵抗するが、おれの手は虚しく空を切るだけだった。
そのうち目がかすみ、足が宙に浮く。
ぎりぎりとしめあげられ、意識が遠のく……
「呪いを解いてやるよ……だけど解放はしない」
視野が狭くなり、男の顔がおぼろになる。
ただ声だけが奇妙に反響していた。
「いいことを思いついたんだ。貴様を――マヨナカさまにあげるんだ」
カカカッと笑い、さらに力を込めて男はおれの首をしめた。
死ぬのか?
いいや、ちがう。
おれはマヨナカの餌食にされる――!
冗談じゃない。
おれが奴を取り込むんだ。
奴の力を手に入れて、忌々しい烏どもを滅ぼしてやる。
「苦しめ」
喜助は満面の笑みでそう言った。
暗闇が――ひたひた、と……。
「うわあああああ!!!」
――夢だ。
額にはびっしょりと汗をかいている。
心臓はばくばくと早鐘をうち、息も荒い。
漠然とした恐怖が、巣食っている。
動揺、している。
こんなの、久しぶりだった。
もうすぐ、夏が終わりにさしかかる。
風が徐々に肌寒さを運んで、それを知らせてくれるだろう。
そして。
ついに戦の幕開けだ――。
「成彰さま」
にっと目を細めて、華虞殿が笑う。
白い肌を惜しみなくさらけだし、妖艶に。
「お戻りになりましたぁよ、あなたさまぁの駒が」
薄暗い部屋にのびるその声に、満足そうに喉を鳴らした。
華虞殿の後ろからやってきたのは、まぎれもないあの男。
裏切るはず、ないよなぁ?
常陰にありし、その瞳を照らすものは、なにもないだろう?
おまえはいつだって、結局はおれに逆らえないんだよ。
口角をくいっとあげて、そいつを見やる。
その見えない片目をあざ笑うがごとく。
「久しぶり、トカゲ」
おれの声に、奴は小さく頷いた。
片目をぐるぐると包帯で巻き、長い前髪で顔を隠している。
肌は青白く、冷たい雰囲気の男だ。
光なんて知らない、いつも陰に包まれているような、そんな男。
灰白の長い衣をまとい、トカゲは無表情のまま口を開き、そのきれいすぎる声を発した。
「お久しぶりです、成彰さま」
にこにこ笑いながら、そっと彼に近づく。
怒ってないわけではないんだよ、と暗にさとすように、じっとその瞳を見つめた。
すると、一瞬ぐっと唇を引き結んでから、トカゲはその場に膝まずいた。
「……先の戦いで負傷しまして、成彰さまのもとへ還るのが遅れましたことを、お詫びします」
「いい。許そう」
顔をあげさせ、目に巻いているしっとりとした包帯に触れる。
この包帯の下には目玉がない……喜助に喰われた、あわれな目玉が。
そう思うと、身体は自然にぞくぞくと震えた。
たまらない、興奮。
狂気だと、思うよ。
自分でも、たまらない狂喜だと。
「もうすこしで、大きな戦がはじまるんだ……トカゲ?」
ぐいっとその包帯をはがす。
剥いて、露になったそれを笑ってやろう、と。
「おまえはこちらの、味方だろ?」
目玉を奪われたこいつに、一生光なんてこない。
憎しみに沈んで、奈落の闇へ。
ともに、闇へ。
「すべてを消そう。烏も、幼皇も、関わったものすべてを」
絶ちきってしまおう。
これからの未来に、おまえらなんていらない。
おまえらのあるべき場所なんてないんだ、喜助。
古傷をえぐられることなく、動揺の種が芽吹くことなく、おれは生きていく。
そのために邪魔になるようなら、容赦しない。
すべてを、消し去ってしまおう。
おれの未来は明るく、潤っているのだと、そう信じたいから。
「過去なんて、いらない」
光を映さない瞳を見つめながら、おれは笑った。
その覇道を揺るがすものなど、なにもないというように。
決戦は、すべて。
運命は、すべてその日に。
これにて第二章は終了〜☆
お次の三章は、時間もたった秋が舞台になります。
ここまでなんだか重くてぐうたら気分でしたが、三章からはまたテンポアップ・・・できたらいいです^^
動きも結構あると思います。
実はずーっと三章を書きたかったのに、怖いんですよね笑
それはおいおい……
がんばりますっ★