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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第五部 鴉の覇者
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******






「助けてくれ!!!」

慈悲を乞う?

ああ、なんて醜い。

「鬼だ!あれは人間じゃない!!!」

つまらない。

なんて愚かな。

「許さない!おまえだけは――」



その人間が最期の言葉を口にする前に、切り捨てた。

脆く儚く、そんな生き物に虫唾が走る。

恐怖に震えあがる顔、憎しみや怒りに歪められる顔、痛嘆の顔……そんなものを見てせせら笑う一方、心の片隅は妙に冷め々としていた。


結局恨まれれば恨まれるほど、相手のなかでおれの存在は大きくなり、その眼にはっきりとおれを映す。

それにぞくぞくと胸を震わせ、たまらない快感を覚えた。

いつからかやめられなくなった。

他人を顧みないことはすごく楽で、他者との関係に縛られないことは自由だった。

それはまるで渇きの空虚を埋めてくれるもののようで、いつからか手放せなくなった遊びだ。

やがて玩具に人間を使うようになった。







「お兄さま……あなたはなんて、かわいそうなお方……」


――いまだ転生を知らない師実のころ、妹が逝くときに言った言葉だ。

あのまなざしは忘れられない……。

嶺遊の身体に入ったときにも見た、あの眼。

愕然とし、問いつめることもできなかった。

そしてそのまま、早良は逝った……。


かわいそう?

この、おれが。


なにをばかなこと、と思った。

そう思いながら、その言葉は耳にこびりついて離れなかった。



何度転生を繰り返しても、輪廻を逆らって生きていても、その言葉だけは鮮明に色濃く占めていた。









「なぁにかお悩みでも?」

ハッと我にかえる。

ひどくいやな汗をかいていた。

見やると、いつもと変わらない艶やかな女が口を三日月型にして隣にいた。

「……昔のことを、思い出していただけだ」

「そぅ」

深くは聞いてこない。

ただ一歩下がってついてくる……彼女はそんな感じだ。

髪を結い上げ、いつか買ってやった薄紅色の髪飾りをつけている。

花の形をしたそれは、銀のきらめく粉を振りかけたように、日の光に反射して輝いていた。



「うちな、はじめてアンタぁを見たとき、きれいだって思ったんだぇ」

ついっと指を肩に食い込ませ、押し倒される。

「お日さまのようにきらきらしてぇる髪だとか、その濁った空色の瞳だとか……」

ずいっとのぞきこまれる。

華虞殿はニヤリと笑った。

なにをするわけでもなく、彼女はただ指先でおれの髪をいじりながら、やがて口を開いた。

「南ぃの国は、まぁだ敵の手ぇには落ちてませんよぉ」

ばっと目を見開く。

――吉報だ。

華虞殿は無表情のままつづけた。

「お気楽なことぉに、あんたさまの家臣らは、成彰さまは側近とでかけられたと思ってぇるみたい。敵ぃもあんたぁの城や国ぃには興味ないんじゃないのぉかしら」



――そうか。

喜助は、暗紫にべったりで、おれに構ってる暇などないのかもしれない。

興味がそれたのではないか。

これほど奴の自由奔放な質に感謝したこともない。



「すぐぅに連絡しますぅよ」

すっと、その眼が定まった。

そらされていた視線をおれへと戻し、じっとこちらを見つめる。

まるで責められているみたいで、一瞬どきりとした。

「戦争するのでしょう?ならばお早いほうがいい」

華虞殿はそう言って紅い唇を三日月型に歪めたが、その眼は笑っていなかった。

やはりどこか非難がましくさえ見える。

「ああ、頼む」

それでも、彼女の気持ちに気づかないふりをする。

華虞殿は戦がきらいだ……いや、戦でなにかを失うのを恐れている。

それでも、これだけは譲れない。

おれの道はまだ閉ざされちゃいないと、そう信じているから。




「戦をおこす――だれも見たことがないくらい、大きいやつをな」

せせら笑うように口にする。

もはやだれにもとめられやしない。

「女や子供であっても構わない。みなに戦の準備をさせろ……東へ使者を出せ」

南も北も西も、もはやおれの配下だ。

幼皇が山にいるということは、すでに奴に地位はない。

夜桜もトカゲも生きているか死んでいるかわからないが、そんなことはたいした問題じゃない。

きっと幼皇という支配者のいない国は揺らいでいるはず。

兵士はすべておれの下につくだろう。

もし逆らったとしても、どうだってできる……おれだって、幻術くらい使えるんだ。

あとは東――そこに使者を送る。




「成彰さまは、覇者ぁになるおつもりか」

ぽつりとそばで華虞殿が言葉を落とす。

ああ、そうだ。

「笑っちゃうだろ。若き支配者は部下たちの信頼を勝ち得、愚鈍な南の国王を倒し、下剋上――今や天下を手に治めようとしているってさ」

自嘲するように笑う。

各国に伝わる噂はもはや伝説的におれをまつりあげている。

「そんなの嘘だよ。恐怖で縛りつけ、ちょっとした妖術を使ったんだ。みんなおれのコマでしかない……役立たずな玩具さ」

そう、みんなただのコマ。

信頼だとか正義だとか、そんなもののために上を目指すほど愚かじゃない。

「おれはおれのため――幾度の輪廻を経ても手に入れられない、それを求めているだけだ」

妖しいほどうつくしい女は、目をうっすらと細めただけで、なにも言わなかった。

ゆっくりと頭をおれの肩に預け、沈黙を守る。



――それでよかった。

ただほしいものは手に入らず、焦りと苛立ちにさいなまれる。

野望は果てしなく、尽きることはない。

――そんな世界のなかで、おまえだけは。

おまえだけは、ちがう光を放つような、そんな幻想を夢みていたい。





「成彰さま、敵は?」

しばらくして、華虞殿は口を開く。

現実が重たらしく頭をもたげてくる。



「敵?」

さぁ、いこう。

まだ野望は終わっちゃいない。

この手に、そのなにかをつかむまで。



「敵は――カラスだよ」




おもしろい勝負にしようじゃないか。

なあ、喜助?









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