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「助けてくれ!!!」
慈悲を乞う?
ああ、なんて醜い。
「鬼だ!あれは人間じゃない!!!」
つまらない。
なんて愚かな。
「許さない!おまえだけは――」
その人間が最期の言葉を口にする前に、切り捨てた。
脆く儚く、そんな生き物に虫唾が走る。
恐怖に震えあがる顔、憎しみや怒りに歪められる顔、痛嘆の顔……そんなものを見てせせら笑う一方、心の片隅は妙に冷め々としていた。
結局恨まれれば恨まれるほど、相手のなかでおれの存在は大きくなり、その眼にはっきりとおれを映す。
それにぞくぞくと胸を震わせ、たまらない快感を覚えた。
いつからかやめられなくなった。
他人を顧みないことはすごく楽で、他者との関係に縛られないことは自由だった。
それはまるで渇きの空虚を埋めてくれるもののようで、いつからか手放せなくなった遊びだ。
やがて玩具に人間を使うようになった。
「お兄さま……あなたはなんて、かわいそうなお方……」
――いまだ転生を知らない師実のころ、妹が逝くときに言った言葉だ。
あのまなざしは忘れられない……。
嶺遊の身体に入ったときにも見た、あの眼。
愕然とし、問いつめることもできなかった。
そしてそのまま、早良は逝った……。
かわいそう?
この、おれが。
なにをばかなこと、と思った。
そう思いながら、その言葉は耳にこびりついて離れなかった。
何度転生を繰り返しても、輪廻を逆らって生きていても、その言葉だけは鮮明に色濃く占めていた。
「なぁにかお悩みでも?」
ハッと我にかえる。
ひどくいやな汗をかいていた。
見やると、いつもと変わらない艶やかな女が口を三日月型にして隣にいた。
「……昔のことを、思い出していただけだ」
「そぅ」
深くは聞いてこない。
ただ一歩下がってついてくる……彼女はそんな感じだ。
髪を結い上げ、いつか買ってやった薄紅色の髪飾りをつけている。
花の形をしたそれは、銀のきらめく粉を振りかけたように、日の光に反射して輝いていた。
「うちな、はじめてアンタぁを見たとき、きれいだって思ったんだぇ」
ついっと指を肩に食い込ませ、押し倒される。
「お日さまのようにきらきらしてぇる髪だとか、その濁った空色の瞳だとか……」
ずいっとのぞきこまれる。
華虞殿はニヤリと笑った。
なにをするわけでもなく、彼女はただ指先でおれの髪をいじりながら、やがて口を開いた。
「南ぃの国は、まぁだ敵の手ぇには落ちてませんよぉ」
ばっと目を見開く。
――吉報だ。
華虞殿は無表情のままつづけた。
「お気楽なことぉに、あんたさまの家臣らは、成彰さまは側近とでかけられたと思ってぇるみたい。敵ぃもあんたぁの城や国ぃには興味ないんじゃないのぉかしら」
――そうか。
喜助は、暗紫にべったりで、おれに構ってる暇などないのかもしれない。
興味がそれたのではないか。
これほど奴の自由奔放な質に感謝したこともない。
「すぐぅに連絡しますぅよ」
すっと、その眼が定まった。
そらされていた視線をおれへと戻し、じっとこちらを見つめる。
まるで責められているみたいで、一瞬どきりとした。
「戦争するのでしょう?ならばお早いほうがいい」
華虞殿はそう言って紅い唇を三日月型に歪めたが、その眼は笑っていなかった。
やはりどこか非難がましくさえ見える。
「ああ、頼む」
それでも、彼女の気持ちに気づかないふりをする。
華虞殿は戦がきらいだ……いや、戦でなにかを失うのを恐れている。
それでも、これだけは譲れない。
おれの道はまだ閉ざされちゃいないと、そう信じているから。
「戦をおこす――だれも見たことがないくらい、大きいやつをな」
せせら笑うように口にする。
もはやだれにもとめられやしない。
「女や子供であっても構わない。みなに戦の準備をさせろ……東へ使者を出せ」
南も北も西も、もはやおれの配下だ。
幼皇が山にいるということは、すでに奴に地位はない。
夜桜もトカゲも生きているか死んでいるかわからないが、そんなことはたいした問題じゃない。
きっと幼皇という支配者のいない国は揺らいでいるはず。
兵士はすべておれの下につくだろう。
もし逆らったとしても、どうだってできる……おれだって、幻術くらい使えるんだ。
あとは東――そこに使者を送る。
「成彰さまは、覇者ぁになるおつもりか」
ぽつりとそばで華虞殿が言葉を落とす。
ああ、そうだ。
「笑っちゃうだろ。若き支配者は部下たちの信頼を勝ち得、愚鈍な南の国王を倒し、下剋上――今や天下を手に治めようとしているってさ」
自嘲するように笑う。
各国に伝わる噂はもはや伝説的におれをまつりあげている。
「そんなの嘘だよ。恐怖で縛りつけ、ちょっとした妖術を使ったんだ。みんなおれのコマでしかない……役立たずな玩具さ」
そう、みんなただのコマ。
信頼だとか正義だとか、そんなもののために上を目指すほど愚かじゃない。
「おれはおれのため――幾度の輪廻を経ても手に入れられない、それを求めているだけだ」
妖しいほどうつくしい女は、目をうっすらと細めただけで、なにも言わなかった。
ゆっくりと頭をおれの肩に預け、沈黙を守る。
――それでよかった。
ただほしいものは手に入らず、焦りと苛立ちにさいなまれる。
野望は果てしなく、尽きることはない。
――そんな世界のなかで、おまえだけは。
おまえだけは、ちがう光を放つような、そんな幻想を夢みていたい。
「成彰さま、敵は?」
しばらくして、華虞殿は口を開く。
現実が重たらしく頭をもたげてくる。
「敵?」
さぁ、いこう。
まだ野望は終わっちゃいない。
この手に、そのなにかをつかむまで。
「敵は――カラスだよ」
おもしろい勝負にしようじゃないか。
なあ、喜助?