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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第五部 鴉の覇者
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******




鎖に縛りつけて。

もう二度と自由に飛び立たないように翼をもぐ。

籠に入れて、そこから世界をながめさせてやる。

ほら、おまえはこんなにもかわいい……。



『いやだ』

少女は言う。

黒く染まりきれなかったそれを哀れんで泣く。


――黙れ。

おまえはそこでおとなしくしていればいい。

外の世界は危険だ。

行ってはならない。

この籠のなかは安全なんだ。

絶対に危険なことなど起こりはしない。

さぁ、わかってくれよ。

おまえだけは、守ってやるから。


『呪いは消えないのよ』

少女はさめざめと泣く。

どんなに慰めても、耳を貸そうとはしない。


白い雪のような肌に、薄紅色の唇。

髪は金色。

すらりとした目元にはホクロがあった。

白い着物に、真っ赤な帯をしめ、彼女はうなだれていた。



泣くな。

笑え。

なぜ泣く必要がある?

おまえは幸せだろう?

危険な世界から断ち切ってやる。

絶対に守ってやる。



『飢えの渇きを消して』

少女は乞う。

なにかに向かって。

『もう許して。解放して』


泣くな。

どうしたら笑ってくれる?


『あなたが幸せになればいい――』



おれが?



少女が小さく朧になりはじめる。

ゆっくりと遠のきはじめる。

ああ、待ってくれ。

おれはただ、おまえだけは幸せにしてやりたいんだ。

呪いの欠片を遺してしまったおまえだけは、どうか幸せに。


まだ、時間を――。








「成彰さま」

あたたかいなにかが、手に触れる。

それは柔らかく、そっとおれを包み込んだ。

溶けるように緊張がほどけ、ほっと安心する。

このあたたかさを、ずっと求めていたような気がした。

目をあけると、やんわりと笑んだ女がいた。

おれは柔らかい布団に寝かされ、看病されていたようだ。

額には冷たい布が当てられていた。

「ひどぉい傷を負ってましたぁの。成彰さまぁ、うなされてぇたよ?」

首をちょこんと傾け、彼女はそっとおれの髪に触れる。

ほっと安堵したような表情で、しばらくそうしていた。



おれは山を抜け、なんとか無事に華虞殿のところへたどりついた。

遊郭の奥のひっそりした小さな館……そこで彼女は生活していたのだ。

「来てくれてよかったぁわ。アンタがいないと、うちは仕事にならんものぉ」

わざとすねたように口を尖らせ、彼女は言う。

「暇ぁで仕方ないのよ。うち、ひとりはきらぁいなんだから」

「悪かったよ……おまえの楽しみを奪って」

髪を撫でていた彼女の手をパシリと捕え、じっとその目を見つめる。

自分らしくもない、と思った。

素直に謝るなど、おれらしくはない。

華虞殿もそう思ったのか、あからさまに目を見開き、怪訝そうに首をひねった。

「まぁだ具合が悪いんじゃあない?お医者さまぁ、いる?」

「いらないよ」

はっと浅くため息をつき、捕えていた手を離す。




……本当は放したくなかった。

いったん解放してしまえば、二度と帰ってきてくれないような気がして。

けれど彼女は逃げはしなかった。

真剣なまなざしをこちらに向ける。

「もう二度ぉと会えないと思ってぇた……神さんを信じたくなぁるわ」

「神などいないよ」

ふんと鼻先で笑い、いつものように見下すように言う。

やっと調子が戻ってきた。

「おれは死なない――絶対に」


はっと華虞殿が息を呑むのがわかった。

思わずこちらまで緊張してきてしまう。


彼女のその瞳が、やさしく歪んだ。

あたたかいと――そのまなざしに温度を感じた。

急にぬくもりがほしくなる。



「華虞殿」

名を呼び、半身を起こして、彼女の腕を引く。

その唇に自分の唇を押しつけ、ついばむような口づけをする。

放したくなかった。

ずっと。

彼女を手放せば、きっともうなにも残らない――そんな気がした。





「……成彰さまぁにぃは、血縁がいらっしゃぁる?」

唇を離すと、唐突に華虞殿がそう尋ねてきた。

血縁?

そんなもの……

「いらっしゃあないの?」

じっとその目を見て、あの子供を思い出す。

紫がかった黒――あの顔、忘れもしない。

「いるよ、はてしなく遠い甥が」

にっと笑って応える。

その繋がりが、たぶんうれしくて。


華虞殿はちょっと驚いたように目を見張ったが、そのまま朗笑を浮かべる。

「めずらしいものを見たぁ気分だぁわ」

相好を崩して、彼女はつづけた。

「そんなぁに顔をほころばせて笑うあなた様ぁは見たことなかったものぉ」

「そんなことないよ」

ぷいと顔を背けてはみたものの、気恥ずかしさを覚える。

うまく表情がつくれなかった。

華虞殿は相変わらずに笑う。

幸せそうに。


それを見ていると、どうしても我慢できなくなった。

――彼女のちがう顔を見てみたい。

必死な顔を。

いつも余裕に構える以外の彼女を、知りたくなった。



「華虞殿」

再び名を呼び、その腕を強くつかんで引く。

軽い力にもかかわらず、彼女はころんと倒れ込んだ。

その彼女に覆い被さるような格好をとり、にやりと笑う。

「――あなたって人ぉは」

くすっと笑う華虞殿。

その汚れなき白い肌を滑るようになでていく。

「いい声で鳴けよ」

「あなたが望むならば」

含み笑いを浮かべ、そっと彼女から口づけをしてきた。

それに応え、腰を引き寄せる。



――壊したら、どうなるだろう?

力を入れて抱きしめたら、ぼろぼろと壊れてしまいそうなほど華奢な身体。

触れることが憚られそうになるほどうつくしい。

けれどやはり壊しはしない。

やさしく触れて、いつまでもおれのもので。

手放したくはないと、そう思った。










――それから三日たった。

それでもなんの音沙汰もなく、日々は不気味なくらい平穏に過ぎていく。

喜助の追ってもない。

城からの連絡もない。

情報がまったく入ってこず、世界と切り放されて生きているみたいだった。



「情報がほしい」

とうとうその日、おれは華虞殿にそう言った。

喜助のことだから、すぐにでも攻撃かなにかがあると予想していたので、平和だと逆に変な感じがする。

このまま日々が過ぎ去ることに我慢できなくて、彼女に頼ることにしたのだった。



「あら。だけどぉ、ウチはなぁんにも知らないんでぇ。あなた様ぁがどぉんな状況でなぁんの情報がほしいのか、さっぱりだわぁ」

彼女はやや意地悪そうに、嬌笑して応える。

相変わらず、抜け目がないというか、なんというか。

彼女ならきっと天下の人間何万人を束ねたところで、いけしゃあしゃあと物を言えるだろう。

奥するところは見たことがない。

ため息をこぼし、おれは渋々口を切った。

簡単に――喜助という奴に命を狙われたこと、城はきっと奴の術中で支配下に入っただろうということ、近いうちなにかしら接触があるだろうということ。



「……だから、情報がほしい。不審な動きはないか、怪しい人間はいないか」

「御意。承知しまぁした」

にっこり目を細めて、華虞殿はそう言った。



情報が手に入れば、事は動くであろう。

否、動かなければならない。

このまま喜助が放っておいてくれるはずなどないし、ましておれがこのまま生きていたいなんて思ってない。

呪いを解く――そして、世界をこの手中に。

かねてからの野望は、まだ終わっちゃいないんだ。

どうしたって手に入れてみせる……。


力がほしい。

強大な力が。


すぐに壊れるものなどいらない。




「ああ、成彰さまぁ。おひとつお伺いしたいことぉがありますぅ」

出し抜けに華虞殿が声をかけてきたので、ハッと我にかえる。

肩を大きく露出させながら、彼女はにっこりしていた。

「あなたぁ、静紅さぁんに振られましたぁね」

「はぁ」

わけがわからない。

なにを言い出すかと思えば、そんなくだらないこと。

「奴が裏切ったと言いたいなら、その通りだよ。はじめから信頼はしてない……」

「あら、うちはあんた様ぁはあの子のことぉ気に入ってらしたと思ってたぁで」

すすっと近づいてきて、忍び笑いをする彼女だったが、それはどこか作り笑いのように見えた。

「てっきり静紅さんを妾にしたのかぁと」

赤い唇を横にきゅっと広げ、華虞殿は首を傾けた。

「ほら、成彰さまってぇ、人妻さんでぇも幼女でぇもぉ、だれかれかまわず手ぇ出しそうですもんなぁ」


その言葉に仰天する。

こいつはそんなことを思っていたのか?

あきれはてて怒りすら覚えなかった。

長くため息をつき、それからやや顔をしかめて口を開いた。



「……言っておくけど、おれはアンタと出会ってから、アンタ以外の女とは寝てない」

今度は華虞殿の目が見開かれる番だった。

本気で驚いたようだったが、やがて今まで見たことがないくらい柔い笑顔になった。

「嘘でも、うれしいわぁ」

「……嘘じゃ、ない」

そんな表情、今までしなかったじゃないか。

小恥ずかしいような、そんな気分になる。

華虞殿はそっとその赤く艶やかな唇をおれに押しつけてきた。

それを受け入れてやる。




「……あなたぁの血縁はぁ……幼皇さまぁなんでしょ」

じっと奥深い瞳が見つめてくる。

こいつは本当に抜け目ないというか、思わず舌を巻くよ。

「どうしてそう思う?」

「あなたぁが幼皇さまのことぉを話すときはぁ、すこし不思議な感じだったからぁ」

「へぇ」

「白々しいくらいにぃ」



関係ないと、割り切っていたけれど。

どこかでやはり、幼皇との繋がりを意識していたということか。

だからといって、今さらどうすることもないが……。



「うちは、あなたさまぁの味方ですぇ」

ぎゅっと、握る手に力を込めて彼女は言う。

いつもの嬌笑を浮かべて。

「頼むよ」




おれの道を切り開いていく、その糧となればいい。

飼い慣らされた猛獣より、未知の鳥になれ。

裏切りは許さない……。



おれのために、これからもいてほしいと――

彼女の髪をなでながら、そんなことを考えていた。










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