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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第五部 鴉の覇者
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******






杉林。

ツンとした空気があたりをしめている。

春風もなく、ただ濃い木々の空気に満たされた空間を、おれはひたすらに走った。


すぐに息があがる。

山は奥に行けば行くほど薄暗く、足場は枝や倒れた幹のせいで悪くなる。

しめった土を踏みしめ、走った。



馬は捨てた。

邪魔になるし、追われやすい。

けれど後から考えてみれば、喜助相手逃れられるはずなんてないのだが。





おれは城を抜け出し、馬を走らせて逃げた。

そのうちに毒の効力が薄れ、頭は冴え、身体も軽くなった。

そうしてなんとか、逃げた。

喜助はすぐには追ってこなかったらしい。

すぐにでも追いつけると思っているのだろう。

だから遠回りをして、彼女のもとへ行くことにした。

西の国へ逃げたように見せかけ、南へ戻るため、馬を捨て、山道を使うことにした。



途中、ふと耳に聞こえてきた水音で、喉が渇いていることに気がついた。

音の方へ行くと、木々の間の剥き出しの岩肌が湿っており、ちょろちょろと水が流れていた。

喉を潤すと、また歩く。

頭のなかは真っ白だった。



しばらくして、とうとう身体は限界に達し、腰を下ろす。

止血はしたが、傷口はずきずき痛む。




情けない……

這いつくばるようにして生きているようで、そこまで執着してしまう自分が滑稽に思える。

ぐちゃくちゃに壊してやりたかった……

壊されたかったわけじゃあ、ない。


喜助をおびきだし、捕えて呪いを解かせるはずだった計画も、できなければ殺してしまおうと考えていた陰謀も、すべて無になった。


なんだか、すべてがどうでもよくなりはじめる……








「獅子だ」

出し抜けに、そんなすっとんきょうな声がした。

ばっと顔をあげると、目の前に十歳ほどの子供がふたり立っていた。

近寄る気配に気づけぬほど、疲れきっていたのかと思うと、内心ぎょっとした。



ひとりは紫がかった黒髪の、黒い眼をもったぼんやりとした表情の少年で、もうひとりは丸い目をした賢そうな顔付きをしているが、かなり怯えた様子の少年だった。

「だ、だめだよ。近づかないほう、いいよ――護然さまに怒られちゃう」

怯えた少年はおどおどしながら、必死でもうひとりの少年を引き戻そうとしている。


しかし、その黒い眼をした少年は動じることなく、じっとこちらを見つめてきた。

その黒い眼がしっかりと捕えてきたとき、おれはハッとした。

見覚えのある、その眼に。




「空弥、これは獅子ではない。人間みたいだ」

まじまじと見つめてくる瞳から、どうしても目が離せなくなる。

「金の鬣かと思ったのに……残念だなぁ」

「暗紫!はやく帰ろうよ!知らない人についていっちゃだめだよ!」

「怪我しているのに、ほったらかしでいいの?」

空弥と呼ばれた少年は思わぬ反撃につまる。

その少年――暗紫は、じっとおれを見、肩の傷を見つめた。




けれどおれには、どうすることもできない。

声すら出せなかった。




驚きが強すぎて。

疑いが確信に変わって。


暗紫――現幼皇の名。




こいつが、あいつらの子孫。

早良と沖聖の子供の、子孫。

その血を受け継いだ、人間……。


それが目の前にいるなんて、信じられなかった。





無意識に、そっと手を伸ばしていた。

どうこうしようとか、考えなんてなにもない。

ただ手を伸ばして届くならば、触れなくてはならないような気がした。

触れなければ、もったいない気がした。

けれどおれのその手は、子供に触れる前に動きをやめた。






「ほら!あれは鬼だって!」

すでに泣き出しそうになっている少年は、目を真っ赤にして暗紫と呼ばれたそいつを引っ張っていく。

暗紫は反抗したが、結局そばの大木の裏まで連れていかれた。

「とにかく隠れなきゃ。見たいなら、安全な場所で見ればいいのに」

「近くで見たい!あの金のお日さまのような髪色、見たことないもの」

ふたりの子供の会話は筒抜けだった。

それでも隠れているつもりなのかと、失笑する。



ああ、けれどおれももっと近くで見たい。

あの闇のような瞳――そっくりだ。


ふと声をかけようかと思いたった、そのときだ。

風が一瞬ざわめき、すべてを止めた。

濃い濃い森の空気に色濃く刻みつけるそいつの気配は、いやというほど知っている。



――きた。





遠く茂みから、その暗闇から目だけを異様に光らせて。

人型と烏の混合状態のそいつは現れた。




『見つけたァ』

ニタと口を横に広げて、奴はおれを見つけた。

木々をかきわけ、どんどん近づいてくる。

葉を踏みしめ、毛散らす。

伸びて邪魔な枝をポキリと折る。

まるで進む道に邪魔になる者は容赦しない、というように。


そう、まるでおれみたいだ。

野望に向かって、ただひたすらに破壊して生きてきたおれみたいだ。

喜助がまるでそんなこれまでのおれを体現しているようで、目が離せなかった。


しかし、頭の片隅の冷静な部分は、一刻もはやく逃げ出せと警鐘を鳴らしている。

それなのに、身体は言うことを聞かない。

動かすことすら、億劫で。




『狡猾な貴様には、お似合いな墓場をつくってやるよ』

顔がはっきりと見える位置までくるころには、喜助の姿は人型に変わっていた。

そばにダラリとしている男――おれの側近だった男だ――がひっついていたが。

喜助は顔をしかめ、泥を取るようにそのくっついていた男を蹴った。

男は仰向けになり、白目を剥いた死顔が露になる。


ああ、滑稽だ。

喜助は無言でそう笑った。


おれもああなるのか、そう思った。

そのとき――





「お兄!」

それまでびくびくしていた少年が、明るい声を発した。

大木の裏から顔をひょっこりと出し、ぱっと目を輝かせている。

先ほどまでの怯えや警戒はなく、うれしそうに飛び出してきた。

「やっぱりお兄だ!」

にこにこして駆け寄る子供に喜助は目をやる。

おれから注意がそれた。




『空弥か。どうしてここに――』

「だれ」


確信が、絶対的になる。

それは衝撃を持って降り注ぐ。

喜助は声を発したその少年を見て、動きをやめた。

ただその少年――暗紫に見入る。

やはり奴は、沖聖の血を受け継ぐ者。

よくも滅びず、つづいてきたものだと感心すらする。

ただ愕然と子供を見つめる奴を目の当たりにして、喜助の弱味は今も昔も変わらないことを改めて知った。



喜助の弱味は、いつも沖聖だ。

奴はそいつのためにしか動かない。

たぶんきっと罪の意識にさいなまれているのだろう……自分は沖聖を裏切ったと。

愚かだと思う。

そしてそんな愚か者から呪いを受けたおれも、馬鹿だ。





『貴様、名は……?』

そろそろと、喜助が暗紫に手を伸ばした。

おれが触れられなかった、そいつに。

一瞬躊躇してから、そっと。




――今だ。

逃げるなら、今だ。



足を動かす。

力をめいっぱい振り絞って。

ただたどり着きたいと望んだその場所へいくまでは、絶対に力尽きてやらない。

最後にその顔を見たいと、そう思った。



追ってくる気配はなかった。

たとえ逃げ出したことに気づいたって、喜助のことだ……沖聖との繋がりの方が重要だろう。


走る。

ひたすら、歩くようなはやさでもなお、進みつづける。




あいつに会いたいと、強く思うのはどうしてだろう。

あいつしか残されていないと感じるのは、なぜ。








「なぁにを泣いてるんでぇ?」



ふいに彼女の声が頭に響いた。

ああ、あれははじめて会ったときのことだ――。





あいつは他の男に抱かれた直後だった。

乱れた髪を雪のような白い肌にたらして、紅い唇をにっと歪めていた。

ホクロが艶やかな彼女の魅力をひきたてていて、思わず目を奪われた。

薄紅の着物ははだけ、水々しい肌があらわになる。

恥じらいに頬を染めることもせず、むしろ見せつけるようにそいつは笑っていた。



「うち、たった今仕事終わったんよぉ。なんなら、アンタぁのお相手もしてあげますぅよ?」

癖のある変なしゃべり方だ。

だが、逆に魅力的に聞こえた。

「おれの渇きを、癒してくれるならね」

にっと挑発的に笑ってやると、彼女はさらに唇を横に広げた。

血を塗りたくったような、真っ赤で艶やかな唇。




おれは彼女を買い、椿の間という奥の部屋で、寝た。

そこで、彼女は再び言った。

「アンタぁはさっきから、なにを泣いているんでぇ?」

なぜか心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚え、一瞬きつく彼女をにらみつけた。

しかし、彼女は表情ひとつ変えなかった。

「アンタぁの欲望は、たぶんとぉっても単純なことなんだぁと思うわぁ」

妖艶に、笑う、女。

喰われる、そう思った。




「――うち、もうアンタとぉは寝ない」

唇を引き離し、女はにやりとした。

「泣いてぇるアンタは、興冷めだぁよ」




ああ、なんだ。

こんな女、はじめてだ――。





それから度々、その遊郭に通った。

享楽に似ている快感。

もう寝ないと彼女は言ったけれど、金を積めば仕事上断れない。

いやがるかと思ったが、彼女はただおかしそうに目を細めるだけだった。

「もう寝ないと、言ったぁのに」

「おれは認めてないよ」


ただそのときだけは、満たされた。

忘れることができた。

――自分は決して満たされないということを。





通っていくうちに、女のことを知った。

名前は華虞殿。

幼いころ、金に困った両親に遊郭に売られたらしい。

遠くの移民族の血が混じっているらしく、それでどことなくしゃべり方に癖があるようだった。


その女は情報を手に入れることに関しても長けていた。

遊郭には様々な情報が流れてくる。

そこでおれは静紅を拾い、夜桜の国の情勢を知り、動かした。


華虞殿は、よく働いた。

おれのものだと、そう思っていた。


――勘違いだった。





深く混ざり合うような口づけを、彼女は他の男とも交していた。

そのまま肩を抱かれ、奥の部屋へ入っていく。


知っていたはずだったし、驚く必要もなかったんだ。

彼女は遊女で、仕事をしているに過ぎないのだから。

それでも……おれは他の女と寝る気にはなれなかったし、他の男が彼女を抱くなんて考えられなかった。


だから買った。

華虞殿の一生分を。


金は腐るほどあったし、ちょうどよかった。

また満たされたような気がした。







おれには、なにもない。

なにも残ってない。

城を手に入れたって、国を支配したって、なぜか満たされないのは呪いのせいだ。

野望は尽きることなく、潤うことを知らない。


もう、なにもないんだ。

これはすべて、呪いのせいか……?






「華虞殿……」


そっとその名をつぶやく。

彼女だってまがいものかもしれない。

それでも今は、それにすがるしかないんだ。



おれはただの客にすぎない。

わかってる。

けれどそれじゃあ満足できない。

――なぜ?



その疑問を、知りたい。

だからどうか、もうすこし時間がほしい。


まだ、終わるわけにはいかないんだ。











せっかく準備してたのに消しちゃって再度やりなおししました(涙。。



後半はノッてきました笑

カグデン出てくると、成彰もノリノリです♪爆


前回の第二章1と今回の2は、喜助視点でも書きたいなぁと思っちゃいました。

せっかくの沖聖との再会ですもん。

会話はしていないけれど……ちょっと考えるところがありますが、今回は成彰くんなので。。


鴉の子は人称変えたほうがいいかなとチラと思ったのですが、とりあえずこのまま強行突破したいと思います(汗><



それでは、よろしくお願いします!





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