第二章 野望
この回は第一章にしようか迷いましたが、結局は第二章へ。
楽しんでいただければ幸いです。
それにしても、最近は筆が進みません。。(汗
第三章の話は考えているたけに、もどかしい。。
がんばります!
(喜助のセリフはやっぱり『このカッコ』じゃなきゃしっくりこない!←そんな私。笑)
ちなみに、登場人物の裏設定★☆
喜助…甘えん坊
夜呂…年上好き
姫…大食らい
です^ω^
では、どうぞ!
【第二章 野望】
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頭がくらくらする。
足元がしっかりしない気がして、思わず顔をしかめた。
側近の身体にのりうつった喜助は、くすくすと笑いながら槍で攻撃してくる。
心底楽しそうに。
ああ、わかるよ喜助。
死から逃げようともがく人間ほど愉快なものはないんだ。
怯える人間の顔ほど、笑えるものもない。
おまえもそれを知っているんだろう?
だけど――おれは怯えちゃいない。
ただしゃくなだけ。
おまえにだけは、殺されたくないよ。
ぶわりと足元をすくわれ、よろける。
頭のくらくらが増して、吐気すら覚えた。
「心配するな小僧。簡単には、死なせないから」
くっくっと笑い、喜助は攻撃をやめる。
にらむように見上げると、奴はにやって唇を引き上げた。
「教えてやろうか?この槍の刃には、毒が塗ってあるんだぜ」
毒――
ああ、さっき突かれたところから、毒が身体に回ったのか。
だから頭がくらくらするのか。
「すごいだろう。身体が痺れてくる……動きが鈍るんだ」
くすくす声をたてながら、喜助は槍の刃をなでる。
狂気。
悔しいが、無意識にぞっとしてしまった。
眼をらんらんと変に光らせたまま、喜助はさらにつづける。
「いつもだれかを殺すのはこの毒だ……作っている本人は、とても汚れない子供なのに」
声が、変わる。
側近の声から、がらがらした烏の声に。
『これはおれの人間の時間を殺し、沖聖を殺し、烏の父母を殺した――』
側近だった者の顔が歪み、引きつり、口がさける。
あっというまに、その切れ目は耳にまでのび、嘴をつくる。
人間の身体の上に、烏の特徴をもったような顔がのっかっている。
腕や顔などの肌には、黒光りする羽のような毛が生えていた。
バケモノ――たしかにそれは、人間でもなく烏でもない。
生き物の本能から鳥肌がたってしまうような、身の毛のよだつ恐怖。
それを感じられずにはいられなかった。
『古くから西の国では刃に毒を塗りたくっているだろう。獲物を必ず仕留めるために――できるだけもがき苦しむように』
もはや烏か人間かわからなくなったそいつは、にやりと笑う。
殺される。
今はおれが、奴の獲物。
『そう怯えるな。簡単には殺さないと、言っただろう?』
ニタニタと笑うその化け物から、二、三歩あとずさる。
まるで黒い陰がのびてきて、足首に喰らいつこうとしているような、そんな錯覚を覚える。
捕まったが最後、奈落の底に引きずり込まれて、二度と光を仰げない……
渇きにうめいたまま、潤いのない砂に埋もれていく……
身震いしたくなるほど、それはたまらない恐怖。
『この毒は身体が麻痺するだけ。死にはいたらない――』
化け物はうっとりと槍の刃先をなでる。
そしてニヤリと不敵に笑んだまま、舌をぺろりと出して舌舐めずりした。
『貴様とオレサマはどこか似ているんだ』
「似ているだと」
失笑。
そうかもしれない。
けれど絶対に認めてやらない。
「笑わせるな。おれはおまえなんか、だいきらいだ。おまえみないなヤツになど、似たくはない」
じっとその黒く切れ込んだ眼をにらんでやる。
そうして、ふと思った――いつから、こいつの目はこんなに曇ったんだろう。
師実の記憶のこいつは、どこまでもまっすぐだった。
ただ幼皇に遣えたい……いや、沖聖に認められたいと、それだけのために信念を持っていた気さえする。
それがいつの間にか化け烏になって、呪いやがって、そうやっておれの行く手を阻み、享楽を奪い取る。
おれはただがむしゃらに化けモノを排除しようと動いていた。
こうして、まっすぐに喜助の目を見たのは久しぶりかもしれない。
いつも憎しみが先にたち、おれの目を濁らせるから。
ツイているのかいないのか、毒のせいでかなり頭は鈍い。
それゆえ、じっくりとそんなことまで考えられる。
でも、考えなければ。
死ぬわけには、いかぬだろう?
「き……すけ?」
ハッと顔をあげる。
ぼやけた輪郭の沖聖の横に、ゆっくりと身を起こす子供が目に入った。
なにを言う暇もなく、そいつはつづけて口を開いた。
「来ては……だめよ。あなたは、自由になりなさい」
辛そうな、苦しそうな、まるで母親が分からずやの子供をさとすような表情で、早良は喜助を見つめる。
「あなたはもう、充分よ。あなたが幸せになるのが、彼の願いなのよ……」
喜助はちらっと早良を見、そのまま冷たい声で答えた。
『知ってるよ。沖聖はやさしい。そして愚かだ』
「なっ?!」
目を見張る。
早良は開いた口が塞がらない状態で、何度か口をパクパクさせた。
かまわず、喜助は非難するような目を向けた。
『だってそうだろう。自分のことより、いつも周りの人間のことを優先して。ばかみたいだ……充分?幸せ?これがか?』
霞のように朧な沖聖の魂を顎でしゃくり、喜助はせせら笑う。
『貴様になにができる。せいぜい愛していると口先で言うだけだろう?オレサマがいなきゃ……』
沖聖は、安心して眠れやしない――
そう口のなかで奴がつぶやいた、瞬間――痛みが頬をかすめた。
間一髪で身を引き、避けたが、刃物が目の下をかすり、熱い線をひく。
見上げると、今度こそトドメを刺さんとばかりに、どす黒い感情を内に秘めた眼がこちらを見下ろしていた。
『貴様だけは自由にしてやらない。死してなお、渇きに飢えるがいい』
「……そんなこと、できるかよ」
にやりと笑う、化けモノ……
『言っただろう――おれは、呪いが得意なんだ』
死んでもなお、渇きに飢えていくと。
自由など、ないと。
そんなの、ごめんだ。
槍が高々と上げられる。
死ぬのか?
こんなところで。
死ぬ?
――「うちはここにいます……なにがあっても、あんたを待ってぇる」――
ふと、彼女の声が頭をよぎった。
なぜかはわからないけれど、無償に会いたくて仕方がなくなった。
死にたくない……?
いや、もうあきらめすら生じはじめた。
感覚が麻痺したように、ただ喜助から目が離せなくなって、そのままじっとする。
足が動かない。
なぁ、どうすればいい?
『あの世で待ってな』
喜助の目が見開かれ、ぐんとその刄が振り下ろされる。
ただその銀色が近づくのを見つめていた。
――渇きは、満たされない……
次に目に入ってきたのは赤だった。
真っ赤な鮮血がどっと辺りを染める。
生暖かい液体が顔にはね、目の前を黒い赤で満たした。
けれど、痛みはなかった。
銀色のきらめきは、肉体に深々と突き刺さっているというのに。
そっと顔を落とし、水溜まりのようにぽたぽたと溜っていく赤を見た。
そのまま顔を上げる。
刄の鞘になった少女が、おれのまえにいた。
突き刺さった肉体は、おれのものではない。
その怨念の刄を受けたのは、おれじゃない。
あまりに小さい身体で、あまりに強く受け止めていたのは、ひとりの少女――おれの魂の妹。
最初に浮かんだ感情は疑問。
なぜ?
その一言しか出てこない。
わけがわからない。
なぜ彼女はおれをかばう?
『――貴様……』
喜助はぽつりとつぶやくと、冷淡なまなざしを向けたまま、槍を彼女の身体から引き抜く。
「っ、あぁあっ!」
声をあげ、早良はどさりとその場に倒れ込んだ。
声が出ない。
よく、つかめなくて。
どういうことか、わからなくて。
「兄……さま……ぁ」
蚊の鳴くような、けれどたしかにその小さな声は耳に届いた。
顔を近づける。
触れることも、できないまま。
「……守り、たかった……ずっ……と……兄、さま……を……」
死んでゆく。
弱りはて、ついには息をすることさえやめてしまう。
早良が死ぬだとか、嶺遊が死ぬだとか、そんなことに悲しみを覚えたわけじゃない。
嶺遊はどうせもうこの世では生きられないし、早良はとうに死んでしまっていたのだから。
ただ、驚いただけだ。
早良が、おれをかばったってことに。
嶺遊ならば、きっと自分を犠牲にしてでもおれを守っただろう。
そうやって育ててきたのだから。
けれど、早良は……?
嶺遊のごとく、おれを守った、と?
馬鹿みたいだ。
正気のさたじゃぁない。
嘲りの気持ちを含めて笑う。
笑うのに、泣きたくなった。
言葉じゃ表せない。
はじめて知ったこの感情は、なに?
なんと名をつければいい……?
『沖聖、もう還りな。早良を連れて、はやく……』
喜助の声が聞こえ、ハッと我にかえる。
奴は霊体の沖聖の方を向いてなにか言っている。
ああ、早良は魂になって天に還るのか、などとぼんやり思う。
その裏側で、正気を取り戻しはじめた冷静な頭はささやく。
――おれは生きている、と。
ああ、生きてやる。
ぐっと拳に力を込める。
ぎゅっと奥歯を噛みしめ、おれは目を盗んで駆け出した。