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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第五部 鴉の覇者
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******







がっくりとその場に座り込む。

そしてそのまま、頭を抱えた。

本当は、たぶん泣きたかったんだ。

ただ、どうしても――絶対にそれを認めることなんて、できなかった。




「お兄さま、やめて。お願いだから……もう、やめて」

肩で息をし、ふらふらしながら、子供はおれに近づき、そう言う。

まるで子供に慰められているみたいだ。


でも、わかってんだ。

早良はおれを想って止めているんじゃない。

そんなわけはない。

ただあいつが心にかけているのは――



「もう、あの人を苦しめないで」

早良はそう言った。

きっぱりと、強い声で。

その声はギラリと不気味な刃を見せて、おれを脳天から突き刺した。



ほら、やっぱり。

やっぱり、こいつはあいつしかみていない。

血の繋がった奴でさえ、おれから離れてゆくのだろう。




「……そんなに沖聖がいいか」

冷たい声が出た。

感情は静まり、ただ驚くほど冷めていた。

「ああ、いいさ。すぐにあいつと天に還ればいい!」

早良の頭をがしりとつかみ、力を込める。

痛みに歪むその顔を、笑いながら見ていた。

「だがな、おれのために働いてからだ。マヨナカを、その力をおれがいただいてからだ」


それから、復讐を果たしてやろう。

喜助を殺せば、呪いは解ける。

そしたら、もう渇きにうめくことはないのだ。

自由があるだけだ。


奪ってやるよ。

脳天気に暮らしているやつらに、思い知らせてやる。




「――本当の戦乱の幕開けだ」





ぶんと腕を横に振るだけで、ぼろぼろの子供は床に伏した。

もう動く力もないのだろう。

ぐったりとしている。


手についた血の塊をそばにあった布でぬぐい、そのまましばらくその赤をながめた。

沖聖を切ったときの師実の感触が、今でもこの手に残っている。

すっと銀のきらめきを振るだけで、鮮血の紅が宙を飛んだ。

その最期の顔は、まぶたの裏にこびりついてはがれない……。

沖聖の最期のあの瞳には、驚きや憎しみの色なんてなかった。

ただ、あれは哀しみの色。

同情のまなざしだった。



そんなの、気にしていなかったけれど。

どうして今、こうもあの瞳が痛く蘇るのだろう。



苛々、する。

なにかを、握り潰して、破壊したい。

めちゃくちゃにしたい。

それこそ、恐怖に泣き叫ぶ声が聴きたい。

きっとそれは、たまらない快感だろうから。




そばでいつのまにか気を失っていた子供を、ぼんやりとながめる。

浅黒い肌をした、異様に目の大きな子供。

はじめは男かと思った。

口もきけなかった。

それを拾ったのは、他でもない、早良の魂を引き継いだ子供だとわかったからだ。

うつくしい容姿だった早良とは比べ物にならないが、こいつはものの覚えだけは尋常じゃないくらいはやかった。

いつしか、小物なら倒せるくらいになり、おれのそばにおくようになった。




ただの道具。

嶺遊は最初から、ただの道具だった。

魂を引き継いだとは言っても、やはり早良と嶺遊はちがう。

“早良”の魂が戻れば、嶺遊自身の魂はさ迷い、もう二度とこの子供の身体には戻らない。

きっとしばらくすれば、天に昇っていくのだろうけれど。


羨ましいとさえ、思う。

身体に縛られないことは、ある意味自由なのだから。





ぼんやりしていたおれだったが、そのときはたしかに感じた。

ぞわりと、この世のものではないものに感じる恐怖と、それから思い通りにことが進んだことへのよろこび。


――きた。


振り返る。

そこには、ぼんやり白い影を背負った男が立っていた。

ぼかしをかけたように、その身体の輪郭ははっきりとはせず、まるで夢を見ているかのような錯覚を覚える。

彼は白い衣をまとっただけで、あとは髪も垂らしていた。

肌は蒼白く、それが儚げなうつくしさをたたえているようにすら見える。

――沖聖。




「早良の魂を、取り返しにきたってわけか」

できるだけ丁寧に言葉をはく。

高ぶる気持ちを抑え、じっと青年を見つめた。

しかし、沖聖はなにも言わなかった。

ただこちらを見つめかえし、哀しそうな、それこそあわれなものを見るような同情すら、そのまなざしから感じとれる。

「声が出ないってワケ」

苛々をなんとか抑え、皮肉る。

それでも沖聖は表情ひとつ、眉毛一本動かさなかった。




いつも、腹が立った。

師実だったころ、幼皇というものが、沖聖というものがきらいでならなかった。

だれにでもやさしく、地位に媚びない。

誇示しない。

本当にそんな人間がいるのか?



だから、奪ってやろうと、壊してやろうと、そう思った。

おれ自身がのぼりつめるためにも。




ああ、けれどまったく満たされない。

それもこれも、すべてあの化け烏の呪いのせいだ。

あいつが――





「成彰さま」

ふいに、声がかかった。

御簾の奥の出入り口の奥のほう、影になっている辺りから声が聞こえた。

緑の履物を履いた足が見える。

「なんだ。今はここへ近づけるなと、言ったではないか」

怒声を静かにあげる。


側近か。

なぜこうも、家臣は役立たずばかりなのか。



「すみませぬ。ただ、急用でございまして」

淡々と、その人物は言う。

一向に影から姿を現せる気配もない。



チラと目を走らせるが、沖聖はただ黙って横に転がる子供をながめているだけだった。

早良は動かない。


舌打ちをし、家臣に近寄る。

なにが急用だ。

さっさと終わらせて、おれにはやることが――


「ッ!!!」


痛みが、左肩を撃つ。

焼けるような感覚に襲われ、反射的に飛びのいた。



沖聖や早良になんてかまってられない。

ただ、目の前の人物に集中する。



「なんの真似だ、おまえ」


腹が立つ。

こんなときに裏切りなど、許されるものじゃない。



「報復に参りました、成彰殿」

家臣だったそいつは、ただ手に、先に赤い血のついた槍を構え、うっすらと口元に笑みを浮かべていた。

にらむが、ひるむ素振りも見せない。

いつもならば、家臣たちはおれに恐れをなしていたはずなのに。

恐怖で縛りつけ、逆らえないようにしていたはずなのに。



奴は、先ほどまでそばで仕えていた側近だった。

裏切るほどの力量を、度量をもった奴じゃない。

ならば、なぜ……?



「ほ・う・ふ・く、ですよ。なんてったって、恨みは尽きねぇからなぁ」



声が、ちがうのに。

ちがうのに、わかる。

こいつは側近じゃない――側近の身体をかりた、化け物だ。




「小僧、沖聖を返してもらうぜ」

にっと笑う、そいつは。

「貴様の妹も、一緒に」


ほら、やっぱりきた。

すくなくとも、おれの読みだって外れちゃいない。

負け惜しみに似ているけれど、それでも。




「いつの間にいるんだよ、てめぇは」


不覚にも負ってしまった傷口をおさえながら、薄ら笑いを浮かべて言う。

それに呼応するように、そいつもニッと笑った。

「いい最期になるぜ、貴様は」



いや、ちがう。

おれは絶対に、死なない。

この渇きを、潤すまでは。




「それはこっちの台詞だよ」




笑みを浮かべて。

そうやって、あざけってやる。




おまえなんか、だいきらいだ――喜助。









最近短めでしたが、今回はたっぷり更新できた感があります笑。

いつも読んでくださる方、本当にありがとうございます。


3/28を持ちまして、【鴉の子】を書き始めて(公開しはじめて?)一年がたちました。

それをこの間思い出して、ひとりおぉ〜と(笑

長かったような、短かったような・・・

長く更新できなかった期間もありましたが、ノリに恵まれ、ここまできたな、と。

はじめ考えていたよりかなり長くなってしまい、いろいろありますが、ここまで続けてこれてよかったです。

あ、まだつづきますよ。^^



それではまた、よろしくお願いします。





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