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『おい、小僧』
頭上からの声に、高安はすばやい動きで反応する。
後ろに夜呂を隠す。
目を凝らして見ると、木の枝に、一羽の烏が悠々ととまっていた。
眉をひそめ、高安はじっとしている。
烏はため息をつくと、静かな声で言った。
『お前らのおかげで、姫は危険になった』
高安は無反応だ。
烏はさらにつづける。
『まぁ、アタシはどっちでもいいけどね。あの女が主だなんて、思ってないし』
それから烏は、向きを変えて飛びたつ準備をする。
高安は目を離さずに、じっと見つめたままだ。
夜呂をかばう腕に力が入る。
『ただ、アタシはね、あの女を気に入ってただけなんだ』
翼を広げる――その瞬間――夜呂は夢中で、高安の前に飛び出していた。
「あんたの名前は?」
烏はおもしろがるような声で言った。
『アタシは朱楽。バイバイ、尊い人』
黒い鳥が、空の黒い点になるまで、夜呂はずっとそれを見つめていた。
彼の拳が、かすかに強く握られていたことに、高安も、そして彼自身も気がつかなかった。
夜呂の口元が、かすかに笑っていたことにも。
「さぁ、行きましょう」
夜呂の腕を引き、高安が歩き出した。
「でも――」
「もうすこし先に、迎えがいるはずです。あいつらが、烏どもにやられるはずがありません」
「あいつら?」
やけに自信のある高安を、夜呂は怪訝そうに見やった。
ふっと軽く笑って、彼は言う。
「ええ。数年前から集めた、能力のあるやつばかりです。あなたも聞いたことがあるはずだ」
「だれ?」
歩く足を速めながら、夜呂は尋ねる。
高安がきつく腕をつかみ、ほぼ走るようにしているので、追いつくのがなかなか大変だった。
「辰迅やその部下、忍び、あとはおれの部下たちです」
ドキリとした。
辰迅は国でも有名なほどの優れた人材だった。
国王の次期右腕と言われた男だった。
その彼が、なぜここにいるのだろうかと、夜呂は首をひねった。
察したのか、高安が教えた。
「……あなたの影は、おれだけじゃないんですよ。四、五人います。そのひとりが、辰迅です」
しかし、夜呂の疑問は増すばかりだった。
影である辰迅がここにいるということは、影が影の役目を終えたということだ。
それはなにを意味するのか――
「国は滅びたのでしょう」
はっきりとした声で、高安は言った。
ドクン、と、心臓に重たい鉛が落ちてきたような錯覚が生まれる。
なんとなく、わかっていた。
たぶん、そうなるのだと。
自分だけが逃がされた時点で、わかっていたはずだった。
しかし、実際にそれを聞くのとでは大違いだ。
実感なんてわかないのに、言葉にされたショックだけが頭をもたげてきた。
「しっかりしてください。あなたはもう、人々の上に立たなければならない」
高安の顔は厳しくなった。
ぎゅっと唇をかみしめると、唐突に夜呂は立ち止まった。
「夜呂さま?」
やや黙りこくったあとで、夜呂ははっきりと高安に目を向けた。
その眼に圧倒される。
「おれは、助けなきゃならない。おれはきっと、そういう運命だったんだ!」
高安の腕を振りほどき、夜呂は屋敷に向かって走り出した。
後ろで高安の声が聞こえてきたが、気にならなかった。
『ただ、アタシはね、あの女を気に入ってただけなんだ』
朱楽の声が、頭に響いてきた。
――うん、そうだね。
夜呂はさらに走った。
――おれも、姫が気に入っただけなんだよ。
ここで一章は終わります。
お付き合いありがとうございました。
次から二章です。
まだまだつづきます!
よろしくお願いします。