第一章 陰謀
とうとう、第五部に参りました!
ずっと書きたかった場面が、この部にはあります。
今回のテーマは「涙」。
うまく表現できるかわかりませんが、奮闘してみようと思います。
この部は、後編にとても重要になってきます。
というか、つながってます^^
楽しんで、ドキドキしながら読んでくださるとうれしいです!
では、どうぞ!
〜カラスノハシャ〜
渇いた砂漠
荒れる海
赦されぬ魂に
欲望に身を埋め
ただただ嘆くは
一時の後悔
ただただ求めるは
一時の幸福
奪い取る望みはひとつ
暗黒の世界ただひとつ
世界の、覇者
【第一章 宿命】
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「切ってしまおうかな」
ぽつりと言葉を落とす。
これはまだ――彼が城に戻る前のことだ。
彼は毎日のように遊郭を訪れ、女に溺れた人のような生活を送っていた。
太陽の光があたって金色にきらめく髪をひとふさつかみながら、男はため息をつく。
しかしそれを見ていた子供はぎょっとし、あからさまに顔をしかめてみせた。
「成彰さま、まさか、坊主になる気ですか」
それを聞き、男は豪快に笑う。
「それもいい。いっそ俗世間から離れようか」
――そんなこと、できやしないのにな。
笑いながら、そんなことを心の内で思う。
子供はまだ顔をしかめていたが、次に聞こえた女性の声に気を引かれて、すっかり顔をしかめることを忘れてしまった。
「そんなことぉ、あなたさまにはできませんよぉ。僧侶になるってことはぁ、女ぁから手を引かなきゃなりませぬもの」
ぶわっと香を漂わせながら、ひとりの遊女らしき人物が現れる。
着物をはだけさせて肩を露にし、厚い唇にはたっぷりと朱色の紅を引いている。
目元をかすかに緩めながら、彼女は目を見張るようなうつくしい動作で、ふっと成彰の横に腰をおろした。
「ね、成彰さま。それは、無理でしょぉ?」
「たしかにな」
ニッと不敵な笑みをもらし、彼は遊女に口づけた。
顎をとらえ、奥まで忍び込む。
――ああ、だめだ。
満足しないのだ。
どんなに極上の女を抱こうとも、宝を奪おうとも、権力を手に入れようとも、絶対に満たされることはない。
乾ききった、魂……。
その理由を、彼は知っていた。
自分が呪われた理由を。
しかし、それはあまりに理不尽だった。
先祖はどうか知らないが、自分にはまったく関係のないことなのに。
――あの化け烏……絶対に許さねぇ。
唇離し、彼は奥歯を噛み締める。
――どんな手をつかってでも、絶対に呪縛をといてみせる。
そう、どんな手をつかってでも。
「――成彰さま」
嶺遊が恐々と呼ぶ。
子供は真ん丸した目を、一瞬も離すまいとして彼らを見つめる。
成彰は横目で見やると、意地悪くニヤリと笑みを浮かべ、華虞殿から身体を離し、今度は嶺遊に近寄った。
「おまえ、まだ目覚めないのか。まあ、時がくれば使い物にはなるだろうけれど」
「なにがですか」
嶺遊の頭に手をのせ、軽くなでる。
なにも知らない子供を、成彰は心のなかであざ笑った。
――おまえはなにも知らないのだな、早良。
道連れには最高の人材だ。
成彰は立ち上がり、女に向き直る。
優美な彼女はただうつくしく座っていた。
「そろそろ行くよ。華虞殿、いずれまた」
彼女はなにも言わずにじっとしていたが、彼が子供を連れて去りかけたそのとき、決心したかのように口を開いた。
その声は彼女らしくはなく、かすかに恐怖に震えていた。
「うちはここにいます……なにがあっても、あんたを待ってぇる」
金の髪が振り返る。
鮮やかに、艶やかに、どこか切なく。
彼女は心のどこかで、もう彼とは二度と会えないのではないかと感じていた。
はじめはただの客だった。
しかし、今ではちがうのだ。
彼の内から滲み出ている哀しみは、彼女には痛切に感じとれる。
野望に囚われた、かわいそうな男――彼女にはそう思えた。
そしてきっと、そんな男を見捨てられない自分は愚かだと知っていた。
知っていてなお、彼に惹かれるから仕方がない。
金色の髪をした男はなにも言わず、ただ笑った。
いつもの不敵な笑みに相違ない。
それにも関わらず、華虞殿にはどうしても、彼が寂しそうに、その悲しみを押し殺して笑ったように見えたのだ。
男と子供は出ていった。
たしかに、勘違いかもしれない……。
ひとりになった彼女は、普段の彼女にはできないくらい、思い切り泣いた。