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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第四部 鴉の王
56/100





******








まるで地獄絵図。

だれか助けて、という叫びが、そこいらじゅうに充満しているよう。



バタバタと人間が倒れていき、うめき声で溢れかえる。

喜助が去った今、この場は騒然としていた。




だれもかれもが、なんのためにかわからず、ただただ刀を振るった。

殺らなくては、殺られる。

それだけが彼らを動かす原動力だった。





「大丈夫か」

地面に転がる黒い塊に近づき、トカゲはうろたえる。

頼りにしていた柱をなくしたような感覚に、彼は焦っていた。

化け物には、化け物を――そう思っていただけに、一瞬で味方の化け物がやられたのは衝撃的だった。


『もう……無理だ』

か細い声で蒼於が答える。

それがさらにトカゲをあわてさせた。

どうすればいいのか、皆目わからない。

ただ目の前の戦場を、見つめるしかできなかった。



「どうすれば……」

「危ない!」

不安にきょろきょろと頭を動かしたそのとき、強い声がかかる。

何事か理解する間もなく、矢が降り注いできた。

「――ちっ」

刀で何本か切り落とすが、何本かは腕を貫く。

焼けるような痛みにつづき、鈍い痛みが襲う。

「大丈夫かっ」

先ほどの強い声の主――正任が駆け寄ってきた。

「はやく行け。夜桜さまはすでに宮へ下がった。ここはいいから、おまえは夜桜さまをお守りしろ」

「ああ、すまない」

利腕をやられたこともあり、トカゲは素直に頷くと、ふらふらと立ち上がる。

思ったよりも傷は深いようだ。

トカゲが歩き出すと、正任は力なく横たわる烏に目を向けた。




「この烏も、一応手当てしよう……静紅!」

髪を一本に束ね、動きやすい身軽な格好をした女がやってくる。

「この烏を、宮まで。おまえもそこで待機していろ」

「あなたは……?」

「おれは、まだ戦う。宮は成彰さまのものだ。何人たりとも、侵入はさせない」

女は瞳を不安げに揺らした。

「でも……」

『おまえは、成彰の駒だろう』

蒼於の小さな、けれど鋭い声が女を射止めた。

ぐっとつまり、彼女はさらに瞳を揺らす。

「わたしは――正任!」

最中、切り裂くような悲鳴をあげる。

正任の後ろに、切りかかってくる人影を見たのだ。




刃は彼の頬をかすめ、そのまま下ろされ、脇腹を軽くこすった。

痛みに顔をしかめたものの、すぐに彼は応戦し、敵を切り捨てる。

「正任!大丈夫?!」

「平気だ。それよりはやく、行け」

彼の額に汗が流れ、やせ我慢に笑うのを見て、女はついに耐えられなくなった。

「わたしは!わたしは成彰さまの駒じゃない!わたしは、あなたの妻です」

叫ぶように言うと、彼女はさらに涙をこぼしながらつづける。

「あなたのいるところに、わたしはいます!もう、いやです。離れたくありません」

あっけにとられる正任をよそに、彼女は彼の唇を奪った。



「苦しいの。あなたに忘れられることが、苦しくて仕方がない。静紅であることは、もういやなの。ただの千深に戻りたい」

ここは戦場――しかし、言わずにはいられなかった。

涙はとめどなく彼女の顔を濡らし、落ちていく。

彼女は一度強く彼を見すえ、口を開いた。



「あなたは、わたしを憶えてくれているでしょう?成彰さまの術よりも、強く愛してくれるでしょう?」

正任の瞳が揺れる。

そのなかで、小さな葛藤のような渦が巻いていた。

やがて、その瞳が定まり、はっきりと彼女を射止める。

「……千深?やはり、おまえは千深……そうだろう」

「正任……さま」

声を揺すり、彼女はうろたえた。


信じられなくて。

幸せすぎて。




「おまえは、おれの千深だ。おれの大事な妻だ……静紅じゃない」

次に言った正任の言葉は、強くはっきりとしていた。

思わず涙ぐみ、ほほえむ千深に、正任は応えるように彼女の肩を強く抱いた。



幸せだった。

たとえ、こののち、この身が朽ち果てようとも。




『裏切りだ……静紅。おまえは……ただの人形だ』

刺すようなまなざしで、息も切れ切れに言う烏に、千深は我にかえった。

裏切り――それは彼女の愛する者の命が危ういことを示している。

それだけは、許せないことだった。

急に怯え出す彼女だったが、正任はけろりとしていた。

術が解け、成彰に従う必要のなくなった彼にとって、成彰など怖くはなかった。

そして、すべてを理解した。



「トカゲが……あいつが、成彰との繋がりだったのか。あいつが、夜桜さまを裏切ったのか」

唸る正任に、千深は小さく首を振る。

「夜桜さまも、所詮は裏切りから権力を手にしている。もう、宮には、信じられるものはないわ……」

「ならば!なにを信念に、支えにすればいい」

唇を噛みしめ、正任は声を荒げた。

途端、傷口がうずく。



「とにかく今は、宮に戻りましょう。わたしはあなたと生きたい。お願いよ」

『なにが生きたいだ。おまえなど、成彰に始末されるだろうに』

皮肉を込めて笑う烏。

正任は一瞥し、刀を烏に向けた。

「黙れ。もう騙されない。成彰にも、千深は渡さない」

「正任さま――」


「いたぞ!宮の人間だあ!」

「捕まえろぉッ」

突然、湧いたように敵が現れた。

準備する間もなく、取り囲まれ、矢が放たれる――。

矢が放たれようとした、そのとき。



「下がれ!こいつに手出しは無用だ」

顔をあげた千深と正任の前に、ひとりの男が立っていた。

茶色の髪を揺らした、端正な顔の男。

正任は驚きに顔を歪めた。

「貴様に……助けられたくなど、ない!」

歯を剥き出して唸る弟を見、彼はため息をこぼした。

「いいから、傷をみせろ。強がったって、大切なものは守れない」

「なにを――」

「護りたいならば、周りを見ろ。最善を知ることが、おまえにはできないのか」

高安は、ちらと千深を見てほほえんだ。

「弟を守ってくれて、ありがとう」






戦闘は、その行方は、決着に近づいていた。

宮方は混乱に陥り、圧倒的に夜呂たちの戦力の方が勝っていた。

かくして、宮方は降服した。

傷つき、降服した人間たちの手当てを、夜呂方は惜しみ無く施した。




加世は薬籠ヤクロウを持ちながら、戦場跡を歩き回っていた。

傷つき、動けなくなった人間はいないかと探っていたのだ。

パチパチと火が散る。

焦臭さが漂っており、建物が何軒か焼けたようだと確信する。

血生臭さに顔をしかめながら、彼女は倒れている人間に声をかける。

宮に近づくほど、力尽きて倒れる人間は多かった。



ふと、ひとりの男が目にとまった。

仰向けになっていたので、胸が上下に動いているのが見える。

いそいで駆け寄ると、それがトカゲであることがわかった。

ひどい怪我だ。

顔や足に火傷を負い、切傷もすくなくない。

「大丈夫?」

あわてて薬を取り出し、手当てを開始した。


「……サソリ?」

ふいに声があがる。

片方だけの目をぼんやりと開けて、彼は加世を見ていた。

彼は手当てしている少女を憎々しげに見やった。

「……やめろ」

加世は怪訝そうに眉根を寄せる。

すると、トカゲは再び口を開いた。



「おれはもう、いい」

「なにを――?」

「復讐は、果たしてしまえばなんの価値もないんだ……」

弱々しかった。

加世にはなぜか、彼が泣いているように思えた。

唾を飲み込み、加世は手を動かし、彼の火傷に薬を塗りはじめた。

「ええ知ってたわ。復讐なんて、価値のないもの」

作業を進めながら、彼女は言う。


彼女も泣きたかった。

一族が滅び、もう恨むことしかできないと、そう思ったこともあった。

しかし、気づいたのだ。


それはあまりにも、悲しいことだと。

トカゲにも、わかってほしかった。




「殺せ。妹が待ってる」

にらみつけ、やはりうつくしい声でトカゲは言った。

加世は唇を噛みしめた。

「あなた、ちょっと黙りなさい。あたしは毒をつくるのだけが存在価値じゃないってこと、教えてあげるわ」



救ってみせる――彼女は、そう心のなかで言った。









荒れた地。

かつての華やか、雅やかな、宮。


黄祈は飛んでいた。

はやる気持ちは抑えられそうになかった。

ただ、どうしようもなく、不安に駆られていた。

ひとり屋敷の様子を調べにいった彼女は、そこで驚愕の事実を知ったのだ。

すぐにでも、夜呂たちに知らせるため、休みもせずに飛んでいた。



やがて、戦場あとに立って後始末をしていた、彼らが目に入る。

「黄祈!」

黒い目の少年――夜呂が気づき、声をあげた。

烏は泣きそうになりながら、開口一発に告げた。




『屋敷が!姫が!!!』



闇が広がる――。



きっと、だれもがそれを痛感するだろう。

なんとなく、気づいていただろう。



世界が動いている。



――暗闇に向かって。











*第四部 完*







これにて、第四部は終わります!

お疲れ様でしたぁ〜♪^^


ちょっと展開はやかったかな、と。。

後々修正していきたいですね。



お次はいよいよ、あの方視点!

ずっと書きたくて、前から書いてて・・・

次の目標は「涙」です。

では、次回まで、どうも。



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