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潮のにおいが濃くなる。
荒れ狂う波の音がひどい。
やはり、おれの勘ははずれてなんかいなかった。
頭に電流がピリピリ流れるように、あいつの悲鳴が聞こえるような気がする。
ひしひしと、焦りはつのった。
しかし、しばらく飛んでいるうちに、また別の感情が芽を出す。
それは怒りを通り越した、歓びだった。
もう、容赦はしない。
してやらない。
これ以上、オレサマの邪魔をするなら、生かしちゃおけない。
もともと生かしておく意思はなかったが。
師実……否、成彰。
貴様の命日がはやまったのも自業自得。
後悔したって、遅い。
必ず仕留めてやろう。
『あいつの頸をとるのは、このおれだ――』
荒波のなか、その曇天を逝く。
高波はまるで悲鳴。
奴らの嘆き。
憤ることはない。
ただ、これからの復讐を思い、ひとりほくそ笑んだ。
光が厚い雲の隙間からこぼれ、天から降り注いでいた。
成彰の城は、南の国の海側にある。
きりたった細く急な高い崖に、そびえるように建っていた。
剥き出しになった岩肌にあたる潮風や波にさらされながら、それでも城は堂々としている。
まるで自らの権力を誇示するがごとく。
気に食わない。
小物のくせに、生意気な男だ。
すぐにでもその城を、ぶっ壊してやりたい。
いつかあいつが、沖聖のものを奪ったように。
――おまえのすべてを、奪ってやるよ。
白い城、黒い旗をはためかせて、それはそこにあった。
ぐるりと城の上を旋回すると、ふいに門の前にいる人物が目に入った。
護衛に一言二言告げると、そいつはひとりで門をくぐる。
近づき、木にとまってよく見やる。
浅黒い肌をした、目の大きい人間の子供だった。
そいつはまるで影のように、音もなくそっと歩く。
おれはよく考えもせず、そいつを呼んでみた。
『おい』
そいつは煩わしそうに首を振り、こちらに目を向ける。
その目がぱっと見開かれたかと思うと、突如正気に戻ったかのように口を開いた。
「か……らす……」
おろおろとしながら、そいつは震え出す。
やがてぽろっと涙をこぼした。
「行かなくちゃ……来ちゃだめ……あの方は……ああ、だめ……」
『なに言ってるんだ、貴様……』
顔をしかめたが、子供はまた前を向くと、のろのろと歩き出した。
――まさか。
わかった。
こいつだ……。
第一、これは予想外の出来事だった。
あいつは自分の妹の魂までもを道連れにしているのか。
彼女はきっと、心から沖聖を愛してた。
たとえ彼が幼皇さまでなくとも。
あの子供がオトリか……。
目を細め、視る。
浅黒い肌の、目だけが丸々と大きい子供――早良の魂を閉じ込められた子供。
そいつをオトリにし、沖聖の魂を呼び出す。
そうして沖聖ごとマヨナカサマを喰らうつもりだろう。
それが成彰の目的。
『そうはさせない』
にやりと笑う。
そうは、させない。
沖聖は心根がやさしいから。
きっと天からだってやってくる。
魂は天に昇りきるまでかなりの時間を要するというから、まだ沖聖の魂はこの世にあるのかもしれない。
蒼於の言葉を何度か頭に反芻させ、噛み砕く。
そうやって祖嚼しながら、成彰の策略家ぶりを嫌悪した。
どこまでも邪魔するつもりなのか。
どうしてやろう?
当初の計画では、まず蒼於や玄緒などの反逆者の始末をし、そのあとで成彰を片付ける。
そういう予定だった。
それからあとは、なにもない。
姫もいない……。
姫のいないあの屋敷には、もう魅力はない気がした。
別にこののち、マヨナカさまが世界をどうしようが知ったこっちゃない。
ただ、残った復讐を片付ける。
それだけ。
あとはどうでもよかった。
蒼於は、もう遅いと言った。
もうすでに、事は実行されていると。
だが、そうはいかない。
成彰は、まだ沖聖の魂はマヨナカさまのなかにあると思っている。
しかし、今彼の魂は天と地の狭間にあるのだ。
――まだ遅くはない。
たっぷり楽しんでやるよ。
もう、いらない。
師実の魂が苦しんでいけばいいと思っていたけれど、もうどうでもいいんだ。
そろそろそれにも飽きた。
奴の時に終止符をうとう。
すべて終わらそう。
この魅力の欠片もない世界に。
……結局、おれは姫が好きだったのかもしれない。
ふと、すべて復讐を成し遂げたあとの自分を考えると、そう思う。
すべてやり終えたおれに、もはや楽しみなど皆無に思えた。
マヨナカさまに遣えるなんて、ごめんだ。
失って気づくことは、やっぱり多い。
けれど――後悔はない。
おれは姫に惑わされてはいけなかったから。
なすべきことはできたから。
さぁ、終止符を。
この世界に、終止符を。
鴉の王の、最後の仕事を。
これにて喜助の視点は終了!
いろいろ視点ごちゃごちゃしてて、すみませんでした〜!
言われて気づくことって、多いです汗
えっと、でもまだもうひとつ、鴉の王は残っています。
次で最後ですかね?
それでは、よろしくお願いします!