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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第四部 鴉の王
53/100






******







微妙に暗かった空が、東から徐々に白み、赤らみはじめる。

今の時分を知らなかったから、つい夜に近いのかと思っていたがそうではないらしい。


朝。

夜明けだった。





「こ、こやつがどうなってもいいと言うの?!」

夜桜は憤然と尋ねてきたが、それに答えたのは、捕われている夜呂だった。

「アンタ、相手をわかってないよ。喜助がおれなんかのために、わざわざ捕まるわけない」

「そんな……くっ」

「それに、加世をおびきだそうとしたって無駄。犠牲は仕方ないって、話し合ったのだから」

淡々と言う少年をにらみつけ、夜桜は平手で彼の頬をたたいた。

「黙りなさい。ええ、犠牲は仕方ないでしょう。ならばお望み通り、用なしには消えてもらいます」

夜桜は正任に目だけで合図する。

一瞬躊躇ったが、すぐに彼は刀を抜いた。

すらりと、無駄のない動作で。




「……高安は」

ぽつり、と夜呂は言葉を落とす。

「……アンタを待ってるよ」


正任の眼がひんむかれる。

それから正気を失ったように、感情を高ぶらせた。


「うるさい!おれは……おれは……」

「はやく殺りなさい」

夜桜が命じる。

正任は目を見開き、勢いよく刀を振り下ろした――





はやくこいよ。

貴様の大事な主人が、弟に殺られちまうぜ。






――カキィンと金属と金属のぶつかる音がして、刀はすんでのところで動きをやめた。

正任の刀にあたったのは、一本の矢であった。

「夜呂!」

現れたのは、弓矢を持った、男。

キリリとした顔立ちの、切長の眼をした男。

茶色みがかった髪を揺らし、息をきらせながらも、その瞳だけは鋭く油断なく光っている。

弓を構え、敵に向けていた。


「高安!」

夜呂が叫ぶ。

正任はそれを聞き、ついに刀を足元に取り落としてしまった。

ギリギリと目一杯矢を構えながらも、高安もまた、正任を見やる。



「動かないでくださいね」

そっと声がして、夜桜が息を呑んだ。

いつの間にか、彼女の喉元には小刀がそえられていた。

こんがり焼けた肌をした、にっこり笑顔の優男。

まさか、再び目にするとは。

「うわ、なに、この懐かしい顔触れは」

ゆっくりしなやかな動作や言動。

しかし、彼の動きひとつひとつには油断ならないものがある。


「虎徹……?なんでここに」

間抜けな顔で夜呂が男に問うと、彼はニコっと笑いながら応えた。

「ボクはただ、道案内のついでに加勢しただけですとも。報酬はたっぷりもらいすから、安心してください」

あきれ返る夜呂をよそに、虎徹は依然とニコニコしながらつづけた。

「なぁに。それより、自分の心配をした方が得策かと。なにぶん、アンタの従者は怒ってるから」



それは言うまでもない。

高安は親バカな気質があるようだ。



「そうだ!夜呂、帰えったらみっちり叱ってやる」

高安が目を敵から離さずに言う。

「だいたい、置き手紙だけで出ていくなんて、こっちの身にもなってもらいたいよ」




夜呂が解放された。

見た目よりも気力はあるらしく、高安など馴染みの顔を見た彼は笑顔になった。

「ひどい格好だな」

「大きなお世話」

高安の皮肉に頬を膨らませた夜呂だったが、すぐに照れくさそうに頭をかいて付け加えた。

「……ありがと」



『おい、そこの人間』

突然、空から蒼於が唸り、見上げる夜呂たちにつづけて言う。

『今なら、無事に逃がしてやる。だからさっさとこの場から消えろ』

「断る」

夜呂は烏をにらみつけた。

「加世の毒を狙ってる奴らを野放しにはできないね。それに、喜助を救出するのが目的なんだから」

そう言った夜呂にいちばん反応したのは、高安であった。

「喜助?あの屋敷の烏のこと……か?」

「あとで詳しく話すよ。それより、正任が……」

高安は呆然と立ち尽くす正任に目を向けた。

ふたりの兄弟は黙って、静かな驚きを迎えた。

「正任……なのか」



再会。

いいね。

運命は偶然にも絡まるものだから。




『お取り込み中に悪いが、おとなしくする気がないなら、消えてもらう』


夜桜が捕まっているにも構わず、蒼於の号令が唐突にかかる。

鷲や鷹、それから武器を持った人間たちがいっせいに踊り出た。

圧倒的に不利……そう思われたこの状況。


しかし、わかっていた。

気配があることを。

役者はせいぞろいってワケか。

頼もしいじゃないか。

どんどんおもしろくなっていけばいい。

おれはその頂上からすべてを見下ろしてやろう。





白い煙幕が敵陣に投げ込まれた。

小さな爆発音がして、姿を現す数名の生き物がいた。

「夜呂さん、大丈夫?!」

「遅れた、すまぬ」

加世と呉だった。

煤だらけになりながら、手足にいくつも傷をこさえてやってきた加世。

きっと必死だったのだろう。



――だれのために?




そして、加世の目がおれに止まる。

懐かしい気さえした、その目に。

驚きとうれしさにあふれる涙を止めることもせず、彼女はおれに駆け寄ってきた。

「喜助!」


まっすぐで、純粋な娘。

おれにはおまえがまぶしすぎた。

すこしの間だけだったけれど、加世と過ごした日々はとてつもなく愉快だったよ。



『加世、幼皇は?』

おれの問に一瞬彼女はきょとんとする。

「暗紫のこと?彼なら、今は山寺に預けてる」

『そうか』

一目見たかったが、まだお預けか。

残念に思っていると、加世が口を開いた。


「逃げよう。あたしたち、あなたを助けにきたのよ」

引っ張られる腕を振りほどき、かすかに微笑する。

『オレサマは人間じゃない。貴様に助けられる筋合いはない』

「黙んなさい!知ってるわ、そんなこと」

カッと怒る加世。

意地でもおれを連れて行こうと、再び手を伸ばしてきた。

それをかわし、距離をとる。



『まだおれにはやらなきゃならないことがある。邪魔するなら、貴様にだって容赦しない』




加世、一応おれはアンタを気に入っているんだぜ。

執着せずにいられるお気に入り。

加世はびくりと肩を震わせ、悔しそうに顔を歪めた。

おれのために、そんなに必死になる意味がわからない。

つくづく、おかしなイキモノだ。





『――だれにも、邪魔はさせない』




そう、だれにも。

復讐はまだ、終わっちゃいないんだ。



ニヤリと不敵に笑って、おれは地を蹴りあげた。









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