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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第四部 鴉の王
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第三章 戦乱





【第三章 戦乱】






******






意識は戻った。

覚醒、した。



寒さに震える手を握りしめて目を開ける。

意識は屋敷の方まで飛ばしたって、身体はこちらにあるのだ。

疲れはないが、少々変な気分になりながら、おれは身体を起こす。


そこは洞窟だった。

おれは堅い木の箱の上に寝かされ、頭上にある左右の松明には灯が明るくともっていた。

ゆらゆらとその炎のためにできる影が揺れる。

さて、どうやって抜け出そう……?



そんなことを考えていると、ふいに向こうから灯りが見えた。

足音がコツコツ響き、なにやら話声まで聞こえてくる。

そっと耳をそばだてながら、おれは再度横になって、目覚めぬふりをした。



「……やはり、成彰殿が見たものはまぼろしでございましょう」

『いや、そうではない。アイツは身体から離れ、意識だけを動かしたんだ』

「では、今、あの喜助とかいう化け物の身体は――」

『藻抜けのから、そういうことだよ』


気配はふたつ。

夜桜と蒼於だった。



「それならば、はやくこの男を始末しましょう。この化け物が近くにいるだけで、ぞっとします」

『焦るな。こいつは簡単には死なないのさ……そうだな、あの小娘の猛毒がもっと必要だな』

「ならば、トカゲと正任を送りましょう。あの少年をオトリにすれば容易いことですわ」

『あの生意気な餓鬼か。トカゲが殺し損ねた奴だな』

「ええ。先日に宮に忍び込んでいたところを発見し、捕えましたが……他の仲間は取り逃がしました」



松明の灯りが、顔にふりかかる。

まぶしさに焼けそうになるが、なんとか堪える。



「あの少年も健気ですわ。どんなに拷問しようとも、決して仲間について口を割らないんですもの」

『泣けるねぇ』

カカカ、と烏は笑う。

「それでも時間の問題です。トカゲが幻術を使って苦しみを与えていますから。うなされ、精神も崩壊してしまうくらいに」

『それは楽しみだな。いつかこの男にも使ってやりたい……』



蒼於はそう言って、おれの頬を足でひっかく。

裏切り者……復讐は、倍返しだ。

いつか、玄緒や蒼於が反乱を起こすだろうとふんでいたから、驚きはしない。

許すわけにはいかないけれど。




「そういえば、あの烏……玄緒はあなたの兄上なのですか」

『ああ。兄貴がもうすぐ屋敷を襲いにいく計画を立てる。喜助なきあと、烏の長になるのは、玄緒だよ』



灯りが薄らいだ。

おれが深い眠りから醒めぬことを確認し、ふたつの気配は再びその場から離れる。




――玄緒が屋敷の主?

馬鹿言え。

おれはまだ終わってない。

それに今、屋敷を本当に支配しているのは……



にやつく笑みがとめられない。

気配が完全に絶たれると、おれは再び起き上がる。

大きくのびをし、久々に足を地につけた。

鈍った身体を動かす。


さぁ、ここからがはじまり。

玄緒や蒼於の好きにはさせない――。

マヨナカさまが本当にその力を手にするまで、まだおれの仕事はつづくのだから。








『喜助さま』

その声は弱々しく、今にも消えてしまいそうに頼りないながらも、たしかにおれの耳に届いた。

ふと目を落とすと、洞窟に転がる岩の上に、そいつはちょこんとのっていた。

石像かと思うほど、気配がなかった。


『吉乃か』

問うと、その烏は驚きつつも大喜びで羽をばたつかせる。

『喜助さま!やっと見つけた!姫さまの命により、加勢に参ったのです』

吉乃は微弱に嘴を鳴らす。

『加勢?いったい、いつのことだ。外の状況がまったくわからない。説明しろ』

『はっ』

吉乃はかしこまり、これまでの経緯を事細かに報告しはじめた。



姫がおれの異変を察知して、加勢に向かわせたこと。

その途中で玄緒の襲撃にあい、ひとまず隠れていたこと。

結界がはってあり、容易におれのもとへ近づけなかったこと。

冬がやってきて、だれとも連絡が取れず、しばらく待機していたこと。

そうして春が本番になり、やっとのことで隙を見つけ、この洞窟にたどりつき、おれを発見したこと。




『かなり遅れてしまってすいませんでした。けれど、その代わりに情報はたくさん収集できましたよ』

吉乃はつづける。

『玄緒がお山の大将気取りで、今は夜桜とかいう人間の屋敷にいますが、軍をつくっているのは蒼於です。鷹や鳶などを味方につけ、近々烏の屋敷を襲撃するようです』



屋敷を襲撃。

やはりか。

やれるもんならやってみろ。

今の屋敷は、奴らが知ってたかつての屋敷ではないのだから。




『それから、あいつらには人間がついています。夜桜だけではなく――南の国の支配者』

『成彰か』

目だけそちらに向けて言うと、吉乃はびっくりしたようだった。

バサバサと羽音を鳴らす。

『知ってたんですか?!ならば話ははやいです……奴が、きっと黒幕。なにか、真意がありそうです』

こくりと頷く。



吉乃は本当にできがいい。

それに忠実だ。

ただの乱暴な玄緒とも、頭が切れるが服従をきらう蒼於ともちがう。

格別な、おれの配下。

配下の烏のひとつ。

にやりとほくそ笑む。



『玄緒はきっと成彰を手玉にとっているつもりでしょうが、そうではない。逆です。成彰が――人間が烏を利用しています』


そうだろう。

成彰が玄緒ごときに丸め込まれるはずはない。

さぁ、宴のはじまりだ。

本当の支配者はだれか、しらしめてやろう。

我もの顔でいられるのも今のうちだぞ。




『吉乃、ついてこい』

『御意』

はやる気持ちを押しとどめて、おれは歩き出した。






洞窟を抜けると、すぐに見張りにいた人間が驚きと怒号の声をあげた。

「ばっ、化け物だー!」

「化け物が目を覚ましたぞー!」


化け物?

いいさ、なんだって。


震えながら斬りかかってきた人間を殴りつけ、持っていた槍を奪う。

背丈よりながり槍だった。

さっそく振るい、転がる人間を突き刺し、斬りつける。

よく研ぎ澄まされており、切味は抜群だ。


『なかなかいい武器だな。人間は手先が器用だ』

悠長に会話しながら、さらに槍を踊らせる。

吉乃も頭上から華麗に攻めたて、攻撃をする人間はいなくなった。

数歩下がって距離をとったところから、槍や刀をこちらに向けて立っているだけだ。



「何事ですっ」

さあ、お出ましだ。

黒い髪を乱舞させながら、あわてた様子で夜桜が駆けつけてきた。

顔に白い布はなく、脇にはトカゲこと翠冷と正任を従えている。

「貴様、生きていたのか?!」

トカゲはうちひしがれたように叫ぶ。


いいなあ、その恐怖や憎しみに引きつる顔。

たまらない。


『玄緒はいるか』

問うてやると、夜桜の後ろから、一羽の烏が現れた。

冷たい目をした、つり目ぎみな烏――蒼於だった。

『玄緒は不在だ』

奴は油断なくこちらを見すえる。


『蒼於、この裏切り者め!喜助さまに逆らうなど、許されぬことだ』

吉乃が威嚇しながら唸るが、蒼於はただ軽くあしらうだけだった。

『偽の長につくなど、愚かな奴だ。吉乃、おまえもこちら側へくるなら、優遇してやるのに』

『断る。この吉乃が仕えるのは、真の屋敷の長である喜助さまただひとり』



堪えきれず、笑みがもれる。

忠実な烏。

蒼於の方がある意味賢いのかもしれないけれど、吉乃、おまえは正しい道を選んだよ。


たしかにおれは偽の主なのかもしれない。

現の屋敷の主はマヨナカさまなのだから。


けれど、吉乃。

おまえは正しい選択をした。

自分を破滅に追い込まない、すばらしい選択だよ。






「まずいわ。あの化け物……正任、アレを持ってきなさい。聞けばあやつらは知り合いらしい。人質にしましょう」

夜桜が命じ、切長の眼をした男が動く。

ざわざわと、人間たちは手に手に武器を持ってこちらに迫る。

『吉乃、おまえは雑魚を殺れ。オレサマは――』

烏に目を向ける。

久々のご馳走を目の前にした、そんな気分だ。


腕がなるなぁ。

人間の姿のとき、この手を血に染めることはあまりしなかった。

けれど今――躊躇させるものはなにもない。

沖聖の魂は解放され、姫はもういない。

おれの執着できるものがなくなった今、なにをためらい、戸惑うというのだろう。

本当に得たいものは、この手に入らないのだ。




『――オレサマは、そこのクソ生意気な雑魚を仕留める』

にっと笑むと同時に、おれは斬りかかった。

それを合図に、周りの人間たちも襲いかかる。

槍を突きだし、構え、振り回す。

刃が骨肉を捕え、えぐる。

感触が生々しい烏のときとはちがい、それほど切れる感じはないが、やはり快感だった。

悲鳴をあげる者、血ふぶきをあげて倒れる者、怯えた最期の顔――快感をそそるものばかりだ。



『逃がさないぜ』

黒い翼を捕えようと動いたが、間一髪で奴は刃を逃れる。

黒い羽が無惨に散りながら、今度は嘴の逆襲をかわし、再び攻撃に踊り出た。



――楽しい。

享楽に溺れるように、おれは次から次へと槍を振るっていった。

……だが。




「そこまでよ」

夜桜の声が響き、戦闘はぴたりと止まった。

せっかくの楽しみを邪魔され、苛々とそちらを見やると、彼女に従う正任の横に、ひとりの女がいた。

そしてその女と正任に引っ張られるようにして連れてこられた少年は――


「だれだか、わかるかしら?」

にやりと微笑を浮かべ、夜桜は言った。

「あなたの知人らしいけれど」



その少年は、身体中に傷を負っていた。

髪はボサボサで、顔には切り傷や擦り傷があり、衣服はぼろぼろだった。

頬には殴られたような痕があり、ぼろぼろの衣からかいま見える肌は赤く腫れあがっていたり、青くなっていたりしている。

体力も限界なのか、彼は半ば引きずられるようにして立っていた。

ぐったりした少年をこづき、正任は彼を縄で縛りつけたまま一歩前へ進ませた。


途端、そのぼんやりしていた瞳に生気が宿る。

その闇より黒い瞳は、絶望にうちひしがれてなんかいなかった。

まっすぐにおれを捕え、輝き出す。

驚愕していた。




『ああ』

おれは夜桜と同じようにニヤリと笑い、声を落とす。

『貴様か、捕虜になった奴は』

洞窟での蒼於らの会話を思い出す。

ばかだな、こいつも。


「ま……さか……き、喜助?」

『よくわかったな』

たしか、ヒト形で会うのははじめてだ。

ふふんと鼻で笑い、夜桜に目を移す。

彼女は勝ち誇った声で言った。

「さあ、こやつを傷つけたくなくば、おとなしく捕まってもらいましょう」



捕まる?

ばかな。

おれが人間に慈悲をかけるとでも?



満面の笑みを見せる。

夜桜の理解できないという表情を見て、さらに満足した。


『断る。そいつがどうなろうと、おれには関係ないからな』





すくなくとも少年は――夜呂は、はじめからそれくらい、わかっているだろう。











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