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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第四部 鴉の王
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******








悲鳴……絶叫が響く。

ただ意識のすみでそれを聞いていた。

こんなことって……


姫――おまえはおれを憎まなかったんだな。

憎しみこそがおまえを救う最大の武器であったというのに。



それを選んだか、おまえは。

破滅の道を選んだ姫は、もうその存在をマヨナカさまに奪われてしまった。

愚かな姫。

なんで憎まなかったんだ……。









叫びは止んだ。

姫はがっくりと肩を落とし、うなだれるような格好で座り込んでいる。

しかし、次にはバッと顔をあげ、ニヤリとほくそ笑んだ。


『ついに手に入れたか』


姫――姫の身体に入り込んだマヨナカさま――は、にやにや笑いながら立ち上がる。

さもおかしい、と言うように、彼女は肩を揺すった。



『フフ。心地ヨイ。コノ娘ハ染マリヤスイ』

『屋敷……いや、貴様と契約を交した娘だからな』

『満足ダ。コレデコノ世界ハ――我ガ手ノ内』

女は黒髪をバサリと振って、優雅なしぐさで歩きはじめた。

光はないのに、彼女の顔は青白く、ほんのりと発光しているように見える。


黒い衣をまとった娘。

闇に気に入られた、あわれな姫。



『約束ダ。解放シテヤロウ』

にっとして言うと、女は指を自身の口へと向ける。

やがてその指先からほのかな光が生まれ、黒光りしたものが口から浮き出てきた。

丸く歪んだ、朧な魂――沖聖の念。

『持ッテイケ。我ハシバラク、コノ娘トノ同調ニ専念スル』

姫のなかのマヨナカさまは言うや否や、衣を翻して立ち去った。






おれは手の上に浮かぶ、彼の魂を見やる。

やはりそれはあたたかだ。

ずっと闇のなかでさ迷っていたこの魂……やっと自由にできたのだ。

うれしさが込みあげる。



おれは口もきけなくなった沖聖にほほえみかけた。

昔の自分に戻ったようでこそばゆい。

なんだか、だれにもこなせないような命令を果たしたときの気分に似てる。

沖聖に「よくやった」と誉められているような。



『今、還してやるからな』

ささやき、おれもその場をあとにした。








空に、濃紺の雲がたれこめていた。

空の青よりも色濃く染まったその雲は、強靭な意志を思わせるような、そんな雰囲気を持っている。

時は夜になりかけていた。


『おまえには似つかわしくないな』

ぽつりと沖聖に話しかける。

彼には朝日の入りはじめた静かな早朝か、星々のきらめる宵に昇ってほしかった。

今は半端な時間のような気がして、おれは沖聖の魂の解放を渋り、とりあえず時が移り行くのを黙って眺めていた。



沖聖は、おれが持ってないものをたくさん持ってた。

富も地位も栄誉も、それから慈悲の心も。

彼のすべてが、おれにとっては光だったんだ。

彼に認められたくて、彼のいちばんでいたくて、おれはどんなことだってできた。

苦しみだとか、そんなものとは無縁だった気がする。


ただ、アンタがいてくれればよかったんだ。

アンタが幸せに笑ってくれるならば。




沖聖……。


夜空に星がまたたきはじめる。

鳥は普通、暗いと目がきかないもので、鳥目と言われているが、屋敷の烏たちには無縁な悩みだった。

屋敷の烏は、闇こそ、真の居場所だからだ。




ぼんやり浮かび上がる沖聖を見る。

彼は夜空にぽっかりと浮かぶ、月のような存在。




『先に逝って。あとで必ず、おれも逝く』




揺らぐ魂をそっと手放す。

きらめく星に向かって、迷うことなく昇れるように。




今宵の月は、泣きたくなるほど、うつくしかった。








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