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これからもちょくちょく修正・加筆をするかもしれません。
よろしくお願いします。^^
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いつものように食事をとる。
烏たちが集めてきた木の実や山菜などが主なもの。
それから旅人たちから盗った食糧たち。
烏は家事ができない。
だからできあがったものを、烏たちが盗ってくるというわけだ。
今日の食事係は大変だ。
わたしの他にふたり分を用意しなければならないから。
「口に合わなくても、食わなきゃならないのか」
すっかり通常の口調に戻った夜呂は、顔を歪めた高安に言った。
夜呂は用意された木の実の味に顔をしかめたのだった。
「こんなものでも、さすがに栄養はある。食べろよ」
高安が兄のように夜呂に言った。
まるで本当の兄弟のようだ。
わたしと喜助みたい。
高安と喜助は似ている。
しかし、高安のほうがしっかりしているらしい。
たぶん、高安には主がいるからだ。
自由気ままな喜助は、やや横暴なところがある。
それに比べて、夜呂という従うべき対象のいる高安は、頼りになりそうであった。
固い木の実を飲み込みながら、夜呂が静かに口を開いた。
「……馬は?」
その絶望を確かめるとも取れる問に、容赦なく答えてやる。
「もちろん、逃がしてやったわ」
烏たちに襲われるか気がかりではあったが、それでもあの馬はうつくしく、そして賢かった。
うまく逃げおおせたであろう。
食事を済ませると、わたしは凛を呼んだ。
凛はあきらかに不機嫌だったが、わたしはかまわずに命じた。
「凛、喜助に伝えて――人間が屋敷にいる。けれどそれはわたしの所有物だから、と」
『絶対やだよ。そんなこと言ったら、喜助さまに殺されちゃう』
わたしは口調を変えずに言う。
「でも、わたしがこの屋敷の主」
――主の命令は絶対。
冷ややかな眼をちらりと見せたが、すぐに凛は飛たっていった。
まったく。
凛の扱いは難しい。
凛は昔から喜助のことを好いていた。
兄のように慕い、尊敬していた。
だから、妹であるわたしを、喜助よりも地位のあるわたしを、きらっていた。
そんなそぶりは見せないけれど、確かに凛はわたしを好いているわけではなかった。
普段はそんな気持ちを押し殺している。
だから、逆に怖い。
いつ裏切られてもおかしくないのだから。
わたしは喜助に守られている。
ただ、それだけだ。
……脆い。
わたしはなんて脆いのだろう。
「おい、女」
高安が低い声で言った。
わたしを呼んだのだろう。
「なに?」
「お前、どうしてここにいるんだ」
わたしは自分の耳を疑った。
どうしてここにいるんだ?
どういうこと。
わたしが戸惑っていると、彼は躊躇なくさらに質問を重ねる。
「どうして烏の中にいるんだ?だってお前は人間――」
「わたしは人間ではない!」
自分でも驚くような声がでた。
気ままに飛んでいた烏も、食事していた烏も、夜呂も、みんな驚きと恐怖で茫然とした。
ひとり、高安だけはしっかりとわたしから目をそらさなかった。
「わたしは人間ではない。ここで生まれた!わたしはこの屋敷の――」
「でも、烏じゃない」
高安の言葉は容赦なかった。
彼はわたしを恐れない。
わたしに逆らえば、死ぬかもしれないのに。
黙っていると、彼はその強いまなざしのままつづけた。
「あんたは無力な人間だ。それとも化けているのか?」
――化けている?
自分の掌を見つめる。
翼ではない、手……
漆黒に染まってはいない、肌……
化けたつもりはない。
幼いころ、わたしは母さんに聞いてみた。
どうしてわたしだけ飛べないの?
羽がないからよ。
どうしてわたしだけ黒くないの?
その必要がないからよ。
どうしてわたしだけ――人間みたいなの?
だってあなたは……
そこでわたしの記憶は途切れた。
どうしてわたしは母さんの子供なのに、こんな姿なんだろう。
どうして。
どうして。
どうして。
どうしてわたしは人間なのだろう――
「ちがう!」
わたしは荒々しく叫ぶ。
そして、高安の胸倉をつかんだ。
「死にたいのか、貴様は」
すると、彼はすこし寂しそうな顔をして、口を開いた。
しかしその声は、とても穏やかだった。
彼からは、まったく想像できなかった声音……
「死んでたまるかよ」
夜呂はしばらく黙っていたが、やがてすこしずつ話しはじめた。
「……東の国に、噂があったんだ……」
――もう十年くらい前の話。
ひとりの子供が突然消えた。
いなくなったのではない。
迷子になったのではない。
拐われたように、彼女は消えたのだ。
近くの池のそばで遊んでいた少女が、ふと母親が目を離した隙に消えたのだ。
まわりには、なにもない。
少女の家の他には、なにもない。
木も一、二本あるだけで、視界も開いている。
それなのに、少女は一瞬にして消えた。
ただ、頭上ではうるさいくらいに烏が鳴いていたという。
そして、そのうちの一羽が口を利いた。
『お前の娘はもらったよ』
母親の話は、だれも信じようとしなかった。
烏が口を利く?
そんなバカな話があるか。
だが、母親は知っていた。
五十年ほど前にも、このような噂があったと、自身の母親から聞かされたからだ。
信じたくなかった。
信じていなかった。
それなのに、自分の娘は烏に拐われた。
母親がどんなにそう言っても、国の人々は信じなかったという。
「――だから、これは噂止まり。だけど、この屋敷に来て、ふと思い出したから……」
なにを勝手に。
わたしはここの屋敷の娘だ。
赤ん坊のころからここにいるんだ。
見た目は奇怪だけれど、わたしは人間なんかじゃない。
人間の言うことに動揺するなんて、バカみたいだ。
わたしはそっと笑って、忠告してやった。
「その話はもうするな。喜助に聞かれたら、瞬殺だぞ」
喜助は人間ぎらいだからね。
ほくそ笑む。
夜呂はゾッとしたように身を縮めた。
高安は緊張したように唇をなめる。
それから、かすかな気配に顔をしかめた。
「――侵入者がきた。だれか、処分してきて」
わたしの声に、三羽の烏が飛びたっていった。
まったく。
こいつらは本当に狙われているのだ。
まぁ、烏たちは喜んでいるからいいが。
獲物がしょっちゅうやってくる。
喜助は人間の目玉が好きだから、きっと許してくれるかもしれない。
浅葱色の衣に身を包んだ夜呂が、いつの間にか食事を止めてわたしの前に立っていた。
見上げる。
黒い闇色の髪がかすかに揺れた。
長い睫毛の下から、深い瞳がわたしをのぞき込んできた。
揺れる、瞳の奥――なぜだか、『最奥の間』を連想させた。
ギクリとなる。
なぜだろう。
ぎゅっと唇をかみしめて、わたしは見つめかえしてやった。
その態度が気に入らない。
それが伝わったのか、あわてて彼は座り、わたしと目線を合わせた。
「ごめん、おれ、その――」
「夜呂さまは上に立つ身ですから、その女より身分は上ですよ」
先ほどの穏やかな声音とはまるで正反対の冷たい声で、高安が唸った。
肩膝を立て、冷たいまなざしのままわたしを見てきた。
きつく睨もうとしたが、その前に高安が口を挟んだ。
「高飛車な態度をとったって、ボロは出るんだ」
思わず、口をつぐんでしまった。
なにを言っているのかわけがわからない。
鋭い眼のままの彼を見つめかえす。
「高安、いつもどおりでいいよ。言葉遣い……」
そう言いかけた夜呂の言葉を遮り、強い口調で高安は言った。
「それは、おれとあなたがふたりでいるときか、すくない親しい仲の者がいるときだけです。それに、あなたはいずれ王になる身――」
高安は、その厳しいまなざしを夜呂に向けた。
「あなたさまは、おれのこの口調に慣れていただかなければならない」
ぐっと、こらえるように少年は身構えた。
ピンと張った緊張の糸が、わたしたちの間に存在していた。
やがて、さみしそうに肩を落とし、目を伏せて、ぼそりと夜呂は言う。
「……ああ、わかってるよ」
その「わかっているよ」は、少々荒々しさが感じられた。
「――さぁ、夜呂さま、帰りましょう」
――えっ……
驚いて、高安を凝視した。
夜呂も同じように彼を見つめている。
やけにさっぱりした顔で、当の高安は立ち上がり、夜呂をそばに寄せた。
「待て。お前たちはここからは出られな――」
キンっと金属の音がして、鋭い刃先がわたしの喉元にあてられる。
――こんなもの、まだ持っていたのか。
油断ならない男である。
高安は睨みをきかせ、そのまま言った。
「あのとき、あのままお前を殺せばよかった」
その冷たすぎる声に、一瞬ひるみそうになる。
「そうすれば、夜呂さまの命に危険が及ぶのもすくなくなったはずだ」
「高安、やめろ」
高安は夜呂の言葉は聞かず、わたしから目を離さずにつづけた。
「噂の化け物に、たくさんの人間が手を焼いた。ここでお前を殺せば、それもなくなるだろう」
キラリ、と刃先がさらに近づく。
ああ、わたし、死ぬのだ。
喜助の言うとおり、人間なんていやな生き物だ。
裏切り、おもしろくもない。
やっぱり人間はつまらない。
母さんと父さんを殺した人間……所詮、彼らも同じだったんだ。
カシャンッと、刀は下に下ろされた。
動けなかった。
なにが起きたんだろう。
「お前は厄介だ――が、おれは助けられたし、夜呂さまにも制止された」
刀をしまうと、高安は踵をかえした。
「命拾いした、な」
――まったくだ。
高安は夜呂を連れて、部屋を出ていった。
烏たちが騒いでいる。
だが、きっと彼らは無事に逃げ切るのだろう。
わたしは意識を外へ飛ばす――屋敷に近づいてきた侵入者が、五、六人いた。
烏たちが殺しにいったはず。
だが、それは実行されなかった。
烏たちは裏切ったんだ。
……気づくべきだったわ。
喜助は不在。
吉乃もいない。
凛もいない。
わたしに味方はいないの?
―――堕ちる。
「い、いやあああぁぁぁぁ!!!」
悲鳴が木霊する……
わたしの、姫の、屋敷の悲鳴が……。
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