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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第一部 鴉の姫
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これからもちょくちょく修正・加筆をするかもしれません。

よろしくお願いします。^^


******


いつものように食事をとる。

烏たちが集めてきた木の実や山菜などが主なもの。

それから旅人たちから盗った食糧たち。

烏は家事ができない。

だからできあがったものを、烏たちが盗ってくるというわけだ。


今日の食事係は大変だ。

わたしの他にふたり分を用意しなければならないから。



「口に合わなくても、食わなきゃならないのか」

すっかり通常の口調に戻った夜呂は、顔を歪めた高安に言った。

夜呂は用意された木の実の味に顔をしかめたのだった。

「こんなものでも、さすがに栄養はある。食べろよ」

高安が兄のように夜呂に言った。

まるで本当の兄弟のようだ。

わたしと喜助みたい。


高安と喜助は似ている。

しかし、高安のほうがしっかりしているらしい。

たぶん、高安には主がいるからだ。

自由気ままな喜助は、やや横暴なところがある。

それに比べて、夜呂という従うべき対象のいる高安は、頼りになりそうであった。


固い木の実を飲み込みながら、夜呂が静かに口を開いた。

「……馬は?」

その絶望を確かめるとも取れる問に、容赦なく答えてやる。

「もちろん、逃がしてやったわ」

烏たちに襲われるか気がかりではあったが、それでもあの馬はうつくしく、そして賢かった。

うまく逃げおおせたであろう。



食事を済ませると、わたしは凛を呼んだ。

凛はあきらかに不機嫌だったが、わたしはかまわずに命じた。

「凛、喜助に伝えて――人間が屋敷にいる。けれどそれはわたしの所有物だから、と」

『絶対やだよ。そんなこと言ったら、喜助さまに殺されちゃう』

わたしは口調を変えずに言う。

「でも、わたしがこの屋敷の主」



――主の命令は絶対。



冷ややかな眼をちらりと見せたが、すぐに凛は飛たっていった。


まったく。

凛の扱いは難しい。





凛は昔から喜助のことを好いていた。

兄のように慕い、尊敬していた。

だから、妹であるわたしを、喜助よりも地位のあるわたしを、きらっていた。

そんなそぶりは見せないけれど、確かに凛はわたしを好いているわけではなかった。

普段はそんな気持ちを押し殺している。


だから、逆に怖い。

いつ裏切られてもおかしくないのだから。

わたしは喜助に守られている。

ただ、それだけだ。


……脆い。

わたしはなんて脆いのだろう。








「おい、女」

高安が低い声で言った。

わたしを呼んだのだろう。

「なに?」

「お前、どうしてここにいるんだ」

わたしは自分の耳を疑った。



どうしてここにいるんだ?

どういうこと。



わたしが戸惑っていると、彼は躊躇なくさらに質問を重ねる。

「どうして烏の中にいるんだ?だってお前は人間――」

「わたしは人間ではない!」

自分でも驚くような声がでた。

気ままに飛んでいた烏も、食事していた烏も、夜呂も、みんな驚きと恐怖で茫然とした。

ひとり、高安だけはしっかりとわたしから目をそらさなかった。


「わたしは人間ではない。ここで生まれた!わたしはこの屋敷の――」

「でも、烏じゃない」

高安の言葉は容赦なかった。



彼はわたしを恐れない。

わたしに逆らえば、死ぬかもしれないのに。



黙っていると、彼はその強いまなざしのままつづけた。

「あんたは無力な人間だ。それとも化けているのか?」


――化けている?


自分の掌を見つめる。

翼ではない、手……

漆黒に染まってはいない、肌……

化けたつもりはない。




幼いころ、わたしは母さんに聞いてみた。




どうしてわたしだけ飛べないの?

羽がないからよ。


どうしてわたしだけ黒くないの?

その必要がないからよ。


どうしてわたしだけ――人間みたいなの?

だってあなたは……





そこでわたしの記憶は途切れた。

どうしてわたしは母さんの子供なのに、こんな姿なんだろう。



どうして。

どうして。

どうして。



どうしてわたしは人間なのだろう――





「ちがう!」

わたしは荒々しく叫ぶ。

そして、高安の胸倉をつかんだ。

「死にたいのか、貴様は」

すると、彼はすこし寂しそうな顔をして、口を開いた。

しかしその声は、とても穏やかだった。

彼からは、まったく想像できなかった声音……

「死んでたまるかよ」




夜呂はしばらく黙っていたが、やがてすこしずつ話しはじめた。

「……東の国に、噂があったんだ……」







――もう十年くらい前の話。




ひとりの子供が突然消えた。

いなくなったのではない。

迷子になったのではない。

拐われたように、彼女は消えたのだ。


近くの池のそばで遊んでいた少女が、ふと母親が目を離した隙に消えたのだ。

まわりには、なにもない。

少女の家の他には、なにもない。

木も一、二本あるだけで、視界も開いている。

それなのに、少女は一瞬にして消えた。


ただ、頭上ではうるさいくらいに烏が鳴いていたという。


そして、そのうちの一羽が口を利いた。


『お前の娘はもらったよ』




母親の話は、だれも信じようとしなかった。

烏が口を利く?

そんなバカな話があるか。


だが、母親は知っていた。

五十年ほど前にも、このような噂があったと、自身の母親から聞かされたからだ。


信じたくなかった。

信じていなかった。


それなのに、自分の娘は烏に拐われた。

母親がどんなにそう言っても、国の人々は信じなかったという。







「――だから、これは噂止まり。だけど、この屋敷に来て、ふと思い出したから……」


なにを勝手に。

わたしはここの屋敷の娘だ。

赤ん坊のころからここにいるんだ。

見た目は奇怪だけれど、わたしは人間なんかじゃない。

人間の言うことに動揺するなんて、バカみたいだ。


わたしはそっと笑って、忠告してやった。

「その話はもうするな。喜助に聞かれたら、瞬殺だぞ」

喜助は人間ぎらいだからね。

ほくそ笑む。

夜呂はゾッとしたように身を縮めた。

高安は緊張したように唇をなめる。


それから、かすかな気配に顔をしかめた。

「――侵入者がきた。だれか、処分してきて」

わたしの声に、三羽の烏が飛びたっていった。



まったく。

こいつらは本当に狙われているのだ。

まぁ、烏たちは喜んでいるからいいが。

獲物がしょっちゅうやってくる。

喜助は人間の目玉が好きだから、きっと許してくれるかもしれない。







浅葱色の衣に身を包んだ夜呂が、いつの間にか食事を止めてわたしの前に立っていた。

見上げる。


黒い闇色の髪がかすかに揺れた。

長い睫毛の下から、深い瞳がわたしをのぞき込んできた。

揺れる、瞳の奥――なぜだか、『最奥の間』を連想させた。


ギクリとなる。

なぜだろう。



ぎゅっと唇をかみしめて、わたしは見つめかえしてやった。

その態度が気に入らない。

それが伝わったのか、あわてて彼は座り、わたしと目線を合わせた。

「ごめん、おれ、その――」

「夜呂さまは上に立つ身ですから、その女より身分は上ですよ」

先ほどの穏やかな声音とはまるで正反対の冷たい声で、高安が唸った。

肩膝を立て、冷たいまなざしのままわたしを見てきた。

きつく睨もうとしたが、その前に高安が口を挟んだ。

「高飛車な態度をとったって、ボロは出るんだ」


思わず、口をつぐんでしまった。

なにを言っているのかわけがわからない。

鋭い眼のままの彼を見つめかえす。

「高安、いつもどおりでいいよ。言葉遣い……」

そう言いかけた夜呂の言葉を遮り、強い口調で高安は言った。

「それは、おれとあなたがふたりでいるときか、すくない親しい仲の者がいるときだけです。それに、あなたはいずれ王になる身――」

高安は、その厳しいまなざしを夜呂に向けた。

「あなたさまは、おれのこの口調に慣れていただかなければならない」

ぐっと、こらえるように少年は身構えた。



ピンと張った緊張の糸が、わたしたちの間に存在していた。

やがて、さみしそうに肩を落とし、目を伏せて、ぼそりと夜呂は言う。

「……ああ、わかってるよ」

その「わかっているよ」は、少々荒々しさが感じられた。





「――さぁ、夜呂さま、帰りましょう」


――えっ……

驚いて、高安を凝視した。

夜呂も同じように彼を見つめている。

やけにさっぱりした顔で、当の高安は立ち上がり、夜呂をそばに寄せた。

「待て。お前たちはここからは出られな――」

キンっと金属の音がして、鋭い刃先がわたしの喉元にあてられる。


――こんなもの、まだ持っていたのか。

油断ならない男である。

高安は睨みをきかせ、そのまま言った。

「あのとき、あのままお前を殺せばよかった」

その冷たすぎる声に、一瞬ひるみそうになる。

「そうすれば、夜呂さまの命に危険が及ぶのもすくなくなったはずだ」

「高安、やめろ」

高安は夜呂の言葉は聞かず、わたしから目を離さずにつづけた。

「噂の化け物に、たくさんの人間が手を焼いた。ここでお前を殺せば、それもなくなるだろう」

キラリ、と刃先がさらに近づく。




ああ、わたし、死ぬのだ。

喜助の言うとおり、人間なんていやな生き物だ。

裏切り、おもしろくもない。

やっぱり人間はつまらない。

母さんと父さんを殺した人間……所詮、彼らも同じだったんだ。



カシャンッと、刀は下に下ろされた。

動けなかった。

なにが起きたんだろう。


「お前は厄介だ――が、おれは助けられたし、夜呂さまにも制止された」

刀をしまうと、高安は踵をかえした。

「命拾いした、な」



――まったくだ。



高安は夜呂を連れて、部屋を出ていった。

烏たちが騒いでいる。

だが、きっと彼らは無事に逃げ切るのだろう。



わたしは意識を外へ飛ばす――屋敷に近づいてきた侵入者が、五、六人いた。

烏たちが殺しにいったはず。

だが、それは実行されなかった。

烏たちは裏切ったんだ。


……気づくべきだったわ。


喜助は不在。

吉乃もいない。

凛もいない。

わたしに味方はいないの?












―――堕ちる。















「い、いやあああぁぁぁぁ!!!」




悲鳴が木霊する……



わたしの、姫の、屋敷の悲鳴が……。







誤字・脱字を発見しましたら、ご連絡くださいな。

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