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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第四部 鴉の王
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第二章 寵愛

いよいよダーク感が・・・たっぷりだといいな。





【第二章 寵愛】









******








以前、こっそりと姫が言った。

「喜助って、なんだか高安に似てる」

高安?と思って首を傾げる。

それから、そいつはたしか夜呂とかいう小僧の従者だったことを思い出す。

姫はケラケラ笑いながらつづけた。


「不服?でもね、なんだか似てるのよ。鋭い感じだとか偉そうなところだとか……それに、護ってるところだとかね」

『護ってる?いったい、オレサマがなにを護ってるって言うんだ』

意外に思って尋ねたが、今度は姫がびっくりする番だった。

それも、自分で言った言葉の理由がわからなくてだ。

ちょっと顔をしかめてから、姫は唸りながら考え込んだ。


「うーん。高安は夜呂という主を守っているの。だけど喜助は――」


おれは、なにを守っている?


「――わたしではないわね」



くすりと笑って口の端をあげながら、しかしその眼だけはしっかりとこちらを見て、姫はそう言った。

一瞬ギクリとする。

してから、そんな自分に苛々する。

『おれは姫を守っているだろう。なに言ってんだ』

わざと心外そうにうそぶく。

ガァガァ鳴きながら反論を繰り返し、心のなかでは焦りながらほっとする。

「わかった、わかってる。喜助はちゃんと、主のわたしを守ってくれてるね」

姫はあやすように笑う。




――そうだよ、姫。

おれは姫の味方じゃない。

姫を守っているわけじゃない。

姫は勘がいいし、賢い子。


ああ、いいぞ。


ぶるりと奮える。


姫、姫、おまえはおれの予想を越えればいい。

想定外に動けばいい。

それがおまえを救う、ただひとつの方法だから。










『ああ、あの男……昔のおれたちにそっくりなんだ』

くくっと含み笑いながら、夜呂と高安を思い浮かべる。

かつての沖聖と自分のような関係だ、と笑いながら。



『あいつ……』

そして、あの男を思い起こす。

暗闇のなかで、姫に手をのばしたあの男――金色に見える髪、揺るぎない自信のある瞳、唇の端をあげてつくる笑み――すべて、そっくりだった。

野望に燃えながら、どこか暗く、陰気で、ずる賢い男――師実の魂を引き継いだ男。

あいつは今、ひたひたとその手を伸ばしはじめている。

なにものも恐れず、食いつくそうと。

あいつ――成彰が狙っているものは、まさしくマヨナカさまだろう。




『思い通りになどさせない』



おれは貴様を許さない――そう、言ったはずだろう?

逃さない。

貴様はずっと苦しんでいればいい……。

呪縛からの解放は、させるわけにはいかない。



ああ、おもしろい。

そうして今度はすべてオレサマの手の内。

成彰――否、師実よ。

貴様は昔も今も変わらない。

自身がすべてを握っていると思い込み、己の愚かさに最後に気づく。

貴様にすべてはわたさない。

せいぜい、その場で踊っていればいい。

見ててやるよ。

貴様の無様な泣き顔を。






ひたすら眠りについている姫を見やる。

まだ先は長く、暗闇の道はつづいていた。

姫を抱えながらもの思いにふけり、歩いていたが……

いつの間にか足を止める。

黒髪が風もないのに揺れていた。



ずっとだれかに依存してる?

執着している?

いや、ちがう。

おれはなにかを待っているんだ。



歩をやめ、そっとその場にあぐらをかいて座る。

遠い昔幼い姫にやってやったように、おれは彼女をそこにのせる。






『……憶えているか、姫』

その黒くうつくしい前髪をなでながら、おれは口を開いた。

『おまえがはじめて笑った日のこと。泣いた日のこと。おれは忘れたことなんてなかった……』



きれいな姫。

人間でありながら、烏の屋敷の主を努める姫。

気高く、気品のある女――

おれとおなじ、居場所のないイキモノ。



姫。

おまえ、いつになれば目覚める?

ここでいきなり目を覚まして、おれを罵ってくれればいいのに。

いっそ、この首をしめてくれればいい。


今はヒトガタ……

人間のおれには、烏のときほどの力もないんだ。

なぁ、姫……?




『――ッどうすればいいんだっ!』


姫にすがりつく。

ああ、こんな感情なんてほしくなかった。

いらない。

捨てたはずなのに……

慈悲だとか、情けだとか、そんな生温いものは必要ない。

ただぞっとするだけ冷たい鋭さがほしい。

冷酷なまでに切り捨てられる神経でいたい。

だからいやなんだ、ヒトガタは。

いつも脆くなる。


それに――

姫のそばは、沖聖の隣のように、居心地がよかった。





息をはく。

そろそろ行かなければ――?

ふいに目に入ったそれに釘付けになる。

姫の耳にきらめく、赤い、ピアス――。

なぜ、赤?



『――あいつか』

ふふっと口のなかで笑う。

ああ、あいつの赤だ。

あの人間の小僧と、いつの間に接触したんだ?



……なぁ、姫。

おれは虎狼の人間なんだぜ。

おまえをめちゃくちゃにしてやろうか?

おまえの大事なそいつを、マヨナカさまに捧げてやろうか?

そうすれば、おまえは必ずおれを憎む。

そうして人間に戻る。


なぁ、いい考えだろう?






「喜助の笑顔はいつも無邪気ね」

いつか、加世が言った。

ささいな会話のなかで、そう言った。

「八重歯を見せて、こう……ニカッと笑うのよ。だからみんな、警戒せずに安心してしまうんだわ」


ああ、加世?

おれはそれを聞いて、心のなかであざ笑っていたんだ。

なるほど、笑顔は騙す武器になりえるのだ、と。


彼女は汚れをきらう人間だった。

ひたすら光を求める少女だった。

まぶしすぎて、ときどき目がくらんだ。

加世、貴様こそ、明るすぎる笑顔だった。


おれは今、その笑顔すら、握り潰そうとしている。

きっと彼女は泣くだろう。



それでも――

おれは止まることを許されないから。

背けるはずはないから。

ただ、ひたすらに堕ちるだけなんだ。





顔をあげ、姫を持ち上げ、立ち上がる。

深い、深い闇に向かっていこう。

怖くなどない。


そこは本来、懐かしい場所。

イキモノが安らげる、真の場所。




『姫、おまえはだれにも渡さない』



胸が軋む。

人間の心が剥がれて。


どうか、許して。

もうすこし、おまえに執着することを。





彼女の耳にきらめく赤をにらんで、おれは強く願った。

彼女に自由になってほしい――そしてその反面、彼女を手放したくない。

好かれたい反面、憎まれたい。



矛盾を抱えて生きている。

それはきっと、烏の王としては不覚だけれど。

おれも真実を知りたいから。



行こう。


――最奥の、本当の間へ。









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