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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第四部 鴉の王
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ちょっと……

なるべくグロくないようにしました。

きれいな言葉で、妙な恐さを伝えられるようにしたいです。






******







白い肌は鮮血に染まり、黒い瞳は大きく開き、ヒスイ色の衣は乱れて破れ、金色にかがやく王冠は無残にも地に転がっていた。




「お……お兄……さま……」

息も荒く、女は目を見開いたまま、そこに横たわる青年を見つめていた。

女の兄はどこか幸悦とした表情で、刀についた赤い液を拭う。

彼の金色に見える髪はかえり血を浴び、てらてらと光っていた。



「お兄さま!」

今度こそ、という感じで、女は悲鳴にも似た声をあげた。

わなわな震えだし、白く細い腕を顔にあてがう。

「な、なんてこと……よ、幼皇さまが……」

「それはもう、幼皇などではない。今の幼皇帝は、まさしくおまえの腹のなかの子だ」


たしかに、女は身重らしかった。

かすかに震えながら、力ない手つきで彼女は自分の腹をなでる。

その存在をたしかめるように。



「約束、したではありませぬか。彼の命はわたくしにくださると」

女――早良は兄を見ることなく、転がる冷たくなった男を見つめて言う。

師実は鼻先で笑うと、鋭い刀先を、死んでいる幼皇さまへと向けた。

「約束は破ってなどいない。この男の命は、ちゃんとおまえの腹のなかでつづいているではないか。その子供の命は、おまえにくれてやろう」

それから女に向き直り、にっと口の端を引き上げて問う。

「それとも、幼皇さまと后の心中だというすじがきのほうがよかったか?ならば今から、腹の子供ごと切ってやろう」



早良はやや呆然としてそれを聞いていたが、やがていやに静かな調子で顔をあげた。

その瞳は暗い影を落としていた。

「いえ、わたくしは死にたくありません。この腹の子を守ります。この子はあなたの思惑どおり、あなたが操る幼皇という人形になるでしょう。けれどわたくしは、それでもこの子を生かします」

「賢明な選択だな」

師実は軽く笑う。


今にも泣き出しそうな早良は、それでも唇を強く噛んで耐え、一度沖聖に触れてから、やがてその場を去っていった。





その場は、沖聖の死骸と、師実と、木の陰に隠れた烏のおれだけになった。

くくくっと笑い、さもおもしろそうに師実は腹をかかえて座り込んだ。


「ハハ、見ろよ。この手に入れた。権力はおれの手の内だ!」

彼は転がる王冠を蹴飛ばす。

足先で沖聖の顔を動かし、よく見えるようにした。

「言っただろ。必ずのし上がってみせるって。おまえのもの、すべて奪ってやるって。青二才のくせに、生意気だったなァ」


沖聖の白い肌は、泥で汚れた。

師実は立ち上がると、刀を振り上げた――。






柔く笑った顔も、時には冷たく研ぎ澄まされたまなざしも、おれは忘れていないよ。

いつか、あんたの死に顔を見るだろうとは思ってた。

本当は、おれのほうが先に死にたかったけれど。

でもそれは、もっとずっと先のことだったはずだろう?

今じゃない。

もっとずっと、年老いてから。

あんたには、安らかな死がお似合いだよ。

こんな地べたで、血みどろで殺されるはずじゃなかった。




――許さない。




飛び出していた。

気がつけば、その尖った嘴を、師実に向かって突き出していた。

奴の腕はピッときれいに線が入って切れる。


「なっ、なんだ!」



――沖聖を、こんな目にあわせたおまえを、おれは一生、許さない!



「やめろっ!このっ・・・・・・」

暴れる男に、懲りずにおれは攻撃する。

血が線をひいて舞った。




殺してやる!

殺してやる!

殺して――いや、だめだ。


この憎しみは、そんなもんじゃ消えやしないよ。


生き地獄・・・・・・それがいい。






『おい、師実』

おれは攻撃をピタリとやめ、唐突に口をきいた。

男はぎょっとし、流れる血をぬぐいながら、恐怖におののいていた。

『おまえを呪ってやるよ。ずーっと呪ってやるよ。おまえの血が途絶えるまで、ずっとな』

目を見開き、恐怖に驚愕する男を、薄ら笑いを浮かべて見やる。


『おまえはこの世が終わるまで、ずっとその罪を背負えばいい。ずっと怨まれていればいい。おまえの身体が朽ちるとき、その罪はおまえの子孫に受け継がれる・・・・・・そうやって、ずっと苦しめばいい』



貴様を、許せるはずはない。

たとえ沖聖が許しても、おれが許すはずがない。




おれは男に、決して逃れられぬ、呪縛の呪いをかけた。

「うわああああぁぁぁ!!!」

男は転がるように、泣き叫びながら逃げていった。





残されたのは、冷たい骸……。







『ごめん、沖聖。おれはもう、人間じゃないんだ。おまえのために流す涙が出ない』


胸は、言いようのないほど切ないのに。

苦しくて、わめき散らしたいほど、悲しいのに。

それを晴らす術がない。

彼のために流す涙は出ない。



烏になって、どんどんあたたかいものがなくなっていったのがわかってた。

なにかを失い、その代わりになによりも冷徹になれる。

そのぬくもりを忘れる代わりに、なによりも生命の力が増える。



これが、真の代償。

不死身の烏の、本当の苦しみ。




おれはそっと沖聖に近づき、その頬に頭を寄せる。


泣けなくて、ごめん。

言えなくて、ごめん。

おれ、アンタのこと、けっこう気に入ってた。

家族みたいだって、信じてた。






しばらく、そうやっていた。

悲しみと憎しみに、心を委ねながら。




『――コッチダヨ』


ふいに、声がした。

ぎょっとして、辺りを見回したが、人の気配はない。

ただ、真っ暗な、そんなじとじとした印象を受ける。

なにかが、いる。


『ココダヨ。コレ、コレ。ワタシヲ連レテユケ』



瞬間、おれはその声の源を知った。

それは――沖聖の、目玉だった。

驚き、首を傾げながら、そっと見やる。

なんと、彼の黒々とした目玉は忙しそうに動き、そうしておれをとらえていた。


『見ツケタ。見ツケラレタ。ワタシヲ屋敷ヘ連レテユケ』


たぶん、人間だったころのおれなら、あまりの恐ろしさに度肝を抜かすだろう。

気味が悪い。

そう、とても、沖聖の身体の一部だとは思えなかった。



『貴様は、だれだ』

『ソレハオマエガイチバン知ッテル。ワタシヲ集メルノガ、オマエの仕事』

ケタケタとおもしろそうに、目玉は言う。

顔をしかめたが、次の瞬間には、おれはずべてを理解した。

そう、これが。


『貴様が、マヨナカサマって奴かよ』

唸るように言う。


そう、これがマヨナカサマの一部。

烏に誓った、おれのすべきもの。



『おれはどうすればいいんだ』

静かに問うと、目玉はぎょろぎょろと動きながら、愉快そうに告げた。




『喰エ』




言うな否や、目玉はずずっと沖聖から飛び出した。




目玉が転がる……

水晶がきらっと反射した。


なんて、きれいなのだろう。

汚れなんてひとつもなく、ただただ澄んでいるのだ。

どこまでも透き通り、この世のものとは思えない。

純粋に、こんなにうつくしいものがあるなんて思わなかった。

この目玉の水晶は、きっと生き物の体のなかでいちばんうつくしく、汚れのないところだろう。



躊躇することなく、おれは沖聖の一部だったソレを喰った。

その刹那――きた。







「おまえに、喜助は殺させない。あいつはわたしの家族だ」

強く、きっぱりと言い切る沖聖の声がした。


これは、彼の記憶……



そばには師実がいて、不敵に笑っていた。

刀を沖聖の首にあてながら言う。


「うまく逃がしましたな。あなたさまも賢いお方だ。わざとあの小僧にキツく申したのでしょう?我が妹を使って、撹乱させたのですな」

冷たい刃先が彼の喉を滑る。

軽く血がにじんだ。

「お優しい、幼皇さま。しかし、力に勝るものはない……あの小僧には刺客を送りましょう。あなたのすべてを、この世から排除してやろう」

冷たい目で彼を見すえたまま、師実は口だけ笑って部屋を出ていった。



沖聖はひとり、部屋で立っていた。


彼の感情が、まるでおれのものであるかのように、流れ込んでくる……





熱い。

熱いよ。


切なくて、苦しくて、張り裂けそうだ。



沖聖の心が、どっと押し寄せる。



彼はずっとおれを大切にしてくれていた。

おれを家族同然に扱ってくれた。



すべては、幼皇さまである彼の手の内。



沖聖ははじめから、おれの命を助けようとしてくれていたんだ。



ああ、アツい。

アンタの心は、こんなにもあたたかい。


沖聖、アンタこそ、真の幼皇の名にふさわしいお方。

おれの、いちばんの家族。









目を開ける。

いつの間にか、辺りはまっくらだった。


おれは骸を残したまま、バッと空へと飛び立つ。




これが、人間。

あたたかいもの。

おれが失った、あたたかいもの。

そして、同時に冷たく悲しいもの。

それが、マヨナカサマ。



沖聖の魂は、天に昇ることなくさ迷う。

マヨナカサマの一部となって、さ迷う。



マヨナカサマを集めるのが、おれの仕事。

病みつきになるほど、刺激的で残酷な仕事。


だからおれは目玉を喰う。



マヨナカサマを屋敷へ住まわせるため、人間のあたたかくも残酷なものを蓄えるため。


それから――

忘れたものを取り戻すために。



ほんのすこしの間だけでも、この記憶を忘れぬように。











――それは、果てしなく、悲しき物語……


喜助の切なさ、伝わりましたでしょうか?

あー・・・

わたしも気分が沈むなぁ。


喜助の典型的な明るさって、実は暗い過去があったからなんだなぁ〜


しみじみしました。



ここまで読んでくださり、ありがとうです。

まだつづきます!

感想くださるとうれしいです。


では、お次もよろしくお願いします!


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