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ちょっと……
なるべくグロくないようにしました。
きれいな言葉で、妙な恐さを伝えられるようにしたいです。
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白い肌は鮮血に染まり、黒い瞳は大きく開き、ヒスイ色の衣は乱れて破れ、金色にかがやく王冠は無残にも地に転がっていた。
「お……お兄……さま……」
息も荒く、女は目を見開いたまま、そこに横たわる青年を見つめていた。
女の兄はどこか幸悦とした表情で、刀についた赤い液を拭う。
彼の金色に見える髪はかえり血を浴び、てらてらと光っていた。
「お兄さま!」
今度こそ、という感じで、女は悲鳴にも似た声をあげた。
わなわな震えだし、白く細い腕を顔にあてがう。
「な、なんてこと……よ、幼皇さまが……」
「それはもう、幼皇などではない。今の幼皇帝は、まさしくおまえの腹のなかの子だ」
たしかに、女は身重らしかった。
かすかに震えながら、力ない手つきで彼女は自分の腹をなでる。
その存在をたしかめるように。
「約束、したではありませぬか。彼の命はわたくしにくださると」
女――早良は兄を見ることなく、転がる冷たくなった男を見つめて言う。
師実は鼻先で笑うと、鋭い刀先を、死んでいる幼皇さまへと向けた。
「約束は破ってなどいない。この男の命は、ちゃんとおまえの腹のなかでつづいているではないか。その子供の命は、おまえにくれてやろう」
それから女に向き直り、にっと口の端を引き上げて問う。
「それとも、幼皇さまと后の心中だというすじがきのほうがよかったか?ならば今から、腹の子供ごと切ってやろう」
早良はやや呆然としてそれを聞いていたが、やがていやに静かな調子で顔をあげた。
その瞳は暗い影を落としていた。
「いえ、わたくしは死にたくありません。この腹の子を守ります。この子はあなたの思惑どおり、あなたが操る幼皇という人形になるでしょう。けれどわたくしは、それでもこの子を生かします」
「賢明な選択だな」
師実は軽く笑う。
今にも泣き出しそうな早良は、それでも唇を強く噛んで耐え、一度沖聖に触れてから、やがてその場を去っていった。
その場は、沖聖の死骸と、師実と、木の陰に隠れた烏のおれだけになった。
くくくっと笑い、さもおもしろそうに師実は腹をかかえて座り込んだ。
「ハハ、見ろよ。この手に入れた。権力はおれの手の内だ!」
彼は転がる王冠を蹴飛ばす。
足先で沖聖の顔を動かし、よく見えるようにした。
「言っただろ。必ずのし上がってみせるって。おまえのもの、すべて奪ってやるって。青二才のくせに、生意気だったなァ」
沖聖の白い肌は、泥で汚れた。
師実は立ち上がると、刀を振り上げた――。
柔く笑った顔も、時には冷たく研ぎ澄まされたまなざしも、おれは忘れていないよ。
いつか、あんたの死に顔を見るだろうとは思ってた。
本当は、おれのほうが先に死にたかったけれど。
でもそれは、もっとずっと先のことだったはずだろう?
今じゃない。
もっとずっと、年老いてから。
あんたには、安らかな死がお似合いだよ。
こんな地べたで、血みどろで殺されるはずじゃなかった。
――許さない。
飛び出していた。
気がつけば、その尖った嘴を、師実に向かって突き出していた。
奴の腕はピッときれいに線が入って切れる。
「なっ、なんだ!」
――沖聖を、こんな目にあわせたおまえを、おれは一生、許さない!
「やめろっ!このっ・・・・・・」
暴れる男に、懲りずにおれは攻撃する。
血が線をひいて舞った。
殺してやる!
殺してやる!
殺して――いや、だめだ。
この憎しみは、そんなもんじゃ消えやしないよ。
生き地獄・・・・・・それがいい。
『おい、師実』
おれは攻撃をピタリとやめ、唐突に口をきいた。
男はぎょっとし、流れる血をぬぐいながら、恐怖におののいていた。
『おまえを呪ってやるよ。ずーっと呪ってやるよ。おまえの血が途絶えるまで、ずっとな』
目を見開き、恐怖に驚愕する男を、薄ら笑いを浮かべて見やる。
『おまえはこの世が終わるまで、ずっとその罪を背負えばいい。ずっと怨まれていればいい。おまえの身体が朽ちるとき、その罪はおまえの子孫に受け継がれる・・・・・・そうやって、ずっと苦しめばいい』
貴様を、許せるはずはない。
たとえ沖聖が許しても、おれが許すはずがない。
おれは男に、決して逃れられぬ、呪縛の呪いをかけた。
「うわああああぁぁぁ!!!」
男は転がるように、泣き叫びながら逃げていった。
残されたのは、冷たい骸……。
『ごめん、沖聖。おれはもう、人間じゃないんだ。おまえのために流す涙が出ない』
胸は、言いようのないほど切ないのに。
苦しくて、わめき散らしたいほど、悲しいのに。
それを晴らす術がない。
彼のために流す涙は出ない。
烏になって、どんどんあたたかいものがなくなっていったのがわかってた。
なにかを失い、その代わりになによりも冷徹になれる。
そのぬくもりを忘れる代わりに、なによりも生命の力が増える。
これが、真の代償。
不死身の烏の、本当の苦しみ。
おれはそっと沖聖に近づき、その頬に頭を寄せる。
泣けなくて、ごめん。
言えなくて、ごめん。
おれ、アンタのこと、けっこう気に入ってた。
家族みたいだって、信じてた。
しばらく、そうやっていた。
悲しみと憎しみに、心を委ねながら。
『――コッチダヨ』
ふいに、声がした。
ぎょっとして、辺りを見回したが、人の気配はない。
ただ、真っ暗な、そんなじとじとした印象を受ける。
なにかが、いる。
『ココダヨ。コレ、コレ。ワタシヲ連レテユケ』
瞬間、おれはその声の源を知った。
それは――沖聖の、目玉だった。
驚き、首を傾げながら、そっと見やる。
なんと、彼の黒々とした目玉は忙しそうに動き、そうしておれをとらえていた。
『見ツケタ。見ツケラレタ。ワタシヲ屋敷ヘ連レテユケ』
たぶん、人間だったころのおれなら、あまりの恐ろしさに度肝を抜かすだろう。
気味が悪い。
そう、とても、沖聖の身体の一部だとは思えなかった。
『貴様は、だれだ』
『ソレハオマエガイチバン知ッテル。ワタシヲ集メルノガ、オマエの仕事』
ケタケタとおもしろそうに、目玉は言う。
顔をしかめたが、次の瞬間には、おれはずべてを理解した。
そう、これが。
『貴様が、マヨナカサマって奴かよ』
唸るように言う。
そう、これがマヨナカサマの一部。
烏に誓った、おれのすべきもの。
『おれはどうすればいいんだ』
静かに問うと、目玉はぎょろぎょろと動きながら、愉快そうに告げた。
『喰エ』
言うな否や、目玉はずずっと沖聖から飛び出した。
目玉が転がる……
水晶がきらっと反射した。
なんて、きれいなのだろう。
汚れなんてひとつもなく、ただただ澄んでいるのだ。
どこまでも透き通り、この世のものとは思えない。
純粋に、こんなにうつくしいものがあるなんて思わなかった。
この目玉の水晶は、きっと生き物の体のなかでいちばんうつくしく、汚れのないところだろう。
躊躇することなく、おれは沖聖の一部だったソレを喰った。
その刹那――きた。
「おまえに、喜助は殺させない。あいつはわたしの家族だ」
強く、きっぱりと言い切る沖聖の声がした。
これは、彼の記憶……
そばには師実がいて、不敵に笑っていた。
刀を沖聖の首にあてながら言う。
「うまく逃がしましたな。あなたさまも賢いお方だ。わざとあの小僧にキツく申したのでしょう?我が妹を使って、撹乱させたのですな」
冷たい刃先が彼の喉を滑る。
軽く血がにじんだ。
「お優しい、幼皇さま。しかし、力に勝るものはない……あの小僧には刺客を送りましょう。あなたのすべてを、この世から排除してやろう」
冷たい目で彼を見すえたまま、師実は口だけ笑って部屋を出ていった。
沖聖はひとり、部屋で立っていた。
彼の感情が、まるでおれのものであるかのように、流れ込んでくる……
熱い。
熱いよ。
切なくて、苦しくて、張り裂けそうだ。
沖聖の心が、どっと押し寄せる。
彼はずっとおれを大切にしてくれていた。
おれを家族同然に扱ってくれた。
すべては、幼皇さまである彼の手の内。
沖聖ははじめから、おれの命を助けようとしてくれていたんだ。
ああ、アツい。
アンタの心は、こんなにもあたたかい。
沖聖、アンタこそ、真の幼皇の名にふさわしいお方。
おれの、いちばんの家族。
目を開ける。
いつの間にか、辺りはまっくらだった。
おれは骸を残したまま、バッと空へと飛び立つ。
これが、人間。
あたたかいもの。
おれが失った、あたたかいもの。
そして、同時に冷たく悲しいもの。
それが、マヨナカサマ。
沖聖の魂は、天に昇ることなくさ迷う。
マヨナカサマの一部となって、さ迷う。
マヨナカサマを集めるのが、おれの仕事。
病みつきになるほど、刺激的で残酷な仕事。
だからおれは目玉を喰う。
マヨナカサマを屋敷へ住まわせるため、人間のあたたかくも残酷なものを蓄えるため。
それから――
忘れたものを取り戻すために。
ほんのすこしの間だけでも、この記憶を忘れぬように。
――それは、果てしなく、悲しき物語……
喜助の切なさ、伝わりましたでしょうか?
あー・・・
わたしも気分が沈むなぁ。
喜助の典型的な明るさって、実は暗い過去があったからなんだなぁ〜
しみじみしました。
ここまで読んでくださり、ありがとうです。
まだつづきます!
感想くださるとうれしいです。
では、お次もよろしくお願いします!