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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第三部 鴉の使者
42/100






******





彼女はぐったりとしていた。

けれど、いつしか自力でか細いなりに息を吹き替えしはじめていた。


そこは、真っ暗闇。

なにも見えず、なにも聞こえない。

けれど、たしかになにかはそこにあったし、彼女はそこにいた。



しばらくして……彼女は意識をすこしずつ取り戻しはじめ、かすかに頭が働くようになった。

まだ頭痛はし、身体中がだるく感じられる。

それでも彼女は確実に回復しはじめていた。


――わたしは……いや、大丈夫。

彼女は――姫は自身に奮いたたせるように言い聞かせ、身体を起こそうとした。

しかし、手足にうまく力は入らず、痺が広がる。

――毒か。

苦い思いで姫は唇をかみしめた。

――気をつけなければならなかったのに……わたしは油断してしまった。

まさか夜呂を操り命を狙う輩がいるとは思ってもみなかった。


最奥の間でなにか気配があり、彼女はそっとそちらへ赴いた。

すると驚いたことに夜呂が迷い込んでいたのだ。

うれしくもあせりながら、姫は夜呂に近づいた。

――はやくここから彼を解放させるべきだったのに……夜呂の顔が見れて、ついうれしくて……。

たしかに、自分のもっている情報を彼に伝えなくてはならなかったのも事実であったが、それよりもずっと、できるだけ長い時間を彼のそばにいたかったのかもしれない。

情けない思いだった。

とにかく今は、自分の無事を彼に伝えなくてはならない気がした。

彼はやさしい心根の人間……

自分を責めてしまうかもしれない。




――夜呂。



姫は集中して、意識を彼へと飛ばした。


……ややあって反応があった。

姫は力をふりしぼり、伝えたいことをすべてはきだすように言った。

夜呂はおとなしく耳を傾けていてくれた。


息があがる。

体力も精神力も限界だった。

それでも、そんな様子はみじんも見せず、姫は念を送る。



それから、

『約束しよう』

という夜呂の言葉を聞き、互いのピアスを交換した。



――わたしは、忘れていない。

いつもとすこしちがう感触――夜呂のピアスの感触を確かめ、姫は小さく笑う。

――夜呂に会いたい。会って、この手で触れたい……。



夜呂との会話を打ち切り、姫はどっと汗をかいて力を抜いた。

気力だけで意識を保っているようなものだ。


「まだ、死ねない……約束したんだから」

つぶやいたが、まぶたは下がり、意識は遠のきはじめ、ぼんやりとしてきた。

強い眠気に襲われ、深く考える間もなく、彼女は目を閉じ、深い眠りについた。




どれくらいたっただろう。

やはりそこは暗闇だった。

深い、深い、濃くて息のつまりそうな暗闇だった。

まだ彼女は依然としてそこに横たわり、身動きひとつせず、あった。

暗闇に溶け込み、かつ、自ら発光しながら。


ひたひたと、それは唐突に響いた。

波間に広がる波紋のように、一滴のしずくから盛大に広がるように。

ひた、ひた、と。



成彰は目的の品を見つけ、大きく笑みを広げた。

かつてないほどの満足感や達成感に包まれ、高揚とした気分でそれを見やる。

それは力なく転がり、とうてい屋敷の姫とは思えなかった。

「いい気味だなぁ。おい」

くっくと笑いながら、彼はさらに姫に近づいた。

しかし触れようとはせず、ある程度距離を保つ。

「……おまえが、だいきらいだ。おれはもう、なにもなかった自分じゃない。貴様が今度は――地に堕ちる番」


彼は笑顔ではあったが、その目は冷たく冷えきっており、どこかもの悲しい雰囲気があった。

やがてゆっくりと、成彰は彼女に手を伸ばす。

今度こそ、この手で……


『下ガレ』


突如、唸り声がした。

淡々とした、けれど威圧的な声音で。


『聞コエヌカ。退ケ。我ガ姫ニ触レルナ』



「だれだ」

驚き、動揺を隠せない様子で、成彰は辺りをきょろきょろと見回す。

しかし周りは闇ばかり。

もちろん、生き物の気配などない。


――と、そのとき。

また先ほどとはちがう声が響いた。


『去れ……ここは貴様のいる場所じゃないぜ』


声の主は、成彰のすぐうしろにいた。

驚き、あわてて距離をとろうとするが、それはむなしく、現れた男に腕を掴まれたことによって阻まれてしまった。

にわかに、男の顔がはっきりと見えた。

難を切り抜けてきたように黒髪はたれ、服もぼろぼろで、顔はすこしやつれている。

しかし、疲れきったような表情のなかでも、その眼だけは鋭く、研ぎ澄まされたような刃のように、妖しい光を帯ていた。


成彰は目を見張り、ぐぐもった声を出す。

信じられない思いだったのだ。

「お、おまえは――」

成彰を珍しいものでも見るかのように見やると、やがて理解したように男は黒い瞳を影で躍らせた。

「――チッ」

舌うちし、歯ぎしりして、成彰は片足を高くあげて男の顔を蹴りあげる。

それを男は難なくよけ、彼をつかんでいた手をぱっと放してやった。

充分距離をとったところで、金色の髪をした男は、黒髪の男をにらみつける。



「おまえ、まだ動けぬはずじゃなかったのか」

『それはまぁ、お互い様だ』

軽く笑うように言うと、男は途端に眉根を寄せて表情を厳しくさせる。

横に転がる姫に目を止めたのだ。

『……姫になにかしたな』

「さあ?」

『小僧――あとで後悔するぞ』


男の声音の変化を敏感に感じとった成彰は、退散する形をとった。

浅く笑み、一言言って、闇へと消えていく。

「後悔なんてしないよ――喜助」




沈黙が広がる。

闇は再び静かに沈み、その場のふたりはとりのこされた欠片のようだった。

『姫……』

やがてつぶやき、なにか言いたげに、喜助は彼女を見おろした。

しかし、肝心の言葉は落ちてこない。


彼は浅くため息をつくと、そっと姫を抱き上げた。

腕のなかで眠る姫は、まだほんの幼子のようにすやすやと夢をみている。

『マヨナカさまがお待ちだよ、姫』

おそらく、こんなに堅く、そして無表情な喜助を今までだれも見てこなかっただろう。

その表情はかつて、彼が今の彼ではなかったときの顔なのだから。



姫を抱きかかえたまま歩き出し、喜助はまっすぐに進む。

その先になにがあるのか、わかっているのに知らぬふりをして。



すべては、賭け。



そんなことも知らずに自分の腕のなかにいる姫を見つめ、喜助は憎くも愛しくも思う。

残されたのは、時間か、心か……。

それは自分にもわからなかった。







『姫、最後に、おまえに昔話をしてあげる』



喜助は言うと、姫の額に軽く口づけた。





『それは昔々の――鴉の王が、まだ人間だったときの話だよ』















*第三部 完*








やっと三部終わりましたぁー!

ふぅ。


当初は三部完結の予定だったのですが・・・

ねぇ?笑



次はいよいよ第四部:鴉の王です。

「鴉の王」は本当に書きたくて仕方がなかった!!!

最初の方は、たしか我慢できなくて二部を書いていたころにちょちょっと執筆した記憶が・・・


とにかく、三部まで読んでくださり、誠に有難うございます!

とりあえず、お次もよろしくお願いします。



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