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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第三部 鴉の使者
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******




空を仰ぐ。

このところ、ずっと夜空しかながめていなかったような気がする。

夜空はきらいじゃない。

暗闇といっても月光があり、星々はきらきらと輝き、なんとも言えぬ美しさをかもしだしているのだから。

それに、闇自身にはどちらかといえば好意的であると思っていたし、闇を忌み嫌うことなく、恐れもないと自負していた。


昔は、なにも見えぬことが恐くて仕方がなかった。

見えぬものは恐怖であり、脅威であり、自分を脅かすものであると思っていたし、なにより暗闇は暗黒の誘いであるとともに、敵を隠してしまうという恐れもあると考えていた。


そういう頭ごなしの概念が消えたのは、きっとあの闇の虜となった少女のせいだ。

彼女は人間であり、そして人間ではなかった。

矛盾しているが、していない。

彼女はどこか、特別に感じられた。





『夜呂』


はっとした。

たしかに今、聞こえた。

……姫の声だ。


どこだ?

姫!!!


そして気づく――自分はまだ、夢をみているのだと。

そこはやはり夢のなかで、辺りは再び闇に包まれていた。



『夜呂……わたしは、大丈夫』


また、かすかに声がした。

夢中でその声にしがみつく。


『けれどわたしはしばらく、力を回復しなくちゃいけない。だからしばし眠ることにするよ……ああ、だけど夜呂のせいじゃないから』


たしかにこの手で殺した姫……

けれど彼女は生きている!


のろのろとしか感情は動かなかったが、ただ姫の声だけが、熱く心を動かしていた。

だが、“眠る”とはどういうことだ?



『闇がわたしの味方をしてくれた。幸い、闇は屋敷の一部……わたし自身。わたしは死なない』

淡々と彼女は言葉をつづける。

『気をつけて、夜呂……敵は裏の裏にいるはず。わたしもわからないけれど、きっと。まずは気をつけて。成彰が動き出すだろうから。もしかすれば、もう、すでに……』


姫はいったん言葉を切ったようだった。

おれは言葉を失った人形のように、ただその声にすがる思いで耳を傾けていた。


『真実の光は暗い厚い闇の雲に隠されている。敵はそうとうな手だれを連れているだろうから、やすやすと見えてこないだろうけれど……とにかく、気をつけて』

「……わかった」



なにか言いたい。

喉まで出かかるのに、それを言葉にできなかった。

もどかしくはがゆい最中、はっと思いついて口から声を出した。

「姫、交換しよう!」

言ってからあわてて付け加える。

「――ピアスを」

『ピアス?』

声だけが響く。

ゴクリと生唾を飲み込みながら、おれは自分の耳に触れ、そこにある固く冷たい感触を確かめる。

「たしか、姫もしていただろう――紫のピアスを。だからおれの赤いピアスと交換しよう」



ピアスはもともと、守護を意味するものであり、お守りとして親が子供につけさせたりするものだ。

昔からつづく古い家柄の出の人間や、由緒ある貴族などは、そんな習慣があった。

ピアスはとても高価だったため、なかなか手に入りにくく、今では一般の人間で身につけている人物は少ない。

だが、はじめて会ったときから、彼女は紫に輝く光るピアスをつけていた。

たぶん、喜助がどこからか盗んだのだろうけれど。



『これを……?』

姫はすこし渋っていた。

おれは夢中で声を張り上げる。

「そうだよ。約束のしるしに!」

『約束?』

「また、再会できるように。直接あって、互いの守りを返しあえるように」


約束しよう――再会を。



しばし沈黙が広がり、だめだったかとがっかりしたそのとき、にわかに姫はふっと笑い声をあげた。

『ふふ、いいよ。では、交換だ――』


ちりっと耳が焼けるように痛んだ。

悲鳴をあげそうになったが、次の瞬間には何事もなかったかのように、なんともなかった。

首を傾げると、天から姫の笑いが飛んできた。

『成功したよ!わたしの耳には夜呂の赤がある。夜呂の耳には、わたしの紫がある』

うれしそうに言う姫とは逆に、おれはまだ驚くことすらできなかった。


これは夢だ――

夢だが、意識のなかだ。

たぶん、おれは呉の言うとおり、意識のなかへ入り込めたのかもしれない。

だが、現実じゃない。

それなのに、物質の移動ができるはずはないではないか。

提案したのは自分だが、それは実際には不可能なはずだったのに……


――いや、相手は姫だ。

鴉の屋敷の、気高き闇の姫。

一筋縄ではゆくまい。

この際、小難しい話はなしだ。

おれは気をとりなおして頷いた。



「じゃあ、約束だよ。必ず、逢うと。それから――」

それから……

あの約束は、憶えているだろうか。

三年前に交した、あのくるおしいほど切なく、愛しい思い出のなかの約束は。

指輪にかけた、おれの幼い思いは、まだこの胸にしっかりとあるのに。

彼女に面と向かって言えず、くすぶるように燃える想いが、あるのに。

姫は憶えているだろうか。


――迎えにいく、といった約束を。



「姫、おれは――」

『待っているよ』


言葉が遮られ、やさしい声音で彼女は言った。

待っているよ……。

おれの思いが読めたかのように、姫は汲み取って言ってくれた。

姫も、忘れてはいなかったんだ。



拳をつくり、ぎゅっと力を込めて握る。


夢ではない。

今度はちゃんと、君のぬくもりに触れたい。


だから――約束は、ふたつ。



おれは戦う。

まだ見ぬ敵が障害になるならば、自ら切り捨てる。

謎は解き明かし、必ず姫のもとへゆこう。



すべては、君にもう一度、逢うために。









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