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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第三部 鴉の使者
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******



――また、夢をみた。

いつかと同じ……いや、すこし異なる夢。


ひたひたと響く。

足音?

まるで湖面に落ちた水滴が、波紋を繰り返すように響いている。

広がってゆく、なにか。

ひたひたと……。


これは夢か?

やたらはっきりとしている。

まるでだれかの意識のなかに入りこんだみたいだ――。







遊郭――目が痛いほど派手に着飾った女たちが、妖艶に舞っている。

そんな彼女たちの中心にいるのは、他とはまたちがう美貌と色気をもった女だった。

もう若い娘ではなかったが、彼女は威厳と言いようのない美に満ち満ちていた。

髪を結い上げ金の簪を頭につけ、化粧で肌は白く唇は赤い。

口の端のホクロがちらと艶やかさを見せる。

まぶたの上は紫に彩られ、彼女の妖しい瞳がいっそう際立っている。



男はお目当ての遊女を見つけ、満足そうに笑った。

「久しいな、華虞殿カグデン

女はすこし首を傾げただけで微笑したが、あとはなにも言わない。

さらに男は言った。

「忘れたとは言わせないよ。なんなら、あんたを買って寝てやってもいい。そうすれば、いやでも思い出すかな……」

「……忘れてたわけじゃないわぁ。そんなこと、口が避けても申せませんよぉ。うちはただ、そちらのボウヤには、まだこの遊びは早すぎると思ただけですぇ」


女はにこりとして、独特なしゃべり方でそう言い、男の隣で半ば隠れるようにして立っている子供に目を向けた。

男はそちらを見やり、興味なさそうに肩をすくめた。


「ああ、こいつは客じゃねえ。ま、用心棒ってとこだ。おれは四六時中、命を狙われているからね」

「ふふ、そうでしたのぉ。ほな、その子うちの弟にでもなりますかぃ」

「冗談……こいつは手放すにはおしい」

男はそう言うと、子供の頭をがしりとつかんでかきなでた。



子供は驚くほど大きな眼をし、肌の色は浅黒く、口はとても小さい。

模様の入った服に手を通しているが、どことなく地味で闇に溶けて見えなくもない。

派手好きの男とは正反対に見えた。

まだ十かそこらであろう。

女は男に寄り、すねてみせた。


「かわええ子ぉ連れてんのねぇ。うち、最初は女の子かと思たわ。ねぇえ?まさか夜中も、この子供をそばに遣えさせるぅつもりぃ?」

金に見える髪を揺らし、男は笑う。

「もちろん。御前も、おれの命を狙う刺客かもしれないだろ?」

「あら、失礼だわぁ」

たがさほど心外な様子もなく、女は誘うように男の肩に手をかける。

キツイほどの香が満ち、子供はびっくりしたように身を縮めさせた。

それからぽつりと、まるで人形のように言葉を発した。



「成彰さま、この方、妖怪みたいです……」

あまりに小さな声であり、聞き取りにくかったが、辛うじて耳のよい男――成彰はきちんとその音を拾っていた。

「ハハ、妖怪とは、それまた大層な……」

「本当ぉに失礼な子ねぇ。ボウヤ、名前は?」

気を悪くしたふうもなく女が尋ねると、子供はおずおずと答える。

「……嶺遊ネユウ

「そう。なら、嶺遊?うちが妖怪なら、この人は獣ですぇ。夜は狼みたいな野獣になるんよ。あんたかわええから、気ぃつけなはれ」

「な、成彰さまが……野獣?」

き難しそうに顔を歪ませ、嶺遊はしばし思案していたが、こくりと頷いた。



「――まったく、しょうもないことを吹き込んでくれるね。で……話なんだが」

女――華虞殿は承知したとばかりに深く笑った。

踵をかえし、店の奥へと誘う。

「どうせ静紅さんがらみでしょうに。大方、彼女から情報を聞きそびれたってところでしょう。殿方はいつもそう……」

垂れ幕をあげ、彼女は白いうなじを見せて振り返り、顔中に笑みを浮かべた。

「いいですぇ。お入りなさい……楽しみながら、お話しましょか」



ぞくぞくとした優越感と興奮が彼を取り巻き、いいようのない狡猾な手段を思いついた。

女は賢いのに限る――特に華虞殿は察しが抜群にいい。


成彰は口の端を引き上げると、薄く笑ったまま嶺遊を引き連れて彼女に導かれていった。










――淡い色が揺れる。

目に映える、梔子色。

視界は開けた。



再び場面は変わり、今度はひとりの男――正任がいた。

なんだか浮かれない様子で、暗く沈んでいる。

しかし、次の瞬間に彼女に気づいてぱっと顔を輝かせた。


「千深!」

彼は駆け寄ると、彼女の肩を激しくゆすった。

「どこにいたんだ、心配しただろう!」

彼女は悲痛な面持ちでしばし彼を見つめていたが、やがてゆっくりと言葉を落とす。

「わ、わたしは――千深じゃない……」

はじめ、正任はなにがなんだかわけがわからないみたいだった。

怒ろうとしたが、ふと思うのだ――この、目の前にいる女の顔……見覚えがないな、と。

「わたしは、静紅。千深なんて、いなかった……」


正任はしばし沈黙していた。

目の前が見えていないらしい。

それからぽつりと、納得するように頷いた。



「ああ、そうだ。千深じゃない……彼女はこんな顔をしていない……あんたは、静紅だ」

「そう、よ」

震える声を必死で隠し、彼女は愛しい者に、腫れ物にでも触るかのように、様子をうかがいながら口を開いた。


「わ、わたしは、あなたの世話係。とても信頼してくださってる……そうでしょう?」

彼女の問に、正任はぼんやりと頷いた。

「ああ、とても信頼している」

暗示にかかったことを確認し、さらに畳みかけるがごとく、彼女はつづけた。

「なんでも話してくれるわね?どんな些細な情報でも……」

「ああ、もちろん」

「そしてあなたは、成彰さまに忠誠を誓うわね?あなたの主は夜桜ではなく、南の国の成彰さま……」

「ああ、そうだ」

今にも泣き出しそうに見えたが、なんとか彼女は感情を殺して言葉を呑み込んだ。

「……では、どこか邪魔にならない部屋にいって、情報提供してくださる?」

「ああ、いいとも」


もはや彼に正気などないかに見えた。

のろのろと歩きはじめる正任の背を追いながら、とうとう彼女はぽろぽろと涙をこぼしはじめた。



「……ごめんなさい……あなたは術を使わなくてもわたしを信じてくれた、ただひとりの人だったのに……ごめんなさい、正任さま」

その声はまるで虫が鳴くようなもので、男にはまったく届いていない。

それでも、彼に謝らずにはいられなかった。

「愛してたわ……わたし、あなたの妻になれて幸せだった。正任、わたし――」

「――千深?」


ふいに男は振り返り、きょろきょろと辺りを見回した。

目の焦点はあっていなかったが、それでもその声はしっかりとしている。


「千深?どこだ。お願いだ、帰ってきてくれ……おれにはもう、千深しかいないのに」

はじめ彼女はただ驚き、話し方を忘れたように呆然としていた。

まさか、自分のことは忘れさせたはずだったのに。

びっくりし、涙はとまっていた。

「千深……泣くな。千深、どこにいる……」

あてもなくさ迷うように、正任はしどろもどろしはじめる。

途端に胸に込みあげるものがあり、彼女は思わず駆け寄って最愛の彼を抱きしめようとした。


――が、そのとき、あの忌々しくも恐ろしい声が耳に蘇ってきた。


「あいつを始末しようか……おまえ次第だよ」



そう、自分次第。

愛する者を、生かすも殺すも、自分次第なのだ。

はたと立ち止まり、打ちのめされたように立ち尽くす。

「――大好きよ、正任さま。どうか、幸せになってね」

つぶやき、彼女は笑いながら泣いた。

そしてうろうろする正任のもとへゆき、触れるだけの口づけをする。

彼の目が見開かれた、その瞬間――


「千深はいない。消えたの。あなたはだれか他に愛すべき人がいる」


――彼女は彼の耳元でささやいた。

しっかりと、はっきりと。


暗示は効果覿面だった。

正任は頷き、再び歩を進める。



もう、迷いはない。

守るために、愛する人を、かけがいのない人を騙すのだ。

躊躇する暇はなかった。


彼女は涙を手の甲でぬぐうと、しっかりとした足取りで歩き出した。









――また場面がくるくると変わった。

忙しい。

軽く吐き気を覚える。


辺りは青空が広がっていた。

雲ひとつなく晴れわたり、清々しく心地よい風が吹いている。

頬をなでられ、髪は激しくなびいた。


ここがどこかはわからなかったが、心は軽く、重荷をおろしたような気分だ。



おれは伸びをし、ゆっくりと天を仰いだ。







二話更新しました!

・・・もしかしたら、まだまだ章とか部が増えるかも笑。。


成彰!

わたし、個人的にすごく書きやすいんですけど!

どうしましょう!!!(笑)

最近は夜呂くんが書きにくくて・・・

昔の幼い純情さが見えなくなっちゃって、アレ?みたいな。


みなさん、違和感ある登場人物とかいたら教えてくださいね。


それでは引き続き、よろしくお願いします。

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