表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鴉の子  作者: 詠城カンナ
第一部 鴉の姫
4/100


******



紫陽花がすき。

薄紅色に染まる花。

濃紺もすき。

だけど闇色がすき。


落ち着くから。


わたしは耳に触れる。

固い感触…ピアスだ。



『これはお守りとして、人間が持ってた』



ふと、喜助の言葉を思い出した。

母さんと父さんが死んで泣いていたとき、喜助がくれたピアス。


「どこで手に入れたの?」

と尋ねると、喜助は不適に笑って、

『さっき迷い込んだ侵入者から』

と言った。

これはその侵入者のお守りだったのか……

淡い薄紫のピアスをながめ、わたしはゆっくりとさらに尋ねた。

「その侵入者ってどんな人?」

『小さい女のガキ』


女の子のお守り……

だれからもらったのかな?

どんな願いが込められていたのかな?

今は死んでしまったその少女に、わたしは想いをはせた。


ピアスを耳につけると、喜助は満足そうに鳴いた。

『姫には紫が似合うよ』

「ありがとう、喜助」



……――それからずっと肌身離さずにつけているお守りだ。


きれいなピアス……





わたしはため息をついた。

奥の間はひどく静まり帰っていた。

広い畳の部屋だ。

明かりはない。


まっくらだ……

立ち上がり、わたしは奥の間を退出した。

そこに長くいるべきではないことを知っているから。



奥の間からひとつ出た部屋に入る。

障子を開け、外をながめた。

雨がしとしとと降っていた。




屋敷はとても奥まったところにある。

山か、森か、よくわからない。

わたしはこの屋敷から出たことがないから。

屋敷はとても大きい。

烏たちはいつも自慢気に話しているのを聞いている。

『こんなに立派なお屋敷、他にないよね』

『ここに住めるなんて、幸せだね』

『これもすべて、主さまのおかげだね』

などと言っているのを、いつもこっそりと聞いていたのだ。


屋敷の中のことなら、わたしほど知っている者はいないだろう。

一番奥が『最奥の間』。

長い長い、暗い暗い廊下を歩いていくと、次の部屋がある。

そこが、『奥の間』。

それからは五つの部屋があり、また廊下を歩いていくと、さらに何十もの部屋がある。

どこも同じような部屋だ。

最奥と奥の部屋以外は、だが。


烏たちが使えるのは、いちばん表にある、何十もの部屋。

といっても、めったなことでは部屋は使用しない。

烏たちはたいてい、外の木や屋敷のそばで寝ているから。


だから、部屋を使うのはほぼ、わたしひとり。



けれど、『最奥の間』はめったなことでは使わない。

そこへ訪れることさえ、容易ではないから。





……さて、どうしたものか。

わたしは雨をながめながら思った。

喜助はきっと、明日の夕方には帰ってくるだろう。

人間に見境のない喜助のことだ。

屋敷に人間がいるとわかれば、怒るかもしれない。

反射的に食ってしまうかもしれない。


どうしようかしら。

どうやってふたりを認めてもらおうかしら。

屋敷の主とはいっても、喜助は兄だ。

他の烏のようにはいかないだろう。

それに、喜助にきらわれたくはない。

もしかすれば――食われるかもしれない。

わたしの制止など聞かずに。

そうなれば、わたしはふたりを守れない。

……それもさだめなら。

わたしは受け入れるしかないだろう。








その日の夜。

ぼんやりかすむ満月をながめていると、ふと、気配を感じた。


……勝手に動くなと言ったのに。

わたしは気配のほうへ歩を進める。

白い馬が、小さく嘶いた。

そばには、茶色の浴衣に身を包んだ男が立っていた。


「高安、勝手に動くな」

わたしは男に呼びかける。



夜呂と高安には、部屋をひとつ与えていた。

烏たちからすこし離れた、いうなれば『真ん中の間』である。

彼らはあまり奥に来ないほうがいいし、それに烏たちからも離れたほうがいいだろうから。

そこはなにもないが、広い上等な部屋である。

それに、着るものもやった。

高安が今身につけているものも。

無地だが、茶色の上品な生地のものだ。

それは喜助が持ってきたものだった。

盗んだのか、または侵入者から奪ったのかわからないが、そういう品物はたくさんあった。


喜助曰く、戦利品。


「胸糞悪い」

そのことを話すと、高安はそう言ったが、着るものがないよりはマシだろう。



そんな茶色の浴衣に身を包んで――高安は振り返った。

ザアッと風がざわめいた。

「……砌さまが――夜呂の兄が言ったんだ」

高安は白馬に目を戻し、何の前ぶれもなく話しはじめた。

「その人は、とにかく優れていて、おれなんて足元にも及ばなかった……」


そんな人が言ったんだ。

『夜呂を頼むよ』

と……


「最初で最後の、あの方との約束だ。おれは破るわけにはいかない」

白馬をなでていた手をとめて、高安ははっきりとわたしを見た。

「――夜呂だけでも逃がしてくれ」


……まったく。

変わった人間だ。

夜呂も高安も互いのことを考えて……

同じことを言うなんて。


わたしは高安に顔を向け、それから夜呂に言ったこととまったく同じことを言った。

「それはできない」

高安の顔が怒りに歪んでいく。


どうして?

どうして睨む?


「…命の保証はあるのか」

ゆっくり、唸るように彼は聞いた。

「ない」

と言った直後、わたしは地面に倒され、鋭い枝が首につきつけられた。

高安がすばやい動きで、わたしに襲いかかったのだ。


油断した。

枝は今にも首を貫きそうになる。



また、わたしの命は彼の手の中……

しかし――



「やめておけ、高安」


彼の命はわたしの手の中。


「ここはわたしの屋敷。わたしを殺せば、夜呂もお前も命はない」

「……っ」

高安は憎々しげにわたしを睨む。

それから非常にゆっくりと、枝を下ろした。

「賢明な選択だね」

ことさらにせせら笑って、高安を見やる。

嫌悪のまなざしが飛んでくる。



逆らわない。

逆らえない。



だってここはわたしの屋敷。




修正内容

夜呂の兄に名前をいただきました。

序章に加筆と目次をつけました。

また、第一部や第一章など、つけさせていただきました。

また、ご指摘があったので、内容に加筆あり。

中途半端なときに修正してしまってすみません。

今後とも、よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ