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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第三部 鴉の使者
38/100

第三章 約束

こんにちは!

2009年もよろしくお願いします!



とりあえず、三章突入です★

では、どうぞ!








【第三章 約束】











******







ひたひたと、響くのです。

雨雫のように、ひたひたと。


暗闇に木霊し、それは広がってゆくのです。

川に落ちた一滴の雫が、波紋を広げてゆくように。


ひたひたと、ひたひたと。

響くのです。








川床から這い出てきたように濡れた女を冷めた目で見やりながら、彼はふうっと煙を吐いた。

煙は白く立ち上り、冷たい空気のなかへ消えていく。

ただでさえこの国は寒いのに、女が来たことで余計に肌寒く感じてしまう。

いらいらしながら、彼はしばらく無言でいた。



彼の髪色は金に近い明るい色だった。

なによりもまず目を引き、とても目立つ。

彼は惜しみもなくその色をさらけるように髪を伸ばし、無造作にたらしていた。

耳には金銀の鎖が、首には宝玉がかけられ、着ている衣の生地は上等な代物で、富をこのうえなく体現している男であった。

瞳は鮮やかな空色がかっていて、どこか異形を思わせる風貌である。

彼はしばし唇を舐めていたが、やはり苛々はおさまりそうになかった。



それというのも、すべてこの女のせいなのだ。

自分はこの目の前でうずくまる女に、それ相応の酬いをしたずであった。

それにもかかわらず、この薄汚い女はあろうことか裏切りを働いたのだった。


「なぁ、つまんねぇことはやめようや」

女の顔を足で軽くこづく。

ころんと顔が上を向き、彼女が気を失っていることがわかった。

だが、それすら彼には苛立ちの材料にすぎない。

「だれも寝ていいとは言ってねぇぞ」

男は今度は力を込めて、彼女の脇腹を蹴りあげた。

途端に彼女は咳き込み、小さくうめいて気を取り戻す。

「な?詳しく、聞かせろよ。おれが欲しいのは真実だ」

「ああっ!……ゃ……ぉ、おやめ、くださ――」

女の髪をつかみ、無遠慮に持ち上げて顔をのぞきこむ。

泥や血で汚れた顔に、いくすじかの涙が伝っていた。



女は彼のもとにくるまでもいくつか拷問を受けていた。

そのせいで衣はすりきれ、髪も顔も汚れ、身体中に傷をつくり、ようやく彼の前に通されたのだ。

そのころには身も心もぼろぼろで、彼女は口を開くことすら億劫だった。

そんな彼女に冷水を浴びせ、男は容赦なく乱暴したのだった。




「おまえは殺すのには惜しい人材だ。わかるだろ。おまえには他人が心を許すという武器がある。だからおまえに妖術をかけてやったのに」

すでにぐったりしていた女をきちんと座らせ、彼は彼女の肩をつかんで支えてやった。

無理矢理押し付けられた格好ではあるが、もはや女には自分で座るという気力すらなかった。

「おまえはまだ使えるよね。あの妖術は苦労したんだから」

「……はぃ……」

消え入るような声で女が返事をすると、彼は満足そうに笑って、わざとらしいやさしい声音で言った。

「おまえの顔は、だれひとり憶えてない。特徴がわからなくなってる。そうだろ?まだ忍び込めるよね」

「……も、もちろん、です――」

「なら、よかった」


ニコッと笑みを浮かべ、彼は彼女の肩から手をぱっと離す。

途端に彼女は支えを失ってくずおれた。

それを見て彼はおもしろそうに笑いながら、再び立ち上がった。


「次はないよ。せいぜい、あの正任とかいう犬の女を演じてな」

「――はっ」

短く答え、女はあえぐように目を伏せた。

めざとく男は女の様子に気がつき、釘をさす。

「おまえはおれの道具だ。人形だ。それを忘れるな」

「はい」

「任務を肝に命じ、真実だけを持ってくればいい。難しいことではないだろ」

「はい」


運びかけた足を戻し、彼は再度膝をついて女の顎に手をかけた。

びくりと身を引き、彼女は恐怖の色を瞳に宿す。


「怖かったら、ちゃんと仕事しなきゃ。失敗は許さないからな」

「――は、はい」

女の声が震えるのを聞いて、彼は満足そうに笑みを浮かべた。

「なんなら、あの正任って男、始末しておこうか。邪魔だろう?」

思い切り不適に笑ってやると、案の定、女は今度こそ隠しきれないほど動揺して恐怖を露にした。

彼にとっては意外であり、おもしろいことであるのだが、彼女は昔から身体に染み付いた痛みや精神的苦痛の恐怖よりも、他人に危害が及ぶかもしれないという恐怖のほうが勝るらしい。

ガタガタ震えながら、女は汚れきった顔をあげて泣きすがる。


「どうか、お許しを。あ、わ、わたくしめはどうなってもかまいませんから……」

そんな女の様子にため息し、彼は苛ついた口調で言った。

「なぜそんなに?ただの真似ごとだろう。仮の感情を本物と勘違いするなど、おまえには百年はやいよ」

「あっ……も、申し訳ありま――」

「もういいや。面倒だし、おまえの仕事の出来次第にしとく。だから――」

瞬間、男の眼は暗く光った。

冷たい空気が、一瞬にして張り巡らされる。

「――だから、もう二度とおれのもとから逃げ出そうなんて思うな」


鞭よりもすばやく、棘よりも鋭く、雪よりも冷たく、身体を貫いては蝕む声。

恐怖の暗闇のなかで、なんどこの声に悲鳴をあげたことか。

女は動けなくなったように固まってしまった。



男はすぐに表情を和らげ、立ち上がる。

金に見える髪がきらりと光を帯た。

暗闇でも、この髪色は太陽のように美しいと思ったものだ……女はそんなことをぼんやりと思い出していた。

「じゃ、すぐに奴のもとに戻れ。おれは今、おかしな黒い空飛ぶ客人と会食なんでな」

男は言い、女はあわててひれ伏す。

そのまま立ち去るかに見えたが、彼はおもむろに振り返り、笑ってから口を開いた。




「期待してるよ、静紅シズク――いや、千深」



「御意……」

女は深くひれ伏しながら、つぶやくように付け加えた。



「……おおせのままに、成彰さま――」








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