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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第三部 鴉の使者
34/100









******






「カラス」



ぼやけた視界で、たしかに聞いた。

加世の声は、たしかにそう言っていた。











――すこしほどまえ。


涙目になりながら、加世が屋敷から無事走ってきた。

彼女たちと屋敷をさらに離れ、ひとまず人気のないところで一息つくことにした。



「どなたか知りませんが、本当にありがとうございました」

肩で息をしながらも、彼女は明るい声でそう言った。

弟を抱きとめ、脈をはかり、ほっと息をつく。

それからちょこんとそばに座っていた少年にも目を向けた。

「暗紫、怪我はない?」

少年はこくりと頷く。

「そっか……ねぇ、暗紫?あなたのご両親は、幼皇さまの位につかれたことはある?」

加世は暗紫の肩をつかみ、やや強い口調で尋ねた。

自然に空気がピンとはるような気がする。

「わからない。ただ、よく憶えてないんだよ。夜桜がいつもそばにいたから」

頭をふって、ただ暗紫はそう言った。

騙されていたとも知らず、ただ利用されていたともわからず。



この子供に、なんと説明すればよいのだろう……

おれも加世と同じく、言葉に詰まるだけだった。



「ねぇ、もう“幼皇さま”ではなくなってしまうけれど、それでもいい?」

どこか願うような、そんな声で加世は言った。

暗紫は暗く、光のない眼をすっと彼女に向け、ただ感情も見せずに頷いてみせた。



「……おれの国へくるといい」


気がつけば、口から勝手に言葉が落ちていた。

言ってから、さらに意思は強くなる。

きょとんとしてこちらを振り仰いだ加世と暗紫に向かって、もう一度きっぱりと言う。

「だから、おれの国で生きればいい」

顔を煤で汚した少女と、うつくしい衣をはおった少年が、じっとこちらに見入っている。

それからややあって、半ばほうけた調子で加世が口を開いた。

「本当?あたしたち、あなたの国で生きていけるの?……あなたの国王は、それを許してくれるかしら」

加世の顔がくもる。

やっと彼女の反応のおかしさを理解した。


「その心配はいらないよ」

「そうかしら」

加世はぎゅっと眉根を寄せる。

「だって、仮にも幼皇さまの国を敵にすることになるのよ?暗紫を幼皇さまだと主張したって、信じてもらえるはずもないわ」

首を激しくふり、彼女はうなだれる。

「うまくいきっこない。あなたに迷惑をかけるだけよ……」

はぁ、と深く息をはき、彼女はまっすぐにこちらを見上げた。

そこでハッと思い出す。

おれはまだ、なにも言ってなかったのだと。

ニッと笑みをつくり、おれは加世に笑いかけた。

「加世、おれたちはアンタたちを歓迎するよ」

怪訝そうな少女の顔。

そこにさらに深く笑みを見せる。


「おれは夜呂――今なき亡国の王族の生き残りだよ」


瞬間、少女の目に驚きと希望の光が宿った。

目を見開き、食い入るようにこちらを見つめる。

「まだ小国ではあるけれど、おれたちは加世たちを見捨てない。来いよ」

そう言ったか言わないかの間に、加世の目からぶわっと涙がこぼれはしめた。

ずっとはりつめていた緊張の糸が、やっとゆるまってくれたように。

「夜呂は皇子さまだったんだ」

ぼんやりと、しかしニコッと笑って暗紫は言った。

自分の地位も、生まれも、この子は知らないのかもしれない。

そう思うと、やはり胸がはりさけそうだ。

「暗紫もおれの国へこい。空弥を兄弟か友人だと思えばいい」

頭をかきなでてそう言ってやると、少年は従順に頷いた。




こんな状況ではあるが、なんだかわくわくし、胸は躍った。

自分の考えがとてもすばらしいことのように思えたのだ。




運命――鴉の屋敷の姫と出会ってから、なんだか好意を持てる言葉になっていた。

偶然も必然も紙一重であり、少しの選択の違いでまったく違う道に進むことだってある。

運命は、自分で切り開くものだろうか。

それとも、神が手引きしたものだろうか。

宿命とも、またちがう気がする。


ただ、出会いという運命は、とても大切な気がするのだ。

姫との出会いで、おれのなかのなにかが一変したのはたしかだった。

それと、繋がり。


祖国を滅ぼした裏の顔を探ってきてみれば、なんと屋敷の烏を知る人物と知り合えた。

高安の弟を見つけた。

姫にそっくりな女も……

どうも、この一連の出来事には、もっと深いなにかがありそうだ。

偶然にしては重なりすぎている。

なにか、大きく逆らいがたいなにかが、導いてくれたのではないか?

おれがこの国にくることは、なにか意味をなしたのではないか?

そう思わずにはいられない。


それに、その考えはまったくちがうというわけではないだろう。

なぜなら、加世も暗紫も、自分がいなかったらどうなっていたかわからなかったからだ。

恩をきせようとしているのではない。

ただ、加世や暗紫たちとの出会いは、なにか運命を感じたのだった。





「ここで会ったのも、なにかの縁だ。それに――」

一度言葉を切り、少女の瞳をとらえる。

知らずに喉はからからで、額には一筋の汗が流れた。

「……それに、知りたいんだ――喜助のことについて」

少女の瞳は大きく開き、かすかに震えた。

すると、わなわなと体を震わせはじめたが、次にはぎゅっと力を込めてそれをおさえつけ、彼女は低い声で言った。

「喜助のこと、あなたはどこまで知っているの?」

ちょっと考えてから、はたとつまる。

おれはどこまで知っているのだろう。


喜助は烏で、屋敷の姫の兄で、それから特異な能力を持っている。

彼――と言ってもいいのかわからないが、あの烏は人間の言葉を話し、多少残酷な面も持ち合わせていた気がする。

けれどおれから見てみれば、姫や仲間をたいそう大切にしていることがわかった。

だから喜助に感じた恐さは、恐怖というよりは畏怖の念に近かった気がする。

そうして昔のことを考えていると、自然に顔はほころび、胸に懐かしさが込みあげてくる。



おれはニッとして答えた。

「よく、わからないんだ。ただあの烏は姫の大好きな兄で、多少怖かったってことは言えるよ」

「――烏」

おれの言葉に、加世は少し目を伏せた。

まばたきした睫毛の下の瞳が、暗闇に光る。

彼女は自身にいい聞かせるように何度かつぶやいてから、やがてゆっくりと話しはじめた。

「……あたしが最初に出会ったとき、彼は並外れた運動神経をしてました。驚くくらい人間離れした男だと……そう思いました」

目を上げ、加世は貫き通すようにこちらを向く。

そこには勢いの炎が宿り、迷いはないように見えた。

「はじめて見たとき、喜助は――人間でした」

一瞬、痛い沈黙が流れた。



喜助が人間?

おれの知ってる喜助は烏のはずだったが。



「あたしは、彼が烏だってことが信じられませんでした。あなたは……喜助の烏の姿を知っているのね」

頷く。

まさか、喜助は人間だったのか?

本当は人間で、烏は仮の姿なのか?

そしてすぐにちがう疑問と不安が頭をもたげてくる。

ならば、姫は?

姫の人間の姿はどうなのだ。

あれが仮の姿で、真の姿は烏だったのか。

だから姫は屋敷の主なのか?

まさか。

姫はあの屋敷で唯一の人間だったはずであり、喜助はそれを承知ではなかったのか。



「喜助はなんなんだろう。あたし、知らないんです。喜助は……喜助は……」

途端、ぽろぽろと彼女は泣き出す。

オエツをもらしながら、両手に顔を埋めた。

「喜助がどうかしたの」

彼女の肩に手をかけて尋ねる。

なんだか言いようのない不安に駆られた。

そしてそれは――彼女の次の言葉で真実になってしまった。



「喜助が死んじゃった」


ぼろりとこぼれた言葉は、おれの目の前で異様にはじけた。

反響し、ぐわんぐわんと頭のなかを駆け巡る。


喜助が、死んだ?

まさか。

不死身じゃないのか?

姫は……

姫は知っているのだろうか。




詰め寄るおれに、加世は泣きながらひとつずつ丁寧に起こったことを話してくれた。

喜助との偶然の出会い、毒造りのこと、トカゲというものと喜助の謎の関係、夜桜の言葉、それから――サミラナという唄語らいのこと。

すべてを聞いて、さらに頭は混乱し、一方では妙に納得した。

ここには、複雑で深く暗い、関係があるのだ。

その繋がりは、まだ明確ではないのだ。


夜桜はもしかすれば……姫の妹なのかもしれない。

あれほど似ているのだから、確かだと思われた。

それにトカゲとかいう男の妹のピアスは、姫にいき渡ったのだと思う。

ほぼ直感だが、そんな気がした。


わからないのは、夜桜たちの思惑だ。

その魂胆がなんなのか、根にどんな思いを持っているのかわかりかねる。

幼皇帝の治める国は、確かに最近急成長を遂げていた。

おれの国だってそれに巻き込まれたようなものだ。

おれたちの国であった北国を滅亡に追いやった南国は、幼皇帝の国・西国の支配下なのだから。


そこに見え隠れする、噂の“魔女”。

これは、だれの操作なのだ?





「喜助はまだ、死んでない」

ややあってから、いやにはっきりとおれは言った。

「毒をつくったのが加世なら、きっと喜助を救えるのも加世だ」

口の端をきゅっとあげてやると、彼女のこわばっていた表情もいくらか和らいだ。

たぶん、彼女だって喜助が死んだなどと思ってはいないのだ。

……思えないのだ。


「おれは、北国の王の息子だったんだ。それが数年ほど前に、南国に滅ぼされた――裏切りがあったんだ。落ち延びたそのときに出会ったのが、喜助の妹の姫だった」

おれも語り出す。

ひとつひとつ、真実を見失わないように。

「父を殺したのは、信頼を置いていた部下だった。そして――これは先程知ったことだけど、その部下の背後で糸を引いていたのは、どうもこの西国らしい」

「幼皇さまの?!」

加世もびっくりし、深刻そうに顔を曇らせる。

「暗紫じゃないことはたしかよ。暗紫は政治や戦と無関係だから」

「それは承知してる。きっと背後にいた――あの夜桜らが、なにかしようとしてるんじゃないかな」

加世は頷き、しばらく眼下の暗紫を見つめた。

彼はずっとおれたちの話を、興味なさそうに聞いていたのだ。

ただ放心状態だっただけかもしれない。

話を聞いていたのかすら、わからなかった。



しかし、次の瞬間、仰天してしまった。

すっくと立ち上がり、澄んだ声で暗紫が口から言葉を発したのだった。

「烏を助けに行こう。今のうちのほうが、きっといいよ」

迷ったのは、一瞬だった。

ちらと加世と視線を合わせ、次には頷いていた。


喜助を助けだそう。

なにがどう動いているのかわからないが、それでも。








――しかし、そう思い立った次の瞬間には、ねっとり響く声がした。

身を震わせ、ぞっとする声だ。


「逃がしませんわ」


はっと振り返ると、いつの間にか、夜桜、トカゲ、正任が立っていた。

顔には煤やら汗やらが見えたが、みないちように興奮しているようだった。

一歩進みでて、夜桜は言った。

「毒サソリ、貴様の行為は幼皇に対する侮辱であり、反逆である」

じとっとにらみつける。

彼女はなおもつづけた。

「貴様が暗紫を連れだした時点で、その子供には幼皇を名乗る資格はなくなった。今はわたくしが幼皇……真の支配者」

にっと笑むと、黒い瞳は細くなり、赤い唇は横に広がった。

妖怪を見ているようで、心なしか冷や汗が流れた。


――しまった。

このままでは、不利だ。

こちらは少女と子供ふたりで、あちらは女と強者の男がふたり。

簡単に逃げられそうにない。

分が悪すぎだ!



「あたしたちをどうする気です」

強気にも、加世は威勢よく言ってのけたが、夜桜は答える気がないのか、すぐに冷たい眼になった。

そしてそれが合図だったとでも言うように、いっせいに銀色の刃物を闇夜に輝かせて、ふたりの男が襲いかかってきた。




ふっと身をかわし、すぐに加世の腕をとり、暗紫をひっぱって空弥と一緒に伏せさせる。

間一髪で攻撃をかわし、体勢をたてなおした。

しかし休む暇はもちろんなく、次々に鋭い刃先がふってくる。

よけて、加世たちをかばい、よける。

息もつけなかった。



――隙はある。

人間なのだ。

高安を思い出し、ふっと息を吸うと、一気に前に出た。



男の脇腹に重たい拳を食らわせる。

正任はうめき、前のめりに倒れた。

今度はその横から、旋風のような突きが繰り出された。

トカゲはそのまま横に刀を流しにかかり、おれはあわてて屈んでそれを避ける。

前髪がハラリと数本宙に舞った。


――しまった。


おそかった。

はじめから彼らが狙ってたのは、おれではなかったのだ。

トカゲが口をニヤリと歪めるのを見て、はじめて気がつく。

彼はおれに攻撃をしながら、片手で懐から小刀を取り出し、おれが屈んだと同時にそれを投げたのだ。

おれの後ろにいた、人間に向かって。



弟を抱きかかえ、暗紫と手を握っていた加世は、ハッと目を見開く。

「よけろ!」

必死に言い、すぐに彼らの元へ走ろうとしたが、それはトカゲの鋭い一撃に寄って阻まれた。

刀の柄で、頭を強打されたのだ。

チラッと熱い星が目の前をちらついたと思ったら、次の瞬間気がついたら、おれは地面に膝をついていた。

もう小刀は迷うことなく、まっすぐに獲物を目指していた。



加世に……否、闇色の少年に向かって。



銀にきらめく光を帯び、それは暗紫の心臓に向かって一直線に走る。

風のごとく。





――よけてくれ。

まるでそれは、時間が止まってしまったかのようだった。

暗紫は無表情でそれを見ていた。

その小刀が彼の心臓に突き刺さる――そう思った、そのとき。



びゅっと小さな竜巻のようなものが起こった。

まばたきした瞬間、投げられた小刀は地に横たわり、いきりたった少女が暗紫の前に立っていた。




「……カラス」




意識のはっきりしない頭で、加世の声だけは妙に響いた。

そこに立っていたのは、見まちがいなく人間の少女であった。

烏……?


ひそかに眉根を寄せると、いつかのように頭上で鳴き声がした。

ガァガァと鳴く鳥が、一羽舞い降りたのだった。

まるで加勢にきたとでも言わんばかりに。




しかし――舞い降りた先は、夜桜の足元だった。












なんだか、まだまだ続きますが・・・

私のなかでは、これは初めもっと短くて、最後まで流れは考えてました。

しかし、加世やらトカゲやら喜助が暴走して(笑)

夜桜サンまで出てきて・・・


なにやら、まだまだ続きそうですね。

もう私のなかではたくさん考えてるんですが、なにぶん更新が遅くてふがいない。。


がんばります!



ここまで読んでくださり、ありがとです!

まだ続くのでよろしくお願いします!

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