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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第三部 鴉の使者
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******





目の前に姫がいる。

それは信じられないようなことだ。

黒い闇色の瞳も、烏羽色の髪も、白い肌も……

見まちがえるはずなんてない。



その人は、たしかに姫だった――が。




「姫……じゃない」


やはり、ちがう。

見た目は姫にそっくりなのに、彼女はどこかおれが知っている姫とは別人のような気がした。

表情がまるでちがうのだ。

姫は気高く、誇りを持ちながらも、どこかで寂しそうに笑う。

自分に自信がないのだ。

対して目の前の彼女は、いやに自尊心が高そうで、人を使うことしか考えてなさそうだ。

自分に自信が満ちあふれているように。

姿かたちは驚くほどそっくりなのに、表情だけでこうもちがうものなのか。




唖然としていると、彼女は顔を歪ませた。

突然真っ青になって、おれを見る目を変える。

なんだ?

どうしたっていうんだ。



「動かないで!」

突如、声が跳ねた。

はっとして振り返ると、あの泣いていた少女が、幼皇帝のそばで、なにやら白い包み紙をもって叫んでいた。

「夜桜さま、あたし、もう遠慮しません!道は自分の力で、切り開く」

夜桜さま、というのは、どうやらこの姫に似た女のことらしい。

彼女はフンッと嘲笑って応える。

「血迷ったか、加世殿。弟君を見捨てるつもりですか」

「うるさい!もう騙されない!どうせあなたたちは嘘しかつかない」

加世と呼ばれた少女は顔を真っ赤にしてつづけた。

「あたしは死なない。生きることをあきらめちゃいけなかった。あたしは命を救われた――だから、あたしはこれを無駄にはしない!」

加世はおれに目を移し、らんらんと瞳を輝かせて言う。

「助けていただいて、ありがとうございました。だけどもうすこし、あたしに協力してください」



こくりと頷く。

これが先程まで泣いていた少女か?



「なにができると言うのです?弟君は――」

「幼皇さまを人質にします。それから、あなたたちの命も」

鋭く言うと、加世はさっと持っていた白い包み紙をかざす。

「これは猛毒です。ばらまけば、空気にとけてすぐにあたしたちの身体を蝕みます。死にたくなければ、はやく空弥を返して!」

しんと静まる部屋。

みな一様に動けなかった。



やがて、夜桜が静かに口を開く。

「……正任、千深を呼びなさい。空弥殿を連れて」

覆面男がひとり、その言葉でそっと動いた。

そのときにはもう、男たちはふたりとも顔布を取り払っていたのだが。




正任……?

聞いたことのある、名。

ああ、あれはたしか……。




「正任?」

顔を見れば、たしかに似ている。

どうしてだ?

ここには、懐かしい顔ばかり。

呼びかけに、男はきれ長の眼をこちらに向ける。

ほら、やはり。

まったく似ていないようだけれど、その目元に、鋭さにそっくりなところがある。

ふいになつかしくなる。

「もしかしてアンタ、高安の弟?」



高安が言ってた。

正任という、弟がいると。

けれどきっと弟は、自分を恨んでいるのだと。

両親は高安ばかりを溺愛し、出来損ないの弟を他人へ売ったのだとか。

そのときはまだ高安も幼くて、弟を助けることはできなかった。

彼はまだ、弟を守れなかったことを悔やんでいる。



正任は目を見開き、それを揺らす。

それから食いしばるように、唸った。

「兄なんていない。おれは、ひとりだ」



ああ、高安に会わせたい。

ふたりのわだかまりを解かせたい。

もどかしい。

高安がどんなに弟を思っていたか、悔やんでいたか、言いたいのに。



所詮おれの言葉じゃ、うまく言えない。

じりじりとする気持ちで、正任を見る。

「いいから、はやく行きなさい」

しかし、夜桜の声で我にかえった正任は、さっさと部屋をあとにした。





「……あなた、何者?この国の人間ではないですね」

夜桜が油断ならないまなざしてこちらを見た。

それから声を低め、つづける。

「あなたは――あの烏の化け物と、同じことを言った。二度も」



世界が、まわる。

うれしいような、切ないような、色を帯て。



……烏の化け物?

ああ、それはきっと。

あのなつかしいもの。


あのときの烏たちのどれかが、ここにきたのか?




「――喜助」

背後で声がした。

加世と呼ばれた少女が、目を大きくさせて言った。

「あなた、喜助を知ってますか」

部屋にいた人間たちは、みな息を呑んだように思った。

視線を感じる。




ああ、もちろん。



「――知ってる」






彼は、姫の兄。

不死身の烏。

忘れるはずなんて、ないじゃないか。



加世はさらに目を見開き、涙をためる。

それはうれし泣きのようだった。

ぎょっとしていると、彼女はぽろぽろと涙をこぼしはじめ、やがて聞き取りにくい声で言った。

「本当……?」



なにがなんなのか、わからない。

ただ、心臓はひどく脈うっていて、ただならぬ感じがしてた。


緊張、期待、不安……いや、そんなんじゃない。

武者ぶるいのような、ゾクリとしたもの。



喜助が、いるのか?

ここに――では、姫は?

姫が、いる?




すくなくとも、目の前の少女は、喜助のことを知っているのだ。

それから、ここにいる他の奴らも……。

烏の化け物か。


三年間、忘れはしなかった。

あのときのことは、今でも鮮明に、ある。

この頭を、心を、おれを支配している。

強すぎて、濃すぎて、どうしようもないんだ。




あの屋敷が、なつかしくなる。

烏が、いとおしくなる。



あの、記憶の存在が、大きすぎるから。







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