表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
鴉の子  作者: 詠城カンナ
第三部 鴉の使者
29/100

第一章 明星


まだ長くなる予定です。

短く切り詰めるよりも、丁寧に長く書いたほうが読み応えあるかな、なんて思いまして。

これは思い残すことなく書き終えたいので!


どうぞしばらく、お付き合いください^^






〜カラスノシシャ〜










出逢いは、運命か


偶然か


はたまた奇跡か







流れる風に深緋の袴


黄丹の鎧はすべてを隠し


漆黒のみ笑うだけ







蘇芳の衣を身にまとい


あざやかなのは梔子のみ









使者はきた


時はきた








烏羽色をもってして






















【第一章 明星】




******




はっとして、彼女は顔を上げた。

長くうつくしい黒髪が揺れて、白い肌にかかる。

闇色の瞳を大きくさせ、彼女は薄紅色の唇をすばやく動かした。



『――姫?』


呼ばれて、彼女は再度黒髪を揺らし、怯えた目で烏を見つめた。

烏はすこし驚いて数回まばたきをすると、姫の肩に静かに止まって鳴いた。

『落ち着きなさいよ。もう!喜助が不在なんだから、しゃんとしなさいよね』

「き、喜助――ああ、そうね」


深呼吸し、目を閉じて、姫は我を取り戻す。

深く、深く、闇に身を沈めるように。


『それで、今度はどうしたワケ?喜助は心配いらないさ。どうせ、心配したって無駄になるのがオチだよ』

「そうね。だけど――なんだか、不安なの。喜助が、おかしいの……わたしには、わかる。ああ――もちろん、朱楽の予見の力は頼りにしているよ」

肩をすくめ、朱楽は黒い羽を整えながら言った。

『そりゃ、あんまりありがたくはないよ。所詮、アタシの力は“予見”でしかない。“真実”ではないってこと』

「でも、朱楽の力は本物だって、喜助も言ってた」

にっこり笑う姫に、朱楽は目を見開いて意外な表情をしたが、すぐに目を細めて笑った。


『まぁね。だけど――たまにね、思うんだよ……アタシの予見の力よりも、もっとしっかりした力があるんじゃないかって、さ』

烏はまばたきし、姫をじっと見つめた。

黒い瞳と黒い瞳が互いを映し出す。


『たとえば――アンタと喜助の絆……とかね』


目を丸くして姫は烏を見つめかえす。

朱楽がそんなふうに思っていたなど、信じられなかった。

意外だった。



「……そうか」

実際、その通りかもしれない。

数日前、姫はひどい発作に襲われた。

そのときしきりに喜助の異変を訴えていたのだ。

朱楽も予見の力でなにか感じとったらしく、早々に手を打ってくれたようだが。

敏感に異変を察知してしまった姫は体調を崩したが、翌日にはすっかり戻っていた。

しかし、それでも姫の不安だけは消えず、今もずっとシコリのように残っているというわけだ。




「そういえば、朱楽は喜助に手紙かなにかを出したの?どんな手を打ってくれたの?」

ふと疑問に思って尋ねると、朱楽はうんざりしたように首を振った。

『ああ、ちょっと手間がかかったさ。なにしろ、喜助のそばに多少厄介な奴がいるらしくてね。烏のしたっぱを送り込んだって、殺られるのが目に見えてる』

「では、なにを……?」

『昔の友人に、頼んだのさ。たぶん、もうすぐ報告に来てくれると思うよ――ほら』



言われて姫が顔を上げると、ちょうど縁側に一羽の白鳥がそこにいた。

大きく、悠々と、光輝いて。

この屋敷には、あまりに不似合いだな、と思いながら、姫は白鳥に向き直る。

『姫さま、お初にお目にかかります。朱楽、ご無沙汰。本当に人使いが荒いんだから』

白鳥は高い声でそう言うと、すっと人の形をとった。

金髪の少女だった。

ソバカスのある、不思議な雰囲気の人間の女の子だ。

『こんな姿で話すのは、本当にしんどかったんだから』

『ああ、まぁ、悪かったよ。だけど、助かった』

金髪の少女はわざと頬を膨らませたが、すぐに顔を和らげ、再び白鳥の姿に戻った。

『姫、これはアタシの友人のサァ。白鳥の化身だよ』

朱楽は紹介し、さらにつづけた。

『今回、この子に喜助の様子や周りの状況を探ってきてもらったんだよ。この子は人間に顔がきくからね』

白鳥は急に表情を厳しくさせ、声を低めて言った。

『そう。なんだか、かなり危ないよ。怪しい力を持った人間がそばにいて、手が出せなかった。怪しまれないように、細心の注意が必要だった』


「喜助は?大丈夫だった?」

身をのりだし、姫は白鳥につっかかった。

どうしても胸に巣食う不安を消し去りたかったのだ。

白鳥は首を振り、静かに言った。


『姫さま……喜助とは接触できなかったんだ』

「そんな!」

『精一杯、できることはやったよ。ひとり、喜助の連れに人間がいたから、彼女にヒントを与えてきた。そう、あれは欠片に過ぎないけれど……』

チラと姫を見やり、白鳥は意味ありげに頷いた。

どういう意味なのか聞こうとしたが、朱楽に遮られて、結局うやむやになってしまったのだが。



『サァ、今はその話はまだ早いんだよ』

『わかったよ。とりあえず、サァの仕事は終わったんだから、ひとまず休みたい。もう朱楽にコキ使われるのはうんざりよ』

そう悪戯っぽく言うと、白鳥はさっさと飛び去ってしまった。




「彼女は不思議な鳥ね……屋敷の領域に侵入した気配がしなかった」

ぽつりと姫がつぶやくと、朱楽は曖昧に笑って、また彼女も飛び立とうとした。

『あの子は光。対してアタシたちは闇。ふたつでひとつだから、ね』

「朱楽?」

『嫌な予感がする――喜助が危ないかもしれない。吉乃や凛を飛ばした方がいいよ』

生唾を飲み込み、姫は唇を噛み締めた。

黒くもやもやとした不安でいっぱいになり、今すぐにでも泣き叫びたかった。




喜助を呼びたかった。

はじめて、喜助がひとりで出かけたのを見たときから、なんとなく不安はあった。

朱楽によると、百年に一度の程度で、数ヶ月間喜助は人間の姿になってしまうらしい。

不死身の代償らしいのだが、姫はなんだか根本的にちがう気がした。

喜助はなにか隠し事をしているように思え、ずっと引っ掛かっていたのだ。

吉乃も凛も連れていかず、お供なしに屋敷を出ていった喜助の後ろ姿に、どこか切なさを覚えていた。


喜助はなにか……なにか特別なことを、しようとしているのではないか?


自身がすごくもどかしくなる。

この屋敷に縛られて、喜助のもとへ行けないのが腹立たしい。

なにもできない自分を、姫は自嘲的に嫌悪した。




『アンタは、揺れちゃいけない。今は屋敷の主。屋敷を守るのが、姫の役目だよ』

パチンとまばたきしてそう言う朱楽を、姫はやさしく見た。

最近は彼女と時間を過ごすことが多く、だんだん好きになってきていたのだ。

「ありがと。わかった……だれかを喜助の元に送るよ」

『くれぐれも気をつけて。格別頭の切れる奴を選びな』

そう言うと、黒い鳥はさっと飛びたつ。

あとには突風と、黒髪の娘だけが残された。





姫はしばらく自身の白い手を見つめていたが、やがて耳のピアスに指を這わせた。

固くて冷たい、心地よい感触……

それは、指にはまっている銀色の指輪と同じような感触だ。

天にかざすと、きらりと光る、きれいな指輪……

大切な人がくれた、宝物だった。

あれからもう、三年になるか……?



「吉乃」

緩んでいた顔を引き締め、凛とした声で呼ぶと、すぐに一羽の烏がやってきた。

真ん丸目の吉乃だ。

「吉乃に仕事があるの。喜助がなにやら、危険にさらされているみたいで……応援にいってほしいの。今の喜助には、まだ完全な力がないと思うから」

吉乃は丸い眼をさらに丸くして応じる。

『喜助さまはヒトガタの時期なんだ!』

「お願いだから気を付けて。たぶん敵は、ただ者ではない人間……」

『わかってる。喜助さまを全力で守るよ』

にっこり笑う吉乃を見て、姫もくすりとほほえんだ。

吉乃は本当に喜助が大好きなのだ。

「賢い子ね。お行き」


丸い目の吉乃が颯爽と空に飛んでいくと、今度はすぐに凛が一回転してからやってきた。


「ああ、凛、ちょうどいいところに。わたしはちょっとばかり不安定になるかもしれない。烏たちに気を配っていてくれる?」

凛はこくりと頷き、姫を見つめる。

だが、その目は申し訳なさそうにうるんでいた。

ぎょっとする姫に、凛はため息をこぼしながら答える。

『こちらはまかせて――と言いたいところだけれど。一羽、勝手に屋敷を出た奴がいたんだよ』

目を見張り、姫は焦りはじめる。

勝手な行動は避けてほしかったのに、こんなにはやく自分勝手に動く輩がいるなんて、思ってもみなかったのだ。


『吉乃が出ていくのに便乗して、一羽後をつけていったんだ』

愕然とし、姫はうなだれた。

目立たないように、吉乃にはできるだけひとりで行動してほしかったのだから。

とんでもないことをしてくれたと思いながら、姫は凛に向き直る。

きっと吉乃ならば、うまくやってくれるだろう。


「で、いったいだれが出ていったの?」

凛の目には、そのときはじめて動揺の色が見えた。

そしてその名を聞いたとき、また姫も同じように動揺した。


『――玄緒クロオ



彼は――数年前、姫を殺そうとした烏だった。

大柄で横暴で、気に入らないことがあると、すぐに仲間でも殺してしまう烏だ。

残虐さでは、喜助といい勝負かもしれないが、すくなくとも喜助は仲間を傷つけたりはしない。

姫が屋敷の主になると決まったとき、猛反対した玄緒は、姫を亡き者にしようとしたのだ。

間一髪のところで喜助に助けられて姫は無事であったが、喜助の逆鱗に触れた玄緒はひどい目にあっていた。

今もたくさんの見張りに自由を奪われているはずだったのに……



『たぶん、鷹の仕業さ』

凛は顔をしかめてつづける。

『玄緒の弟が手引きしたのかもしれない。つい先程、玄緒を見張っていた烏たちが鷹に襲われて帰ってきたんだ』

「玄緒の弟って、たしか、蒼於アオよね」

蒼於は首のあたりが青い、無口な若い烏だった。

特別玄緒を慕うわけではなかったので、あまり危険視していなかったのだ。

『うん。姫……喜助さまは大丈夫なのかな』

凛を見やり、姫は急にいたたまれなくなってしまった。

凛は喜助をとても慕っていたから、たぶん、吉乃の仕事を自分がしたいと思ったのかもしれない。

『玄緒はたぶん、喜助さまを恨んでいるよ。喜助さま……』

今にも泣き出しそうな凛をなだめ、姫は必死に頭をひねる。

となると、吉乃のことも心配になってくる。

喜助とちがって、姫にはさほど信頼できる特定の烏がいないのだ。



玄緒の暴走、蒼於の裏切り……

それはなにを意味するのか?


――わたしにできることはないの?




そのとき。

姫ははっとあることを思い出した。

玄緒と蒼於たちは、三キョウダイだったはず。

兄の玄緒、弟の蒼於、それから……

黄祈キキを呼び戻そう」

『黄祈?』

不思議そうに首を傾げる凛に、姫は興奮して言った。

「そう。黄祈はたしか、山天狗の嫁にいったのだね?」

『そうだよ。結構な美人で、玄緒はいつも自慢してた。でも、今さら黄祈なんて……』

指を立て、姫は自信ありげに笑う。

自分自身でも、まったくものすごいことを考えついたものだなぁと思う。

「黄祈のいるのは、たしか宮近くの山。つまり――天狗に力を貸してもらおう」

姫の言葉に凛は度肝を抜かれたようだったが、すぐに真剣な顔で頷いた。

「では、凛。さっそく、黄祈と会って話をつけてきてくれる?」

『まかせて』

凛はびゅっと翼をはためかせ、烏一番の俊足を見せるように飛んでいった。




姫はしばらくじっとしていたが、やがて庭の木の上からこちらを見ている烏をじろとにらみつけた。

烏は無表情のまま、低い聞き取りにくい声音で言う。

『……アンタも、喜助も、もう終わりだな』

きっと眉根を寄せ、姫は唸る。

「蒼於、貴様の罪は、軽くはないぞ」

『そんなの知ったこっちゃないね』

烏はガアガアと鳴き、苛々して羽ばたくと、意地悪く笑む。


『どう転んだって、所詮は人間――人間は、ここにいるべきじゃないんだ』



――“人間”……



姫は矢で射抜かれたような錯覚を覚え、悔しさと惨めさを滲ませ、顔を歪める。

そんな姫を鼻先で笑い、蒼於はさっさと飛んでいってしまった。

その場に立ち尽くした姫は、震えるような怒りと寂しさのなかで、じっと動かず耐えていた。




――いいさ。

顔を上げ、夕闇にせまる空を仰ぐ。


――わたしは人間。

けれど、この屋敷の主。




――それがわたしの、今の存在価値。







評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ