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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
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******





にぎやかな祭。

人々は活気に満ちあふれ、にこやかに酒を飲み交し、舞い、ゆったりとした時間を過ごす。

川に灯りのともった舟を浮かべ、色とりどりの提灯を飾り、たくさんの食べ物と酒に満たされ、様々な人間たちが集まっている。

音楽はやむことなく、人々の笑い声と一緒に響いていた。

空は橙色に染まりはじめ、月が遠くで霞んで見える。

夕焼けの紅さとか、胸をしめつけられるような切なさは、なんて尊いものだろうか。

久々に感じた、気持ちだった。




あたしは淡い檸檬色の着物を着せてもらい、地下にいる喜助を気にしながらも、それを顔に出さないように努めながら待っていた。

そう――幼皇さまを。


幼皇さまは病み上がりだからと、祭でにぎわう場からすこしばかり離れたところで、ひっそりとしているらしい。

「加世さま、こちらに」

案内人がやってきて、導かれる。

にぎわいに目を奪われながらも、緊張しながら、あたしは幼皇さまのいる部屋に案内された。




なかは橙色の灯りがともされていた。

意外に質素な部屋に見えた。

掛け軸も華もなく、ただ畳が敷き詰められているような部屋だ。

豪華できらびやかな祭の場とは一転、落ち着いた清楚が洗練されたような部屋。

ただし、お膳がふたつ用意されており、ふかふかの紫色の座布団がその前に置かれていた。

それから……ひとりの少年がいた。


空弥と同い年か、すこし年上くらいだろう。

ひとりでぽつんと座り、ただぼんやりと窓から外の活気をながめており、なんとなく寂しそうに思えた。

少年は紫がかった黒髪に、漆黒の墨のような瞳、蒼白く病弱そうな顔をしている。

意気も弱々しく、できるだけ目立ちたくないように、小さく身体を縮めているようだ。



はじめは彼がだれなのかよくわからなかった。

いるはずの幼皇さまらしき姿は見当たらなく、ちょっとがっかりした。

だが、あたしを案内してくれた人が深々とお辞儀をして「幼皇さま、加世さまをお連れしました」などと言ったものだから、驚いてまじまじと少年を見つめてしまった。

びくっと身をこわばらせ、少年はきょろきょろと辺りを見回すと、小さな声でなにかをつぶやいた。

すると、案内人は再びお辞儀をして姿を消し、部屋にはあたしと少年だけになった。



「あなたが……サソリ?」


濁りのない、かわいらしい声で少年が言った。

思わず、聞き惚れてしまいそうなほど。

先程のびくびくした態度はなくなり、柔く、きらきらして見える。

我にかえり、あわてて深く土下座する形になる。

「も、申し遅れました。あ、わ、わたしが、サソリでございます。常々幼皇さまには、大変感謝しています。その、あの……」

言葉につまり、そっと顔をあげる。

すると、少年――幼皇さまは、ぼんやりとあたしを見やり、ぽかんとしていた。

「そう。僕、よくわからないや」


やわくほほえむ少年……

それはあたしの知る幼皇さまとは結びつかないものだった。

あたしの毒を使って人を殺し、暗殺部隊まで直下におく人間には、見えなかった。

彼が権力をふりかざし、各国の脅威となっているなんて、とても信じられるものではない。

この少年は偽者か……はたまた、ただ幼皇というのが形だけのものなのか。

彼が実権を握っているのではないとしたら、いったいだれが……?

あたしの脳裏には、すぐに夜桜さまが思い浮かんだ。



「あなたは、僕の話相手なのでしょ?」

ふとした感じで、少年は声をかけてきた。


神の申し子のよう……

脅威というよりは癒しの力があると思う。

まるで光に包まれて生まれたみたいな、そんなお方。

目立たないようにしていても、やはり人を惹き付けてしまうような……。

やはり一般人とはちがう気がした。


唇をぎゅっと結んでから、思いきって決断する。

「……あたしは、加世といいます。これが本当の名です」

幼皇さまは最初きょとんとしていたが、やがてにこりとして口を開いた。

「加世。僕は、暗紫アンシ


暗紫――それが、このお方の本当の名。


一気に気が緩み、なんだかほっとする。

「あの、病気でいらしたそうですが、ご気分はいかがですか」

「もう平気。熱がいっぱい上がったけど、夜桜が治してくれたんだ」

夜桜さまが……

彼女をなんの疑いもなく、きらきらした眼で信じきる暗紫さまに、なんだか悲しくなる。

あたしには、どうしても夜桜さまが暗紫さまを好き勝手に操っているようにしか思えなかった。

この人間の汚れを知らないような純粋な少年を騙し、取り入るには、そう努力もいらないだろう。

いったい彼女はどんなふうに、この方を騙したのだろう。

なにも知らず、わからず、きらきらと笑う暗紫さま。


彼は形だけの存在。

その名だけが、異様に巨大な力を持った存在……。




幼皇さまというのは、もう何百年も前から力をつけていた。

初代さまが国を築き、その息子に幼皇の名を渡し、そうして今なお受け継がれている位。

暗紫さまがこんな小さなお方ならば、お父さまがまだ『幼皇』の名を語っていてもいいはずなのに……

この子に、お父さまはいないの?

聞いてみるのはすこし躊躇われたけれど、そんなことを言っている暇はなかった。

もしも、もしも仮に裏で夜桜さまが権力を握っているならば――あたしは暗紫さまも助けたい。




「暗紫さま。あの……お父さまやお母さまは?」

暗紫さまはきょとんとして、首を軽くひねる。

それからはっとしたように口を開いた。

「あ。そういえば、もうずっと前からいないよ。ずーっと。でもね、寂しくないよ」

「ずっと前?」

「うん。僕が生まれる前に、いなくなっちゃったんだって。夜桜は、天の国にいるって言ってたよ。僕も大きくなって、おじいちゃんになったら、行くんだ」

きゃっきゃっと笑う少年を、あたしは直視できなかった。

どこか空弥と重ねてしまう。



この子は――本当に独りなのかもしれない。

父の顔も母のぬくもりも知らずに、そうして隠されて育てられてきた。

夜桜さまと彼の関係も、わからない。

だけど、確信が持てたことは――この子は、なにも悪くないってこと。



「暗紫、あたし――」

いつの間にか弟に接するように、強い口調になっていた。

この子を連れて、逃げたい。

利用されているだけのこの子を助けたい。

「あたしと一緒に――」

「失礼いたします」

そのとき、声がして、襖が開かれた。

間一髪であたしは座り直し、あたかも静かに窓から夕闇に移り変わる風景をながめている様子を取り繕う。




入ってきた人物は、黒い覆面をした男だった。

深緑の衣をまとった、滑るように歩く男。

あたしはすぐに、彼がトカゲであるとわかった。

手にたくさんのご馳走がのっている盆を持ち、あたしと暗紫さまの前に置く。

つづいて白い布に顔を包んだ夜桜さまと、これまた顔を隠して、手には並々にもった飲み物の盆を持った男が入ってくる。

この男はたぶん、正任だ。



「食事でございます、幼皇さま」

彼はそう言い、暗紫の隣に腰かける。

腰には刀の鞘が見えた。

トカゲは丸い窓を全開に開け放ち、祭の様子をさらによく見渡せるようにした。

それでも人々の賑わいは遠く、まるでこちらとは別世界のようで、ただ静かな風と、夕闇に染まる空だけがあるかのようだ。


「お食事の準備が遅くなりまして、申し訳ありませんわ。幼皇さま、加世さま、どうぞ召し上がってください」

「うん!」

満面の笑顔で暗紫は応え、色とりどりに盛られた野菜に口をつける。

金の皿に盛られたご馳走を目の前にすると、なんだかいたたまれない。

肉汁たっぷりの豚肉や、色々な野菜、煮物、焼き魚や、赤い木の実など、本当に豪華でおいしそうだ。

「いただきます」

急な空腹を覚え、肉にかぶりつこうとしたそのときだった。




――ニオイがしたのだ。




かすかに、しかし、はっきりと。

それはたぶん、あたしにしかわからないニオイである。

何年も積んだ知識と、五感の知恵だ。

そう。

このご馳走から……毒のニオイがした。




思わず箸をとめて、口を閉じる。

暗紫はすでに料理を口へ運び、おいしそうに食べている。

これは、あたしだけ?


「どうしたのですか?食べないのですか」

夜桜さまが言った。

意地悪く、わざとらしく。

「なにかありましたか?ご気分がすぐれませんか?それとも、化け物のことが心配で、仕方ありませんか」


――え?

夜桜さまを見やると、彼女はこちらを向き、さらにつづけた。

白い布の下の顔には、今どんな表情が隠されているのだろう。


「わたくしが気付かないわけないでしょうに。あなたはあの化け物をどうするつもりですか。毎日毎日、なにやら作っては奴に飲ませているようですし」

「じ、実験です。化け物の扱いは、よくわからなくて――」

あわてて言ったけれど、夜桜さまは構わずに言う。

「首をはねられるよりは、マシでしょう。自らの毒で、楽になればいい」

「そんな!」

背後でカチャリと音がした。

トカゲが刀を抜き取ったのだ。

正任はなにも知らずに食事をつづけている暗紫のそばで、密かに刀に手を伸ばしていた。


なんてこと……


「あなたは幼皇さまのお命を狙った罪で処刑……そう公表します。幼皇さまに毒をもった、と」

にやにやとした夜桜さまの不気味な笑いが、布ごしにでもわかる気がした。

「心配はいりませんよ。弟君には、姉の罪を償ってもらうため、毒の知識をたたき込みますから」


身体が勝手に震え出す。

心臓にびっしり汗をかいたような錯覚。

怖くて、気持悪くて、吐きそう。


「これで、病に伏せる幼皇さまを狙う輩もいなくなるでしょう。示をつけなければ。あなたの使用価値は、毒以外にもここにありましたね」

おもしろがるように、高い声で彼女は言った。



声が出ない。

息ができない。

涙が溢れそうになる。



「あなたはもう、必要ありません。反逆する駒など、いくら優秀でもいらないのですよ」



だれか……

だれか助けて……



ガタガタと震えは止まらず、オエツがもれる。

「化け物は死んだのです。今さらどうあがいたって、無駄だということ。あなたがすこしでも賢かったならば、命は助かったでしょうけれど」




怖い……

怖い。


あたしは、死ぬの?


だれか――喜助……。




「夜桜、どうしたの」

「なんでもないです。悪い人を退治するだけ」

なにも理解できていない暗紫に、夜桜さまはやさしく言った。

あたしの背後では、恐ろしい鋭い刃が光っているのだろう。




だれもいない。

だれもこない。


あたしを助けてくれるものなど、なにもない。




逃げれない。


もう、なにもかも終りだ。






喜助のばか!

あたしを死なせやしないって、言ったじゃない!

どうすればいいのよ。




いやよ。

死にたくない!





「さよなら、毒サソリ」







静かな声とともに、刀が振りおろされる音がした。

シュッと空を切り裂き、あたしに向かって。

まっすぐに。


なすすべなんか、なかった。

一瞬の出来事だから。



きっとそう……

生死をわけるのは、いつも偶然の瞬間。





窓の外では、平和な祭が行われている。

夕闇せまる時を、静かにながめながら。







沈黙して。
















*第二部 完*







とりあえず、第二部だけは終わらせようと思って・・・

はい、ここでの話は、長くなりましたね。

私も思ってもみませんでした。

最初の予定では、加世と喜助の絡みで終わるはずだったのに・・・

喜助がおさまらなかったのか、はたして加世が予想以上にゴタゴタに巻き込まれる性質だったからなのか・・・

加世ってカワイソーですね笑


しっくりくる第二部完結ではありませんが、ご心配なく!

『宮』編はまだ続きます。

この続きは、第三部で!


お楽しみに!?

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