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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
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******





あたしの毒は、格別?

どういうこと?



勝手に身体がぶるぶると震えてきた。

うまく声が出ない。

頭もよく働かない。

ただ目の前に倒れた男を、なんとなくながめていた。



「加世さまの毒はすばらしいですね」

喜々とした声で夜桜さまは言うと、ぱっと笑顔を見せて話しはじめた。

「実は、ここ三日、彼を幽閉してましたの。鳥目は暗闇にきかないと言いますから、まっくらな地下牢に」

「サソリの毒の速効性には驚いた。奴が油断した隙に毒針を射ったら、すぐに気絶した」

トカゲもいつになくうれしそうに頷いて言った。


つまり――彼がいつもどおり動けなかったのは、あたしのせいだ。



「でも、脱走するなんてびっくりしましたね。さすがは化け物でしょうか」

刀の血を拭き取りながら正任も加わる。

「この刀にも、加世の毒が塗られているんですよ」



狂ってる。

どうして、そんなことをするの。

喜助が化け物だから?


もとはといえば、喜助が悪いのかもしれない。

だけど、どうしてだろう。

あたしだって喜助に一族を滅ぼされたのに、どうして喜助を恨めないんだろう。


横たわる黒髪の男を見やる。

いつだって彼は笑ってた。

楽天的で、悪戯っぽく。

あたしは愛しい喜助を知ってしまったんだ……。

なぜか惹かれてしまう、その要素を見い出してしまった。



これからどうすればいい。

本当に喜助は死んでしまったの?



「術者を殺せば、呪いもとけます。じきに幼皇さまもよくなられるでしょう……」

いつの間にかそばに夜桜さまが来て、あたしの肩をやさしく抱いた。

「この男に、もっと詳しく聞きたいこともありましたが……まあいいでしょう。加世さま、催促してもよろしいでしょうか」


喜助と同じくらい黒い瞳で、夜桜さまはあたしを見つめる。

目をそらすことなどできなかった。



「なにを……?」

「幼皇さま直属の暗殺部隊に入るか否かを」

目だけは鋭くにやりと笑い、彼女はあたしを抱く手に力を込めた。

「あなたの力量はこの一件ではっきりしました。迷うことはありません」


喜助を殺したのは、あたしだ。

あたしの作り出した毒が命を奪った。


「大丈夫ですよ。幼皇さまもきっとあなたを目にかけてくださいます」


このまま終わり?

喜助もあたしも……。


「それに――弟君のこともお忘れにならないように」


夜桜さまを見る。

その瞳はひどく汚れて見えた。



瞬間――あたしの心は決まった。



「ええ、わかりました」

「賢明な選択ですね」

満足そうにほくそ笑む女を、冷ややかに見返す。

「では、この烏の化け物の死骸をあたしにください」

淡々と言葉を落とす。

決して曲がらぬように。

「なぜですか」

あたしはニヤと笑みを浮かべる。


終わってたまるか。

このまま暗闇に引きずり込まれてたまるか。


「化け物の死骸は、毒を作るときに役立つと思います。より強力なものを作り出すために」

あたしの毒で死に追いやったならば、あたしの力で生に戻してやる!

夜桜さまはにこりとほほえみ、「お好きなように」と承諾してくれた。







それからしばらくしたが、空弥とはまだ会わせてもらえなかった。

まだ完璧にあたしは信用されていないのだろう。

しかし、あたしが歯向かわなければ弟は安全だった。

それが支えであり、あたしはひたすら感情を押し殺す。



それからあたしには地下に部屋が与えられた。

湿り気の多い、ひんやりとした倉庫が隣にあり、そこには様々な薬草がそろっていて、もはや自分で探しにいく必要などない。

部屋には生活に必要最低限なものしかなく、半分あたしも幽閉されているように思えた。

彼らが警戒するのも、わからなくはない。

烏の化け物とともに部屋に閉じ籠るあたしは、きっと異質に見えるだろう。



喜助を引き取ったあと、すぐに解毒をつくって飲ませてみたが、時はすでに遅く、効果はなかった。

どんな毒を用いたのかすらわからなかったし、はたしてそれが人間用だったのか獣用だったのかすらあやふやである。

心臓の音もないことが確認されたし、きっと夜桜さまたちは喜助が死んだって思ってるだろう。



けれど、あたしはちがう。

あたしには彼が生きているという自信があった。

それは、目だ。

彼は瞳孔が開くことなく、まだその瞳に闇を潜めていたのだ。

それに、かすかだが首筋に脈を感じた。

心臓音がないのは気になるが、まだ生きている可能性はあるわけである。

つまりは仮死状態。

あたしは毒とともに対の薬のことも、医術も知識として学んできた。

まさかこんなふうに役立つとは思ってもみなかったけど、この知識があることは心強いことだ。




それにしても、空弥は無事だろうか。

喜助を必ず元に戻してみせる。





何日かが過ぎた。

いや、正しくは過ぎたと思う。

しばらく日を見ることなく、ひたすら言われた毒だけをつくっていた。

いずれ喜助を戻したら、ここにあるものは全て燃やしてしまおう。


そうしている、ある日のことだった。

正任が部屋を訪れてきたのだ。


「加世、調子はいかがですか、と夜桜さまが」

にこりと屈託なく笑う青年を、あたしも笑いながら冷めた気持ちで向かえ入れた。

「順調ですよ。烏の化け物も、害なく使用できるように検討中です」

「それはそれは。加世はやはり、すごいね」

邪気なんてミジンも感じさせない笑顔に、嫌悪が募った。


この人はこんな顔をして、人を平気で切りつける、そんな残虐さを持っているんだ。

無抵抗の喜助を蹴りあげたあの顔を、あたしは決して忘れない。

騙されない。



「今日はなにか用ですか」

偵察なのだろうと思っていたが、わざとらしく聞く。

すると正任は意外な答えを返してきた。

「ああ。今夜、幼皇さまにお会いになれるそうだよ」


一瞬、時間がとまる。

よ、幼皇さまに……?


「祭りがあるんですよ。夕方に迎えにくるから、それまでにきれいな着物を用意させる。それを着て出席してください」

それだけ言うと、正任は一度深く笑って部屋を出ていった。




幼皇さまに……

ついに、お会いする。

この目にできる。

いったいどんなお方なのだろう。

夜桜さまたちに慕われ、あたしの家族に仕事をくれ、それでいて、この世の天にいるお方……

武者震いのような震えが身体駆け抜ける。




いよいよだ。

生唾を飲み込み、あたしはひとつ、深呼吸をした。










次回からなかなか更新できないかもしれません!

が、よろしくです!

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