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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
25/100

今回はたくさん更新しちゃいますょ!

鴉の子専門HPつくったので、よかったらどうぞ。

感想などもよろしくお願いします。





******






『姫!なぜここに?!』

ガッと夜桜さまの肩をつかみ、喜助は乱暴にゆすぶった。

夜桜さまはすっかり泣きやみ、目の前にいる喜助を凝視してから、あわてて悲鳴をあげる。

「き、きゃぁああああ!」

その悲鳴にぎょっとしたのか、喜助はパッと手を離し、数歩飛び退いた。



『姫じゃない』

「ぶ、無礼者!あなた……あ、あなたは!なぜここに?地下牢のはずじゃ……」

肩で息をしながら、夜桜さまは顔を覆うことすらせず、驚きに目を見張っている。

どうやら話についていけていないのは、あたしだけみたい。

ケッと鼻で笑い、喜助は長い前髪をかきあげる。

『オレサマとしたことが、すっかり人間だってことを忘れてた』

「あ、あなたは、やはり、化け物なのね――トカゲに聞いたわ。やはりあなたは、わたくしの敵」

夜桜さまの瞳はみるみるうちに蔭り、憎しみに歪んでいった。

それでも喜助は平気な顔で、軽くせせら笑うだけ。

『貴様も物騒な娘だな。いきなり不意打ちで牢屋いきとは思わなかったぜ――だが、これは高くつく』

喜助はにやりと笑みを深め、声を低くする。



笑っているのに、笑ってない。

なんて怖い人なんだろう……

こんな人を、絶対に敵にしてはいけない。



『おれを牢へぶちこんだこと、後悔させてやるよ』

さすがの夜桜さまも、たじろぐほど。

空気が黒くよどんだのではないかと疑うほど。

喜助は妖しく笑った。

「トカゲ!正任!」

鋭く叫びながら、夜桜さまが呼ぶと、すぐにふたりの男が彼女の脇をかためる。

ひとりは茶髪の、切長の眼をした正任。

そしてもうひとりは――?


きれいな人だった。

けれど、片方の目は包帯でぐるぐるに巻かれており、残された褐色の目にも暗い蔭が落ち、どことなく冷たい印象を受けた。

長めの前髪の下からのぞく彼の表情は、はじめて見たにも関わらず、トカゲであると確信できた。

彼が、あのトカゲ。

ずっと覆面に隠されていた、顔。

思わずギクリとした。



それにしてもトカゲといい、正任といい、いったい何者?

喜助は現れたふたりに目をとめ、軽く頷いた。

目を細め、まるで品定でもするかのようにながめる。

『……翠冷、貴様は気に入ってるんだ。元の姿のときに会いたかったよ。それから――ああ、おもしろい』

くっくっと笑い、喜助は油断なく見つめる正任に目を向けた。

その瞳がいたずらに輝く。

『偶然か、必然か……おれは貴様の兄貴を知ってるよ』

これには、無表情だった正任さえも目を見開いた。

喜助と正任のお兄さんは知りたいなのかしら?

「……おれに……兄は……いない」

唇を噛み締め、唸るように言う正任。

憎さで壊れてしまいそうなほど、顔を険しくさせていた。

『……そのようだ。貴様と兄貴は、あまり似てないね』

「化け物め!」




なんだかただならぬ様子に、あたしは戸惑うばかり。

すぐにでも戦闘がはじまるんじゃないかと思うほど、その場の空気はびりびりとしていた。

「あなたが、幼皇さまに呪いをかけたのですね。はやく治しなさい!幼皇さまを呪い殺すなど、許されることではありません」

夜桜さまが、喜助に向かって唸る。

『呪い殺す?馬鹿だなぁ。おれはそんなこと、考えちゃいないぜ』

そう喜助が答えた途端、トカゲも正任も刀を取り出した。

その切っ先が、喜助に向けられる。



「待って!き、喜助はこんなやつだけど、悪いやつじゃないのよ」

あわてて飛び出すと、今度はこちらに刃が向けられるが、構わなかった。

「あ、あたし知ってるのよ。あなたたちは、あたしを狙ってたって、知ってた。空弥だって、人質なんでしょう?」


言葉にした思いは、そうすることで強くなる。

興奮したあたしは、もはや抑えることができず、叫ぶように訴えた。

「あんまりだわ!力でねじふせるなんて。たしかに、力は強大よ。でも、あなたたちはやりすぎよ。恐怖で支配しては、いけないわ」


幼皇さまの力は絶対。

けれど、その圧力はいずれ反発に変わることだってできる。



「ああ、勘違いしているわ、加世さま」

らんらんと目を輝かせていたあたしに、夜桜さまは落ち着いた様子で言った。

「その男は、人間じゃないのですよ。信じられないかもしれないけれど、彼は幼皇さまに復讐をしにきた化け物です」


ば……化け物?


「喜助が天狗並の強さなのは、知ってます」

「そうではありません。そういうことでは……ああ、そうだわ」

夜桜さまは、ふとした感じで、トカゲに顔を向けて頷いた。

彼も頷き返し、あの響く声で喜助に言った。




「おい、烏の化け物……毒を扱う一族を滅ぼしたのは、たしかおまえだったな」


えっ……?

ドクッと心臓が高鳴った。

胸が苦しくなる……


『ああ。そんなこともあったな』

淡々と、黒髪の男はそう言った。

事も無げに、淡々と。

目の前が、まっしろになった。


どういうこと?

喜助が、あたしたち一族を死に追いやったの?



『だがそれは、おまえら幼皇の兵士が、その毒矢でおれの父母を殺したからだ』

喜助の声が遠くで聞こえた。

『おれたちは、屋敷の領域に侵入した者か、害を及ぼした者か、獲物になる者以外は襲わないぜ』

「ざれごとを……」

「所詮は殺しだ」

口々に非難めいたことを言う、夜桜さまたち。

だけど――あたしは頭がいっぱいだった。



あの光景が、まるで地獄のような光景が、鮮明に蘇ってくる。

あのとき父さんが「あれは人間の仕業じゃない」と言った声が、今も耳に残ってる。

叫び声、血のにおい、死をあれほど近く感じたことはない。

あの恐怖を――あたしたちの一族を滅ぼしたのは、喜助だっていうの?!




「喜助は……知ってたの?あ、あたしがその一族だってこと。あなたの滅ぼし損ねた、一族の生き残りだってこと」

自分でもなにを言っているのかわからない。

ただ言葉があふれ、泣きたくなった。

冷たい風が頬をなぶり、喜助は顔色ひとつ変えずに口を開いた。

『知ってた』

「し、知ってた?」

『ああ。だけど、もう昔のことだ』



昔のこと?

いいえ、あたしには昔のことではなかった。

いつもいつも、クモの糸のようにあたしを絡めとり、悪夢のようにあたしを支配してた。

いつかあたしも殺されるんじゃないかとか、恨まれているのじゃないか、とか。


ああ、そうよ。

これが怖かったのよ。

あたしたちの作り出す毒で、恨みが生まれることがいちばん怖かった。

喜助の両親は、あたしたち一族のつくった毒で死んだと言う。

そうやってあたしたちは間接的に人を殺し、恨まれていく。

そういうのが、いちばんイヤだ。




『加世は、おれが憎いのか』

涙のたまった目をあげて、彼を見上げる。

喜助はなんともとれない表情で、じっとあたしの答えを待っていた。

「当たり前だ!」

と、あたしが口を開く前に、怒鳴るような大声でトカゲがそう言った。

びっくりして彼を見つめる。

今まで、彼がこんなに感情を剥き出しにしたところは見たことがない。

「おまえのせいで、どれだけの人間が不幸になったと思っている?おまえなんか――殺してやる」

『やれるものなら、やってみろよ。麻酔薬を使わないと、おれを捕まえられなかったくせに』

にやりと笑む喜助を、トカゲは苦い思いでにらみつけているようだった。



喜助がここ三日姿を現さなかったのは、どうやら捕まえられていたらしい。

あたしは自分でも驚くほど、落ち着きはじめていることに気がついた。

心は静まり、じっと観察しはじめる。

トカゲも正任もめずらしく興奮しているようで、特にトカゲは感情をそのまま剥き出しにして、憎しみをそのままぶつけるように喜助をにらみつけている。

正任はどうやら「兄」のことを言われ、恐れと怒りが入り混じっているようだった。



人間はすぐに不安定になる。

いつも冷静さを欠くことなくいるのは、並大抵にできることじゃない。

その点、喜助はたしかに人間らしくはなかった。



『そうだ。おれは幼皇に会いたい。取次をしてもらおう』

ふと思い出したように喜助がそう言ったが、夜桜さまたちは顔をしかめ、鼻先で笑う。

「だれがそんな見えすいた嘘を……幼皇さまのお命を狙っているくせに」

『馬鹿だな、人間。要求をのまなきゃ、幼皇は死ぬぞ』

ケラケラと笑う喜助。

『それに、おまえにも聞きたいことがある。おまえには、姉がいただろう』

おもしろがるような声音に、鋭いまなざしで、喜助は夜桜さまを見やる。

そのあまりの抜け目のない鋭さに、一瞬息がつまる思いだった。

しかし、夜桜さまの動揺ぶりはただものではなかった。

身体は震えだし、目は大きく見開かれ、なにかに恐怖しているようだ。

そのままか細い声でつぶやく。



「なぜ――あなた、何者?」


喜助はねっとりと言った。

身も凍るほどに。


『おれはただ、貴様の姉を知ってるのさ』










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