2
今回はたくさん更新しちゃいますょ!
鴉の子専門HPつくったので、よかったらどうぞ。
感想などもよろしくお願いします。
******
『姫!なぜここに?!』
ガッと夜桜さまの肩をつかみ、喜助は乱暴にゆすぶった。
夜桜さまはすっかり泣きやみ、目の前にいる喜助を凝視してから、あわてて悲鳴をあげる。
「き、きゃぁああああ!」
その悲鳴にぎょっとしたのか、喜助はパッと手を離し、数歩飛び退いた。
『姫じゃない』
「ぶ、無礼者!あなた……あ、あなたは!なぜここに?地下牢のはずじゃ……」
肩で息をしながら、夜桜さまは顔を覆うことすらせず、驚きに目を見張っている。
どうやら話についていけていないのは、あたしだけみたい。
ケッと鼻で笑い、喜助は長い前髪をかきあげる。
『オレサマとしたことが、すっかり人間だってことを忘れてた』
「あ、あなたは、やはり、化け物なのね――トカゲに聞いたわ。やはりあなたは、わたくしの敵」
夜桜さまの瞳はみるみるうちに蔭り、憎しみに歪んでいった。
それでも喜助は平気な顔で、軽くせせら笑うだけ。
『貴様も物騒な娘だな。いきなり不意打ちで牢屋いきとは思わなかったぜ――だが、これは高くつく』
喜助はにやりと笑みを深め、声を低くする。
笑っているのに、笑ってない。
なんて怖い人なんだろう……
こんな人を、絶対に敵にしてはいけない。
『おれを牢へぶちこんだこと、後悔させてやるよ』
さすがの夜桜さまも、たじろぐほど。
空気が黒くよどんだのではないかと疑うほど。
喜助は妖しく笑った。
「トカゲ!正任!」
鋭く叫びながら、夜桜さまが呼ぶと、すぐにふたりの男が彼女の脇をかためる。
ひとりは茶髪の、切長の眼をした正任。
そしてもうひとりは――?
きれいな人だった。
けれど、片方の目は包帯でぐるぐるに巻かれており、残された褐色の目にも暗い蔭が落ち、どことなく冷たい印象を受けた。
長めの前髪の下からのぞく彼の表情は、はじめて見たにも関わらず、トカゲであると確信できた。
彼が、あのトカゲ。
ずっと覆面に隠されていた、顔。
思わずギクリとした。
それにしてもトカゲといい、正任といい、いったい何者?
喜助は現れたふたりに目をとめ、軽く頷いた。
目を細め、まるで品定でもするかのようにながめる。
『……翠冷、貴様は気に入ってるんだ。元の姿のときに会いたかったよ。それから――ああ、おもしろい』
くっくっと笑い、喜助は油断なく見つめる正任に目を向けた。
その瞳がいたずらに輝く。
『偶然か、必然か……おれは貴様の兄貴を知ってるよ』
これには、無表情だった正任さえも目を見開いた。
喜助と正任のお兄さんは知りたいなのかしら?
「……おれに……兄は……いない」
唇を噛み締め、唸るように言う正任。
憎さで壊れてしまいそうなほど、顔を険しくさせていた。
『……そのようだ。貴様と兄貴は、あまり似てないね』
「化け物め!」
なんだかただならぬ様子に、あたしは戸惑うばかり。
すぐにでも戦闘がはじまるんじゃないかと思うほど、その場の空気はびりびりとしていた。
「あなたが、幼皇さまに呪いをかけたのですね。はやく治しなさい!幼皇さまを呪い殺すなど、許されることではありません」
夜桜さまが、喜助に向かって唸る。
『呪い殺す?馬鹿だなぁ。おれはそんなこと、考えちゃいないぜ』
そう喜助が答えた途端、トカゲも正任も刀を取り出した。
その切っ先が、喜助に向けられる。
「待って!き、喜助はこんなやつだけど、悪いやつじゃないのよ」
あわてて飛び出すと、今度はこちらに刃が向けられるが、構わなかった。
「あ、あたし知ってるのよ。あなたたちは、あたしを狙ってたって、知ってた。空弥だって、人質なんでしょう?」
言葉にした思いは、そうすることで強くなる。
興奮したあたしは、もはや抑えることができず、叫ぶように訴えた。
「あんまりだわ!力でねじふせるなんて。たしかに、力は強大よ。でも、あなたたちはやりすぎよ。恐怖で支配しては、いけないわ」
幼皇さまの力は絶対。
けれど、その圧力はいずれ反発に変わることだってできる。
「ああ、勘違いしているわ、加世さま」
らんらんと目を輝かせていたあたしに、夜桜さまは落ち着いた様子で言った。
「その男は、人間じゃないのですよ。信じられないかもしれないけれど、彼は幼皇さまに復讐をしにきた化け物です」
ば……化け物?
「喜助が天狗並の強さなのは、知ってます」
「そうではありません。そういうことでは……ああ、そうだわ」
夜桜さまは、ふとした感じで、トカゲに顔を向けて頷いた。
彼も頷き返し、あの響く声で喜助に言った。
「おい、烏の化け物……毒を扱う一族を滅ぼしたのは、たしかおまえだったな」
えっ……?
ドクッと心臓が高鳴った。
胸が苦しくなる……
『ああ。そんなこともあったな』
淡々と、黒髪の男はそう言った。
事も無げに、淡々と。
目の前が、まっしろになった。
どういうこと?
喜助が、あたしたち一族を死に追いやったの?
『だがそれは、おまえら幼皇の兵士が、その毒矢でおれの父母を殺したからだ』
喜助の声が遠くで聞こえた。
『おれたちは、屋敷の領域に侵入した者か、害を及ぼした者か、獲物になる者以外は襲わないぜ』
「ざれごとを……」
「所詮は殺しだ」
口々に非難めいたことを言う、夜桜さまたち。
だけど――あたしは頭がいっぱいだった。
あの光景が、まるで地獄のような光景が、鮮明に蘇ってくる。
あのとき父さんが「あれは人間の仕業じゃない」と言った声が、今も耳に残ってる。
叫び声、血のにおい、死をあれほど近く感じたことはない。
あの恐怖を――あたしたちの一族を滅ぼしたのは、喜助だっていうの?!
「喜助は……知ってたの?あ、あたしがその一族だってこと。あなたの滅ぼし損ねた、一族の生き残りだってこと」
自分でもなにを言っているのかわからない。
ただ言葉があふれ、泣きたくなった。
冷たい風が頬をなぶり、喜助は顔色ひとつ変えずに口を開いた。
『知ってた』
「し、知ってた?」
『ああ。だけど、もう昔のことだ』
昔のこと?
いいえ、あたしには昔のことではなかった。
いつもいつも、クモの糸のようにあたしを絡めとり、悪夢のようにあたしを支配してた。
いつかあたしも殺されるんじゃないかとか、恨まれているのじゃないか、とか。
ああ、そうよ。
これが怖かったのよ。
あたしたちの作り出す毒で、恨みが生まれることがいちばん怖かった。
喜助の両親は、あたしたち一族のつくった毒で死んだと言う。
そうやってあたしたちは間接的に人を殺し、恨まれていく。
そういうのが、いちばんイヤだ。
『加世は、おれが憎いのか』
涙のたまった目をあげて、彼を見上げる。
喜助はなんともとれない表情で、じっとあたしの答えを待っていた。
「当たり前だ!」
と、あたしが口を開く前に、怒鳴るような大声でトカゲがそう言った。
びっくりして彼を見つめる。
今まで、彼がこんなに感情を剥き出しにしたところは見たことがない。
「おまえのせいで、どれだけの人間が不幸になったと思っている?おまえなんか――殺してやる」
『やれるものなら、やってみろよ。麻酔薬を使わないと、おれを捕まえられなかったくせに』
にやりと笑む喜助を、トカゲは苦い思いでにらみつけているようだった。
喜助がここ三日姿を現さなかったのは、どうやら捕まえられていたらしい。
あたしは自分でも驚くほど、落ち着きはじめていることに気がついた。
心は静まり、じっと観察しはじめる。
トカゲも正任もめずらしく興奮しているようで、特にトカゲは感情をそのまま剥き出しにして、憎しみをそのままぶつけるように喜助をにらみつけている。
正任はどうやら「兄」のことを言われ、恐れと怒りが入り混じっているようだった。
人間はすぐに不安定になる。
いつも冷静さを欠くことなくいるのは、並大抵にできることじゃない。
その点、喜助はたしかに人間らしくはなかった。
『そうだ。おれは幼皇に会いたい。取次をしてもらおう』
ふと思い出したように喜助がそう言ったが、夜桜さまたちは顔をしかめ、鼻先で笑う。
「だれがそんな見えすいた嘘を……幼皇さまのお命を狙っているくせに」
『馬鹿だな、人間。要求をのまなきゃ、幼皇は死ぬぞ』
ケラケラと笑う喜助。
『それに、おまえにも聞きたいことがある。おまえには、姉がいただろう』
おもしろがるような声音に、鋭いまなざしで、喜助は夜桜さまを見やる。
そのあまりの抜け目のない鋭さに、一瞬息がつまる思いだった。
しかし、夜桜さまの動揺ぶりはただものではなかった。
身体は震えだし、目は大きく見開かれ、なにかに恐怖しているようだ。
そのままか細い声でつぶやく。
「なぜ――あなた、何者?」
喜助はねっとりと言った。
身も凍るほどに。
『おれはただ、貴様の姉を知ってるのさ』




