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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
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第三章 夕闇

実は、第二部はあまり重要ではない、番外編みたいな予定でした、最初は。

けれど、書いていくうちに、ここがキーになっちゃいました。

ええ、重要な部分に。

第三章突入です!




【第三章 夕闇】






******








空弥の世話をしてくれる千深チフカさんは、とてもいい人だった。

正任の言うだけあって、美人でやさしくて、ちょっと安心できた。



ひとりになって一日目の夜は、ただただ時間ばかりがいつの間にか過ぎ去っていた。

二日目の夜になると、あせりはじめた。

そして三日目の夜……あたしは喜助の姿がないことに、やっと気がついた。

どうして今まで気がつかなかったのか不思議でならない。

あんなに存在感のある人を、忘れられるわけはないのに。

けれどあたしは、本当に彼の存在を忘れるくらい、頭が混乱してた。


だって暗殺部隊なんて、絶対にいやなのに。

いやなのに――半ば強制的な圧力を感じてしまう。



もしあたしがこれを断れば、空弥は人質になるかもしれない。

もう幼皇さまは、毒を買ってくださらないかもしれない。

そうすれば、あたしは仕事を失ってしまう。

命令を聞けない反逆者として、殺されたっておかしくないわ。

ここは宮――この世界の頂点にいる人間の住まう場所。

逆らってはいけない、絶対的な人のいるところ。

そんなの、だれだって知ってるわ。

あたしたちに、生きていくすべはあるの?



『ないだろうねぇ』



「やっぱり……ないか」

ため息をつく。

与えられた屋敷の部屋の縁側に腰かけ、月夜をながめる。

心地よい風が頬をなで、やさしい夜に包まれる。

肌寒くなったその空気を感じながら、思いにふけるのが日課のようになっていたのだ。



『あんたは逆らえないだろうねぇ』



そうだよなぁ。

やはり、幼皇さまの命令は絶対だもの。

すべては幼皇さまのために……。

そこで、はっとする。

今……だれかの声がたしかにした。

『ないだろうねぇ』なんて、『あんたは逆らえないだろうねぇ』なんて、あたしは言ってない!

だれかが気づかないうちにそばにいたのかと思うと、恥ずかしくて仕方がない。

きょろきょろとあたりを見渡すが、人の気配すらないようだ。



正任かだれか?

だけど、声は妙に透き通っていた……。

だれかがいて、あたしの心の問いに応えたなんて、信じられない。

けれどたしかに……

たしかに、声がしたんだ。

妙な寒気を感じ、あたしは鳥肌のたった腕を抱きしめた。




バサッ



――白鳥。




ふいに羽音がしたかと思うと、夜空に青みを帯た、見とれるほどうつくしい白い白鳥が舞っていた。

一瞬のできごとではあったが、白鳥はひらりと矢のように空を舞って、視界から消えた。

はたしてそれが白鳥だったのかすら危ういほどに。

けれど、あたしははっきりと確信した。

闇にも沈まない、うつくしい白鳥だったと。


どれくらいそうしていたのだろう。

しばらくして我にかえると、となりに少女が座っていた。

月のように輝く金髪、ヒスイの宝石のような青い瞳をした、ソバカスが鼻のあたりにある少女だった。



「……精霊……?」


夢みたいだ。

よくわからない。

目の前には精霊がいた。

精霊なんておとぎ話にしか出てこないと思っていたのに……

神のようなうつくしさの少女……

彼女は絶対に人間ではないと、すぐにそう思った。



精霊さんは、袖の広がった、白い衣をまとっており、肩からはなにやら楽器のような、琵琶に似たものをかついでいる。

ふわりと笑ったかと思うと、彼女はゆっくりと口を開いた。



「こんにちは。サァは、はじめまして会うよ」

にこっと笑ってしゃべる少女だが、残念なことに、よく意味がわからなかった。

言葉の発音も強弱もおかしく、どこか呪文を口ずさんでいるようにも聞こえた。

精霊さんは、日本語がうまく話せないのかしら、なんて頭の片隅でぼんやりと思いながら、彼女の次の言葉を待つ。


まばたきしたら、消えてしまいそうだと思った。

あたしは夢をみてるのかしら?



「サァは、《せいれー》じゃないよ。サァは唄うたう。語るよ」

「精霊さんじゃないの?!」

思わず叫んでしまう。

だってこんな突然現れるから、絶対に人間には思えなかったし、なにより容貌が見たことのない姿形だったのだ。

「サァは、加世に会いにきた」

少女は急に真剣な表情になって、あたしの手をぎゅっと握った。

「えっ?」


「加世は、ここにいる。きっと、サァと会うため。サァは、知ってる。たぶん、彼を救うため」



これは現実?

よく頭が回らない。



どうやら、彼女は自身を「サァ」と呼んでおり、あたしは彼女と会うためにここにいるらしい。

不思議な運命というものを示唆しているのだろうか。

なんだか幽霊と口をきいているみたいで、急に怖くなってくる。


「加世……」

少女は長い金色の髪を無造作にゆらし、心配そうにこちらに目をやる。

その黄金にすら匹敵しそうな輝きに、思わず目を見張った。

「あなたはだれ」

気がつけばそんな質問をしていた。

少女は唇を引き上げ、ゆっくりと口を開く。

「サァはだれの敵でもない。味方でもない。頼まれた。助けると。約束した。だから来た。それだけ」

「だれに頼まれたの」


心臓は知らぬ間に、大きく高鳴っていた。

額からは変な汗がしたたり落ちる。



「――カラスに」



ソバカスを歪めて、彼女は黒く笑った。




時は真夜中にさしかかる。

ふいに月が厚い灰色の雲に隠され、光を失い、ただ鋭い瞳だけが異様な光を帯ているのが見えた。


「――来た」


眉をちょっと厳しくさせ、少女に緊張が走ったのがわかった。

「どうかした――あっ」

言葉を終わらせる前に、衣ずれの音がしたかと思うと、金色の帯をしめた桜の散り乱れる模様の黒の着物に身を包んだ、夜桜さまが現れた。

顔は相変わらず白い布に覆われていたけれど、あたしはそのなかに潜む、凛とした漆黒の瞳を知っている。

鮮明に、覚えてる。



「そろそろだと思っていました。でもまさか、先に加世さまに接触なさるとは考えてませんでしたわ」

ていねいに、されど毒を含んだ言い方で彼女は言った。

青い目をした金髪の少女は、動じることなくやんわりと返す。

「無礼承知。サァは知ってた。けど、大切だった。加世とサァの問題……あなたの問題じゃないよ」

その最後に付け加えられた言葉に、夜桜さまはぴくりと反応する。

それでも少女はそ知らぬようにつづけて言った。

「サァは帰るよ、明日の朝には。言葉も疲れる。サァは唄いたいだけ」

「ですが……今宵はまだ、依頼していませんわ。一週間後の祭りに唄ってくださる約束だったでしょう」

少女は肩をすくめ、ふるふると頭を振った。

「あなたのためじゃない。今夜は。幼皇さまのためじゃない。今夜はちがう。別用。まったく、あなたはまちがってる」

「どういうことですか。わたくしは、いつもどおり、あなたは一週間後のために、はやくここにいらしたのだと思ってましたけど」

夜桜さまの声に、不信がる響きが混じった。


きっと白い布の下では、あの黒い瞳が油断なく光っているのだろう。

休むことなく、安らぐことなく、ピンとはりつめた糸のように。


「サァは言った。今夜は加世のためだと。はじめて、加世。サァと加世はじめて。だけど、知ってる。本当は……」

目をふせ、彼女は柔く笑う。

青い瞳はきらりと光る。

夜桜さまも意味がつかめていないのか、じれったそうに喉の奥から音をもらした。



「……加世さまと狭実良茄サミラナははじめてお会いしたのですか?」

唐突に自分に矛先を向けられ、あたしはあわてて我にかえる。

「サ……ミラ、ナ?」

「その異形の娘のことです。わたくしたちは、白鳥の化身だと思っております。

で、お初にお目にかかったのですか」

「えっ。あっ、はい!突然隣に現れて……あの、白鳥の化身って?」

我慢できずに質問してしまった。


やはり彼女は人間ではないの?


「たとえです。彼女は、いつも白鳥の幻と現れるから、わたくしたちが宮では勝手にそう呼んでいるのです」


白鳥の幻……

たしかに、あたしも白鳥を見た。

あれは幻?



あたしが不満そうな表情をしていたのか、夜桜さまはさらに説明をつづけてくれる。

「狭実良茄というのも、彼女を敬って授けた名前……彼女は自身を『サァ』としか言わないから。狭実良茄は、優れた語りべ――唄う旅人です」


狭実良茄……不思議な人。

やはり宮だ。

一筋縄ではいかない。

いろんな不可解のつまっている場所。


それに――語りべなんてはじめて!

そんなめずらしい人に会えるなんて!




「サァは唄いにきた。真実を曲げないため。聴いて。加世、聴いて」




狭実良茄はすっくと立ち上がり、長い金髪をゆらした。

あたしも夜桜さまも、動けなくなったように、座ったまま彼女を見つめる。



風に流され、雲は再び月から離れた。

その月光のもと、うつくしい少女は唄いだす。

それはこの世のものとは思えぬほどのきれいな響き。

金髪の髪は白銀に変わり、青い瞳は赤く染まり、言葉もすらすらと耳に心地よく広がる……。







鴉はひとり

闇で生きる


涙は出ない

光はないから


少女がほしい

くれぬなら奪おう


町の娘が拐われる

赤子は母から離れてく



さ迷う夜を幾度と過ごし


それでも鴉はいつもひとり



娘を鴉の嫁にしよう

闇に嫁ぐ身となるために



一方娘の母は泣く

後に産まれし娘の妹


それがさだめか

なんと酷い


産まれし妹

すぐにひとり



母は泣く泣く

天に昇る




ひとりぼっちの妹は

闇に喰われぬように気をつけよ


ひとりぼっちの妹――








「やめて!!!」

金切り声を出し、夜桜さまが突然発狂したように叫んだ。

頭を両手で押さえ、苦しそうに浅く肩で息をしている。

それでも白銀の髪に赤い瞳の少女は、構うことなく唄をつづけた。

その響きは、まるで別世界を創りだしているかのようだった。








鴉の噂を知ってるかい?

屋敷に近づいてはならぬということを


それではこれも知ってるかい?

古より伝わる、不死身を

虎狼の人であった、それを




鴉の姫はひとりぼっち


されどいつもひとりぼっち

だってみんなひとりぼっち


だれも助けてくれない


だってあなたもひとりぼっち

だってわたしもひとりぼっち









「ぃゃ……やめて……ぃゃぁあ……」

今や子供のように泣きじゃくりながら、夜桜さまはつぶやくようにそう言った。

いつの間にか狭実良茄の唄には、琵琶に似た楽器の演奏も加わっており、どことなく、心を持っていかれたような感動に満ちた。

唄い終わると、狭実良茄の髪は金色に、瞳は青に戻った。



「伝えた。サァの役目は終わった。加世がやるしかない。あとは」

にこっと笑い、少女は言った。

「まちがえないで。影のありかを。闇の虜にならぬように。サァは加世を祈ってる――サァはいつも」

そして――まばたきをした次の瞬間には、もうすでに彼女の姿はなかった。

ただ耳の奥で、白鳥の泣き声を聞いた気がした。




しんと静まる空間が広がる。

不思議と落ち着いている自分に気がつき、戸惑うが、すぐにあまたの疑問が頭をもたげてくる。



結局、なんだったのだろう。

彼女の正体は?

あの唄の真意は?

それから――



「夜桜さま、大丈夫ですか」

夜桜さまの、この泣きようはなに?

白い布をはぎとり、夜桜さまは恐怖に捕われた瞳をあたしに向ける。

「……ぃゃなのに。忘れたいのに。どうして……?」

混乱しているのか、彼女の瞳にあたしは映らず、耳には声すら届いていないようだった。



どうしようかと迷ったそのとき、庭奥の闇のなかから、ひとりの人物が現れた。

深緑の衣を身にまとった、黒髪をひとつにまとめた男。

いつもいたずらな笑みを浮かべ、余裕に振る舞う男。



――喜助だ。


久々に目にした彼にほっとしたのもつかの間、喜助は目を大きく見開き、心底驚いたような表情になった。

そして、見るからに動揺している。

そんな顔……はじめて見た。

すぐに不安が津波のように押し寄せ、あたしを押し潰していく。

喜助の視線の先には、泣きじゃくる夜桜さまがいた。



からからに乾いた喉から絞りだすように、喜助はやっとのことで声を発した。




『――姫?』




心臓を鷲掴みしながら、あたしはひとり、不安に酔っていた。


――闇の虜にならぬように。











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