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――あたしはここのだれよりも強い。
あたしは、気に入らない人間をすぐにでも殺せる。
本気になれば、それはとても容易いことだ。
けれどあえて考えないようにしてきた。
心は脆い。
どんなに危険なことであろうと、自分の欲のためには犠牲だっていとわない……
そんな人間になり下がる気はさらさらなかった。
いつでも、あたしのなかにはもうひとりのあたしがいた。
いつだって、あたしはびっくりするようなまがまがしい心を感じてた。
善人ぶっているのだと、知りたくなかった……
「あたしの価値……?」
ゆっくりと口から言葉が落ちる。
変に落ち着いているのに、心の内は黒い炎が熱く燃えている。
あたしの価値は、毒の知識だけ。
知っていたけれど。
わかっていたけれど。
そんなふうに言われたくなかった。
ぷつんとなにかが切れた気がした……
「空弥に、毒の知識を伝えるつもりはありません。この仕事は――この力は滅ぶべきものです」
きっぱりと言い切る。
ぴんとはりつめた緊張が、部屋中に流れた。
逆らうことをしなかったのは、生きていくため。
けれど、あたしたちにだって誇りはある。
一族の力を誇れないあたしには、知識を受け継ぐ資格はないのだと思う。
まだ、その正しい使い道を知らないあたしは……
いつも正しいことに使えと教えられてきたけれど、実際あのときの一族は、なにに使ったのだろう。
権力を持つ人間は、猛毒を扱うあたしたち一族を重宝し、きっとその毒を戦に用いたはずだ。
それが正しいことなのだろうか。
夜桜さまはしばらく沈黙を守っていたが、やがて非常にゆっくりと口を開いた。
「いつの間にか、季節は冬になるのね」
「……なに」
「いいでしょう。わかりました。わたくしが愚かでしたわ」
そう言うと、夜桜さまはさらにあたしに近づく。
その言葉に驚いたのに、次にとった彼女の行動にさらに驚かされた。
なんと、今まで顔を隠していた白い布を取り去ったのだ。
びっくりしているのもつかの間、そこにはうつくしい顔が現れた。
艶やかな結っていた黒髪を解き放ち、流れる漆黒の眼をのぞかせる。
薄い唇は桜色で、凛としたうつくしさがあった。
「サソリ殿……いえ、加世さま」
かしこまった形をとり、夜桜さまは頭を軽く下げてつづけた。
「わたくしは、あなたにお願いがございます。幼皇さまの気が安らぐお薬をお作りください。そして――」
動けなかった。
真っ黒い髪をゆらし、闇色の瞳を向ける彼女から、逃れられないと直感した。
「――幼皇さま直属の暗殺部隊にお入りいただきとうございます」
……暗殺部隊。
あたしはどれくらい汚れればいいの?
あたしにこれ以上、人殺しをさせないで……!
それに、あたしは気がついた。
なぜ、あたしの本名を知っているの?
《サソリ》と名のっていて、《加世》だなんて教えていないのに……
「三日のうちに、お心をお決めください。わたくしはあなたを信用しています。だから素顔をさらしたのです」
再び白い布に顔をうずめながら、彼女はそっと言った。
「すべては、幼皇さまのために、ですよ。幼皇さまにお会いするには、まだ時間がかかるでしょう。それまでは、相手役を手配しました。彼らから、幼皇さまのことを聞くといい」
すっと立ち上がると、一度軽く会釈をして、夜桜さまは部屋から出ていった。
とてもあっけなく、あっさりと。
あたしはしてやられたのだろう。
まだ自分が子供すぎていやになる。
空弥も守れないなんて……
「失礼いたします」
干渉に浸る暇なく、声がして、ひとりの若者が部屋に入ってきた。
水色の袴を着た、茶色髪の、切れ長の眼をした、なんだか熱意に満ちた男だった。
「ただいまサソリさまのお相手役になりました、正任ともうします。以後、おみしりおきを」
いやにはきはきとしたしゃべり方だったが、あたしはけっこう好きだ。
好感がもて、すぐに警戒心は薄れる。
「えっと……加世といいます。加世と呼び捨てにしてください」
どうしようかと迷ったが、結局本名を名のった。
サソリは毒使いであって、今のあたしはただの加世なのだから。
すると若者は、にこっと笑って、急に親しみやすさを露にした。
「お言葉に甘えさせてもらいます!おれ、堅苦しいのは苦手なもんで。この図々
しさを買われて、幼皇さまの従者になれたようなもんですから」
「えっ。幼皇さまの?!」
「はい。あ!夜桜さまから伝言を言付かっています」
あわてた様子で正任はそう言うと、懐から紙を取り出して読みあげた。
「加世さま。弟君は、まだ眠っておられたほうがいいでしょう。あなたの考えを惑わすことがあっては困りますゆえ。しかり、弟君は屋敷で丁重に預からせてもらいます。そのほうが、あなたにとっても、弟君にとってもよいことなのです。では、ごゆるりと滞在してください――以上」
空弥を……
それはつまり、人質?
そうではないとしても、人質にされる可能性は充分にある。
あたしは頭を振って、あわてて拒絶する。
「お断りします。弟はわたせません」
「加世さま、これはたぶん、命令です」
正任の顔が蔭った。
この人は、熱意に満ちた顔の裏に、どんな冷たい眼を隠しているのだろう。
ここは宮。
たぶん、みんな表と裏がある。
あたしは油断しちゃいけないんだ……。
思わず開きかけた口を閉じる。
「きかないと言ったら……?」
「よくお考えください。ここは幼皇さまの屋敷。宮のなか。あなたがいくら優れた知識を持ち合わせていようと、ここでは意味をなしません」
手足が震える。
あたしには、どうしようもないことなの?
弟を手放すことなんて、できない……
すると、正任はふっと柔らかな声で、再び親しみやすさを取り戻して言った。
「大丈夫。弟君の世話を預かるのは、おれの妻です。絶対、悪いようにはしません」
彼の瞳を見つめる。
泣きそうになるほど、まっすぐだった。
もう、なにがなにだかわからない。
あたしはなんのためにここにいるの。
どうすればいいの。
どうすれば、空弥とふたり、幸せに生きていけるの……?
あたしは無意識のうちに、誘惑に負けたのかもしれない。
空弥を重荷に思うはずはない……
けれど――あたしは、たぶんひとりで考えなくちゃ。
涙を堪え、どうして泣きたくなるのかいぶかりながら、あたしは小さく頷いた。
ここで二部・二章は終わります。
実は、これは三部作でいこうと思ってたんですが、
思いのほか、登場人物がふえてしまって…汗
もしかしたら、というか高い確率で、
四部作になるかもです。
ぇえ、なりますとも!
たぶん、【鴉の王】で!!!ワラ
それでは今後も、よろしくです☆★