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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
22/100

今回はちょいと長め?





******






つくった拳をぎゅっと握りしめながら、あたしはひたすらに耐えている。

それもそのはず、喜助が勝手すぎるからだ。

鬼の面が天井につけられている、こんな不気味な部屋に残された身にもなればいいのよ。

どんなに怖いか……

空弥はぶるぶる震えながら、あたしにしがみついている。

……ちょっとおかしい。

弟の怖がり方は、尋常ではなかった。

あたしの衣に顔を押しつけて、ひんやりと冷たくなった手であたしの手を握っている。

いつもの空弥でも、ここまで怖がる様子ははじめてだ。

ただならぬ胸騒ぎがして、あたしは自然に呼吸が荒くなり、目眩すら感じた。




「……お兄はどこ?」

不安そうな目を向けて、空弥は言う。

あたしは唇を噛みしめて抱きしめるしかなかった。




ふと、廊下から衣ずれの音がした。

喜助?なんて思っていたのもつかの間、高くてきれいで、消えるような声がした。


「毒サソリ殿。会見したく申します」


びっくりして、心臓がドクドクいっていた。

まさか、幼皇さま?

あわてて立ち上がり、応じる。

「はい!ど、どうぞ……」

スパンと障子が開き、その人物が現れた。




――すごい。

最初に目をひいたのは、顔にかけられていた白い布だった。

純白の顔布には、額のあたりに桃色の桜の形が描かれており、その人の表情はよく見えない。

次に朱や蒼や翠や紫など、何枚も重ねられた着物の上に、黒い地に桜の花びらを描いた衣をはおっている。

その衣は長くて、床にまでのびて引きずっている。

そしてまた髪も、頭の上にいろいろ結って大きな桜の簪でまとめられていた。

甘い香をただよわせながら、その女性は静々と部屋に入ってきた。

あたしは口も聞けず、空弥が眠ってしまったように動かなくなったことにさえ気づかなかった。




「……失礼。忍んできたので、お静かに願います」

声にも甘さがあったが、まるでそれは毒を含んでいるようだった。

地獄への誘惑のような……

あたしは夢見心地で彼女を見つめていた。

「わたくしは夜桜ヨザクラと申す者です。あなたとふたりきりで話がしたくて参りました」

「ふ……ふたり……?」

あたしと彼女ふたりきり……


――あれ?


そこで、あたしにしがみついていた弟の身体が、冷たく動かなくなっていたことに気がついた。

ぞっとした。

夢見心地がはっきり晴れて、鳥肌がたち、冷たさに覆われる。

生き物のぬくもりなんてない。

ただの人形のように転がっている。

空弥と同じ姿の人形……

あれが空弥なはずはない!




「心配なさらないで。あなたの弟さまに術をかけたのです。眠っているだけ。死んではいないわ」

夜桜さまの言葉に、さらにゾッとした。

それでは、この人形のように動かないものは、あたしの弟だっていうの?!

震える手で触る。


冷たい……

死んでいるように。


「く、空弥を元に戻して!」

涙が出てくる。

空弥まであたしの前から消えてしまうんじゃないかと思うと、気が気ではない。

それでも夜桜さまは変わらぬ声音で言った。

「あなたがわたくしの話を聞けば、元に戻すわ。だから、おとなしくして」

それはもはや、命令だった。

彼女は幼皇さまではない……

しかし、きっと同じくらい、地位や名誉のあるお方。

あたしが従わなくてはならないお方。




「……なんでしょう」

できるだけ冷静さを保ちながら言う。

抵抗せずに、はやいとこ話をつけよう。

空弥を抱きしめながら、あたしは夜桜さまから目を離さずにいた。

白布に顔を隠したまま、彼女はひっそりと話しはじめた。




「……わたくしは、この宮で呪術を扱う者です。幼皇さまのおそばにつかえております」

夜桜さまはふぅとため息をこぼしてつづける。

「サソリ殿。あなたはいつもすばらしい毒を殿下に献上されています。よい働きをしてますね」

「ありがとうございます」

「さて、本題に入りますが……あなたは毒と対なるものをつくれますね?」

それはもう、肯定を知っていての質問だった。

あたしは頷く。




毒と対のもの――解毒剤となる、薬だ。

あたしたち一族は、ずっと毒つくりにたけている。

だけどもちろん、毒をつくりだすには薬も必要になるのだ。

実験を重ね、毒と同時に逆のものをつくりだすのは自然なことだった。




「ならば話ははやい。さっそく、解毒薬をつくってくださいますね?」

「と言いますと?」

尋ねたが、夜桜さまは渋るように口を結んだ。

「あら。あたしには聞く権利ありますよね。勝手に連れてこられて、弟を冷たくされて、しまいには薬をつくれだなんて!」

興奮してしまう。

仕方ないよ。

あたしは彼女をにらみつけた。

不気味な部屋も、位の高い女性も、今は関係ない。




あたしははじめから胸騒ぎを感じてた。

そして、最初から誓ったんだ――空弥を守るって。

なにに代えても、あたしは弟を守るんだ!




しかし、にらむあたしをあざ笑うかのように、彼女はぴしりと言葉を落とした。

「あなたはただ従っていればいい。そんな口をきいて、弟を見殺しにする気ですか」

なにを……

この人は弟を使ってあたしをゆすぶっている。

断れないのを知ってる……

「いいですね。ならば調合場へ案内いたしますわ」

すっくと立ち上がる夜桜さま。

悔しかった。

なにもできず、ただ従う自分が悲しかった。




「……呪いと関係があるのですか」


負け惜しみに近かったかもしれない。

あたしは情報を持っているという、価値を彼女に見せつけたかったんだ。

不気味な部屋に、一瞬はりつめたような空気が流れた。

ゾワリと肌をなぞるように、冷たさが身体を這ってくる。



「侮っていたかしら」

夜桜さまは震える声で言った。

それは恐れとも怒りとも取れる響きをしていて、あたしはちょっとたじろぐ。

「あなたが呪いをかけたワケはないと思っているわ。見ればわかる。あなたにはそういう《素質》はないもの」

再びその場に腰をおろし、彼女は暗闇のなかで浮かび上がる。

白い布の下の顔が、ニィと笑った気がした。



「すべてを話してあげましょう。さすればあなたも協力的になれるでしょうから」




詰めていた息を、あたしは一気にはきだす。

よくわからないけれど、事情は教えてもらえるようだ。

天井の鬼面に見つめられながら、あたしはまだしばらくこの不気味な部屋に縛りつけられる。

そんな気がした。









「幼皇さまは、今病で伏せっていらっしゃいます。呪いの類であることは、わたくしが見ればすぐにわかりますわ」

夜桜さまは淡々とつづける。

「幼皇さまは、なぜか以前からあなたと会いたいとおっしゃられていました。訳も言わず、ただ毒に興味を持っていたのかと思案してましたが……ちがったようです」




いつしか、部屋はさらにしんと闇に溶け込み、静かな影を落としていた。

ぬっと浮かび上がるように座っている夜桜さまだけが、まるで別世界の天女のように、艶やかで、恐ろしかった。

そして、次の彼女の言葉で、さらにあたしは地獄の底にたたきつけられたような痛みと恐怖を味わった。

「……幼皇さまが伏せったのは、ちょうどわたくしが、あなたを殺せと命じたときでした」




――あたしを殺せ?




わけがわからず、ただ彼女から目を離せずにいた。

「そう。今さら隠しはしないわ。わたくしはあなたを亡き者にしようとしたのよ。けれど、不吉なことに、それと同時に幼皇さまが病にかかるなんて、たまったもんじゃないわ。呪いなどという高度なものは、なかなか素人にはできたものじゃない。わたくしはすぐに、あなたを殺さずに連れてくるように命じました。真意を確かめるために――」


一旦言葉を切り、彼女は余韻を残しつつ、ため息まじりに口を開いた。


「わたくしはあなたが呪いをかけたのだと思いました。けれどちがった……ならばせめて、解毒のようなものがほしかった。気休でも、幼皇さまをお助けしたかったのです。もしかすれば、あなたなら、呪いにすらうち勝つ薬をつくりだせるのではないかと……あなたの一族の秘伝をもってせば」



夜桜さまの声に、心なしか熱がこもる。

あたしを必要としてる。

たしかに幼皇さまが苦しんでいるのは、あたしのせいもあるかもしれない。

喜助は、あたしを助けるために呪いをかけたの?


――それとも……



「……たしかにあたしの一族は、猛毒を扱います。どこよりもなによりも、究極を追求してきました。けれど今では、そんなたいそうなものではないのです」

声が震える。

泣きそうだ。

「あたしの一族は、もういないのです。あたしと弟しか、いないのです。数年前、何者かに殺され、全滅しました」






あの光景は、今でもありありと蘇る。


人間の血の海……

赤黒い海……


夜中に騒がしくなって、あたしたち家族は、毒倉庫となっている地下室に隠れた。

何事か起こったのかわからなかったけど、父や母は毒を隠すことを命じられており、合図があるまで地下室から出られなかった。

きっと毒の秘伝を狙ったやつらだろうと父は言った。



何日も待ったけど、だれも迎えにきてくれなかった。

なにがあったのか知りたかったのに、恐くて出れない。

地下室は世界と遮断された場所のようで、ただ薬草と本のニオイだけが残ってた。

とうとう出たのは、ひもじさに耐えきれなかったからだ。



用心して地上に出た瞬間、言葉を失った。

そこはまるで――地獄絵図。

こんな死体も、腐った肉の異臭も、知らなかった。

知りたくなかったのに。


あたしたち一族はよく狙われる。

猛毒に長けているから。

だけど……

みんな殺されてしまうなんて。



両親はすぐに身の危険を感じ、秘密の毒の書やその他いろいろ必要なものだけを持ち、あとは火を放って、毒も死体も揉み消しにした。

あたしたち家族も、死んだことにするのだと母は言っていた。

悲しくて、たまらない。

炎に消える、あたしたちの居場所。

泣きながら歩いた記憶が今でも残ってる。

父はしきりに「人間じゃない……奴らは人間じゃない」とつぶやいていた気がする。



やがて、国境を越えて、あたしたちは山のふもとに小屋を建てた。

仕事を探さなくてはならなくなった。

そんなとき……

あたしたち家族は幼皇さまに見い出されたというわけだ。



毒の知識を、あたしは両親からたたき込まれた。

もう面倒をみてくれる一族はいない。

あたしは生きるための知識を、がむしゃらに頭に詰め込むしかないのだ。



そうして三年前……父母は流行り病で死んだ。

それでも、幼皇さまはあたしに毒の知識があるとわかると、あたしに仕事をくれた。

生きるための糧として。



あたしは自らの手を汚そう。

一族の復讐だとか、そんなことできやしない。

ただ生きることに必死だったから……







「……それに、弟は毒の知識を持ち合わせていません。実質、あたしたち一族の知恵は、あたしで最後でしょう」

賢い弟は、毒の知識なんていらない。


純粋に生きていけばいい。

人から恨みを買ったから、一族は滅んだのだろう。

ならば、恨まれてなおつづけるべき仕事ではないのかもしれない。


「それは許せません」

突然、夜桜さまが声を荒らげた。

瞳に怒りの色を宿し、らんらんとあたしをにらみつける。

びっくりしていると、さらに彼女は重ねて言う。




「幼皇さまにご恩があるならば、その毒はいつまでも幼皇さまに献上するべきです。あなたは――あなたには、それしか価値はないのですから」







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