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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第二部 鴉の娘
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******




「お姉ー!足が痛ーい」

『よぅし!オレサマが特別におぶってやろう』

「お兄ありがとう!」




足が重い。

肩も重い。

まぶたも重い。


だらだらと歩きながら、あたしはひとり複雑な気分でいた。

黒髪の男を目のはしで盗み見るが、やはり彼が極悪非道の人間には見えなかったからだ。

というのも、彼がいけないのだ。

幼皇さまに呪いをかけたのは自分だなどと、冗談にもならないことを言うから。

そう、あたしは彼の言葉を真実とするか冗談と受けるかで迷っているのだ。


喜助はあたしを慰めるためにそんなことを言ったんだろうか?

そこまで気の細かい人だっただろうか。

そんなわけで充分に眠れるわけもなく、あたしは疲れのたまった身体を引きずるように、幼皇邸へと向かうのだった。




先頭を歩くトカゲを見やる。

やはり、どこも変わった様子はないように思う。

昨夜虎徹が言った、トカゲがあわてているなどというのは虚言ではないだろうか。

それに、あたしを狙っているなんて……



信じたくなかった。

だってまだ、死にたくないもの。

死ぬわけには、いかないもの。




『加世、寝てないだろ』

唐突に、空弥を背負った喜助が顔をのぞきこんできた。

あわてて動揺すまいと顔を取り繕う。

「え、そ、そんなことないよ。どうして」

すると彼は、ニカッと笑って、指をあたしの目元に這わせた。

「きゃっ。なにするの――」

『クマがある。オバケみたいだな』

「お姉はオバケぇ!」

きゃははと笑いながら、空弥も応戦してくる。

それにしたって、失礼しちゃう。

オバケですって?

触れられてドキッとしたあたしが馬鹿みたいじゃない。




『おい、しっかり寝ろよ――オレサマの足を、引っ張るなよ』

ニヤリと不適に笑んで、彼は怪しい光を眼に宿す。

ドキリとし、一瞬背筋に冷たさが走った。




――本気だ。




もしかしたら、喜助は本気で幼皇さまに呪いをかけたのかもしれない。











昨日の夜……



「呪いをかけた?喜助が?!」

『そうだ。ちょいとおれにはやることがあるんだ』

「や、やること?」

ニヤニヤ笑いながら言う喜助を、あたしはおろおろしながら見つめる。

『そう。もう恨みはないが、まぁ……いろいろ、な』

言葉を濁しながらも、喜助は笑みを口の端にたたえている。



じらさないでほしい。

いったいどういうことなのか、まったくつかめない。



喜助はチラリとこちらを見、やがてかすかに真顔になって言った。

『……そろそろ、潮時なんだ。あいつを解放してやりたいんだ』



どういうこと?

と尋ねたかったけれど、できなかった。

いつもふざけた調子の彼が、このときばかりは真剣な色を眼にそえていたから。

まるで大切なものを慈しむかのように……。

だからそれ以上は聞くことができなかった。




しかし、ややあって、喜助は再び顔にいたずらな笑みを戻すと、楽しそうに言う。

『だからな、おれは復讐をかねて、あいつを――幼皇って奴をこの国から消そうと思うんだ』

びっくりしているあたしをよそに、喜助はさらにつづける。

『加世には感謝するぜ。なんたって、楽に幼皇邸に忍び込めるからな』



口をぱくぱくさせて、あたしは喜助を見つめることしかできなかった。

彼の言ってることはただ事じゃない。



冗談?

冗談でも言っちゃいけないことよ!




喜助はそれ以上なにも言わず、あとはいつもどおりに寝入った。

あたしは一晩中考えにふけることになったのだけどね。

そんなわけで、翌朝には、もしかすれば喜助はあたしを元気にさせたくて冗談を言ったんじゃないか?って疑問が半分でてきたってワケだ。

そう思わないとやっていけない。




もし本当に喜助が幼皇さまを亡き者にするなら、あたしはそれに手をかした加担者として処罰されてしまう。

もしかしたら、空弥も……

喜助を連れてくるべきではなかったのかしら。

けれど、きっとどっちにしたって危険はつきもの。


あたしは仕方なく、ため息をひとつ大きくこぼしただけで、あとはその考えを頭から抹殺した。












真昼時、あたしたちはとうとう幼皇さまの屋敷へやってきた。

驚いた。

こんなものが、この世に存在しているなんて!



豪華ってもんじゃない。

まるで別世界のようなところであった。

まずは、広くて大きい。

黒塗りの空までも高いような頑丈な門に、そこを抜ければ広すぎる庭がある。

松や杉や桜や梅や、とにかく様々な種の木々がある。

気候とか、そういうものは関係ないみたいに。

石畳の道をまっすぐ歩き、小さな池の上の橋を渡り、お城のような屋敷を目の前にした。

真っ白い塔のような感じの建物だ。

扉の端には、怖い顔をした銅像が立っている。



また、警備もすごい。

赤と黒のおかしな服を着た、顔に面をかぶった人たちだ。

異国の人のよう……

村ひとつ分くらいあるのではないかと思われるほど長い廊下を歩き、いつの間にかあたしたちは屋敷のなかへ入っていた。




やがてすべすべとした、きれいな木造の部屋に通された。

ひんやりとした空間には、なにやら不可思議な絵が飾られてある。

ふと見上げると、なぜか天井の中央には鬼の面がつけられてあった。

赤い顔をして、鋭い黒目を光らせ、口を大きく開けて牙をむき出しにした、そんな鬼のお面だ。

思わず身がすくんでしまう。

昼日中なのに、この部屋だけはなぜか薄暗かった。




「お姉、ここ、怖い……」

ぎゅっとあたしの袖をつかんで、空弥は丸い目を恐怖に歪める。

鳥肌が立つのがわかるほど、ここの空気は不気味だった。

「だ、大丈夫よ。ほら、喜助もいるじゃない?」

あたしは先ほどから緊張のかけらもない彼を見やる。




この屋敷へ入ってから、あたしは一度も彼から目を離さなかった。

なにをしでかすかわからない恐怖と心配で、たまったもんじゃない。

お願いだから、変なことはしないでほしい。

幼皇さまにも関わらないで、何事もなく、無事にあの家に帰りたい・・・・・・






『おれ、ちょっと行ってくるわ』

突然、喜助がすっくと立ち上がってそう言った。

冗談じゃないわ!

「な、なんで!待ってよ!勝手に出歩いちゃ、だめよ!」

殺されたって、文句は言えないわ。

トカゲの異様な雰囲気を思い出しただけで、冷や汗ものだもの。



『平気。あの覆面ヤローが戻るまでには、帰ってくっからよ』


ニカっと笑うと、彼はあたしの静止も聞かずに部屋を出て行った。





……なんて自分勝手なの?!

とばっちりを食らうかもしれないのに!




そわそわしていると、空弥は怯えきった目をあたしに向ける。

「お姉、大丈夫?ぼくがいるから、大丈夫だよ」

「……うん。ありがと」

空弥を強く抱きしめて、あたしはそっとささやいた。










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