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鴉の子  作者: 詠城カンナ
第一部 鴉の姫
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第一章 屋敷

〜カラスノヒメ〜





わたしは鴉の子。



暗い暗い闇にまぎれて生きる、鴉の子。



だれもしらない。

だれも気づかない。




わたしはこの屋敷の主。



この屋敷の姫。











【第一章 屋敷】





******


ヒメ、姫!』

一羽の烏が唸る。

ガラガラ声の喜助キスケだ。

『姫、人間がきたよ!』


わたしはちらと目を走らせる。

感覚を研ぎ澄ます。

なるほど。

どこぞの貴族がやってきたらしい。


『――殺す?』

喜助がうれしそうに鳴いた。

まったく。

喜助は血が好きなんだから。


「……屋敷を汚さないでね」

カァ とひと鳴きすると、喜助は仲間を連れて、迷い込んだ貴族のもとへと飛び立った。

それからすこしして、烏の鳴き声と、羽音と、それから人間の悲鳴を聞いた。

喜助は人間の目玉が大好物だからなぁ。




わたしはひとり、屋敷の奥に身を潜めた。



真っ黒な髪は自慢。

みんなの翼みたいだから。

凛としたうつくしさがあるって言われる。

すごくうれしい。


赤褐色の着物をずらす。

裾には黄色や紫色の花が咲いている。

闇に潜みつつ、存在感のある、きれいな着物である。

喜助がどこかから盗ってきてくれたみたい。

わたしは結構気に入っている。



わたしに親はいない。

母さんも父さんも、十年前に死んでしまった。

夕暮れのきれいなときに。

殺されたんだ――人間に。


喜助はわたしの兄。

とても殺気立っているけれど、わたしの大好きな兄さん。

この屋敷には、何百もの烏がいる。

ここは烏の屋敷だから。


昔は、よく言われた。

飛べないことを。

鳴けないことを。

漆黒の翼がないことを。

けれど、そのたびに母さんや父さんはかばってくれた。

喜助もかばってくれた。


本当は喜助がこの屋敷の主。

不死身の喜助が主。

だけど、喜助はわたしに力をくれた。

『おれはまだ遊びたい』

そう言って、主の座をくれた。

だいすきな兄。


今ではみんなと仲良し。

喜助も吉乃ヨシノリンも、みんなわたしを好いてくれる。

だってわたしは烏の屋敷の主だもの。







『姫!姫!』

吉乃が空からやってきた。

目が真ん丸なのが特徴だから、すぐにわかる。

『喜助さまは一日留守にするよ。北の国で戦争があったんだ』

「わかったわ。留守はまかせて」

吉乃はにやりと笑った。

『大丈夫。みんなで姫を守るから』

「……ありがとう」


吉乃はきれいな弧を描いてから飛び去った。

わたしは息をつく。


戦場は喜助の大好物。

死んだ人間がたくさんいるから。

目玉は食べほうだい。

血は飲みほうだい。

腐らないうちにいくのがいい。

よくあることだ。


喜助がでかけると、大半の強い奴らもでかける。

残るのはわずかな雄と雌と子供。

でも大丈夫……

姫がみんなを守るから。


わたしには嘴も翼もないけれど。

人間から奪った、きれいな鋭い宝がある。

大丈夫……





喜助は翌日も帰ってこなかった。

大丈夫。

いつもそうだ。

一ヶ月留守にしたときもあった。

わたしはぽかぽかと照る太陽の光をながめる。

なんだか眠くなってくる。



……うとうとしはじめたそのとき、凛の鋭く高い声がした。

凛の声はすこし高め。

『姫〜!ひーめッ』

わたしは目を覚ます。

どうやら人間が侵入してきたみたい。


馬と……男と……子供……


「……殺せ」

わたしは命じる。

しかし、すぐに思いとどまった。

「待て――わたしがいこう」

『補佐しますよ』

凛が言った。

わたしは笑う。

「では、馬を殺して」

『食っていい?』

わたしが頷くと、凛は興奮して仲間を呼びにいった。



…わたしも人間を殺してみたかった。

母さんや父さんの仇をうってみたかった。

それが今できるのだ。




わたしは凛を待たず、先に侵入者に近づくことにした。

手には、以前人間から奪った刀をにぎりしめた。




「……さま、大丈夫……」

「……逃げ…ろ……」

話声がかすかに聞こえてきた。

「…その……屋敷があるから入って………」

「――ッ」

うめく人声。

聞き取りにくい言葉。

人間の臭いがする。


木の陰から、そっと様子をうかがう。

屋敷までの道のりはひどく険しい。

たくさんの木々で覆われている。

それなのに、たまに人間が迷い込むことも少なくない。



「……あっ」

ひとりの生き物が、わたしに気づいた。

十二、三歳の少年だった。

小柄ではないが、わたしよりはまだ低めの背丈であった。

着ているものこそ粗末ではあったが、その雰囲気からは上品さがにじみ出ていた。

丸い眼に、見とれるほどきれいな漆黒の髪、青白い肌は暗闇によく映えそうだ。

とても整った顔をしている。

そして耳には赤い光――人間たちはお守りの代わりに、よくピアスや首飾りをつけている。

きっとあの赤いきらめきはそれなんだろう。

喜助が真似て、わたしに薄紫のピアスをくれたんだ。

今もずっとつけている。



少年はひどくぼろぼろに汚れていた。

まっすぐと視線がぶつかる……



「だれかいたのか?」

怪訝そうな、鋭い声があがる。

どうやら、もうひとりの侵入者……男の声のようだった。

やがて、その男が視界に入ってきた。

真っ黒の鎧をまとった武将――

まだ若いが、その格好からかなりのものであることがうかがえる。

かぶとはとれたのか、ぬいだのか、もうなかったが。

長身で、すらりとした体格をしている。

茶色の髪が肩くらいまでのび、筋のとおった鼻、かすかに日に焼けた肌、鋭い眼の下にはホクロがあった。

冷たい雰囲気の瞳は、どこか意志の強さを感じた。




「――だれだ」

青年は弓矢をつかえる。

そしてそれをわたしに向けた。

紅い着物を着たわたしは、当然不利だ。

すぐには逃げられない。


まずい。

凛にそばにいてもらえばよかった。


「……女?」

度肝を抜かれたかのように、男は言った。

弓矢をおろした。

そしてすぐに顔をしかめた。

男は左腕を押さえている。

あながち怪我でもしていたのだろう。

戦争から落ち延びたのだろうか?



「……お願いしますッ!」

少年がわたしの前まできて、ひざまづいた。

地面に頭をつける。

わたしは黙ってふたりを見つめた。

男の後ろには、白い馬がいた。

とても疲れているようだ。

大方、落ち延びたものの、馬も走れず、この屋敷に迷い込んだということだろう。


さて――どうやって仕留めようか。


それにしても、この少年は?

どう見たって不似合いだ。

鎧もないし、ただの村の人間のようだ。

なぜこの青年をかくまうのか?



武装した青年は、ゆっくりとこちらを見やる。

抜け目のない奴……

体力だって残っていないだろうに。

不利に思われたが、わからなくなってきた。

相手は怪我をしている。

弓矢はおろしてしまったようだし。

青年はわたしの手にある刀を見つめたまま、微動だにしなかった。

そんなことも知らず、少年ははっきりした声でいった。


「助けてください……敵がすぐそこまできています!」


――わたしにかくまえと?


「敵はおよそ八騎……北の方角です」

少年が顔をあげた。


――こいつ……








『姫ぇー』

そのとき、ふいに高い凛の声が聞こえてきた。

仲間を五羽引き連れてる。

まずい……

わたしはすぐに命じた。

「凛!人間・馬が五匹ずついる。食っていい」

凛はちょっとわたしたちを見たが、すぐに了解した。

仲間を連れて、北にいく。

そちらに敵がいるとわかったのだろう。



「………さて」

凛たちが去ったあとで、青年が冷たい眼差しをわたしに投げた。

「お前が噂の化け物の主か」






――噂。





山の奥にいくな。


鴉の子にさらわれる。


暗がりへいくな。


鴉の子に食べられる。


屋敷に近づくな。


鴉の子に殺される。





二度とは戻ってこれなくなるぞ……









近くで少年が生唾を飲むのを聞いたように思った。

わたしは唐突に、刀を持って跳ねた。

すぐに青年の近くに着地する。

それから不意をついて、彼の喉元に刀をつけた。

ぴりりとした緊張感が伝わってくる。

わたしの手の中に、生死が転がっている。

どちらを選ぶのもわたし次第。

ついうれしくて、口許がゆるんだ。




「……姫……」



突然、名を呼ばれた。

振り返ると、少年が立ち上がってわたしを見ていた。

「あなたの名前でしょう?」

わたしは彼を見つめたまま、目が離せなかった。


どうしてそんな眼でわたしを見るの?

どうして?


つい、気がゆるんでしまった。

その隙を見逃さず、青年はわたしから刀を奪い、後ろから片腕を取って、今度は

わたしの喉元に刀をあてがった。

つー…っと紅い血がしたたる。

紅い着物にたれる。

きれい……






夜呂ヤロッ」

青年が言った。

ヤロ……?

ああ、少年の名前か。

高安タカヤス様っ」

夜呂と呼ばれた少年は、青年に駆け寄った。

たぶん、青年の名前がタカヤス。

「高安様、どうかこの娘を離してください」

夜呂の訴えに、高安は息をのんだ。

「何をふざけたことを。こいつは命を狙ってきたんだ。生かしてはおけない」

「しかし、敵から救ってくれた!」

夜呂は高安をじっと見つめる。


なんだ?

こいつはわたしを助けようとしているのか?

今、わたしの命は高安とかいう男の手の中にある。

夜呂の願いで変えられるものではないのに。

なんておかしい人間なんだ――


自然に笑えてしまって、つい、笑い声がもれた。

「夜呂、お前はおもしろいな」

そう言ったわたしを、当の夜呂はきょとんと見つめ返してきた。

高安はしばし黙っていたが、ため息をこぼしてわたしから手を引いた。

「命拾いしたな」




――まったくだ。

確実に死に近かったわたしを、夜呂は簡単に生にもっていった。

感嘆して、わたしは夜呂をまじまじと見た。

人間とは、どういう生き物なんだろう。

夜呂と高安は同じ人間なのに、同じようには思えない。

高安のあの殺気は、やや喜助に似たものを感じてしまう。



高安は腕をかばいながら座り込んだ。

傷のせいで朦朧としてきたのだろう。

「……死ぬのか」

問うてみた。

高安は顔をあげ、わたしを見つめる。

「……死んでたまるか……」



その強い眼に圧倒される。

やはり彼は喜助と似ている。

わたしはにやりと笑った。



「来い、夜呂、高安」

半ばあっけにとられているふたりに、わたしは微笑みかけた。




「今宵は満月――特別に我が屋敷に招待してやろう」






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