第二章 誘惑
【第二章 誘惑】
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重たい空気にげんなりしているのは、たぶんあたしだけなのだろう。
あたしたち一行は、今は山道をてくてくと歩いている。
枝がちくちくして歩きにくいけれど、足場だけはなんとか確保されていた。
山のなかは高い木々のせいで、なかなか日の光が入ってこなく、薄暗い。
そのなかを、なんとも間抜けな気分で歩いているのは、きっとあたしだけなのだろう。
先頭はトカゲ、次にあたしと空弥、そして後ろをとぼとぼ鼻唄まじりに歩くのは喜助だ。
トカゲは相変わらず無愛想で終始無言だし、喜助は彼のことを気にするわけもなく陽気だし、空弥は空弥で呑気に遠足気分だしで、あたしだけがなんだか煮詰まっているようだった。
加えて心配性ときたもんだから、たまったもんじゃない。
出るのはため息くらいだった。
幼皇さまの西国までは、三日かかった。
それというのも、トカゲはなにやら近道をたくさん知っているようで、あっというまに西国まで来てしまったのだ。
喜助は山道がお得意のようで、たまに空弥をおぶってくれた。
……それにしても、気持悪いものだ。
トカゲは三日間めったなことでは口をきかなかった。
喜助もふざけたことしか口にしなかったし。
みんななにを考えているのか、さっぱりわからない。
あたしはこれからのことを思うと、毎晩寝つけやしないのに……。
あと一日で幼皇さまのお屋敷に着くという夜のことだ。
あたしはすっかり精神的に疲れはて、眠くなってしまった。
空弥をとなりに寝かせ、うとうとしはじめる。
そのとき、うつくしく響く声で、トカゲが言葉を発した。
「……幼皇さまに、明日には来訪することをご報告してくる。朝に迎えにくる。おまえたちはそれまでここにいろ」
「あっ、は、はい!」
ぱっちり目が覚め、答える。
トカゲはそれを聞くと、するすると溶けるように闇に消えた。
――ほっとする。
空気が軽くなったみたい。
『加世は緊張しすぎだ。力を抜け』
カカカッと笑って喜助が言う。
わかってる。
けど、幼皇さま関連のひとたちは、ものすごく怖いのよ!
『さて――出てくれば』
思い出したように、チラと彼の目の輝きが変わった。
鋭さが走り抜ける。
思わず身構えてしまうほど。
なにが出てくれば?
首を傾げたのもつかの間、背後の草陰から、ひょっこりと顔が現れた。
こんがり焼けた肌に、真ん丸の眼、色の抜けた茶色がかった髪の細い男――虎徹だ。
ぎょっとして、あたしは彼を穴が開くほど見つめたけれど、彼はただニコリと笑っただけだった。
どうしてここに山賊が?!
『久しいな。なにか用か』
事も無げにまるで旧友とでも再会したかのような笑顔で、喜助は虎徹に言う。
絶句とはまさにこのこと。
なにが起きたのか、よくつかめない。
「ボクのこと、憶えててくれたんですね」
ニコリと笑いながら、それでも眼に鋭い光を宿したまま彼はつづける。
「先ほどの……あれは幼皇帝の使者?」
あたしは頷く。
「ならば、いきさつはわからないけど、すぐにここから逃げたほうがいい。あいつは、関わるにはまずい人間だよ」
虎徹の顔からは、すでに笑顔が消えていた。
緊張が走る。
「幼皇帝は今、呪いにかかっている最中だ。死ぬまで、そう時間はかからないと思うよ。だから、やつにとってかわりたい人間は、このチャンスを逃さないだろうね」
言ってることを理解して、びっくりしたのは、虎徹が口を閉じてからだった。
幼皇さまが呪いに?
死ぬ?
チャンス?
『ああ。それで貴様も仕事帰りと言うわけか』
喜助がおもしろそうにそう言うと、虎徹が懐から、チャリンと金貨の音を奏でる
袋を見せた。
「そういうこと。幼皇帝の警備はぬるいね。金銀宝はすっかりいただいちゃったよ」
にっこりと油断ならない笑みを見せ、彼はさらに言った。
「まぁ、とにかく、いまは幼皇帝の屋敷に行くべきじゃない。利口なやつらはみんな他国へ逃げてるよ。それにあいつ……」
虎徹は目を細めて、あたしを見た。
丸い目に射止められ、一瞬で動けなくなる。
「さっきの使者は、やばい。あんた、気をつけな」
……あたし?
わけがわからなかった。
きっぱりとそう言った虎徹の言葉が、頭のなかでグワングワンと反響する。
『やはり、加世が狙われているのか』
深刻そうではない口ぶりで喜助が言った。
あたしが狙われているですって?
トカゲに?!
覆面の下からでも、あの暗い眼差しを思い出せる……
あたしが狙われている……
ぞわりと背筋に冷や汗が流れた。
「……そんな……あたしが――なぜ?」
「わからない。ただね。やつはちょっとまともじゃない」
虎徹はそう言うと、さっさと撤退の姿勢をとる。
「すれちがったんだ、さっき。それで、あんたたちを見つけてね。ヤツは、ボクの気配にも気づかないくらい、あわててた」
『なにか裏がありそうだな』
ニヤリと笑い、喜助は虎徹を見て頷く。
彼も不適な笑みを浮かべ、片手を挙げた。
「じゃ、手下が待っているんで、退散するよ。またね――たぶん、もう二度と会わないだろうけど」
闇に消えるように、虎徹は去っていった。
しばしの沈黙が訪れる。
……幼皇さまが死ぬ?
あたしが狙われている?
なぜ?
ああ、わからない。
おかしいとは思ったのよ。
急に幼皇さまから直々に礼物を授けたいだなんて!
あのとき、逃げてしまえばよかった!
あたしはなにかヘマをした?
ちゃんと言われた通りの毒は作ったはずよ。
ならば、いったいなにがいけなかったの?
あたしが狙われる理由は……?!
頭を振る。
まったく思い当たらない。
虎徹のデマではないかしら。
けれど……
喜助は知ってた。
あたしが狙われているってこと。
『大丈夫。敵地にのりこむことほど、楽しいことはない』
見上げたあたしに、彼は不適に笑う。
『なにか企みがあることは事実だろう。だが、オレサマがいる。貴様を死なせやしない』
真っ黒い瞳が、らんらんと輝いていた。
闘志剥き出し、にやっと笑んで、喜助は再度あたしを見やる。
『言ってなかった?呪いをかけたのは、オレサマだよ』
これから物語りはどんどん闇にいきます・・・
暗くなりがちな展開だけど、加世ちゃんがいるならなんとかなりそうですね!
今は喜助は明るいけどね・・・
これからね・・・
加世ちゃんには成長してもらいたいです。